軽く眉をひそめ、カイトは寝返りを打った。仰向けになると、堪え切れない疑問の言葉を投げる。

「愉しいですか、がくぽ?」

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「ふん、なるほど?」

問いかけられたがくぽといえば、多少わざとらしく、眉を跳ね上げてみせた。笑うと、己の膝に頭を乗せて横になっている『妻』を、愉しげに覗きこむ。

「つまり、そういう問い方をするということは、そなたは愉しくないのだな?」

「…………………愉しいんですか、がくぽ………」

がくぽの膝に乗せた頭がめりこむかと思うほどに重くなった心地で、カイトは瞼を伏せた。

マスター相手には、強請られてよく、膝枕をしてやっているカイトだ。しかし自分が膝枕をしてもらいたいという願望は、ない。

そのカイトにがくぽが、『膝枕をしてやろう』と言い出した。『たまには俺の妻を労ってやらんとな』と。

概ね言うとカイトには、膝枕をしてやることと労うことの発想の繋がりがわからなかったし、そもそも自分ががくぽに、つまり『旦那様』に労われる意味も、まったく理解できなかった。

労うなら、カイトから→がくぽであるはずだ。

マスターの好みによって、うたうたうことにのみ特化した『箱庭のうたうたい』が、カイトだ。

旦那様であるがくぽに、朝起きてから夜眠るまで、なにくれとなく面倒を見てもらってようやく、日常生活を送れている状態なのだ。

だというのに、いったい旦那様はなんの由縁をもってさらに、妻を労おうとしているのか。

――理解不能もいいところだったカイトだが、特に反論もしなかった。議論が得意ではないこともあるが、一度やれば旦那様の気も済むだろうと思ったのだ。

だから大人しく横になり、揃えられたがくぽの膝を枕にした。

結論。

「まあ、はっきり言うなら、思うより愉しくはなかったな。そなたもあまり、心楽しくないようだ」

「では………」

己の提案の失敗を明朗快活に告げたがくぽに、カイトは再び寝返りを打った。横を向くと、義理は果たしたとばかり、がくぽの膝から起き上がる。

そのカイトの腰を、がくぽはやわらかに、しかし抵抗を赦さない強引さで抱き寄せた。

カイトの体を己の膝の間に入れると、頭を胸に凭せ掛ける。素直に凭れたカイトの後頭部を、がくぽの手がくすぐるように撫でた。

「……………がくぽ?」

「ああ、やはり、………こちらのほうが落ち着くな、そなたは。こうして胸に抱いてやったほうが、ずっと愉しい」

「……………」

なにかがまだ続いていたのかと、カイトは軽く顔を上げ、けぶる瞳でがくぽを見つめた。

微笑んでカイトを見返したがくぽは、撫でていた後頭部を掴む手にほんの少し力を込める。逃げ場を塞いだうえで、旦那様相手には常に無防備な奥さんのくちびるへ、くちびるを落とした。

軽く音を立て、一瞬触れただけで、くちびるは離れる。

「………がくぽ」

「なこちらのほうが、やはりいい。そなたが起きていようが寝てしまおうが、こうしてすぐに、したいときにしたいよう、口づけることも出来るし………膝枕では、こうまで気軽にはいかん。他はどうあれ、そなたは胸に抱くに限る」

「…………」

ご機嫌な旦那様に、カイトはけぶる瞳を静かに瞬かせた。後頭部を押さえられながらも、わずかに首を傾げる。

「愉しいですか?」

くり返されるのは、最初の問いだ。

応えようと口を開いたがくぽだが、何気なく見たカイトの表情に、用意していた言葉を一度、舌の上で転がした。

「愉しいな」

ややしてつぶやくように応えると、がくぽはけぶるカイトの瞳を微笑みとともに覗き込んだ。

「俺の妻は、どうだ愉しくないか?」

「そうですね」

訊かれて、カイトは軽く眉をひそめた。がくぽの胸に顔を埋めると、縋るように着物の袷を掴む。

「旦那様がもう少し、…………きつくきつく、俺を抱いてくれて。たくさんたくさん、こうして頭を撫でてくれたら………愉しいですね」

ささやいたカイトに、がくぽは声を上げて笑った。腰を抱く腕が力強さを増す。同時に頭を撫でる手は、ひどくやさしい。

カイトの旦那様は、実に器用な旦那様だ。

いつも思う感想を今日も抱きながら、カイトは体から力を抜き、がくぽにすべてを委ねきった。

撫でられるねこの心地で陶然と目を細めるカイトのくちびるを、旦那様は時折、思い出したようについばんでいった。