「じゃんじゃじゃーんっ♪きょぉもこの時間がやってまいりましたぁ!」
「はいっ、全国のみんなぁ、準備おk?じゃあ、せーのっ!でイクよっ♪はい、『せぇの』っ!!」
「「「おしえてっ☆がくぽせんせー!!」」」
セーラー服とリーサル・ウェポン
「……………………」
リビングに入ろうとしたがくぽだが、扉口で止まった。
家の、リビングだ。我が家の。
そのリビングには現在、現代女子校生らしく、太ももまであらわになる短いスカート丈のセーラー服姉妹が、三人。
そう、三人。
セーラー服のデザインはどちらかというと野暮ったいくらいの昔のものなのだが、着ているのがさすがに芸能生活者だ。野暮ったいのを、逆にきらきらしく見せている。
そして、三人。
姉妹。
「はぁいっ♪じゃあきょぉ、いちばんめのご質問でーすっ!」
一番年少の妹、リンが愛らしさ満点で、ぴん、と人差し指を立てる。
「質問者はだれだったかなぁ?」
訊かれて、真ん中の妹、ミクが元気よく手を挙げた。
「はいはーいっ、リンちゃんっ!ご紹介しまぁす♪今日一番目のご質問者さんは、都内ご在住のこの方っ!」
言って、ミクとリンは真ん中に立つ、一番上の姉――もとい。
「「カイトさんでーすっ!!」」
「はーいっ♪」
――妹たちと同じく、セーラー服に身を包んだカイトを紹介した。
やんややんやと両手で華をつくられて紹介されたカイトは、臆しも衒いもせずに、にっこり笑顔で手を挙げて応える。
「はいっ、じゃあ、カイトおにぃ…………おねにぃちゃんっ!ご質問どうぞー♪」
「はーいっ☆」
幾重にも無理がある振りとともに、カイトはがくぽへと笑顔を向け、少しだけ腰を屈めた。
殊更に背を低くしてから胸の前で両手を握り、威力を増す上目遣いでがくぽを見つめる。
「あのね、教えて、がくぽせんせー?せんせーはセーラー服だったら、ソックスとタイツ、どっちが好き?」
「きゃーっ!いやーんっっwww」
「教えておしえて、がくぽせんせーっ☆」
やんややんやと囃し立てられて、がくぽはふっと笑った。
そして無言のまま、くるりと背を向け、リビングから出る。きっちり扉を閉めると、迷いも躊躇いもなく、自分の部屋へと向かった。
自室に入り、ぴしりと背筋を伸ばして畳に座ったところで、襖がこここんとノックされた。しかしこの家の残念な通例で、ノックに対する返事があるより先に、襖は開かれる。
「がぁくぽぉー」
「………」
「………………ぅー」
顔を出したのはカイト一人で、迎えたがくぽの冷たい視線に、しょげかえって唸った。
カイトはそのまま了承も得ずに部屋に入り、からりと襖を閉める。
耳をそばだてても妹たちの気配はないから、追いかけてきたのはカイトだけだ。
「で?なんだ、その格好は。新曲の衣装か?」
「ちがうもん…」
冷ややかな問いに、がくぽの前にぺしょんと座ったカイトは、わずかにくちびるを尖らせた――無駄なプロ意識を発揮して、くちびるにはきちんと、ぴんくのリップが乗せてある。
おかげでいつも以上に、くちびるが艶めかしい。
「S女子校の、制服PRキャラクターのお仕事だもん」
「…………お主もか?」
兆してくる頭痛を堪えつつ訊いたがくぽに、カイトはあっさり頷いた。
「うん。もともとはめーちゃんとミクとリンちゃんだったんだけど。……めーちゃんが、『この年でセーラー服なんざ着られるか!』って、ちゃぶ台ひっくり返して」
「………………」
がくぽははっきりと覚えた頭痛に、額を押さえた。
確かメイコとカイトは、同じくらいの年齢のはずだ――そしてなにより、マスターからの教えは「仕事を選ぶな」。
マスターの教えに則り、カイトは仕事を選ぶことなく、「この年」で、しかも男でありながらセーラー服。
家長の権限は、時として恐ろしい――
「…………」
「ぅー…………」
ぺしょんと座ったカイトのスカート丈は、短い。制服PRとなれば学校側からの依頼のはずで、そうも丈を短くしては苦情が来るだろう。
ちなみに妹たちは膝下のハイソックスだったが、カイトはなぜか膝上、ニーソックスだ。学校によってはニーソックスが校則違反のこともあるから、何重にもツッコミどころがあることになる。
「…………あのね?……………………にあわない?ヘン?」
似合ったら問題だ。変で当たり前。
カイトは男声ボーカロイドだ。しかも中身はともかく、設定年齢は成人。
学生服が似合ったら苦笑だし、それが女子のものとなったら失笑だ。
「かわいいぞ」
「………………ふひゃ」
ごくまっとうな顔で真剣に吐き出したがくぽに、カイトはほんのりと頬を染めて笑った。
本気でうれしそうだ。
がくぽはその、ごくまっとうかつ真剣な顔で、ようやく恥じらいの感情を見せたカイトへと手を伸ばした。
がしっと掴んで、さっと捲り上げる――
「ぅきゃっっ?!!」
躊躇いもなくスカートを捲り上げられて、カイトはかわいい悲鳴を上げた。慌ててがくぽの手を払い、スカートを下ろす。
顔からうなじから、真っ赤に染まり上がった。
「………………」
「ぇ、ええっとぉ………」
無言のままじっとその場所を凝視するがくぽに、おろおろとした声を上げたカイトは、結局笑った。
スカートの裾は押さえたまま、ちょこりと首を傾げる。
「えっと、ぇえっとぉ………………おしえて、がくぽせんせー?……………セーラー服だったら、ぱんつは白派ですか?それとも、えっちっちレース派?」
真っ赤な顔で懸命に笑みをつくっての問いに、がくぽはまじめな顔のまま、首を横に振った。
「キャラとシチュエーションに因る」
「きゃ、キャラとシチュエーション?」
「ああ」
どもりながら訊き返したカイトに、がくぽはこっくりと頷く。
「たとえばリン殿であれば、清楚で幼い印象の白がいいという者が、大半を占めるであろう。ミク殿であれば、衣装がなんであっても、しましまというこだわりを持つ者も多い」
「ぅ、えー…………うん」
がくぽはどこまでもまじめだ。からかっている気配がない。茶化す気もなく、怒ったり呆れるでもなく、ひたすらに真剣真っ向勝負。
カイトのほうが対応に困って、意味不明な呻き声を上げ、結局同意した。
「逆にメイコ殿が白やしましまを穿いていたら、ギャップ萌えより先に、ひたすらにしらける者が多かろう。つまりいくら清楚が売りのセーラー服であったとしても、やはり個々人のキャラクターや、それを着るシチュエーションというものが、下着についても大きくものを言う」
「はい………」
カイトはもぞもぞと身じろぎ、崩していた足をきちんと正座に直した。
ちょっぴり背中も伸ばして、がくぽせんせーの講義を拝聴する。
「そういった観点から――」
きびきびきりりと講義をしていたがくぽせんせーは、そこで黙った。
黙ったのみならず、完璧な無表情となって、カイトが押さえるスカートの裾を見る。
「……………そもそもお主のそれ、だれが用意したのだ?」
「ん、えっと、はい!めーちゃんです!」
「っっ」
カイトの答えに、がくぽはつい、がっくりとうずくまった――てっきりマスターか、さもなければ悪戯悪魔姫である妹たちだと思っていたのに。
まさか、カイトに仕事を押し付けた御大ご本人が。
「『ただ押しつけても悪いから、笑いものにならないコーディネイトだけはしてあげるわ』って」
「………………それで、その選択か……っ」
いや、本来ならば下着など問題ではない。学校からの正式な依頼となれば、下着まで撮影したりしない。
そこはもう、ブリーフでもトランクスでも、いっそふんどしでも、なんでも構わないのだ。
見えないところは、ご想像にお任せ。
夢いっぱいの中身が、実際は項垂れるものであっても、まったく構わない――むしろ、できればそっち方向で。
だというのに。
「………………んとね、がく……えっと、がくぽせんせー」
几帳面にお遊びの呼び方を続行し、カイトはちょこんと首を傾げた。
スカートの裾を押さえる手に、きゅうっと力を込める。
「おれね………、がくぽせんせーの好みのぱんつ、はきたいの………それからだったら、いくらでもスカートめくり、していーよ?」
「………………っっ」
「あのね、だから――教えて、がくぽせんせー?セーラー服だったら、どんなぱんつが好きですか?」
どこの生徒が、なんの教師に放つ問いなのか。
畳にうずくまったがくぽはややして起き上がると、恥じらうカイトを生真面目な顔で見た。
「カイト」
「はい」
きりりと呼ばれ、カイトはわずかに背筋を伸ばす。
まじめなのだが、どこかネジの飛んだ恋人兼生徒に、がくぽせんせーは重々しい声で告げた。
「水色のフリル」