ひとがいないことはわかっていても、きょろっと廊下を見渡して、最終確認。

「よしっ!」

小さく頷くと、カイトはこここん、とがくぽの部屋の襖を叩いた。

「がーくぽっ!」

篭り

「ああ、カイト……」

応答の言葉も待たずに部屋に飛び込んだカイトを、待っていたがくぽは笑顔で迎えてくれる。

すぐにも腕の中に飛び込みたいのを我慢して、カイトはまず、きっちり襖を閉めた。それからくるんと振り返り、畳に座って待つがくぽににっこり笑いかける。

「シャワーは浴びたか?」

「うんっ!」

訊かれて、カイトはこくんと頷いた。シャワーを浴びて、ここ最近お気に入りの部屋着である甚平に着替えた。もちろん、ロイド用だ。

頷くのみならず、カイトは雫が垂れそうな垂れなさそうな、微妙な前髪を掴んで示した。

「でも大急ぎだったから、髪がまだちょっと、しけしけ」

「構わん。かえって、そちらのほうが……」

「だよねっ!」

はしゃぎながらも抑えた声で同意しつつ、カイトは持って来た浴衣を頭からばさっと被った。

きちんと着れば自分サイズぴったりだが、広げればカイトの体くらい、すっぽりと包みこむ。それが浴衣――着物というものだ。

そうやって頭まですっぽりと被ったうえで、カイトはがくぽの元へ行った。がくぽもまたすでに、部屋着代わりの浴衣に着替えている。

昼間だ。

世間では夏休みだなんだと言っているが、一応は平日の、真っ昼間。

幸いというかなんというか、今日はがくぽは仕事が休みで、カイトは午前中で終わって帰って来た。

他の家族はそれぞれに、まだ仕事中だ。いるのは、がくぽとカイトのみ。

家事の当番表はあれ、忙しいときには暇なものが変わるのが常だ。

今日の夕食は、カイトとがくぽで作ることになるだろう――が、それにしてもまだ、時間がある。

と、なれば。

「カイト」

「ふひゃっ!」

帯を外し、がくぽは浴衣を広げる。

度重なる逢瀬にも馴れることなく、恋人の肌を見ると赤面して卒倒してしまうカイトだが、今日は違う。

笑って、がくぽの胸の中に飛び込んだ。

「んんーっ♪」

「ふっ」

カイトの浴衣と、がくぽの浴衣と――

共に大きく広げたそれに、二人は抱き合って、頭から足先まですっぽりとくるまる。

「はゎっ、すずし……っ」

「ああ。堪らんな」

「ふひゃっ」

ただの浴衣ではない。ロイド用だ。

熱に弱いロイド用として売り出される衣服には、繊維化した特殊な冷却ファイバーが編みこまれている。着ていると体内の機械部品から生まれる余計な熱を奪って、ひどく心地よい。

人間用で売り出されているものとは根本が違い、冷却力はかなりのものだ。下手に人間が着ると、かえって凍えて体調を崩す。

しかし当のロイドたちは、これがないと夏場はとてもではないが乗り切れない。家の中にだけいるというならともかく、外に出掛けるとなれば、尚更だ。

だからロイドの本音としては、夏こそ厚着をしたい。

ロイド用衣装で全身をくるみ、厳重に覆い尽くしてしまいたい。

――が、見た目だ。

そこまで着込めば、見た目が暑い。

夏場に見た目が暑いのは、どこのご家庭でも不評だ。

がくぽとカイトにしても、御多分に漏れない。今年もがくぽはボディスーツを脱がされて、カイトは袖なし首すっきりコートにマフラーなし生活を強いられている。

もちろん夏用素材は、さらに強力に冷却するよう出来ているが、気持ちの問題がある。

露出が増える=冷却材に覆われていない部分が増える⇒暑い気がする。

そうやって、身体的ならずに気分的にバテたがくぽとカイトはここ最近、ヒミツの涼み方を覚えた。

それが、これだ。

ロイド用の浴衣――冷却材は、もちろん多分に編みこまれている――で、頭から爪先まですっぽりと、覆ってしまう。

普通の服なら、覆うことができるのは首までがせいぜいだ。帽子を被る向きもあるだろうが、顔は出ている。

もちろん、家の中はクーラーを利かせていて、涼しい。

が、それとこれとは、別問題。

夏場の熱処理に常に頭を悩ませるロイドにとって、冷却材の入った服地で全身が覆われている安心感は、なにものにも変え難い。

「ん……っ、がくぽの肌、すべすべきもちいー………っ」

甘ったるい声でつぶやき、カイトは埋もれたがくぽの胸にすりすりと頬を擦り寄せ、ちゅっと軽く吸う。

浴衣に埋もれたままカイトの腰を抱くがくぽの腕に、責めるように力が篭もった。

「これ、悪戯をするな。………ひとが同じようにやれば、すぐに怒ろうに」

「怒ってないもん」

言い返し、カイトは浴衣に覆われて薄暗い視界の中、がくぽを見上げる。

責めてはいるが、がくぽの表情は笑みだ。

カイトも一瞬笑ってから、すぐにくっとくちびるを尖らせてみせた。

「だってがくぽ、俺と違うでしょ。『きもちいー』だけで、終わらないもん。涼んでるのに、あっつくなること始めちゃうから、だからがくぽは、『ダメ』なの」

「やれやれ」

諭すように言われて、がくぽは慨嘆してみせる。腰を抱く手が微妙に体の線を撫で辿り、甚平の隙間から入り込んでカイトの肌に触れた。

「っぁ、がくぽっ……」

「そうと言うなら、それこそ『気持ちいい』ことだけしか、していないはずだぞ、俺はそれともカイト、俺が悪戯をしたことで、途中で痛かったり苦しかったりすることがあるのか?」

そうであるなら、是非にも聞いておかなければ。

しらっと言うがくぽは、カイトの背中を撫で、脇腹へと辿る。

カイトはひくひくと震えながらがくぽにしがみつき、裸の胸に擦りついた。

「んっぁ、メ、………ったら……っ。がくぽ、メ、なの……っ。んんんっ」

「つれないことを言うな………それとも、カイト。もしかして今、気持ち良くないのか?」

「そんなわけないでしょっ!」

落とされた問いは茶化すものだったが、瞬間的にカイトは本気で言い返した。

がばりと体を上げて、しかしすぐにがくぽの胸に戻る。

起き上がったことで捲れた浴衣を、互いに互いの体をくるむためにもう一度、二人で被り直して――

「………っふひゃっ」

「ああ………っふ……っ」

堪えきれず、二人は抱き合ったまま笑った。

大声を出すことはなく、悶え回ることもなく、けれどしばらくの間、笑い崩れる。

ややしてようやく笑いの発作が治まると、カイトはがくぽの胸から顔を上げた。首を伸ばすと、そっとくちびるを触れ合わせる。

「ね。………これくらい」

「まあ、な。………仕方ない」

「だよっ。ぁ、…………っ」

伸び上がったカイトの後頭部を押さえ、がくぽはくちびるを触れ合わせる。

手本として教えてもらったまま、やわらかく、表面を撫でるだけ。

羽ばたくように何度も何度も触れるだけの、静かでもどかしいキス。

くり返しながら、カイトはがくぽへとますます体を擦り寄せ、がくぽもまた、カイトをきつく抱き寄せる。

熱はあっても、昂り過ぎない。

篭もって、けれど篭もる先から吸い取られていく――

『繭篭り』した恋人たちは、そんなちょっとばかりもどかしい涼みを、思う存分堪能した。