「…………と、いうのが、今年の初夢でした。どっとはらい」

昔話ならお決まりの文句で話を締め括ったマスターに、ミクとリンがぱちぱちと拍手を送った。

「すごい、マスター!!夢ってスペクタクル!!」

特にリンのほうは顔を赤くして、瞳をきらきらと輝かせて、興奮最高潮のようだ。

毎年、一月二日は、朝ごはんを食べたのちにリビングに集まり、家族みんなでマスターが見た初夢の内容を聞くのが、この家の恒例行事だった。

ロイドは夢を見ない。そこに新型と旧型の違いはない。

だから、『夢を見る』という状態に対して、リンにしろミクにしろ、わずかに憧れの気持ちがあったりする。

「うん、すっごいスペクタクルだったいいなぁ。ボクもそういう夢、見てみたいー」

「ね、ね、ミク姉そうだよね!!いいなマスター、マスターいいな!!」

リンは座ったまま、跳ねるようにして床に正座したマスターに近づき、その膝に手を乗せて身を寄せる。遊びたい盛りの子犬にも似た、愛らしいしぐさだ。

「………………つーかさー……………」

リンやミクのようには興奮していない、むしろ引き気味なレンが、ぼそっとつぶやく。

その目は、リビングの思い思いの場所に座る家族の間を、落ち着きなく彷徨った。

「ええと、マスター?」

「はい、メイコさん」

一人掛けソファに座ったメイコに呼ばれて、リンを膝で遊ばせるマスターは嬉しそうな笑顔を向ける。

額を押さえたメイコは、苦悩にしばらくくちびるを空転させ、しかし結局。

「あなたもしかして、なにか欲求不満なの?」

「きゃっはっ!!」

どストレートな質問に、ミクが吹きだす。マスターの膝に懐くリンも、明るい笑い声を上げた。

マスターは澄ました顔で口を開き――

「ひどいよ、マスター!!」

「あわ」

ふるふる震えていたカイトがようやく上げた、涙混じりの非難の声に、慌てて居住いを正した。

がくぽとミクに挟まれて、三人掛けソファの真ん中に座ったカイトは、ぐずぐずと洟を啜っている。しきりと瞬きをくり返すのは、涙を払っているせいだろう。

そんな状態で、カイトは傍らに座るがくぽの着物をぐいぐいと引っ張った。

「がくぽのこと、そんな悪人にしちゃうなんて!!が、がくぽはぜったい、なにがあっても悪いことなんかしないのに!!ね、がくぽ!!」

「っっ!!」

同意を求められて、半ば意識が飛んでいたがくぽは、びくりと震えた。

マスターに対して、物凄く言いたいことがある。正座して説教どころではない。それこそ膝の上に重石を乗せて、二、三時間はくどくど言いたい。

だがその前に。

「今の話を聞いて、感想がそれだけなのか…………?!!」

「ほえ?」

がくぽのキャラクタ以上に、ツッコミどころがあったはずだ。

主にがくぽとカイトの、あはんとかうふんな場面で。

がくぽ?」

「…っっ」

不思議そうなカイトに、がくぽはソファの上で後退さる。

「あ、だいじょぶなんだよーん♪」

がくぽとは反対のカイトの隣に座っていたミクが、背後からおにぃちゃんに抱きついて、親指を立てる。

「あはんvvでうふんwwなシーンのときは、ボクが責任を持って、おにぃちゃんの耳を塞いでおきました☆」

「……!!」

がくぽは今まで、ミクのことは悪魔の眷属か、さもなければ悪魔そのものとしか思ったことがなかった。

しかし初めて、感謝のあまりに抱きつきたい思いに駆られた。

そんなことをやれば果てしなく地獄遊戯が待っているとわかっているのでやらないが、反射的に体が動きかけた。

がくぽの表情から「GJ」のメッセージを読み取ったミクは、小粋にウインクを飛ばす。

「そうとなれば………」

「ああ、まずい予感です」

気を取り直して顔を向けたがくぽに、マスターはリンを膝に懐かせたまま、他人事のようにつぶやく。

「まあ、当然の流れだよな…」

「おもしろかったのになー」

つぶやくレンにマスターの膝から下ろされ、リンはくちびるを尖らせた。

とはいえ、積極的にはマスターを庇わない。

がくぽだけが怒っているなら茶々も入れるが、今回の場合、「おにぃちゃん」がおかんむりなのだ。

「そこへ直れ、マスター」

「斬り捨てご免ですね!」

きりりと睨まれて、防護壁も取り上げられたマスターは軽く天を仰ぐ。茶化しているようだが、これでいて割と真剣だ。

だが、がくぽがそのまま説教に突入するより先に、カイトが身を乗り出した。

「だからマスター!!」

珍しくも、本気で不機嫌な声だ。

「がくぽは斬り捨てご免とか、そんなひどいことしないんだったら!!俺のことだったら別になにしてもいいけど、」

「いいわけがあるか!」

カイトの言葉に、がくぽが割り入る。

振り向いたカイトに、がくぽはあからさまな渋面を向けた。

「もそっと己を大切にしろ。なにをされてもいいなどと」

「だって別に、今さらマスターだし」

「うわ。地味にクるんですが、そっちのほうが」

ぼそりとつぶやいたマスターを、メイコは胡散臭そうに見た。いちばん大事な、マスターへの信頼感が揺らいでいるらしい。

がくぽとカイトには、マスターのつぶやきは届かなかった。

なぜか互いに睨みあう。

「今さらと言うなら、俺のこととて今さらだ。そんなものは流せ」

「それはだめだってがくぽ、悪いひとにされちゃったんだよ?!」

「悪いひとごとき、どうでもあるまい。役柄上、そういったものを演じることとてあるのだ。それより、貴殿の扱いだ」

「俺はいいんだったらそれこそ、役柄で済むもんでもがくぽは」

「いや、貴殿は」

「がくぽが!」

「貴殿が!」

……………

………………

…………………

「いや、なんかさー」

おにぃちゃんの傍から離れたミクが、床に正座しているままのマスターの肩を叩いて、横に座る。

「うまく矛先が逸れたよね!」

「もー、マスターったら策士!」

リンにも小突かれ、しかしマスターは微妙に不満そうに首を傾げた。

「まったく意図していなかった方向性なのですが………」

がくぽとカイトはソファで向き合って、未だに喧々諤々やっている。

自分はどうでもいいが、お互いへの扱いが、と。

仲が良いと言えば良いかもしれないが。

「違うんです…………そうじゃなくて……………」

力なくつぶやくマスターに、ミクとリンがうんうんと頷く。

「まあ、がっくんとのアレなシーンを、おにぃちゃんには聞かせられないとしても………」

「がっくがくはもっとこう、そこを意識してもいいよね!」

「おまえらってほんと…………」

末っ子弟のレンが、姉たちの思惑にがっくりと項垂れる。

マスターの話は、アダルトオンリーのマークを付けていいレベルだった。

そしてそのアダルトな行為に及んでいる同士は、性格が微妙に変化していたとはいえ、がくぽとカイトだ。

お互いがお互いを意識しているくせに、今ひとつ進展に及ばないふたりだ。

それが、こうまであからさまな恋愛話を仕立てられたとしたら――という、意識を揺さぶる気満々の、マスターの意図が見え見えの話だった。

だが結局、釣られたのはミクとリン、レンだけで、肝心の本人たちは、――という、体たらく。

家族の細かな機微がまだ把握しきれていないメイコがひとり、瞳を瞬かせてリビングを見回す。

首を傾げ、口論しているように見えるがくぽとカイトを見、恨めしげなマスターを見る。

「夢を見たって言ってたけれど……………つくり話なの?」

胡乱げに訊くメイコに、マスターはきりっと背筋を正した。

「まさか。うろ覚えのところはありますけれど、ほぼ見たままです」

「それ、きっぱり言うことか………」

レンが小さくツッコむ。

分類するなら淫夢に入るはずで、普通、そんなものを見たと公言するのは恥ずかしいことのはずだ。

ミクとリンが明るく笑い、メイコは眉をひそめた。

「やっぱりあなた、欲求不満なんじゃないの?」

再度問われて、マスターは肩を竦めた。

「まあ、否定はしきれません」