がくぽがカイトを抱き上げる。

力無い体をくるりと持ち上げ、両腕の上に乗せて、お姫さま抱っこの完成。

重さを感じさせない名人芸ぶりで、あれよという間の出来事だった。

お姫さまのゆくえ

「いいなあ、アレ」

ぼそっとつぶやいたのは、リンだった。

人差し指を咥えておにぃちゃんたちを見つめ、それから傍らで聞こえないふりをしているレンを見、もう一度つぶやく。

「いいなあ。リンもああいう、だれかいないかなあ」

「…」

男として情けないことは百も承知だが、レンには自分にがくぽのようなことが出来るとはとても思えなかった。

矜持が許さないから絶対に認めたくないが、がくぽのように力学も重力も無視した行為がさらりとやりこなせる体につくられていない。

ゆえに、必死で聞こえないふり。

を、しているのに。

「なにを言ってるんですか、リンさん」

朗らかな声が、リンに応えた。

「リンさんには、レンさんがいるじゃありませんか!」

マスタああああああああ!!!

レンはこころの中で盛大に罵倒する。

出来ないって言ってんだろ?これでリンの期待に応えられなくて、がっかりさせたら!

失望されたら…――!!

想像だけで沈みこむレンに対し、リンの声は明るく弾んだ。

「そぉだよねリンにはレンがいるよねね、レン?!」

「……ぁあ?」

応じる声には、あからさまに気が進まなさが滲んでいた。

しかし、そんなものに構ってくれるお姫さまではない。

きらきら輝く瞳が、肯定の返事だけを待ってレンを見つめる。

マスターもにこにこと微笑んで、レンを見ている。メイコとミクに至っては、盛大なにやにや笑いでもって。

レンが肯定以外の返事をするという選択肢は――彼女たちには、存在していない。

確かにこれで、出来ない、と断ったとして、リンが、「じゃあがっくがくにしてもらうー」などと言い出したら、レンは機能障害でラボ入りするくらいの拒絶反応を起こすだろう。

リンが自分以外を頼ると考えるだけで、レンの回路はショート寸前だ。

この場合の答えとして、拒否権がないのはどの観点から見ても正しい。

正しいが、それと、納得して受け入れるのはまた別だ。

「レーンー?」

「……っわかったよっ」

それでも、どう懊悩してもそれ以外の答えはなく、レンはいかにも渋々と応じた。

「やったぁあ!!」

リンの声が無邪気に跳ね上がる。

うれしさ満開だ。

そんなに無邪気によろこばれると、つい、がんばろうと前向きになってしまうレンだ。

自分はリンに甘い。

たとえそれが、設定されたプログラムであったとしても、それでも構わぬくらいに。

「じゃ、早速☆」

「は?」

腕まくりして気合いを入れようとしたところで、リンに肩を掴まれ、足払いを掛けられた。不意を突かれた体は、あっけなくバランスを崩して傾く。

そのまま床に激突する、と咄嗟に身を固めたレンは、浮遊感に瞳を見開いた。

「できたぁ♪」

「さすがリンさんです完璧です、パーフェクトです、見事ですがくぽさんに負けていませんよ!!」

見てみてマスターと、リンは得意満面でマスターに見せびらかす。

マスターのほうも、喜色満面でリンを褒めちぎる。

だがしかし。

「ちょっと待てやこら反対だろ?!」

「ん?」

リンにお姫さま抱っこされたレンは、その恰好のまま頭を抱えた。

リンがレンをお姫さま抱っこしてどうするのだ。

リンはかわいい女の子で、レンは、だれがなんと言おうとも立派な男子だ。するなら反対のはず。

それなのに、リンは軽々とレンを抱えたままで、マスターの顔にも疑問の色はない。

「反対って?」

きょとんとして訊いたリンに、女性陣は素知らぬ顔で頷いた。

「まあ、無理だと思うわね」

「うん、ボクも無理なほうに賭けるね」

「そうですよ。レンさんですよ?」

「ぅがるるるるる!!!」

女性陣に揃ってあっさりと男の矜持をぶち折られて、レンはリンの腕の上で虚しく吠えた。

レンのお姫さまはもちろん、そんなことに頓着してはくれない。

「レン、首に手ぇ回して、ちゃんとくっついてよ」

「…」

レンのお姫さまだ。

レンがお姫さまなのではない。

だがこの扱いはどう考えても。

「とりあえず、一旦下ろせ」

「ええまだ堪能してないよぉ」

「いいから下ろせ」

しつこく迫ると、リンはしぶしぶとレンを下ろした。

レンは深く静かに集中力を高める。

非力設定は、レンだけではない。リンだって、腕力の設定は同じはずだ。そのリンが出来たのだから、ようはやる気だ。気合いだ。根性だ。

出来ないことがあるか。

リンがレンのお姫さまなら、レンはリンの王子さまだ。

それを知らしめる。

レンはきっと顔を上げると、リンに相対した。