者の前進

「っが、がくぽ、あの、っねっ?!おれ、ぇえっ、えっ………えっちっきらいっだいっっきらいっっ!!ですっっ!」

「っっ?!」

『なぁーにぃーッ?!』と――

いわば、歌舞伎役者が花道で見栄を切るような心地で、しかし実際にはなにをすることもできず、がくぽはただ、固まった。

ひっそり静かに回路をかっ飛ばし、固まるがくぽの前で、衝撃のコクハクをやらかしてくれたコイビト、カイトはひたすら、かわいらしかった。顔どころか、ぎゅっと握った拳まで真っ赤で、そうでなくとも揺らぐ湖面の瞳は潤んで、さらにゆらゆら揺らぐ。

それで一途に、懸命な様子で、あぶおぶと――

こんな頂点を極めそうなほどかわいらしい様子で、しかし言うことが言うことだ。

がくぽだとて、知っている。よく知っている。

カイトは『えっち』こと、セックスが苦手だ。こうしてなにもないときにひと言、口にするのも苦労するほど、とても苦手だ。

ただ、その苦手というのは、『苦痛である』というのと、同義ではない。否、同義ではないと、がくぽは思ってきた。

起動してからの年数や設定年齢など、年齢的なものはすべて横に置くとして、カイトはつまり、『はづかしい』のだ。とてもとても『はづかしい』から、突き抜けて『苦手』であると。

カイト――KAITO他、旧型機は機微には疎いが、それを補うように、体感覚が鋭い。

結果、とても『感じやすい』。

旧型機より機微に敏くなった分、体感覚が鈍らされた新型機と比べると、倍々程度には感じやすい。

らしい。

カイトの言葉で表すなら、『インラン』だ。

インラン――淫乱。

むしろご褒美である。それがカイトであるなら、望むべくもないというものだ。ばっちこーーーいである。がくぽは。

カイトのほうでは、『インラン、だめ、ゼッタイッ!』と涙目で、しかし堪えきれずに強請るさまなどが――

「………………嫌いなのか。ぇ、…えっち」

「……っ」

ほとんどアブラの切れたブリキ人形のような有り様で確認したがくぽに、カイトはさらに赤く染まり、きゅううっとくちびるを引き結んだ。

募っても減じることはない恥ずかしさに、湖面の瞳はますます潤んで揺らぎ、見ていると思考がくらついて、そのうち吸いこまれそうな心地になる。

吸いこまれてカイトと一体となればどんな心地だろうと夢想しつつ、がくぽは念押しの問いを重ねた。

「ならばもちろん、今すぐヤるなどということは言語道断、金輪際、ご免被るというものだな?」

「いっ……ます………っ」

『今すぐ』を強調したがくぽの問いに、カイトはびくりと身を震わせた。なるほど、これは『嫌い』らしい反応と言えるだろう。

そこまでカイトは――

「い……今、すぐ………えっち。だ………だめ、ぜったい。ぜったい、ぃや………も、いっしょー、ずっと、しない………し………っ。い、ますぐ………とか、やった……ら…………が、がくぽのこと………っ」

もはや顔を上げていられなくなり、カイトはうつむいて吐きだした。震える指が嘆願をこめて、がくぽの袖をちょこんとつまむ。

耐えきれなかった。

「カイト……っ!!」

「んぎゅぅえっ?!」

加減もできず、力いっぱい、それも勢いよく胸へと抱きこんだがくぽに、カイトは色気とまるで無縁のカエル声を上げる。

しかし構わず、がくぽはただ感無量の思いで、カイトをきつく、さらにきつく、抱きこんだ。

募ってまるで堪えきれないものを、吐きだす。

「大きくなったのだな、カイト……っ!!」

「は、はぇええっ?!」

――吐きだされたがくぽの万感の思いに、しかしてその内容に、カイトは堪えきれず、素っ頓狂な声を上げた。

「ちょ、え、がくぽ、それどーいう意味……じゃなくて、どっちっ……『どっち』の意味………ぅえぇううっ?!だからどーーーいう意味なの、がくぽっ?!もしかして、しつれー?!ねえそれ、俺にしつれーじゃないっ?!んむぎゅぅうううううーーーーっ!!」

胸のなかであぶおぶと喚き立てるコイビトを潰さんばかりの力で抱きしめたまま、がくぽは募る愛情と、増していくばかりのしあわせを、ほっこりと噛みしめていた。