「旦那様は、いじわるでした」

「悪戯せよと言うたのは、そなたであろうが」

「でも、いじわるでした」

詰るカイトの声は、バスルームに特有の反響で妙に幼く聞こえる。

Pumpkin Peter-03-

宣言通りに腹を膨らますほどにカイトを味わい、カイトもまた存分にがくぽを味わって、――昼だ。

始めたのが、朝だった。マスターを仕事に送り出した直後だ。

いつもなら奏が用意した昼飯を食べている時間だが、まだなにも食べていない。始めた時間も時間だが、場所がリビングだった。

有能な使用人はおそらく、廊下あたりで事態に気がつき、回れ右している。

リビングを通らずに出来る夫婦の寝室と客間、そして湯殿の支度だけして、買い物にでも出たのだろう。

汚れた体をとりあえず清めようとバスルームに入ったら、きれいに磨かれたバスタブにはたっぷりと新しい湯が張られていた。

くり返すが、奏は若くとも有能な使用人だ。

頻繁に時と場所を度外視する主夫婦が、どれほどの時間互いに溺れこみ、どれくらいで我に返るか程度、軽く計算してみせる。

いつ入れたのか知れない湯の温度は、熱すぎず冷たすぎず、沸かし直す必要も、埋める必要もない。

まさに丁度良いとしか言えない具合だった。

事が終わったせいだけでもなく、微妙に疲れたがくぽだが、浸りこんでいる暇はない。

旦那様へのご奉仕だけは覚えて上達したものの、後始末は覚えられない奥さんが傍にいる。

こちらは正真正銘、事後の疲れでだるいカイトの体を、がくぽは丁寧に流して清めてやり――

互いにきれいになった体でバスタブに浸かると、多少人心地を取り戻したカイトが、詰って来た。

「悪戯といじわるは、違います」

「そうとは言うがな。悪戯にも、かわいい悪戯と性質の悪い悪戯という言いようがあろう一口に、どうとは言えぬはずだ。なによりそなた、意地悪くしてやったほうが、感じるだろうが」

「………ちがうったら、ちがうんです……」

詰りながらも、カイトはがくぽの膝の上だ。

おそらく、ごく平均的なマンションのものよりは多少大きめなバスタブだが、成人男子二人が体を伸ばして入れるほどではない。

がくぽの上にカイトが乗り、伸ばした胸に体を凭れさせている。

しぐさが甘えているうえに、呼称が『旦那様』だ。

たとえしぐさが甘えていても、呼称が『がくぽ』と名前だったら、がくぽも慌てる。

感情表現がわかりにくい天女の奥さんが、どちらかというと本気で怒っているか拗ねているかの証だからだ。

「悦かったろう?」

「………旦那様は、ちょっと反省してください」

「ああまあ、悪かった」

「………誠意がありません」

詰られていても、甘えの延長だとわかっているから、がくぽは一向に悪びれない。

膝の上に伸びるカイトの体に手を這わせ、きれいにしたばかりの肌をやわらかに撫で辿る。すでに十分に貪ったから、これ以上煽るつもりもない。

それでもそこに裸の奥さんがいれば、触れたくなる。その肌の滑らかさ、たまに引っかかる小さな尖りや、くぼみ――

「っんぁっ」

膝の上で、カイトの腰が跳ねる。

軽く湯が立って、バスタブの外にこぼれた。

「………旦那様」

「ああ、すまん」

先とは違って、今度は多少、本気で謝ったがくぽだ。

撫でる最中に胸の尖りに触れて、つい、つまんで転がしてと、遊んだ。

煽るつもりはない。が、そうされては、いくら怠くなろうともカイトの熱が治まる暇がない。

反省を示して湯から上げたがくぽの手を、振り向いたカイトが取った。がくぽの腰に跨る形で相対し、取った手を辿って指を軽く弾いてみせる。

「『悪戯』って、こういうことを言うんでしょう違いますか、旦那様?」

「まあ………」

珍しくもお説教するように言われて、がくぽは視線だけで軽く天を仰いだ。

呼称が『旦那様』と、甘えているとき特有のものなので、油断した。

奥さんはかなり本気で、怒っているか拗ねているかしている可能性がある。

常に昨日までと同じとは限らないのも、またカイトだ。

軽く視線を泳がせ、高速で言い訳を探すがくぽをカイトはけぶる瞳で眺めた。くちびるが仄かに緩むと、掴んだままのがくぽの手へと視線を流す。

意地悪な旦那様だ。夫婦の睦みごととなると、理性が外れて嗜虐嗜好が露わになるせいか、殊更に虐められる。

けれど、抵抗しない。逆らわない。

カイトが本気で嫌だと言えば引くし、多少焦らすことはしても、やってくれと強請ったことは必ずやってくれる。

今もこうして、カイトに手を預けたままだ。

預けたことを忘れているわけではない。カイトが持っていたいと思う限り、がくぽは預けていてくれる。

「………旦那様」

「んっ」

甘くつぶやいたカイトは、がくぽの指を口に咥えた。予想だにしていなかった行為に瞬間的に指が跳ねたが、がくぽがそれ以上の抵抗を示すことはない。

驚いたようにカイトを見たものの、手を引く気配も詰る様子もない。

「………ん………」

カイトは鼻声を漏らしながら、咥えたがくぽの指をしゃぶった。教えられた、雄をしゃぶるときの舌遣いと同じだ。

粘つくように舌を絡め、絞り上げ、唾液を垂らして啜る。

「………カイト」

「おかしください、旦那様……」

「………」

抵抗しないものの、刺激されたがくぽの指は舌の上で跳ねる。

咥えたままの不明瞭な声音で、それでも微笑んで強請ったカイトに、がくぽは軽く眉をひそめた。

「足らぬのか?」

「悪戯してくださいとお願いしたのに、いじわるしたでしょうお返しです」

「………」

がくぽは首を仰け反らせ、バスタブの縁に頭を預けた。カイトに指をしゃぶられたまま、湯気に霞む天井を眺める。

その指が唐突にひくつくと、カイトの舌をやわらかく掻いた。

「ん………っ」

「のぼせるぞ」

「………」

背筋を震わせたカイトに、がくぽは笑って言う。

指を咥えたまま離すことなく、カイトは笑うがくぽをけぶる瞳で見つめた。

「旦那様がいるから、大丈夫です」

「どういう信頼だ」

再び天井へと視線を投げてから、がくぽは己に跨るカイトの腰に腕を回した。咥えられた指も抜き去ると、後頭部を押さえこむ。

「悪戯か、菓子かどちらが欲しい、俺の愛する妻は」

額を合わせて訊くと、カイトの腕はがくぽの首に回った。湯に浸かっていただけでもなく熱を含むくちびるが、笑うがくぽのくちびるに触れる。

「おかしが欲しいです、俺の愛しい旦那様………」

答えも待たず、カイトのくちびるはがくぽのくちびると深く重なった。

END