「なんだ、貴様。奇矯な恰好だな。無駄に派手派手しい。よくもまあ、恥ずかしくないものだ」

「…」

深月、という名前だと紹介されたマスターの弟の第一印象は、つまるところ、これにつきた。

最悪だ。

The Key Of The Kingdom-02-

がくぽを一目見た彼は、第一声、ふんぞり返って、ばかにしきった調子で、そうのたまったのだ。これで好印象を抱けるのは、よほど回路がいかれているか、救いようもなく被虐趣味かだ。

「しかもなんだ、その反抗的な目おまえ、よくもそれでロイドなどと言えるな。不良品か」

回路がいくつか、焼き切れる音がしたと思う。

起動して半年。

がくぽが出会った人物は、よくも悪くも穏やかで上品、礼節を弁えていた。ロイドに対しても、それなりの敬意と理解を持って接してくれたのだ。

そういった人間としか付き合いがなかったため、がくぽはすっかり失念していた。

世の中にはロイド全体に対して、ひどい差別や偏見を持った人間もいるのだということを。

新種の奴隷と考えていて、感情を与えられた繊細なプログラムなのだということを、頭から否定して扱う種類の人間がいるのだ。

マスターの弟は、どうやらそれに類するタイプらしい。

プログラム内のマニュアルを探れば、そういった人種への対処法も入っている。不幸にしてマスターとなってしまったときの、故障を防ぐための感情抑制プログラムも込みだ。

だが、そのマニュアルに従ってやる義理はなかった。

「そういう貴様は社会人の分際で、礼節も身に着けられない落伍者と見えるな。ロイド如きに威張り腐るしか出来ぬ無能者では、今後の行く末が危ぶまれる」

「…」

至極淡々と罵倒を繰り出したがくぽを、深月はわずかに唖然としたように見た。

がくぽを改めて頭のてっぺんから爪先まで眺め、吟味する間が流れる。

そんなものを容赦してやるがくぽではない。畳み掛けた。

「頭の動きが鈍いのか、貴様それでは見た形そのままで面白みがないぞ。裏切ってスパコン並みの反応を返してみたらどうだ。さすれば俺も見直して、足を舐めるくらいはさせてやろうに」

「…よくよくまあ、兄貴のロイドときたら、どいつもこいつも…っ」

空気が縦に裂ける。額に青筋を浮かせた深月に、がくぽも腰を落として身構えた。

そのふたりの前を、おたまが遮る。

「そこまでですよ、おふたりとも。これ以上、若さまの家でいざこざなさるなら、私の権限でつまみ出します」

日頃低姿勢の奏には珍しく、背後に雷雲を控えた仁王像が見える。

見慣れないハウスキーパーの姿に、がくぽはわずかに気勢を削がれて、身を引いた。

だがこの場合、奏の怒りの矛先はどちらかというと、深月のほうに向いているらしい。

いい子に引き下がったがくぽを庇うようにわずかに体を割り入れ、自分より頭ひとつ分ほど高い位置にある深月の顔を、厳しく睨み上げた。

「ぼっちゃま、いい加減学習なさい。ぼっちゃまがそういう態度を取られるから、若さまがお家を出なければならなくなって、要らぬ苦労をなさるんです。だいたいぼっちゃま、わかっておられないようですが、ぼっちゃまは今日、招かれざる客としてここにいるんですからね。それなりに空気を読んで、おとなしくなさっていてください」

「…奏、おまえなあ…」

見たところ、奏より深月のほうが四、五歳は年上だ。そして、仮にも主家の息子なのだ。

しかし、奏の態度にそこらへんの斟酌はない。そして、がくぽに対してはあれだけの態度を取った深月のほうも、そんな態度の使用人に強く出られないらしい。

「なんだ、招かれざる客って俺は兄貴の弟だぞ。弟が兄の家に来て、なんで邪魔者扱いなんだよあとぼっちゃまぼっちゃま連呼するなこの年でぼっちゃま言われるほうの身にもなれ!」

どこか引け気味に抗議した深月に、奏は不遜に鼻を鳴らした。

「悔しかったら妻を娶りなさい。そうしたら、『若旦那様』に変えて差し上げます」

「どこまでも上から目線!」

天を仰ぐ深月の胸をおたまでつつき、奏はどこまでも強気に瞳を尖らせた。

「若さまがお家を出た経緯を、もう一度、よっくとその胸にお訊きなさい。ましてや、突然、前触れもなく訪ねてくる時点で、弟だろうと迷惑千万です。連絡があったとき、私はもう、夕食を作りだしていたんですよ。そこに大食漢で好き嫌いの激しいぼっちゃまがひとり加わるだけで、どれだけメニューが変わることか。使用人の苦労も鑑みられないから、ぼっちゃまはいつまで経ってもぼっちゃまだって言うんです」

遠慮も容赦もない奏の言葉に、深月は顔を引きつらせて仰け反った。

「大食漢はともかく、今はほとんど好き嫌いなんかなくなっただろうがああもう、ほんとにおまえは」

「かわいいよな」

言葉を挟んだのは、部屋着に着替えてきたマスターだった。

チェシャ猫のような得体の知れない怪しい笑みを浮かべ、一回り以上体の大きい弟と、弟のようにかわいがってきた使用人へと、自信満々に頷く。

「ミキも奏もふたりともかわいい。なあカイト。そう思うだろ?」

「元気ですね」

マスターの問いに、相変わらずリビングの真ん中に座したカイトが、穏やかに微笑んで答える。

深月は深いため息を吐いて項垂れただけだが、奏のほうは顔色を赤に青にと忙しく変えた。

「す、すすす、すみません、若さま。不甲斐ないぼっちゃまのせいで、お騒がせいたしまして」

「かーなーでーぇ…」

恨みがましい深月の声など、耳に入らないらしい。奏の恋する瞳は、若さまだけを一途に見つめている。

「夕食の支度も終わりましたから、私はすぐにもお暇させていただきます。後のことはぼっちゃまにお教えしていきますから」

女の子のように、声のトーンすら一段高く甘くなった奏の言葉に、今度は指名された深月だけでなく、がくぽも目を見張った。

「は後のことって」

「待て、奏。夕食のことなら、いつも俺が」

同時に話し出して、黙る。陰険な眼差しがぶつかり合い、火花を散らした。

まずはがくぽが、傲岸に胸を張る。

「奏、夕食のことなら俺がやる。招いてなかろうが邪魔者だろうが、上げてしまった以上は客に違いない。こちらは礼節を弁えているからな。もてなす義理がなかろうと一応、歓待のフリくらいはしてやろう。それ以上になにより、このぼんくらに台所を任せては、後々の始末に頭が痛い」

応じて、深月も胸を逸らす。

「ハッ、ロイド風情がなにを偉そうに。貴様なんぞが用意した物など、危なっかしくて口に運べるか。これでいて俺はロイドにも優しいからな。客だろうが、夕食の準備を整えるくらいのことはしてやるわ。うたうしか能のないロイドは、おとなしく座ってうたでもさらっていろ」

火花の散る音が聞こえるようだった。

その緊張感を気にする様子もなく、マスターはカイトの傍へ行き、横になるとその膝に頭を乗せた。

どこからどう見ても青年体のカイトの膝枕が、マスターは大のお気に入りなのだ。

「な前言っただろ。あのふたりそっくりだって。ああいうのを同族嫌悪って言うんだ」

どこまでも楽しそうなマスターに、カイトは膝に散る短い髪を梳きながら、わずかに眉をひそめた。

「がくぽはがくぽです。俺の旦那様はひとりだけです。そっくりなひとなんていません」

その答えに、マスターが腹を抱えて笑う。

「愛だ。愛だよなあよかったな旦那様。奥さんは旦那様を激しく愛してる」

「貴様の口はトウィチェットおばさんにでも縫い付けてもらえ!」

深月に対するときとは違って感情的に吠えたがくぽに、マスターがまた笑う。

看過できないのは、深月のほうだった。

「待て。『マスター』にまでその口調とはどういうことだ、貴様」

それまでの尊大さとはまた変わった厳しい口調になり、がくぽの肩を掴む。

反射的に手を振り払ったがくぽとの間に、これまでにない緊張が流れた。

「ちょっと、おふたりとも…」

「いいからやらせとけ」

おたまを構えた奏を、まだ笑いを滲ませたマスターが止める。カイトの膝に寝転がったまま、怒りと戸惑いをないまぜにした視線を投げる奏へ、手を振った。

「同族嫌悪ってのはそういうもんだ。それより夕食だけどな。おまえのとこのちびふたりも連れて来い。たまには大勢で食事にしよう」

「えええっっ」

奏の口を割って出たのは、あからさまに悲鳴だった。

「いや、それは、そのぅ…。ありがたいお申し出ですけど、ええっと、お断り…」

「俺と飯食うのはいやか」

「そんな滅相もないですうれしいです、望外の喜びです、天にも昇る心地です!」

「じゃあいいだろ。連れて来いよ」

ネズミを前にした猫にも似た笑顔の若さまに、奏は赤くなったり青くなったりと忙しい。

険悪に睨みあうがくぽと深月を迂回して若さまの前にまで来ると、苦しい笑顔を浮かべた。

「あの、そのぅ…。あと三人増えるとなると、お夕食が全然足りません…」

「待つから作り足せ」

「そんな、おなかを空かせて帰っていらっしゃった若さまを、お待たせするようなことは」

「おまえの優秀さは俺がいちばんよく知ってる。餓鬼でもないからな。多少待つくらいはなんてことない。それにそうだな。おいミキ!」

険悪さもどこ吹く風で、がくぽと対する弟に声を掛ける。

険しい視線を投げた弟に、兄は寝転がったまま尊大に手を振った。

「奏とちびふたりもいっしょに飯を食う。おまえなんかつまみ作り足せよ。得意だろ?」

「…なんだその自堕落な恰好の命令…。俺をなんだと思ってんだ、兄貴」

目を眇めた弟に、兄は自堕落な恰好を改めもせずに頷いた。

「弟だ。そして俺は兄。普段奉仕してやってるだろ。たまに顔出したんなら顎で使われとけ」

「…」

超理論に、しかし、弟は反論もしない。

項垂れると、黙って背広を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲った。とはいえ、睨みつけてくるがくぽに一瞥くれることも忘れない。

「とりあえず預けておいてやる。とりあえずな」

とりあえず、に力を込めると、頭を抱えている奏の肩を小突いた。

「おい、早くおまえのロイドどもを呼んで来い。その間に二、三品、作っておいてやる」

「って、あの、そんなに材料はないですから!」

「そんなもの、ロイドを呼ぶついでに、おまえの家の冷蔵庫から持って来い。どうせ万が一を考えて、どっさり買い置いてあるんだろう。さっさとしろ、兄貴を待たせるな」

言いながら、抵抗もなくキッチンへ入っていく。

卒倒しそうな奏を、がくぽは軽く支えてやった。

「…大丈夫か?」

囁くように訊いたがくぽに、奏は力無く首を横に振った。

どう慰めてやるべきだろう、と一瞬考えを巡らせたがくぽは、痛いような視線に気がついて体を強張らせた。

マスターを膝に懐かせた奥さんが、華の笑顔でがくぽを見つめていた。