「でもやっぱり、甘えて欲しいです、兄様」

「えええ…………っ」

床に正座して言う弟に、カイトは思わず天を仰いだ。

まだ諦めていなかったのか。

うちのおとーとは、たまにからまわりです→

餌儀に唆されたがくぽが、「兄様を甘やかしたいです!」と言い出したのをなんとか宥めてから時間が経ち、すでに就寝時間だ――もうひとつ言うと、場所はカイトの部屋だ。

今日こそはひとりで寝ようねと促す兄に、弟がいやだ寂しい眠れないとごねて、カイトが折れた。

で、部屋に入ってさて寝る準備をというところで、がくぽは床に正座して、またもやごねだした、と。

「もぉ、なんでそんなに…………」

カイトは、兄である自分よりも大きいとか逞しいとか、そういった諸々のこともすべて含めて、弟がとてもかわいい。

そのおねだりはなんでも聞いてやりたいし、これまでに関しても最大限、聞いてきた。

が。

カイトを甘やかしたいという――弟が兄を甘やかすという、それだけはだめだ。

がくぽのことがかわいいのも好きなのも嘘偽りのない本音だが、赦せない。

弟がカイトの頭をなでなでしたり、よしよししたり――

「でも兄様。やっぱりたまには、兄様のことを甘やかして差し上げたいです。甘やかされるばっかりのがくぽですけど、ちゃんと兄様を甘やかせる度量のある男だって、わかってほしいです!」

「そんなの、がくぽ………おにぃちゃん、ちゃんとわかってる、し?」

あからさまに気が向かない顔でベッドに腰掛けたカイトに、がくぽは身を乗り出す。

馴れた動作で兄をベッドに転がすと、自分よりも華奢な体に伸し掛かった。

「ね、兄様…………だってたまには、とっっても、やさしくしてほしくないですか…………がくぽにすっごく気持ちよくされて、とろんとろんに蕩かされて………」

「え、えと、ぁ、が、くぽ」

吹き込まれる弟の声はいつもの我が儘さが形を潜めて、言葉通りに蕩けるようにやさしい。それこそ、耳から全身を溶かされそうだ。

声だけですでに喘ぎつつ、カイトは伸し掛かる弟と、懸命に目を合わせた。

「そ、それ、…………いつもと、なにがちがうの………?」

「……………………………………………………………」

放たれた問いに、がくぽはぴたりと口を噤んだ。

噤んだのみならず、兄を見つめる瞳がだんだん尖り、ぶすっと頬が膨らむ。普段見せる、我が儘王子の顔だ。

「兄様………がくぽの『やさしくする』と、いつものやりたい放題とをおんなじにされるなんて、心外です!」

「ぁ、うん。………そぅ…………」

やりたい放題している自覚があったのかとは思ったものの、とりあえずカイトは語尾を濁した。

兄を相手に我が儘放題する弟のことも、もれなく好きだ。苦痛どころか、もっと我が儘にして欲しいと思う。

しかしぶすくれた弟にそれを言うと、なんだかさらに拗ねて捻くれそうだ。

主に保身から口を噤んだカイトだったが、微妙に遅かった。

「兄様はがくぽの本気をナメてますねがくぽが兄様に、無理を言うしかできないと思っているんでしょう?!」

「そこまでは思ってないよがくぽはやれば出来る子なんだから!」

兄ばか丸出しの言葉を放ったカイトに、伸し掛かる弟はにっこりと笑った。思わず見惚れる、花の笑顔だ。

もちろん見惚れたカイトに、がくぽはその笑顔のまま、言った。

「では兄様。がくぽがやれば出来るんだということを、身をもって経験してください」

「え………えええっ?!ちょ、それって、んんぅっ!」

反論を紡ぐより先に、カイトはがくぽにくちびるを塞がれた。

やさしくすると言っておきながら、いつも通りに強引だ――と思えたのは、ここまでだった。

そこから先は、いつもとまったく違った。

唐突なキスにびくりと竦んだカイトに、がくぽはすぐにくちびるを離した。

「ぁ………」

「大丈夫………」

思わず不満の声を上げたカイトに、がくぽは宥める言葉を吹き込んで、再びくちびるを落とした。

何度やろうとも、事の始めには強張ってしまう体を解すように、軽く触れて離れるキスをひたすらくり返す。

「ぁ、がくぽ………ゃだ、こんな…………っ」

あまりのもどかしさに、カイトはがくぽの胸に取り縋って訴えた。

「ん、ぉねが………舌、した……ん、ちょぉだ………」

「ええ、兄様……」

「ぁ…………ん、んんふ…………っ」

表面で触れ合うだけではなく、舌を絡めたいと強請ったカイトに、がくぽは素直に舌を差し出した。同じく震えて差し出されたカイトの舌と絡め合い、ちゅっと音を立てて吸う。

そのすべての行為が、穏やかでやわらかく、ひたすらにやさしかった。

痛みを感じるほどに吸い上げられるわけではなく、咽喉が詰まりそうなほどに舌と唾液とを捻じ込まれて、攻められるわけでもない。

キスひとつでイかされそうな昂ぶらせ過ぎた熱情も、愛おしさのあまりに苛まずにはおれないという、歪んだ思いもなく。

むしろ昂ぶってしまうカイトを宥めようとするような、慰撫するような、そんな趣すらある。

こんなキスは、覚えがない。

激しく攻められることに馴れきって、穏やかな触れ合いにさっぱり免疫がなかったカイトには、もどかしいとしか思えなかった。惑乱のあまりに弟に取り縋って、涙声を上げてしまう。

「ゃ、やだぁ、がくぽ…………っ、も、もっと………ん、ぃ、いたく、して………っ、舌、かんで………っ」

「兄様………」

あられもない言葉で愛撫を強請る兄に、がくぽはわずかに顔を離し、その様子を眺めた。

ほんのりと濡れるくちびるが、笑みを刷く。

「やさしくするって、言ったでしょう痛くしたり苦しくしたりなんて、絶対にしません。やさしくやさしーく、やわらかく、兄様のこと、蕩かして差し上げます」

「ぅ、ふぇえっ」

――だからその、やさしくやわらかく触れられるのが、苦しいのだ。こんなにゆっくりと時間をかけて感覚を煽られたことなどないから、ひたすらにもどかしい。

もどかし過ぎて、苦しい。辛い。

カイトはぐすぐすと洟を啜り、しらっとした顔をしている弟を恨みがましく見た。

「が、がくぽの、いぢわるっ」

涙声で詰ると、がくぽはわずかに瞳を見開く。

だがすぐに、納得したように頷いた。

「なるほど。兄様にはこれでもまだ、やさしさが足らないんですねわかりました、がくぽはもっともっと気合いを入れて、やさしくします!」

「ひ、ひぃいんっ、ゃだぁ、ちがうぅうううっっ!」

――カイトは、自分で自分の首を締めている。

弟は兄に、やさしくしたいと言っているのだ。

やさしさは十分わかったからとでも言えばいいのに、逆に意地悪だと詰られれば、がくぽのほうも折れようがない。

残念なことに、もどかしさのあまりに思考回路が空転しているカイトに、それがわかる冷静さはなかった。

「が、がく、がくぽのっ、い、いぢわるぅっお、おにぃちゃん、やさしいのやだって言ってるのにぃっ」

「ぜっっったいに、やさしいがくぽがいいって言わせてみせますからね、兄様!」

「ひ、ひぃいいんっ!」

仲はいいものの、意思の疎通がうまくいくことの少ない兄弟だ。

今日も今日とて例外ではなく、意志の疎通はさっぱり図れなかった。

身を捩って逃げようとするカイトを、がくぽはやわらかく、しかし厳然と囲い込む。

パジャマを肌蹴ると、染まる肌にくちびるを落として、なめらかなそこを辿った。撫でるくちびるは迷いもなく、ぺったんこなカイトの胸の、小さな突端へと向かう。

「ぁ…………っ」

期待にぶるりと震えたカイトの、まだやわらかく解けている蕾にがくぽは舌を伸ばし、くちびるでつまみ上げた。

しかしここでもやはり、がくぽはいつもと違って、ひたすらにやさしかった。

小さく尖った場所を、くちびるでやさしくつまんで、舌を絡めて転がす。ちゅっと音を立てて軽く吸い上げ、またちろちろと、舐める――

「ぅ、ぁあ………ゃ、ゃだぁ、がくっ、……ぁ、かん………かんで、もっと、つよく、吸って………っぁうっ」

譫言のようにつぶやきながら、カイトは自分の手を伸ばし、がくぽが吸い付いているのとは反対の胸を撫でる。

つまんだそこに爪を立て、自分でもどかしさを解消しようとしたところで、がくぽにその手を取られた。

きゅっと指を絡めて握りこまれ、自由を奪われる。

「ゃ、や………がくぽ、手………っ、手っ」

「だめですよ、兄様。ご自分でなんて」

じたばたともがきながら訴えるカイトに、胸から顔を上げたがくぽはにっこり笑う。握りこんだ手を持ち上げると、甲にちゅっとキスを落とした。

「寂しいのでしたら、がくぽの手があるでしょう言ってくだされば、きちんと両方いっぺんに触って差し上げます。両方とも、やさしく、やさしーく、気持ちよくして差し上げますから」

「ち、ちが………ちが、の…………っ、ぁ、がく、ぽ………っ」

牙を立てられたいのだ。そうでないなら、つまみ上げて捻られ、押し潰されたい。

焦りと混乱でうまく言葉にならないカイトに構うことなく、がくぽは再び胸に顔を埋めた。今度は空いている手で、もう片方の胸も弄る。

あくまでも、やさしく。

気持ちいいし、熱も溜まっていくが、ゆっくり穏やかに、ひどく時間をかけて。

「ぁ、も、もぉ…………もぉ、ゃぁあん…………っ、がく、がくぽの、いぢわるぅうううっ…………」

全身隈なく、ひたすらにやさしい愛撫に晒されて、痛みも辛さも苦しさもまったく与えられない。

気持ちいいのは確かで、感じているのが快楽であることもまた、確かだ。

けれど、もっと激しく、もっと無茶苦茶に、翻弄されたい。痛いほどに激しく、求められたい。

なにも考えられず、弟にしがみついているのが精いっぱいの、そんな状態で。

こんなふうに、理性が残るようなやり方はいやだ。

自分が――どれだけ弟が欲しくて、淫らに浅ましく振る舞ってしまうか、意識し続けることになってしまう。

弟が欲しがる以上に、弟を欲しがる自分に、いたたまれなさが募ってしまう。

そうやって泣いて詰り続けるカイトの腹に、きちんと昂ぶった己を収めてすら、がくぽはやさしかった。

入れてから馴染むまでは待っても、動き出すと己の快楽を追及してしまうのがいつもだというのに、カイトのいい場所を探して、カイトが追いつけるような速さで動いて。

達することが目的ではなく、触れ合うことだけが目的のような、悠然とした律動。

「ゃ、も、ゃあ…………こ、こんな、こんな長いの、しんじゃうぅう………っこんな、ずっときもちいいの、むりぃっ………は、はやくイかないと、ヘンになっちゃうよぉおっっ」

べそべそと泣きながら、カイトは緩やかに動く弟にしがみついて、自分も懸命に腰を揺らす。

しかし頼んでも詰っても、がくぽは悶えるカイトの体を押さえ込んで、穏やかでやわらかな快楽の中に浸け戻してしまう。

「兄様………ね、兄様…………兄様はそう言ってますけど、兄様のおなかは、がくぽのやさしいの、うれしいみたいですよ…………いつもより、すっごくきゅうきゅう締め付けて、絞り上げて………」

「ぁ、う…………き、きもちいー………きもち、いー、けどっ」

もちろん、気持ちいいに越したことはないが、問題はそこではない。しかもおそらく、やさしいのがうれしいというより、懸命に弟を煽ろうとしての、反応だ。

「ぁ、ね、も………ぉ、ねがっ、がく、ぅ…………っ、いぢわるしないで、おにぃちゃんのこと、いぢめてよぉ…………っいっぱいいっぱいいぢわるいって、おなかのなか、ぐちゃぐちゃにかきまぜて、おにぃちゃんのこと、泣かせてよぉ………っ」

「…………兄様」

言っていることの矛盾が、凄まじい。虐めるなと言いながら、虐めろと。

惑乱の度合いが知れるというもので、がくぽは苦い笑みを刷いた。

「やさしくされるより、ひどくされるほうがいいなんて………兄様。それじゃあんまり、がくぽがいつもいつも、虐め過ぎたみたいじゃないですか?」

「ん、んんっ、んんんっ」

怒ったり拗ねたりすることもなく、甘ったるくささやかれて、カイトは愚図りながらも激しく首を横に振った。

「が、がくぽは、やさしーよ………いっつもいっつも、やさしー………おにぃちゃんが『して』っていったこと、全部やってくれるし」

「そうでしたっけ?」

肝心のご本人に、お心当たりがなかった。

素直に首を傾げたがくぽを、カイトは潤む瞳でじっとり見る。

「そうだ、よっ。がくぽは、おにぃちゃんが『して』って言ったら、なんでもしてくれるの………おにぃちゃん想いの、とってもとってもやさしい、いーこなのっ」

「はあ」

「だからっ」

実感がないために気の抜けた相槌を打つ弟に、カイトは全身でぎゅっと縋りついた。

全身だ。背中に回した腕や腰を挟む足だけでなく、これだけ張り詰めていながら、どうしてこうまでと思うほどに緩やかにカイトの腹の中を掻き回す、がくぽの雄も――

「ん………っ」

きゅぅうっと締め上げられ、がくぽのくちびるから堪えきれない喘ぎが漏れる。

わずかに体を離すと、カイトは快楽に顔を歪める弟を、じっとり見た。

「おにぃちゃんがいぢめてっていったら、いぢめてっ」

「えええー…………」

オチどころはそこなのかと、がくぽは呆れて兄を見た。

微妙な視線にもめげず、カイトはうるうるきゅるるんと期待に満ちて、弟を見つめる。

「ううん、いぢめてるんじゃないよね………がくぽが、おにぃちゃんにワガママいっぱいにしてくれたら、それで。ね、おにぃちゃんにワガママして………いっぱい甘えて、いっぱい困らせて………っ」

「…………………………………にーさま…………」

「ね、がくぽ………がくぽ、いーこでしょおにぃちゃんに、やさしくしてくれるよね言うこと聞いて、おにぃちゃんのこと、いぢめて………」

「…………………」

がくぽは軽く、天を仰いだ。

どうやら、追いこみ過ぎたらしい――やさしくやわらかく接してやって、追い込まれるとはどういうことだと思うが、言っていることが支離滅裂だ。たまに思考回路が飛ぶ兄とはいえ、ここまでになることはない。

下に敷いた兄へと視線を戻し、がくぽは仕方がないと笑った。

ひどい我が儘を言っても、いつでも受け入れてくれて愛し続けてくれる兄――世界にこれ以上なく、最愛のひと。

「がくぽ………っ」

期待に輝くカイトの瞳にくちびるを落とし、寸前で閉じた瞼に触れてから、がくぽは打ち込む腰を掴み直した。

「がくぽの我が儘は、なんでも聞いてくださるんですよね、兄様そういうことでしょう?」

「んっ、ぅんっ、ぅんっ」

「では、がくぽの我が儘を聞いてくださいね、兄様」

「ぅんっ!」

今夜に関しては最高のきらきら加減になったカイトに、がくぽもまた、輝く笑顔を向けた。

「やさしくします。なにがなんでもっ、やさしくしますそのがくぽでイってください、兄様!!」

「………ぇ。…………………ぇえええええっっ?!!が、がくぽ?!」

「我が儘聞いてくださいね、兄様やさしいがくぽで気持ちよくなって、イってください。いいですね!」

「ぇ、ぁ、う……………っひぃう、ぇええええ…………っ?!」

いつものように命じられ、しかし動きはやさしい。

カイトは惑乱のどつぼに嵌まりこみ、弟にしがみついてさらに喘がされ続け――

***

「……………まあ、なんというか、がくぽでも反省はするんです、兄様。…………ちょっと、意地になりました」

「………………………」

とりあえず謝ったがくぽにも、カイトは応じられない。へろへろに疲れ切って、ベッドに埋まるだけだ。

がくぽはそっと兄の腰を掴むと、あまり刺激し過ぎないようにと気を遣いつつ、やわらかに解れた場所から己を抜いて行く。

が。

「……………にーさま」

「ぬ、ぃちゃ、め……………っ」

「……………」

へろへろのまま、カイトは懸命にがくぽを引き寄せて、締め上げる。

やさしいのが癖になってくれたかと、期待に満ちて見つめる弟を、兄は壮絶に恨みがましいじと目で睨んだ。

「が、くぽは…………っ、お、にぃちゃんが、いうとーり、に……………っワガママいっぱい、おにぃちゃんに、する、まで…………ぬいちゃ、だめ…………っ」

「ええと、兄様」

「おにぃちゃんに、ワガママ、するまで、………ぜったいぜったい、ぬかせて、あげないからぁ…………っっ」

――結局どうしてもそれが、兄様の我が儘で、甘え方なんですね?

思ったはものの、がくぽはとても賢い我が儘王子だったので、素直に言うことなく言葉を飲み込んだ。

替わって、殊更にやさしい表情と声とを意識しながら、すっかりぐずぐずさんと化した兄へと屈みこむ。

「いくらでもお付き合いします、兄様…………がくぽの本気は、すごいんですからね」