同じ青。

けれどやっぱり、どこか違うから。

ムラサキ

「んー………」

店員も女性なら客も女性、見渡す限り女性しかいないデパートの化粧品売り場だが、カイトが臆することはない。

マニキュアの今季の新色をいくつか手に取り、真剣な表情で見比べていた。

青は青。

そうは言うけれど、やっぱり、なにかが違う。

「……………今回は、やめとこっかな」

真剣に見比べた末の、少しばかり不満の混ざった結論。

今季の新色はどうも、青が不作気味だ。これだ、とぴんと来るものがない。

手に取った瓶を棚に戻して、足りないトップコートだけを持って。

「……………」

瞳をしぱしぱ、瞬かせて、カイトはその瓶に見入った。

「ん…」

悩みながら見た、自分の手。

爪はすべて、きれいな青。

ただ、色をべたりと塗るだけでなく、気が向いたときや仕事で必要なときには、ラインを描いたりストーンを乗せたりしているけれど、ベースは守って、いつでも青。

「………………んん」

棚の前で、悩みに悩んで。

「おにぃちゃぁんボクもう終わったよぉ。まだぁ?」

「んっ、あっ、今、レジ行く!」

いっしょに買い物に来ていたミクに声を掛けられて、カイトは物思いから醒めた。

あたふたと買うものを確認し直し、――もう一度、自分の爪。

そして棚の、新色。

「んっ、よしっ!」

思い切ると、カイトは新色の瓶をひとつ取って、レジへと向かった。

***

ふわっとした羽の襟がついた、白いロングコート。

首に巻くマフラーは、いつものようにだらりと垂らさずに、ねこの仔みたいにくるりとリボンにして。

髪に控えめにつける、ガラス細工の花飾り。

「……………思うんだけどさー…………」

同じく、ふんわりとした羽の襟だが、こちらは丈が短く腹が出るコートを着て、マスターに「スカートじゃありませんよ~」と暗示を掛けられたパニエを短パンの上に穿いたレンが、呆れたようにこぼす。

「にぃちゃんってたまに、俺よりかわいくならねえ?」

「ん?」

マフラーリボンをさらにふんわりと仕上げていたカイトは、きょとんと瞳を見張って弟を見た。

「だってさー、なんかさー………仮にもショタっ子の俺より、リボンして違和感ないとか、花飾りが似合うとかさ」

「衒いがなく、堂々と振る舞うゆえ、そう見えるのだろう」

ぶつくさと不貞腐れた顔でこぼすレンに答えたのは、カイトではなくがくぽだ。

がくぽも羽襟のロングコートはお揃いなのだが、こちらは腰にリボンがついている。

しかしカイトやレンとは違って、「かわいらしい」とはならない。妙な艶やかさが加わっただけで、それはそれでレンの不満を煽っている。

自分が同じ恰好をしたら間違いなく、「ショタレンはあはあ」状態になるというのに――大人の色気には、縁遠い。

衣装に合わせて、がくぽの髪には軽くウェーブが入っている。そのうえでアップにしているから、いつも以上に髪のボリュームが増して、大きな体がさらに大きく見える。

ついでに言うと今日のがくぽは、ひどく機嫌が良かった。

自分の恰好はともかく、カイトが愛らしいことこのうえないからだ。

本日の仕事は、男兄弟三人での曲のPV撮りだ。

うたい終わったあとに少しばかり赤面するようなエロティックな曲で、合わせて三人の衣装もいつもより耽美さが増している。

さらっとシナリオを確認した限りでは、際どい絡みも多い――レンとのそれはともかく、がくぽとカイトのものもある。

仕事だから滅多なことをする気はないが、どうしても心弾んでしまうがくぽだ。

こうして控室で準備をしている時間からもう、愉しくて仕方がない。

一方、笑って言われたレンの方は、あからさまにぶくっと頬を膨らませた。

この家の男兄弟の中で、「かわいい」にもっとも抵抗するのが、レンだ。

ちょっとするとすぐ、双子の少女であるリンと見分けがつかなくなる容姿のために、「男」である自分に固執する傾向にあるのだ。

ちなみにもっとも衒いがないのがカイトだが、意外にがくぽも抵抗しない。

「なにをやらせるか、まったく…」などと多少はこぼすが、最初だけで、あとはさらっとしたもの。

「んーだよ、にやにやしやがって、締まりのねえ………そんなだと、にぃちゃんにとっとと愛想尽かs」

「尽かさない」

「尽かしやせん」

――レンに皆まで言わせることなく、カイトとがくぽは口を揃えて言った。

カイトは少しだけ頬を膨らませて、床に撃沈した弟を見る。

「そんなぐらいで、キライになったりなんかしないもん!」

「にやにやする俺も好きだものな、お主」

しらっと続けたがくぽに、カイトは生真面目な顔で、力強く頷いた。

「んだいすきっ!!」

「………」

水を向けたがくぽのほうが照れて、わずかに視線を逸らす。

「っだぁああああっっ!!いちゃつくなおんもへ出やがれバカ兄どもっっ!!」

「こら、レン殿。俺はともかく、カイトに向かって…」

「俺はバカだけど、がくぽはバカじゃないよ、レンくんっ!」

癇癪を起こして叫んだレンを、兄たちは口々に諌め――

「なんですか。なにやら泥沼にずぶずぶ嵌まる末っ子男子の声にならぬ悲鳴が聞こえてきましたが」

「まぁあすたぁあああ~っっ!!」

ノックと同時に扉を開いて控室に入って来たマスターに、レンは洟を啜りながら抱きついた。

「にぃちゃんたちがぁあ~っ。ちっちゃい弟の前でぇえ~っ」

「よしよし、おちびちゃん……泣くんじゃありませんよ、化粧が崩れます」

「そうだぞ、レン殿。いくらちびっちゃくても、貴殿も男。そう簡単に泣くでない」

マスターに続き、がくぽもしらりと言う。

カイトは微妙な表情で口元を両手で覆い、「お口にフタ」状態となった。

案の定。

「ちびちびちびちび連呼すんじゃねえよっ、この元凶っ!!最バカ兄っっ!!」

「………だから、がくぽはバカじゃないのに………」

口元を覆ったまま、カイトはもごもごと弟に反論した。

最バカ兄呼ばわりされたがくぽのほうは、涼しい顔で肩を竦めるだけだ。

マスターは笑って、しがみついたまま地団駄を踏むレンの頭を撫でた。

「まあ、それくらいにしておいてください。お仕事の時間ですからね、続きはまたあとで…。準備オーケィですかね、皆さん?」

笑顔を向けられて、がくぽとカイトはそれぞれ、頷いた。

「いつでも」

「任せて!!」

笑顔のまま二人に頷き返すと、マスターはまだ甘えて抱きついたままのレンを見た。

「レンさんは?」

「イケる」

「っし、気合い注入です!!」

「ったたた!!」

ぱふ、と両手で頬を挟んで軽くつねられ、レンは少し大げさに声を上げた。

「化粧落ちるだろ、マスター!」

文句を言いながら、ようやくマスターから離れる。ごしごしと、それこそ化粧が落ちそうな様子で頬をさすった。

「現代の化粧は、そうまでヤワではなかろう?」

「落とすのはめんどーなんだけど、仕事中はありがたいっていうか…」

立ち上がった兄たちは笑って言いながら、レンの頭をぱふぱふと撫でていく。

完璧なる、おちびちゃん扱い。

実のところレンは、おちびちゃん扱いが嫌いではない――基本が、甘えただからだ。

しかし反抗期を気取る年頃少年としては、ここでほんわか歓んでいてはいけない。

「気安くひとの頭を撫でるなっ特に、最バカ兄っっ!!」

「んそうかそうか、もっと撫でて欲しいか仕様のない甘えたな弟め」

「だぁああああっ!!ヒトの話をちゃんと聞けぇっ、最バカ兄っっ!!」

扉の前で、レンとがくぽがじゃれ合う。

ヨシヨシと力任せに弟の頭を撫でてやるがくぽと、顔を真っ赤にして怒りながら、抵抗に今ひとつ真剣みが足らないレンと。

「だから、がくぽはバカじゃないって言ってるのに……」

カイトは笑みに緩む口元を、手で覆い隠してつぶやいた。

あからさまににやにやとしてしまうと、妙なところで目ざとい弟の矛先がこちらにまで向いてしまう。

もちろん、遊んでやるのはやぶさかではないけれど――

「……カイトさん」

「ん………え、マスター?」

ふい、と左手をマスターに取られ、カイトは瞳を瞬かせた。

が、すぐに笑みを浮かべる。

「カイトさん、これ……」

「だめマスター………」

微笑んで、訊く。

静かなしずかな、声。

カイトの手を取ったまましばらく考えていたマスターは、ふ、と笑った。

「――新色ですか?」

「うん、そう。この間、買って来たやつ」

しらっとした顔をつくって答えたカイトに、マスターは身を折った。カイトの手を持ったまま、震えて笑う。

「マスター?」

「マスターにぃちゃん?」

じゃれ合いを止めて顔を向けたがくぽとレンに手を振り、マスターはカイトの手を解放した。

「それ、がくぽさんは?」

「俺?」

「はなに?」

きょとんと瞳を見張る、がくぽとレンだ。

カイトはにっこりと艶やかに笑うと、立てた人差し指をくちびるに当てた。

「全っっ然」

「……カイト?」

「だからなんだよ、にぃちゃん?!マスター?!!」

「A-HA!!」

堪えきれず、マスターは腹を抱えて爆笑した。

置いて行かれたままのがくぽは困惑して眉をひそめ、レンは癇癪を起して足を踏み鳴らす。

それでもカイトは微笑むだけ、マスターは――

「まだまだですね、がくぽさん!」

「だから、なにがだ、マスター!」

咬みつくがくぽに、マスターは澄ました顔をつくってそっぽを向いた。

「さて、時間がないですから、行くのでーすー」

「そぉそぉ、行くのでーすー♪」

カイトもまた、調子を合わせてうたうように言い、がくぽを見ることなくマスターの後について、控室を出て行く。

「カイト?!マスター!!」

「にぃいちゃぁんっ?!!」

二重三重に置いて行かれたがくぽとレンは顔を見合わせると、慌ててふたりの後を追った。

追いつかれて、問い質される、手前。

マスターは笑いながらカイトを見て、自分の左手の甲に、自分でくちびるを落とした。

「いい色ですね」

「でしょ」

得意げに笑い返し、カイトもまたマスターを真似て、自分で自分の左手の甲にくちびるを落とした。

閃く、手。

爪先。

きれいな青が飾る――そこに、混ざって。

親指、だけが。

艶やかに、咲き誇る、紫苑。