うちのおとーとは、とっても甘えたです。

家の近所のショッピングモールなら、がくぽもよく行きつけている。最初こそ戸惑ったものの、現在ではここで迷子になることは考えられないし、方向を見誤ることも考えにくい。

そこそこの広さがあるから、小さな子供ならば少しばかり走り回ると、すぐさま自分の現在地を見失うだろうが、基本的にがくぽは背が高い。

目も悪くないから、ちょっと背を伸ばして売り場全体を見渡せば、すぐに現在地も、どこに向かえば目的のものがあるのかも、見つけられる。

それでも、まるで迷路を辿っているようだと思っていた。

現在地がわからなくなって、さっき同じところを通ったような通っていないような、そんなことすら覚束なくなる。

「にーに、こっちこっち!」

「本当か?」

――その原因というのが、がくぽの手を引いて歩く弟、カイトだ。

ここ数日、ひとりでどこかに出掛けては首を捻って帰って来ていたカイトは、今日の朝になってとうとう、「にーに、買い物付き合って!」とがくぽを引っ張り出した。

しかし、なにを買いたくてどこに行こうとしているのかは、教えて貰っていない。

「にーにに上げるものだから、ないしょで買って、突然渡して、驚かせたかったんだけど………なんか、ひとりで選んでても、ちっともピンと来ないんだよ。これも違うあれも違うとか、これでもいいのかとかあれでもいいのかとか、さっぱり、ぜんっぜん!」

仲良く並んで歩いて店に向かいつつ、カイトはここ数日の徒労ぶりを熱く語った。

そして辿りついたのが、がくぽにも馴染みの近所のショッピングモールで――

中に入った途端、カイトはがくぽの手をがっしりと握った。

「こっち、にーに!」

言って、がくぽの手を引いて勇ましく歩き出す。

のだが。

モールの中には、きちんと『道』というものがあり、目的地が定まっているなら、最短経路というものがある。

なのにカイトが選ぶ道は、売り場の中を突っ切り、右へ左へ、行きつ戻りつあっちへこっちへ。

もしや道に迷っているのかと思ったが、手を引くカイトの視線はしっかりと定まっていて、迷子に特有の惑いや躊躇いがない。

ならば弟は間違いなく、目的地に向かっている――はず、だが、すでにがくぽにはまったく自信がなかった。

行き馴れたショッピングモール。

迷子になるわけもない、方角を見失うこともないはずの、その場所で。

がくぽはもう、自分がどこにいるのか、さっぱりわからなくなっていた。

「カイト…」

「あ、にーに、ここここ!!」

がくぽがへこたれかけたところで、ようやくカイトは明るい声を上げた。

目的地を告げられて顔を上げ、辺りを見渡して、がくぽは軽く眉間を押さえる。

どう考えても、遠回り。さもなければ無駄道。

そうでないなら、迷い道くねくね。

がくぽに任せたなら、モールの入り口から一分かそこらで辿りついていたはずの場所だった。

いやそれ以前に、ここの前も通ったような、通っていないような、微妙な記憶が。

すっかり記憶が混乱しているがくぽを気にせず、カイトは意気揚々と売り場に入りこむ。

「とりあえずここで見てみて………なかったら、電車乗って」

「…っ」

言いながら、カイトは未練もなく、ぱっと兄の手を離した。

反射的にその手を追いそうになって、がくぽは誤魔化すように首を掻く。

「甚平か……」

売り場を見渡して、つぶやく。

カイトががくぽを連れてきたのは、甚平売り場だった。それも、ロイド用ではない、人間用のだ。

基本的に、人間用の衣類とロイド用の衣類は、併用出来ない。

機械と有機素体の融合品であるロイドの衣類には、機械部分から発する熱を逃がすための、冷却材が仕込まれているものだからだ。

もちろん人間用の衣類には、どんなに夏場のクールビズを謳っても、冷却材は仕込まれない。

ロイドにしても、人間用の衣類がまったく着られないというわけではない――しかし、うまく熱を逃がせない夏場などになると、故障の原因にもなる。

だから余程の理由がない限り、ロイドはロイド用の店で、ロイド用の衣類を探すことが主だった。

「カイト…」

「ここね、冷却シート後付けサービス始めたの」

兄の言いたいことを皆まで聞かずに理解して、カイトはモールの一角を指差した。

「この間、偶然見つけてさ………一着三千円以上のもの限定で、セール品は除外。で、えーっと、にーにのサイズだと………一着につきお仕立て代が千円かかるんだけど」

「ほう……」

カイトの指差す方向に顔を向け、そこに『ロイド用仕立て直し承ります』ののぼりを見つけ、がくぽは瞳を細めた。

つい最近も来たはずだが、まったく気がつかなかった。

「全部合わせても、ぜったい、ロイド用の服買うより安いじゃんだから、出来ればここで見つかるといいなーって」

言いながら、カイトは甚平を取って、がくぽの体に当てた。

「んー。にーにはやっぱり、紺色とか黒だとちょっと、イメージ違うかなって。あ、うん、やっぱりなんか………悪くないんだけど、なんかしっくり来ない………」

売り場に掛かっている甚平を次から次へと取ってはがくぽの体に当て、カイトは首を捻る。

がくぽの目には正直、どれもこれも似たり寄ったりで、同じに見えた。

紺色と黒がそれほど違うとも思えないし、どちらかというと気になるのは、生地に描かれた柄のほうだ。

成人男性向けの売り場のはずなのだが、どういうわけか、黒地に白抜きのテディベア柄などもある。

いや、トランクス売り場などを見ると、これを穿く男はどんな男なのかと首を捻るような柄もあるから、これくらいは常識の範囲内なのかもしれないが――

「いっそ白とかみどり…………深緑だけど、なんか違う…………こう、バランスが……」

ひらひらと何枚も行き来する甚平に、がくぽはわずかに苦笑した。

カイトはどこまでも真剣で、眉をひそめて悩んでいるが、正直そこまでするものとも思えない。

「どうせ家で、寝るときにだけ着るものだろう黒でも紺でも、大して違わんだろうに」

とはいえ、白抜きテディベア柄は嫌だが。

そんな無頓着極まりない発言をした兄を、弟はきりっとして睨んだ。

「なに言ってんの、にーにたとえ寝るときでも、にーにはかっこよくないとだめっ!!」

力強く言い切る。

迷いも躊躇いもない主張に、がくぽは軽く肩を落とした。

「どういうこだわりだ……」

「変柄トランクスでも、にーにのこと嫌いになったりしないけど、こだわりがないんだったら、かっこよくていいでしょ。全裸こそ男の寝姿とかいうなら、さすがに諦めるけど」

「そこまでの主張はない。日本人ゆえ」

「だよね」

そういう主張をするのは、ヨーロッパのほうの国だ。確か、寝間着を着る男は男じゃないとか、そんなことまで言っていた気がする。

危急の際に全裸でどうするつもりなのかが常に疑問なのだが、それそれとして、がくぽは寝間着を着て寝る派だ。もちろんカイトも、そこのところはわかっている。

眉間を揉んだがくぽに、新しい甚平を取ったカイトは、悪戯っぽく瞳を輝かせた。

「もちろんにーには、全裸でも十分かっこいいよ変な服着るくらいなら、全裸のほうが断然いい」

「にーにに、裸族転向の意思はない」

さらに眉間を揉むがくぽに、カイトは明るい笑い声を響かせた。

「ほんとかっこいいのに、にーに。筋肉の付き方も、薄付きだけどしっかりしててさ」

なにか目的が違ってきそうな気配に、がくぽは目を眇めた。

その兄に、カイトは小粋なウインクを飛ばしてくる。そしてさらりと、甚平選びに戻った。

がくぽは肩を落として、楽しそうな弟を眺める。

寝るときまで恰好よくいる必要性がいまいち見いだせない。寝てしまえば関係ないはずだ。

「………いや」

ふと思い至って、がくぽは再び弟を眺め直した。

確かに、なにを着ていて、どんな格好をしていようとも、カイトはかわいい。変柄トランクスだろうと、白ブリーフだろうと。

――が、そのカイトが、寝るときまでかわいいに越したことがないのも事実だ。

いや、なにを着せてもかわいくなるのが弟というものなのだが。

しかしこだわりがないなら、かわいくいろ、と言いたくなる気持ちは十分にわかる。

「……」

兄ばかを極めつつ、白抜きテディベアに目が行って、がくぽは本気で考えこんだ。

自分が着るのはいやだが、弟が着る分にはかわいさ倍増だ。

黒という色は、カイトの白い肌に映えるし、そこにテディベア――マスターも転げまわって歓びそうだ。

基本的に女性であるマスターとがくぽの萌えツボはあまり一致しないのだが、たまには気が合うこともある。

かわいいカイトというのは、その数少ない合致点のひとつだ。

真剣に兄ばか道を突き進むがくぽに気がつかず、カイトはいくつかピックアップした中から一枚を選ぶことに熱中し出した。

「それに、ぎゅってして寝てもらうんだから、肌触りも大事だよね………!」

つぶやきに、がくぽははたと我に返った。

選り抜き出した数枚に夢中のカイトを眺め、頭を掻く。無意識なのかどうか。

「ぎゅっとして寝ること前提なのか、おまえの中では………」

自分の年を自覚しているのだろうか。

がくぽにしろカイトにしろ、添い寝が必要な年ではない。

せっかく部屋も別々にあるのだし、持っている布団はお互いにシングルなのだし、わざわざ狭い思いをして共寝をすることもないだろう。

「ん、こっち………こっちでも柄が………んん……」

肌触りを確かめながら真剣に悩むカイトを見て、がくぽはそっと、白抜きテディベアに手を伸ばした。生地をさらりと撫でてから、カイトの頬へと手を伸ばす。

「んにゅっ………にーに?」

「……」

ふにゅん、と頬をつままれて、カイトはきょとんとして兄を見上げた。

その頬をふにゅふにゅと揉み、がくぽは白抜きテディベアと比べる。

弟の肌以上に触り心地のいい生地が、そうそうあるとも思えない――

「にーにっわっ?!」

「いや」

はたと我に返り、がくぽはカイトの頬から手を離すと、誤魔化すように乱暴に頭を撫でた。