リビングに入ったところで、マスターは軽く瞳を見張った。

扉に背を向けて、部屋の中央にがくぽが立ち尽くしている。

「おや……」

ねこ×ねこ・なっぴんぐ

立ち尽くしている、としか言えない背中だった。途方に暮れていると、ひと目でわかる。

どちらかといえば四角四面にまじめで、はっちゃけているきょうだいに振り回されている感があるがくぽだ。

しかしここ最近は大分馴れて、そうやって途方に暮れたような姿を見ることも減っていたというのに。

いやむしろ、がくぽが家族を途方に暮れさせることすら。

なにに悩んでいるのかと近づいて、マスターはさらに瞳を見張った。

「おやおや」

「……マスター」

今度ははっきりとした声で言ったマスターに、ようやくがくぽは顔を向けた。

背中で語ったままに、途方に暮れた情けない顔だ。

だがマスターは構うことなく、愉しげに手を揉んだ。にんまりと笑み崩れると、きょろきょろとリビングを見回す。

「カメラ、カメラ………デジカメはどこにしまってありましたかね、がくぽさんんぇっ!」

いそいそとサイドボードへ向かおうとするマスターの襟首を、がくぽは容赦なく掴んだ。

えづかれたが構うことなく引き戻して、眉間に手を当てる。

「一寸待て、このすっとこどっこいが」

「おお懐かしさのあまりに、かえって新しい罵倒ですね!」

「貴殿はな…………」

どうすればこのマスターがへこたれるのか、今を持ってもよくわからないがくぽだ。

そのがくぽを、マスターはきらきらと輝く笑顔で振り仰ぐ。

「だって、こんなにもかわいらしいんですよ写真に撮っておかず、どうします?」

「かわい……い………………………か……………………………?」

マスターは無邪気に笑って歓んでいるが、がくぽは思いきり言葉を痞えさせた。

リビングの、窓辺。

南向きで、日中はぽかぽかと陽射しのあたたかい場所。

そこで、カイトとメイコが仲良くお昼寝中だ。

――仲が良い、としか、言えない。少なくとも、がくぽには。

ころんと横になったカイトは、メイコの膝を枕にしていた。

そのカイトの頭に片手を置いたメイコのほうも、窓に凭れてお昼寝中だ。日が差しこんでいるから後頭部が熱いはずだが、ものともせずに、熟睡。

おそらく二人でおやつを食べながら、他愛もない話をしていたのだろう。その途中でカイトが寝てしまい、メイコの膝に。

メイコは膝に乗せたカイトの髪を梳いてやっているうちに、眠気が釣られて――

ストーリーが完全に追える状態だ、が。

膝枕。

がくぽが悪魔と認定した妹たちすらも、姉として敬い畏れる強権的家長が、メイコだ。

本来的にはやさしいのだが、表に出すことがない。

そのメイコはほかのきょうだいに比べると、カイトに対してだけは妙に砕けているというか、素直にやさしさを発揮した。

彼女が、マスターと仄かな関係を築いていることは知っている。

知っているが、カイトへの態度が、あまりにも特別に見えて――

「…………妬く俺が、小さいのか?」

ぽつりとこぼしたがくぽに、マスターはふざけた笑みを消した。

ちょこんと首を傾げ、陽だまりに仲良く眠るカイトとメイコを眺める。

そのくちびるが、やわらかに綻んだ。

「生きてきた年数と、付き合いの長さですか」

「…………そういう、ものか」

「ええ」

頷いて、マスターは続けた。

「私には、二人はきょうだいにしか見えません。出会った最初から」

「…………」

出会った最初からがくぽには、カイトとメイコが特別な絆を持っているように見えた。

いや、カイトとメイコと、マスターと――

いつかの過去には、二人が忘れ去っただけで、お互いを想い合っていたこともあるのではないかと。

「………やはり、俺は小さいな」

「愛が深いだけかもしれませんよ」

つぶやくがくぽにさらりと言って、マスターは再びリビングを見回した。

「で、がくぽさん。カメラですよ。デジカメどこですか?!」

戻った話題に、がくぽは再び眉間を押さえた。

「どうしてもか…………起きたメイコ殿に、エルボーかバックドロップを掛けられても知らんぞ」

「じゃあついでに、湿布の場所も教えておいてください」

めげもしないが、否定もしない。これでいてマスターは、メイコを溺愛している。

がくぽは肩を落とすと、サイドボードの引き出しを順に指差した。

「上の段にデジカメで、記録容量がいっぱいなようなら、替えのメモリも共にある。下の段に救急箱が置いてあって、その中に湿布だ。世帯主」

「素晴らしい記憶力です、がくぽさん情報集積能力の高さが、桁違いですね!」

付け足された皮肉は聞き流し、マスターはうきうきとサイドボードへ歩いて行った。中からデジカメを取り出すと、記憶容量を確認し、頷く。

にんまり笑って戻ってくると、躊躇うこともなく、仲良く眠る二人にカメラを向けた。シャッターが押され、軽快な音が鳴り響く。

「………デジカメの悪いところは、シャッター音を消せないことですね。これだけ科学が進んだというのに…」

「消音は………ああいや。そうだな、隠し撮りやら盗み撮りやらが防止できて、結構なことだ」

がくぽは適当にいなし、シャッター音にも目覚めない二人を見つめた。

かしゃり、と。

「………こら」

「合わせて見せると、メイコさんのテレカクシを防止できる予感がするんですよ………!!」

「………貴殿な………」

眠るカイトとメイコを眺める、情けないがくぽの顔ももれなくデジカメに納め、マスターは素早く身を翻した。

がくぽに取り上げる気はないが、マスターはデジカメを持ったまま、逃げるようにリビングから出る。

おそらく家族に見せる前に、現像してくるのだろう。下手に見せると、現物を残せないままに記録が消去されてしまう。

いつもながら残念な方向で、行動力に満ち溢れたマスターだ。

見送ったがくぽは、肩を竦める――と、リビングの扉が開き、マスターがひょこんと顔を出した。

「がくぽさん。頼るべき相手もないままに、二人だけでアウシュビッツを生き抜いた幼いきょうだいがいたとしたら、どうなると思います?」

「?!」

問いの過激さに瞳を見張ったがくぽに、マスターは笑って手を振る。

「比喩ですけどね」

「わかっ…………マスター!」

がくぽが真意を問う前に、マスターはさっさと出て行ってしまった。

「………」

離れる足音と、健やかに眠るカイトとメイコ――

がくぽは立ち尽くし、ただひたすらに二人を見つめていた。