リビングの三人掛けソファは、今日はお誕生日席だ――ふかふかのクッションと、たくさんのバルーン、そして大小とりどりのぬいぐるみで飾られた、ちょっぴり子供テイストな飾りつけ。

そこに埋まるようにして、今日の主役であるカイトが、ちょこんと座る。

Yours Forever

「おにぃちゃん、誕生日おめでとぉ!」

ミクが頬にキスして、渡すプレゼント――一年かけて全国から集め続けたという、アイス柄のステーショナリーセットだ。

シャーペンにボールペン、消しゴム、付箋にちびノート、それらすべてがきっちり納まって、なおかつ持ち運びし易いポーチまでついた、豪華セット。

「すっごい、ミク俺、いろんなことメモするのが好きになっちゃうありがとう!」

カイトは笑って、ミクをぎゅっと抱きしめ、頬にお返しのキス。

「おにぃちゃん、誕生日おめでと!」

「おめでと、にぃちゃん!」

リンとレンが顎にキスして、手を揃えて渡すプレゼント――にゃんこの頭がフタになった、肩掛けバッグだ。

カイトが普段出歩くときに持って行く、最低限のものがちゃんと納まることも重要だが、長い紐なので体に通すことが出来て、両手が自由になる。

しかも、ぷっくらしたフタにゃんこの頭の中にはセカンドバッグが入っていて、出先で荷物が増えても対応可能。

「ありがと、リンちゃん、レンくん俺、お出かけするのがもっと、愉しくなる!」

にゃんこの頭をもふっと抱いて笑ってから、カイトはリンとレンの額にお礼のキス。

「誕生日おめでと、カイト」

メイコが頬にキスして、渡すプレゼント――新しい靴だ。最近のカイトは暇があると、コイビトとともに「おさんぽ」に行っている。

どちらかというとハーダーアンドハーダーになりがちなカイトの「おさんぽ」用に、長距離を移動するロイドのために開発された、足にやさしい特別な靴。

「やったちょっと最近、足が痛いかもって思ってたんだこれでまた、お出かけし放題ありがと、めーちゃん!」

手を打って歓び、カイトはメイコの頬にお返しのキス。

リビングの片隅で、「足が痛くなる」おさんぽに付き合い続けているコイビトが、ちょっぴり天を仰いだような。

――それでもきっと、彼はいやだと言わずに、付き合い続けてくれるのだけど。

「誕生日、おめでとうございます、カイトさん」

大事にだいじにぎゅうっと抱きしめて、マスターはカイトの頬に頬を寄せる。

ぺたん、と頬をくっつけたマスターが渡すプレゼント――有名アイスブランドの、新作優待割引券のセットだ。

一年間有効なので、季節ごとに出るアイスの新作を、思う存分に楽しめる。

しかも半年に一回開かれる、新作食べ放題のお茶会への、無料ご招待券まである。

「俺、これ行くの夢だったんだぁあ………!!ありがとう、マスター!」

これ以上なくきらきらと表情を輝かせて、カイトはマスターをぎゅううっと抱きしめて、頬に頬をぴたんとくっつけた。

そしてやって来る――最後のひとりの番。

家族できょうだいで、――だれよりも特別に愛おしい、コイビト。

「――誕生日、おめでとう、カイト」

「………ありがと、がくぽ」

空手で来たがくぽは身を屈めると、カイトの額にちゅっとキスを落とす。

今さらそんなキスひとつ、どうということもないはずの深い関係だが、カイトの頬はほわわんと赤く染まり、瞳が潤んだ。

確かにいつもなら、こうまではならない――挨拶のキスはカイトのデフォルトで、額にキスされても、コイビトのスキンシップだと思い及ばないからだ。

けれど、今日は。

だれよりも特別に愛おしいひとが、自分の誕生を歓んで、祝ってくれる。

その祝福のキスだと思うと、泣きそうなほどにうれしい。

さらにキスを強請るような熱っぽい瞳で見上げたカイトに、がくぽはわずかに苦笑した。

家族がいるとか、リビングだとか――そういった諸々のことすべてすっ飛ばして、このままカイトのくちびるを貪り、体を開きたい欲求に駆られてしまう。

家族で、きょうだいで、コイビト。

特別な場所はすべて、埋めた――それでもまだなお、愛おしさが溢れて溺れそうになる。まだ足らないと、叫んで掻き寄せたくなる自分がいる。

想いが通じずとも、傍に居られればいいと願っていた。

去年の自分が見れば、なんと欲深なことかと、呆れるだろう。

がくぽは微笑んでカイトを見つめ、手を伸ばした。首元を隠すマフラーを緩め、コートの襟を開く。

「がくぽ?」

「しー………」

「っ」

きょとんとするカイトに笑いながらささやき、がくぽは開いた首にくちびるを寄せた。

かり、と軽く咬まれて、カイトはびくりと震える。

「ぁ…………ぇとっ」

上がりそうになった声をなんとか堪え、カイトは視線を泳がせた。

行儀よく見ないふりをしてくれているのは、マスターとレンだけだ。姉妹は揃って、盛大なにやにや笑いとともに、凝視してくれている。

押しのけることもできないままに、身を固くして染まっていく肌を眺め、がくぽは一瞬だけ瞳を閉じた。

首元に鼻を寄せれば、いちばん体臭が香る。好んでつけているバニラの香水のせいだけでもなく、甘いあまいカイトの香り――

「ん、と、………っがく、んっ」

狼狽えて小さく身を捻ったカイトは、びくりと竦んだ。

どこから出したものか、首に巻かれた、やわらかな感触。

硬さもなく、すぐに肌に馴染んだところから、見なくとも革だろうということはわかった――が。

「がくぽ?」

カイトの首になにかを巻いてわずかに身を離したがくぽは、微笑んで再び、額にくちびるを落とした。

「言ったろう俺ならば、お主に首輪をつけても良いと。だから、『首輪』だ。繋いでやろうと思うてな」

「………」

カイトはきょとんとして、笑うがくぽを見上げた。

見つめたまま、そっと首に手をやる――やわらかな、なめし革の感触。

「ひゅぅうううっ♪」

「しぃいっ、ミクっ!!」

「んぐもが」

かん高い口笛を吹いたミクは、メイコによってすぐさま口を塞がれた。

カイトは一瞬だけ家族を見て、それからそっと首元に目を落とす。

がくぽは「首輪」だと言ったが、要するに、チョーカーだ。ぴったりと張りついているから、したままだとよく見えないが――

デザインはおそらく、ごくシンプルなものだろう。一枚革で、特にごてごてと飾りはつけていない。

一部、爪に引っかかった金属の感触があったから、ワンポイントがある程度の。

「………ふひゃっ」

カイトは思わず、吹き出した。

高襟のコートに、マフラーまで巻いているカイトだ。首にぴったり張りつくようなチョーカーは、いつもの恰好では外からまったく見えない。

夏になれば、首回りも少しすっきりするから、見えるだろうが――

指に引っかかるワンポイントをつまんで弄りつつ、カイトは笑顔でがくぽを見上げた。

「おさんぽのとき、リードするの?」

「ああ。お主はやんちゃで、暴れ回るからな。簡単には外れない、特別に太くて頑丈な大型犬用のものをしてやる」

「ひゃは………っ」

しらっとして言うがくぽに、カイトは笑い崩れた。

ワンポイントの引っかかり方からして、ここにリードの鉤を繋いで――おさんぽ、されてしまうのだろうか。

もちろん単なる比喩で、ここ最近付き合わせまくっている、心身ともにハードで長時間に及ぶ「おさんぽ」に対する、ちょっとした意趣返しなのだとはわかっている。

それでも想像したら、愉しくなってしまった。

がくぽだったら、リードに繋がれておさんぽするのも、いいなと思ってしまう。

だってなんだかんだと言いつつ、がくぽはきっと、カイトが求めるままに求める方向に行ってしまう、ちょっぴりダメな「飼い主」だ。

「ありがと、がくぽ」

「ああ」

もう一度礼を言ったカイトに、がくぽも笑って頷き、額をくちびるで撫でて体を起こした。

――そうやって礼を言ってから、カイトははたと気がついた。

プレゼントをきちんと、目にしていないままだ。キスに続いてすぐさま首に巻かれてしまったから、片鱗も見ていない。

がくぽがくれたものだから、どんなものでも大切にはするが、それとこれとは別問題だ。

くれたものをきちんと確かめることもないままにお礼を言っても、失礼のような気がする。

カイトは慌てて、首の後ろに手をやった。かしかしと何度か掻いて、ホックを外す。慣れない作業で、しかも焦りもあって手間取った。

がくぽは手伝うこともなく、じっとカイトを見つめているだけだ。

なんとかひとりで外して、カイトは改めてプレゼントを確かめた。

触った感覚の通り、革だ。

「首輪」だというだけのことはあって、紐タイプではない。厚さこそ薄いが、幅は1センチほどある。

色味は、上品でしなやかな黒。

そこに、ころんとひとつ、シルバーのリングが――

「………え?」

手に持ったチョーカーを眺めていたカイトは、瞳を見開いてぴたりと動きを止めた。

チョーカーのワンポイントだと思い込んでいた、指に引っかかったもの。

リードを繋ぐのかと訊いたら、その通りだと頷かれた。

チョーカーに引っかけられた小さなシルバーのリングは、確かにワンポイントのようでもある。

しかしよく見ると、チョーカーに元からついていたワンポイントではないと、わかる。後付けで――

「……………」

黙ってリングに見入るカイトの耳が、徐々に赤くあかく染まった。

ざわりと毛が立つような心地がして、カイトはチョーカーをきゅっと握りしめる。

リングの内側に、刻まれた文字。

――G to K

間にほんの小さなアメジストを挟み、さらに言葉は続く。

――Yours Forever.

「う、ウソつき…………っこれ、リードなんか………っっ」

顔を上げ、喘ぎあえぎ言ったカイトに、がくぽは笑って首を横に振った。

「いいや赤いリードを繋ぐとも。――糸だなどと、そんな細くて頼りないもので、お主を繋ぐものか。大型犬が暴れても切れない、太く頑丈なリードで繋いでやる」

「………っっ」

しらっと言うがくぽに、カイトはこくんこくんと咽喉を鳴らしていくつもの言葉を浮かべては飲みこみ、結局ソファから跳ね上がって抱きついた。