「あれがしたい」

涎を垂らさんばかりの表情でのお姫さまのご要望に、レンは肩を落とした。

別にいい。リンと相合傘をするくらい。むしろ望むところだ。

だが、兄が男二人で相合傘をして、あまつさえ腕を組んでいる姿を見て、一言目に出てくる言葉がそれでいいのか。

レインレディ

雨が降ってきたのに気づいて、お使いへと出かけた兄たちを迎えに出かけたリンとレンが見たのは、これ以上なく寒い光景だった。

いい年をした成人男子二人が、相合傘。

そのうえ、腕まで組んで。

なんてアレな光景だ。

あまりの寒さに目から鼻水が垂れる。

カイトの無邪気さと天真爛漫さは知っているから、いくらアレな光景でも抵抗がないのはわかる。

わかるが、常識人だと信じていたがくぽがおとなしくされるがままになっているのを見ると、ものすごい裏切りに合った気分だ。

「レーンー。あれがしたい!」

レンのお姫さまは、水を被ると模様が浮かぶお気に入りの傘をぶるんぶるんと振り回して、力強く主張する。

「リンも、あれがしたい!」

言いたいことはそれだけなのか。兄二人のあの痴態を見ても、言いたいことはそれしかないのか。

鼻から涙が出かけて、レンはずず、と啜った。

たぶん、おそらく、ツッコんだほうが負けなのだ。

そういうゲームだ。

よくある話だ。

「わかったよ。ほら」

手を伸べると、リンはお気に入りの傘と、レンが差すのっぺらとした男物の傘を見比べた。

「こっち!」

「こっちのほうが絶対大きいじゃねえか!」

「でもそんなつまんない傘いやこっちがいいの!」

お姫さまの我が儘には慣れっこだ。見るからに女物の鮮やかな傘を差すとか、年頃の少年にとっては地獄百景ものの羞恥プレイにだって耐える。

レンは肩を落として自分の傘を畳み、リンの傘の下に入った。リンが勢いよくぶつかってきて、腕を絡める。

「えへへ」

どうしてか、至極得意そうにレンを見るリンだ。

リンの笑顔を見ると細かいことはどうでもよくなって、レンも笑った。

リンの手から傘を受け取り、がくぽを真似して、リンのほうへと傾ける。肩が濡れて一瞬戸惑ったが、すぐにどこか誇らしい気持ちに取って代わった。

大事なひとを、守っている。

なんだか、ちょっぴり大人の男になった気分だ。

カイトに対しては、いつもいつも小言ばかりこぼしているがくぽが、少しでもカイトのことを大事に思って、そうやっていたなら、いい。

並んで歩きだしながら、レンは鼻唄をうたいだした。わずかに遅れて、リンも加わる。

「雨ってたのしいね」

家を目前にしてそうつぶやいたリンに、レンは小さく笑った。

「うん」

反抗期の少年にしては珍しく素直に同意して、レンはさらにリンに寄り添った。