七夕さらさら

洋風のリビングに、まったくインテリアを加味することのない笹が持ちこまれ、それぞれの願いごとを書きこんだ色とりどりの短冊が結びつけられた。

それだけでは寂しいと、色紙を加工してさまざまな飾りがつくられ、飾りつけられて。

出来上がったのは、家族の性格をよく表した、派手で賑やかな七夕飾りだった。

「♪たーなーばーたーさーらさらー♪」

散らかすだけ散らかして寝てしまったきょうだいたちの後を引き受けて、工作道具を片づけていたカイトが口ずさんだうたに、いっしょになって片づけていたがくぽは動きを止めた。

「カイト殿。歌詞が違うだろう」

「あれ?」

カイトはきょとんと首を傾げる。

「そんなうたじゃなかったっけ♪七夕…」

「七夕がさらさらするとはどんな状態だ。七夕ではなく、♪笹の葉さらさら♪だ」

「…」

軽くくちずさむと、今度はカイトが動きを止めた。戸惑うほどの強い視線で、がくぽを見つめる。

自分はなにかそれほどおかしなことを言っただろうか、と思い返して、がくぽは困惑しながらカイトを見返した。

「がくぽ、うたえるんだ?」

「ああ、日本のイベントに関する曲は一通り入っているゆえ…」

「初めて聴いたかも」

「…」

うたえる、の係る先がわかって、がくぽは瞳をぐるりと回した。一通り思い返してみる。

「…そうだったか」

「うん。『がくぽ』がうたうのは、初めて聴いた」

まじめに言い切って、カイトは首を傾げて考えこんだ。それから、手に持っていた工作道具を適当に放り出す。

「これ、片づけを…」

「がくぽ、こっち来て」

している最中だったのだが。

思いのほか真剣にカイトに呼ばれて、がくぽは持っていた道具を丁寧にテーブルに置くと、呼ばれるままに三人掛けのソファに座った。

「こっち向いて、こう、座って」

「…カイト殿?」

ソファに足を伸ばす状態で座らされ、がくぽは眉をひそめる。そのがくぽの足をわずかに開かせると、カイトは躊躇いもなくその間に座った。

「カイト殿っ」

「はい、手ぇ回して」

「カイト殿!!」

カイトはがくぽの足の間に座ると、ソファにのびのびと足を乗せた。そして、埋まるようにがくぽの胸に背を預ける。

そうやっておいて、がくぽに腕を回させるから、がくぽにしたらカイトを抱っこしたのと同じ状態だ。

間違っても、成人男子二人でやる恰好ではない。

跳ね除けられないものの、体を硬直させて抵抗を示したがくぽを、カイトは頭を仰のけて無邪気に見つめる。

「うたって」

「…なに?」

「だから、うたって。さっきのでいいよ。七夕さらさら」

「だから七夕でなく笹の葉だと、ではなく!」

律義に訂正してからツッコミに入ったがくぽに、カイトは屈託なく笑う。

「うたってよ、がくぽ。がくぽの声って、耳元で聴いてみたい感じ」

「だからと言って……っ」

こんな姿を姉妹たちに見られた日にはなにを言われるか、考えることも拒絶するほどに恐ろしい。

カイトはまあ、おにぃちゃんは天然だからぁ☆、で済まされるだろうが、がくぽのほうは。

走りを想像しただけで背筋が反るがくぽの手を握って、カイトはぽんぽんと自分のおなかを叩く。

「うたってよ。聴きたい」

「……」

うたうのが本能だ。うたえと請われればうたう、それがボーカロイド。

聴きたいと求められれば、いやな気はしない。

請われるままに、壊れるまでうたいたい。

しばらく葛藤して、がくぽは小さく肩を落として諦めた。

姉妹たちはもう、寝ている時間だ。ロイドが一度眠りに入ったら、そうそう起きては来ない。一曲くらいうたっても、それがこんな形であったとしても、だれも見に来たりなどしないだろう。

「少しだけだぞ」

「うん!」

それでも釘を刺したがくぽに、カイトは瞳を煌めかせて頷いた。

こんなふうに期待されると、応えたいと思う。

がくぽは知らず、カイトの体に回した手に力を込め、軽く背筋を伸ばした。

「♪」

日本人ならだれもが一度は耳にする曲を、静かにうたう。

うたいながら、笹の葉に願いを込めた短冊を吊るして、あるいは飾りを施して。

そうやって、愉しく過ごすための、その記憶を呼び覚ますうたを。

「…ん」

短い曲をがくぽがうたい終わると、カイトはまじめな顔で頷いた。

「いー声!」

確信を持って、つぶやく。自分をしっかり抱きしめるがくぽの手を、ぽんぽんと軽く叩いた。

「やっぱり、耳元でうたわれるとすごい声だねえ。なんかもぞもぞする」

「もぞもぞか」

カイトのどこかぼけた擬音に、がくぽは小さく笑う。

衒いもなく自分に身を預けきるカイトの頭に軽く顎を乗せ、無防備に晒されているおなかをぽんぽんと叩いた。

「うん。もぞもぞ。ぞわぞわ?」

「それはすごいな」

「すごいよー」

つぶやいたカイトが、だらけた格好のまま、それでも心持ち咽喉を伸ばす。顔を上向かせると、軽く瞳を閉じた。

「♪」

うたいだす。

がくぽのうたったとおりに音程をなぞって、歌詞を辿って。

けれど、その迷いのなさと躊躇いのなさはがくぽより、数段は突き抜けて、のびやかに。

「…カイト殿がうたうのは、初めて聴いたな」

うたい終わってそうつぶやいたがくぽに、カイトは湖面のような瞳をきょとんと見張った。

「そうだっけ」

「『カイト』殿がうたうのはな」

強調して、がくぽは悪戯にカイトの頬をつまんだ。やわらかいそこをふにふにと揉むと、カイトは愉しそうに笑う。

「もっと聴きたい」

囁くと、カイトは瞳を煌めかせてがくぽを見上げた。

「俺も。もっと聴きたい!」

屈託のない笑顔が向けられて、がくぽは軽く瞳を細めた。

彼がだれにも愛される理由がわかる気がする。愛さずにはおれない、それだけの魅力が彼にはある。

だから、

「…?」

自分の思考の行く末が暗闇に落ち込んで、がくぽは首を傾げた。

だから、………だから?

だから、

「そしたら、がくぽ。今度はいっしょにうたおう声とリズムを合わせるの。できる?」

「…ああ」

カイトが自分に回されたがくぽの手を取り、ぽんぽんと自分のおなかを叩いてリズムを取り始める。

「リズムはこれ。声は、そうだな。まずはがくぽは好きにうたって。俺が合わせるから、やり方がわかったら、合わせて」

「わかった」

愉しそうなカイトに、がくぽも微笑む。

うたうことは愉しい。

それこそ、自分たちがうたうためのうたうものであるなによりの証。

ずり落ち気味なカイトの体を引き上げて抱き直し、がくぽはリズムに合わせてうたいだした。

すぐさま重なってくる、カイトのうたごえ。

まだ不安定に揺れるがくぽの声を、迷いもなく引き上げて、のびやかに星空へ。