「えー……………………っと」

リンが隠し撮りしたムービーを肴に晩酌していたマスターは、首を傾げた。

「プロポーズ。……………ですよね、これ?」

recipe of the genius

「だよねー」

「ねー」

「なー………」

酒こそ飲まないものの、共にリビングのテーブルを囲んでいたミクとリン、レンが、同意して頷く。

浮かぶ笑みは生温い。

「どっからどう聞いても、プロポーズだよねえ………」

「なんでおにぃちゃんもがっくがくも、しらっと天然でこうなのかなあ……!」

疲れ果ててぼやくミクとリンに、マスターは瞳をきょろりと回して、酒を啜った。

画面の中では延々と、食べさせっこが続いている。

らぶらぶだ。どう見ても。

いい年をした兄弟の振る舞いではないと、どうして二人して思い至らないのだろう。

「…………………………マスター?」

「はい?」

胡乱げに呼ばれて、マスターはすぐさまご機嫌笑顔となった。

にっこりと――残念にも怪しく笑って、微妙な表情のメイコを見る。

「なあに、メイコさんプロポーズがご希望なら、それこそムード満点でやる気満々だけど」

「ご希望してないわよ」

つれなく振って、メイコは眉をひそめた。画面を指差す。

「うちの弟たちは――…………『そう』、なの?」

「ぁははー」

「はははー」

「はー………」

メイコの問いに、ミクとリンが乾いた笑いをこぼし、レンが力なく項垂れる。

マスターはにんまりと笑った。

「『そう』…………未満、てとこかしらね」

「未満……」

つぶやき、メイコは再び画面を見た。

カイトの口の端についた食べかすをがくぽが指で拭い、そのまま自分の口へと運ぶ。

浮かべる笑みはどこまでも甘く、男臭い。

家族の前では、ああまでの顔を晒しはしない――

「みまんんん……………っっ?!!」

納得がいかないとつぶやき、メイコは画面を指差して叫んだ。

「うちの弟たちは………バカなの?!」

「あははははっ!」

「きゃっはは!!」

直截な言葉に、ミクとリンは今度は明るく笑った。

「バカっつーかさー」

その「弟」に自分は含まれていないだろうとは思いつつも、男兄弟のよしみで、レンは一応フォローしようと、口を開く。

しかし言葉が続かず、しばし苦悶したのちに、頭を抱えてテーブルにうつぶせた。

「ゲキニブなだけなんだよ…………!」

「フォローになっていませんよ、レンさん」

「わかってるっつーの!!」

やさしく言うマスターに噛みつき、レンは頭を掻き毟った。

あのふたりに関しては、もはやフォローのしようがない。どうしてあの状態でお互いに気がつかないのか、世界で八番目の謎に並べたいくらいなのだ。

「ま、それはそれとして、メイコさん」

ジャーキーをもぐつきながら酒を啜り、マスターはにっこり笑顔でメイコを見た。

「ムード満点のプロポーズがいやなら、ああいう感じに、素朴なやつがいいの?」

「は?」

しきりと納得いかないとつぶやいていたメイコは話について行けず、訝しげにマスターを見た。

マスターはぺろりと口の端を舐め、画面を指差す。

がくぽがソースを指で掬い、差し出す。カイトはその指を素直に咥え、ソースを舐め啜って軽く歯を立ててから離した。

笑って首を傾げる。

『おぎょーぎ悪いの、めずらしいよね。やっぱり酔ってる?』

問いに、がくぽも笑う。濡れた指を舐めて、瞳を細めた。

『かもな』

「……………もう一押し、足りませんねえ……………」

ぼやいてから気を取り直し、マスターは指を振った。

「ああいう感じに、日常の中でさらっと、一生いっしょにいたいって言われるのがいいのかしらって」

メイコは眉をひそめ、酒を啜った。しばし考えてから、首を振る。

「別に、どうでも…………。だいたいにして、相手もいないのにそんな想像って、虚しくない?」

そのメイコに、マスターは力強く頷いた。

「大丈夫よ」

「なにがよ」

深く気にもせずに問い返してジャーキーをつまんだメイコに、マスターは自分を指差した。

「私がいるじゃない」

「……は………?!」

瞳を見開いて固まったメイコに構わず、マスターは力強く拳を握る。

「乙女の夢だものメイコさんがいつ思い出しても、うっとりしあわせになるようなプロポーズにしたいわ!」

「ひゅーひゅー、マスターをとこまえー☆」

「マスター、ヲトメの味方ぁ☆」

ミクとリンが囃し立てるのに、マスターは政治家のように手を上げて応じた。

レンはわずかに引き気味に、そんな女性陣を眺めていた。

このテンションには正直、ついて行けない。

つくづくと恨めしい。こういう日に限って、カイトもがくぽも仕事で帰りが遅い。

帰りが遅いからこその、極秘鑑賞会ではあるのだが。

しばしぽかんとしていたメイコは、少しずつすこしずつ、赤く染まっていった。

ややして真っ赤に染まりきってから、怒ったように瞳を尖らせてそっぽを向く。

「あなたね、酔ってるの?!」

叩き返された言葉に、マスターはにんまりと笑う。

「酔ってるわよ」

返された言葉に咄嗟に振り向いたメイコに、マスターは瞳を細めた。

「もうずっと、酔ってるわ。あなたにね、メイコさん」