B.Y.L.M.-ExtraEdition

-ヲナラスモノ

動きが、止まる。ほんのわずか、束の間のことだが。

理由はと問われるなら、そう――

「ん、ぁあ、は……っ」

「ぅ、くっ、……っ」

極まる寸前だった少年の動きがぶれて、ずれる。見上げる幼い顔は苦悶に近い表情を浮かべていて、カイトの腰回りがぞわりと波立った。

成長の遅い、夜の夫だ。昼がすでに青年であるのに対し、未だ気難しい年頃のさなかである容貌は男となりきらず、少女とも見紛う。

騎士としてよく鍛えられた体を晒していてすら、否、であればなおのこと、危ういところを行き来して、理性が攪乱される。

決してそういった趣味はない――ひとをいたぶって悦ぶ感覚とは縁遠かったカイトだが、この夫に嫁いでからは、頻繁に自身が揺らぐ。

妻たる身に伸し掛かり、まさに男である証をカイトの腹の内に穿ちながら、過ぎる快楽に苦悶にも似た表情を晒す幼い夫を見ると、どうしてもぞわぞわとこみ上げるものがある。

もちろんこういったとき、大概カイトのほうが攻められて余裕を失くしているから、ことになにか、やらかしてしまうということもない――少なくともこれまで、そう大してやらかすこともなく済んできたわけだが。

束の間、カイトの体へと身を撓めたがくぽだが、きしりと奥歯を軋らせてくちびるを引き結び、起き上がった。再び腰が蠢いて突きこまれ、ほどなく、腹の奥へと熱が放たれる。

「ぅ、あ、かぃと、さ…ま」

「んん……っ」

びくびくと痙攣しながらなおも腰を突きこみ、しずくまで絞り取らせようとするがくぽを見上げ、カイトは潤む瞳を細めた。

諸事情あれ、この体は婚姻の初めから徹底して夫に仕込まれた。

ましてやカイトはもう花として咲き開いており、見た形は変わらずとも、感度はひとと違う。そうして注ぎこまれた夫のものを感じれば、未だ至らずと思っていても、釣られて諸共に極みへとやられてしまう。

「ぁ、はぁ……んくっ………」

夫が熱を注ぎこんだのは腹だが、カイトはどうしてもこくりとのどを鳴らす。

陶然と味わう表情を眺め、がくぽもまた瞳を細めた。未だ荒い息をつきながら、身を伏せる。

「かぃとさま……んん、かいと、さまぁ……」

「ぁ、ふ……っ」

このときにしか聞かせない甘える声で啼きながら、がくぽはカイトの首に何度もなんどもくちびるを降らせる。降るくちびるからはそのうち舌が覗き、伸びた舌は丁寧というより執拗さをもって、カイトの首をひたすら舐め回った。

すんすんと鼻の鳴る音も聞こえて、未だ夫を呑みこんだままのカイトの腹がぞわりと波打つ。

その瞬間、腹の内で幼い夫もどくりと脈打ち、カイトは身を竦めた。

「がく……ぅ、っ」

「ぁ、はぁ、かいと、さま……っ」

身を竦めれば、同時に腹の内にいる夫のことも締め上げる。締め上げれば、果てて硬度を失ったものがどくりどくりと脈打ちながら芯を取り戻していくさまをつぶさに感じる。

一度は治まったと思った雄の香が濃くなり、伸し掛かる幼い夫から汗とともに滴った。

その容貌は未だ幼さを残し、時に性差も曖昧となるくせに、成年たる昼の夫にも劣らぬ雄の香を立派に放つ――

ひどい倒錯だと、埒もない感想をいつものように抱いて、カイトは後ろ暗い視線を束の間逃がした。

初めに香ったのは、おそらくカイトのほうだからだ。花として、夫を煽る誘淫の香を、きっと放った。

喰らいつきたいとばかり、執拗にのどを舐め回す夫の幼い所作に、堪えきれず欲を覚えた。

欲を覚えれば香るのが花というもので、これはほとんど本能域の反応だから、カイトがいかに理性を磨いても制御できるものではない。

否、本能的な反応であればこそ、むしろ理性を磨けば磨くほどに反発して勝手をする。

それで、そう、しかしとにかくだ。

首を舐めしゃぶることに夢中になっていたがくぽは防ぎようもなく、放たれた誘淫の香を思いきり吸いこんだことだろう。

もとより花に依存して生きる体質であるために、どうあってもこの香に抵抗するすべを持たないがくぽだ。たとえ心身の状態がどうであれ関係なく昂ぶらされ、カイトを満たしきるまでは決して止まれない。

なにかの尊厳を手酷く踏みにじるような――それはがくぽのみならず、カイト自身もだ――気がするので未だに好きになれない能力だが、やってしまったものは仕様がない。

そう、やってしまったものをいくら悔やんだところで取り返しがつくものでもないので、やってしまった以上は仕様がないのだ。

とにもかくにもとりあえず仕様がないと諦め、せめても早く治まるよう夫に耽溺しておくのが、やってしまったカイトに取れる唯一にして、最善の策だ。

たとえ妻たる花を溺愛するがくぽからすれば、思うつぼで役得でしかないとしてもだ、肝心のカイトにとって好ましいとは思えないのだから――

ないのだが――

ほんとうだ。思ってなどいない。欠片とて、好ましくなどない。

決して。まったく。ほんとうに、ほんとうにだ!

「ぁ、あ……っ、ぃと、さま……っ?」

「ぅう…っ、ふっ………っ」

幾度めとも知れず果てて、けれど香りが治まらない。

治まらないどころかおそらく、強くなっているのだろう。限界を超え、それでもなお昂ぶらされる少年の瞳が濁ってぶれる。

カイトだとていい加減、限界だ。そもそもそう、『空腹』だったわけでもないところで、これだ。こんなに『食べ』させられても、もはや苦しいしか感想がない。

苦しいが、治まらない――治まらなければ、がくぽの意思では止まれない。昼の青年であればそれでも機転を利かせられたかもしれないが、夜の少年は無理だ。完全に手に余る。

カイトはぼろぼろとこぼれる涙で霞む視界のなか、伸し掛かる夫を懸命に見つめた。

花色の瞳が濁り、ぶれている。意識も朦朧としていることだろう。

――ならば、次こそは…

今度こそ、今度こそと。

霞む視界と思考で願い、カイトは瞳を閉じた。強制の結果でしかなくとも、確かに夫から滴る雄の香に浸り、溺れこむ。

「かぃと、さま……かい、さまぁ……ああ……っ」

響く声は掠れながらも蕩けて甘く、よほど苦しくつらいだろうに恨みは感じない。どこか案じる色のほうが感じられて、やはり性根のやさしい子――夫なのだと、カイトは胸をいっぱいにした。

それでもだ。

もしも理由はと問われるなら、そう――

動きが止まるのだ。ほんのわずか、束の間のことだが。

ほんのわずか束の間だが、動きが止まる。ぶれる。ずれる。

ほんのわずかだ。けれど決定的な差が、それだ。

それで、満たされない。

満ちない。

次こその今度こそはと願った、今回もだった。

極まる寸前、体を傾けたところで、がくぽの動きが止まる。ぶれて、ずれる。

なぜか。

なんのゆえをもって止まるのか。

いい加減、意識も朦朧としてまともに理性も働いていないはずだというのに、どうしてそうも、頑強に――

過った言葉に、カイトははたと思い至った。

そうだった。

これは、夫とは、そういう手合いだった。

これだけ体を重ね、想いを通じ合わせながら、未だ夫となりきらず、忠義の騎士だ。

忠義の――偏向と傾倒著しい忠誠を捧げ、自らの痛みなどまったく顧みない。主に痛めつけられるのであれば、もっともの悦びと成す。

――よくもそれでひとを被虐の徒扱いできたものだ。

思い至ると同時だ。

昼の夫に受けた仕打ち――若干以上に腰を引けさせながら問われた、あれだ――もまざまざと蘇り、つまりそれで、カイトの内がぶつりと切れた。

がくぽが止まるのはほんのわずかな間、一瞬のことだが、その束の間から立ち直る隙をカイトは与えなかった。

湖面の瞳を開くと、伸し掛かる夫を睨む――少なくともカイトの主観においては、睨んだ。

朦朧と霞んでいたがくぽの瞳がはっと見開かれ、はっきりと動きが止まる。

「かぃ……っ」

なにか、きっと問おうとしただろう。おそらく、どうしたのかとか、そういった案じる言葉だ。

カイトはその間すら、与えなかった。ただ懸命に夫を睨むと、手を伸ばす。長い髪を掴むようにも、首を掻くようにもして、戦慄くくちびるを開いた。

「か、んで………がく、くび……っ、かん………っ」

疲れきって重い舌はうまく動かず、伝えたいことを望む通りにはまったく伝えられなかった。

それでも、しぐさで示したこともある。すでに見張られていた少年の、花色の瞳がさらに見開かれたので、きっと意味は通じた。

そう、カイトが求めたことの、その――

「がく…っ、ぉねが、くび………っ」

「……っ」

懸命に乞いながら、カイトはわずかに仰け反るようにして首を晒す。

がくぽは、息を呑み――

どくりと。

腹の内にあるものが力をもって漲るのを感じ、カイトは笑った。

莞爾と笑い、さらに首を晒す。

誘淫の香は本能の域にあり、カイトの自由にどうこうできるものではない。自分では、香っているのかいないのかの、判別すらできない。いつでも夫に指摘されて、そうなのかと――

けれどきっと今、最大限に香っているだろうと、笑いながらカイトは思った。

笑うカイト、甘く誘う妻、艶やかに咲き匂う花に、がくぽが逆らえるよすがなど、なにもなかった。

少年は常よりさらに朱く濡れるくちびるを開くと、勢いよく伏せ、カイトの首に思いきり喰らいついた。

「ひぅっ、ぁ、っっ!」

喰いちぎろうとするかのような力で、痛みだ。そう、堪え過ぎて惑乱した少年は力加減を忘れて喰らいつき、カイトに与えられたのは超えて灼熱感にも似る痛みだった。

頭のなかが白く爆ぜ、腹が波打つ。

痛みだ。ただ痛み――

そのはずだが、カイトはいつまで経っても満たされなかったものが全身を覆い浸し、ようやく息が戻ったような気がしていた。ようやく息が戻り、ようやく夫に浸りこめる――

「んぐふ、ぅうう゛っっ!」

対する、がくぽだ。

カイトの首に喰らいついたまま、苦悶の声とともにぎりぎりと、さらに牙に力をこめる。その体が陸に揚げられた魚のように激しく痙攣し、カイトの腹の内にはどうしてか、今日でいちばんというほどの量の熱が吐きこまれた。

その放出がひと段落して、さらに一拍。

「ぐっ、ぁ、がはっ!」

まるで顎の関節を外すかのような気合いと衝撃とともに、がくぽはカイトの首から牙を抜いた。

咳きこみ抜いて、勢いまま体を起こし、――

気難しい年頃の少年が珍しくも堪えきれず、本気で泣きを入れた。

「カイトさまっ!!いたいの、嫌いだって!!おっしゃいましたよねっ?!」

裏返ってかん高く、挙句、完全に涙声だ。

未だ激しい快楽に全身が痺れる心地のカイトは答えるのが億劫で、ただすっと、視線を逸らした。

そう、逸らした。

後ろ暗いと、きっぱり白状したも同じだ。

そのカイトを前に、より正確に言えば、完全に力加減を忘れて本気で喰らいついてしまった挙句の傷を前に、がくぽは今にも倒れそうなほど蒼白となっていた。

とはいえほんとうのところ、カイトの負った傷はそう大したものでもなかった。

確かにカイトは、大事なものをすべてきっぱり切り飛ばし、しでかした。が、大概こうなるだろうという予測もしたうえでのことだ。

ここのところで激昂と計算が両立して働くのは、生まれたときから政略の渦中で生き抜いてきた王太子としての、芯まで沁みついた習い性というものだ。

その良し悪しは置くとしても、だからカイトは、きちんと対策を取った。

寸前にわずかに身を引くことで深みに喰らいつかれることから逃げたし、寝台の掛け布で肌を覆い、直接に牙が立たないようにもした。

それでも脳天まで痺れるほどの痛みであったのだから、なにもしなければほんとうに首を半分、持っていかれていたかもしれない。

なにが最弱の王子かと、どこが最弱なのかつまびらかに説いてみろと、カイトは視線を逸らしたまま、こころの内でぼやいた。

もちろん、逃避だ。

「カイトさま……っ!」

蒼白なだけでなく、痙攣しているのと見紛うほど震えるがくぽは、放っておけばそのうち、吐き戻しそうだった。

しでかしたのはカイトであってがくぽではないのだが、しかし唆されたにしても大事の身に牙をもって喰らいつき傷を負わせたのはがくぽで、傷を負ったのはカイトだ。

これが偏向と傾倒を極めた忠義の騎士ではなく、単に妻を溺愛するだけの夫であったとしても、反応は変わらない――

「確かに、好まない」

「っ」

逸らした視線を憐れな幼い夫へ戻し、カイトは可能な限り明瞭に答えを返した。

返して、その表情がどこか拙いものを宿す。懸命の努力で視線を逸らすことだけはせず、カイトは吐き捨てた。

「けれどおまえが私を相手に堪えることは、より以上に嫌いだ」

「かいと、さま…」

駄々を捏ねるにも似た声音で吐きだされたことに、がくぽは花色の瞳を見張った。今にも倒れるのではと危惧するほどの震えも止まり、ただじっと、カイトを見つめるだけに落ちる。

昼の青年がなにをどういったふうに、夜の『自分』へ含め置いたものかは、知らない。

ただしはっきりしているのは、それによって気難しい年頃の少年の意識は『過ぎた』ということだ。

もとより気難しい年頃であることのわざわいで言動の不器用な少年だというのに、さらに余計なことに意識が削がれた。

結果、どうしても喰らいつきたくなる瞬間、極める寸前に、不自然に動きが止まった。ぶれて、ずれた。

――カイトとて、今となれば自分の短気には忸怩たる思いが募る。『年上』として、年若の夫をうまく導いてやれればよかったのに、取った手段といえばこんな、紙一重のものだ。

けれど、だとしても、それでもだ。

「……ですが、カイト様。だからといっていつまでも御身に甘えて堪えないのでは、違うでしょう」

常に反発し合うのが昼と夜だというのに、昼の夫と同じことを夜の夫も言う。

カイトは瞳を尖らせ、そんな夫を睨んだ。いつもの、意味が置き換わったがために重怠いというのとはまた別に、痺れて自由の利かない下半身に苦労しつつ、体を起こす。

「確かに、それは違う。違うが、――それでも、おまえが私を相手に堪えているのは、厭だ」

カイトの言いはいつもと違い、頑是ない子の言いにも似ていた。

そう、つまりこれは『カイトの』というより、『花としての』我儘なのだ。

たとえばカイトがただびとであればきっと、幼い夫が悪癖を克服するまで待ってやれただろう。それがどれほど時間がかかろうと、夫の自発意志に付き合いきってやれたはずだ。

しかしカイトはもはやただびとではなく花であり、花であるがために、どうしても堪えられないものがあった。

それがだから、今回のようなことだ。こころが耐えないことであれば、暴走する。

――どうして<わたし>を相手に、<夫>は理性を失わないのか!

そんなようなところだ――まったくもってまともではないとカイト自身が思うが、確かにまともではあり得ない。

愛が過ぎたあまり、大地から根を抜きひとへ嫁したのが、花の始まりだ。

その始祖、最たるもの、前代神期に生じた初代を色濃く還したものが王の花、カイトなのだ。

想いの強さたるやひとの比ではなく、カイトが王太子として生まれたときから磨き続けた理性すら、軽く捻り潰す。

当の本人であるカイト以上に、そういった花の特性に精通するがくぽだ。いつもであれば、これで引いただろう。

が、今日はそうもいかなかった。

今回はたまたまカイトの動きが間に合ったから、幸いにも重傷とならず軽傷の程度で済んだが、それが常にいつでも起こると信じるほうが、どうかしている。

迷うそぶりは見せたものの、がくぽはきゅっときつくくちびるを引き結び、決然と顔を上げた。紅を塗らずとも朱を刷くくちびるが、重く開く。

「それでもかぃ」

「加減を覚えろ」

なんとか反駁しようとした少年の努力を無為と、カイトはまるきり上官じみて命じた。

「加減すればいいだけの話だ……ここまで癖づいたものが、そも、一朝一夕にどうにかなるわけもない。もう少しいろいろ、長い目で見て――とにかくまずは、まったく咬まないのではなく、加減を覚えるところから、始めろ」

きびきびと言い置くカイトを驚き見つめていた花色の瞳が丸く、徐々に見張られていき、やがて諦めを宿し、沈んだ。

「カイト様……言いたくはありませんが、『昼』の言ったことのほうがまだ、易い。やるかやらぬかの、たかが二択です。けれど加減といったら…」

「練習すればいい。――それであれば、付き合う。力加減も教えるから…」

「え?」

相応に反省するところはあったので殊勝に言い、カイトは身を乗り出した。身近に座るがくぽの首に、はぷりと咬みつく。

否、『咬みついた』とはいえ、ほとんど牙は立っていない。食んだというのに近く、がくぽが感じたとしたら、掻痒感といった程度だろう。

それでもがくぽは突然のことに動けなくなり、石のように固まった。

石のように固まったとしても、確かに筋は少し張ったがそれだけで、ほんとうに石になったわけではない。

カイトはやわらかな肌の感触をくちびるで味わい、すんと軽く、鼻を鳴らした。

いろいろ、落ち着いた証左だ。今もまだ夫からはあえかに雄が香るが、それで激しく煽られるということはない。こうしてかぶりついてこのにおいに浸っていると、じゅんわりと体の芯が蕩けていく感覚がある。

この体は男を相手に――否、夫を相手には、どこまでも淫奔だ。

今の下半身は意味が根と変わったからというより、過ぎ越したがために痺れて自由にならないが、そういった不自由のすべても蕩かされ、癒されていくような――

堪えきれず、募る幸福感にほんわりと表情を緩めながら、カイトは少しずつ場所を変え、はぷはぷはむはむと、がくぽの首を愉しんだ。

思う存分にやったところで顔を上げ、にっこりと笑いかける。

「なおまえが芯まで覚えてできるようになるまで、こうやって、いくらでも教えようし……私の首も練習台として貸し、………がくぽ?」

言い聞かせる途中でがくぽが頭を抱えて寝台に伏せってしまい、カイトはきょとりと瞳を瞬かせた。

「がくぽ?」

「あなたというひとは、あなたというひとは、あなたというひとは………っ!」

――それで高速でつぶやくのがどうもひとつで、しかしいったいどういうひと言をどうしてこうもくり返されるのかが、カイトにわからない。

しばらくその言葉をくり返してから、がくぽはちらりと顔を上げた。上げた顔が赤く、見える耳朶も赤々と赤く、頭を抱える手の甲までもれなく赤い。

そして上げた顔の、瞳だ。潤んでいるが、先のような悔し涙の類ではない。ではなにかというと、たとえが難しいのだが――

腰のあたりにぞわりと走るものがあり、咄嗟に身を固めたカイトへ、ひとつ洟を啜ったがくぽは力強く吐きだした。

「治癒の術を学ぶことに決めました。俺が、決めました。今、決めました。俺は明日から治癒の術を学びます。学び始めるに遅いなどということはないと、いつも言っておられますよねですから、俺は今さらでも治癒の術を学びます。全力懸けて学びますので」

「ああ、そう、か…?」

勢いに押されて仰け反るようになりながら応えたカイトへ、がくぽはもう一度、洟を啜った。もそもそと半面がまた布団へ戻り、隠れたくちびるがつぶやく。

「けれど覚えて使えるまでには、時間が要りようですから………力加減も、教えてください。今のように、あなたが、俺に、――毎晩でも」