寝室へ引き上げる前に家の中を見て回っていたマスターは、リビングの扉の前にひっそりと立つメイコの姿に眉をひそめた。

さらり七夕

リビングからは明かりが漏れているから、だれかいることは確かだ。

メイコの取る位置と、恰好から、覗き見中であることもまた確かなことで、それはメイコにはおよそ似つかわしくない態度だった。

どちらかというとメイコはどんな現場にも空気を読まずにずかずか乗りこんでいくタイプで、こっそり覗き見などして一部始終を見届ける性質ではない。

最後まで見届けたうえで、「みーちゃった☆」とやるのは妹たちのほうだ。

「メイコさん」

「ひわっ?!」

こっそり声をかけると、メイコは大げさに飛び上がった。悲鳴を上げようとした口を、素早く塞ぐ。

「ないしょなんでしょ悲鳴上げたらバレるわよ」

「…っ」

大真面目に言ったマスターを、メイコはきっと睨んだ。

「だれのせいよ!」

責める声は、だが、ごく小さかった。どうやらほんとうにないしょらしい。

マスターはメイコの脇から顔を出し、リビングの中を覗き見た。

「…あらまあ」

なんとも言えない感嘆がこぼれる。

長男が、最近やって来たばかりの三男(?)といちゃらぶ中だ。

ふたりしてそこそこいい年のはずなのだが、そんなものにまるで構わない、膝抱っこ。

カイトのほうはまったくもってリラックスしてがくぽに体を預けきり、預けられているがくぽのほうも滅多に見せないやわらかな表情だ。

カイトの体にはごく自然に腕が回されて、しっかりと抱きとめている。

「…なんていうか、アレよね。カイトがアレなのは納得できるのよ。ああいう子だから。でも、がくぽのほうがアレって…」

「メイコさん、アレアレしか言わないと老けるわよ」

具体的な言葉を避けるメイコに無体なツッコミを入れ、マスターは笑った。

「意外かしらがくぽさんが、カイトさんとああしてるの」

「…マスターは意外じゃないのだってがくぽっていっつも、カイトを見ると小言こぼしてるか、がみがみ躾してるかで…」

普段は尊大に眇められている瞳が本来の魅力どおりに大きく見張られて、マスターを見つめる。

マスターはその瞳を愛おしげに見つめ返し、忍び笑った。

「それはアレよ。メイコさんと同じ」

「あたしと?」

ますますきょとんとするメイコに、マスターは頷いた。

「好きすぎて素直になれない」

ぴん、と人差し指を立て、もっともらしく言ったマスターを、メイコは胡乱な瞳で見返す。

「言っておくけど、あたしはカイトに…」

「なに言ってるの。カイトさんじゃないわよ。私に」

「…マスター?」

至極当然と言い切ったマスターを、メイコはかえって不思議そうに見つめた。めずらしくも、それは長男と同じくらいに無垢で素直な表情だった。

そのまま沈黙が落ち、メイコは瞳をきょときょとと瞬かせる。

ややしてマスターは大きくため息をつくとがっくりと肩を落とした。

「今のは効いたわよ……。メイコさんもツンデレならツンデレらしく、『なに言ってんの、ばっかじゃないのマスター!』くらいの攻撃はかましてくれないかしら……」

「なんの話よ?!」

「私の心が折れた話」

「だからなんで?!」

どこまでも不思議そうに問い詰めるメイコに、マスターは遠くを見つめる。

その耳に、愛しいロイドの詰り声とともに、不器用ながらも愉しげなハーモニーが入って来る。

お互いがお互いを労わりあい、助け合う、今は不器用でも、先が愉しみな。