B.Y.L.M.

ACT1-scene8

不安定だという自覚は、おぼろにあったカイトだ。

が、その原因、ないし理由はといえば、思い当たる節があり過ぎてという具合だった。

しかし思いもかけないところから、はっきりと意識せざるを得ない羽目に陥った。

「ん、く、ふ……っぅ、ぁ、………っ」

懸命にかみ殺しても塞いでも堪えきれず、自分の口からかん高い声が漏れる。

甘えて媚びる鼻声で、男の自分のこんな声は聞いたところで愉しくもないだろうとカイトは思うから、懸命にかみ殺そうと、塞いで呑みこもうと――

そうとはいえ、そもそも『愉しくもない』はずの『男の自分』、カイトを寝台に転がしたのは、がくぽだ。

汚れを落とし、食事を終わらせ、多少の腹ごなしの時間を挟み、次に案内されたのが、居室を兼ねた寝室だった。

おそらくは、屋敷の主が私人としての時間を過ごすための部屋であるのだろう。書庫に仕舞いこまず、手元に置いておきたいようないくつかの書を置くための書架と、くつろぐ際の伴とする酒瓶や茶器に、ちょっとした文具や道具といったものまでを雑多に並べた飾り棚、それらを使用する際などにもの置きとなるだろう小卓、午睡程度なら無理もなく愉しめる大きさの長椅子――

置かれた家具はどれも年季が入り、よく使いこまれている。だからと、古びたという感のものではない。華美な装飾はないものの、使いこまれ磨かれることで品と質を上げていく類の、上等な職人の手に依るものだ。

それは当然、ともに置かれた天蓋付きの寝台もだった。

遠目にこそ簡素なつくりでも、近くに寄って見れば、精緻な装飾がそこかしこに施されていることがわかる。それらは一見大人しく、目立たずに質素だが、貧相であるというのとは違う。

寝台というものの役割をよく考えたうえで施された装飾であり、職人の実直にして誠実な仕事ぶりを称えたくなるようなものだ。

広さ大きさも十分、十二分で、カイトの体格であれば、三人は余裕で寝転ぶことが可能だ。

もちろんカイトはひとりしかおらず、あといる人員といえば――カイトと並んで寝台に転がれる相手といえば、これから『夫』となる少年騎士、ひとりだけだが。

いずれ避け得ずこの時間がくるとはうっすら覚悟していたカイトだが、この予想が覆されることはなかった。

覆るような予兆もなかったのだから、この結果は当然――と、しても。

もうしばらく、時告げの鐘の音を聞いていない。

今となってもそう遠くまで移動した実感はないのだが、あまりに大きく変動した気候のこともある。

『今』が正確には、どういった時間であるのか、カイトにはわからない。

けれど感覚的なもの、カイトの目で見たまま判断するなら、未だ明るい。夕刻には多少早く、日は傾きつつあるが、あと半刻ばかりは天の主人として在るだろう。

確かに新婚の夫婦が羽目を外し、こういった時間から励むことがないわけではないが、――

「は、カイト、さま……カイトさま……っ」

「んん……っんっ」

うわ言のように名を呼びながら、がくぽはカイトの体を貪る。

そう、まさに『貪る』というのが正しい、性急な触れ方だった。性急で、狂おしいほどに熱のある。

時間がという、カイトのそこはかとない抗議と抵抗は、なにかに急く少年には当然のごとく圧殺された。

そうそう覚悟が固まりきっていたわけでもないが、あの例の、壮絶に恨みがましい目つきで迫られて、カイトには抵抗の余地がなくなった。

もとより相手には、恩人という負い目がある。挙句、つい先ほど、迂闊にも少年の愛らしさに目覚めたところだった。

方向性としてはおそらく、『女として扱われてもいい』というものではないが、少なくとも『強請られることは叶えてやりたい』程度には、ほだされた。

「男……は、経験が、ない」

せめてもと、寝台に転がされたところで告げたカイトに、押し倒した側は、そんなことは疾うに承知だとばかり、だからなんだと返してきた。

「ええ、そうでしょう。あなたは転がっていてくだされば、いい。抵抗せず。あとは俺がやります」

――いくつか、後悔したカイトだ。

少年の返しはあまりに即物的に過ぎ、しかも直截で、救いようもなかった。

さらには自分だ。まるで生娘が、初めての男に向かって言うような――初めてだから加減してくれと乞うに似た、言いようだった。

確かに男相手では、初めてだ。しかも当初からの言いぶりに予想はしていたが、やはり自分は『妻』として――『女』として、『夫』を受け入れさせられるらしい。

まさに未知も極まる経験だ。

だからといってカイトが、なにもかもが未経験の、真正にうぶなというわけではない。

生娘ぶった言葉など、恥の上塗り以外のなにものでもなかった。

――そう、咄嗟に後悔はしたものの、それでカイトがすぐに思いきれたわけでもなかった。

「服は」

「転て、て、い。が、

「…っ」

着の身着のまま転がされたカイトの、最後の足掻きにも似た、往生際が悪いとも取れる問いに、がくぽは強調して言い含め――

そういえば男が女に服を贈るのは、その服を脱がせたいという、意思表示であるとか。

自分にとって脱がすに愉しい衣装、剥ぎ取りやすい服を男は贈るのだったかと。

カイトが俗世の噂を頭に過らせたのは、がくぽがあまりにあっさりと、着ていたものを脱がせたときだ。

入浴後、用意されて着替えた衣装はまず、寸法違いを案じるほど身幅が広かった。身幅が広いから、湿気含みの気候であっても、よく風が通る。

軽く、薄い生地にもなったし、ことに熱の篭もる首回りがすっきりと開いて、着心地はよかった。

だからと、こころもとなさのあるつくりでもないと思ったのだが、脱がされるにこれほどまで抵抗もなく、しようもない衣装だったとは、予想だにしなかった。

しかし少し考えれば、すぐとわかることではあった。身幅が広くなったから、体の部位の太さ細さに因らず、どこにも閊えない。生地も軽く薄いから、たとえば汗を掻いたとしてもべったり張りつくといったことがなく、さらりと滑る――

カイトはほとんど一瞬で暴かれた肌を羞恥に染め、呆然と考察を巡らせた。

が、なにもかもが遅い。この学習に意味があるのかも、今はわからない。

どのみちこれからも、がくぽがカイトを『妻』と望み続ける限りはこうして『夫』を受け入れる必要があるだろうし、――やはりそのときにも、抵抗の余地はないだろうからだ。

そうやって肌を暴いたがくぽは、筋が浮く、男としては細い部類のカイトの首に顔を埋め、すんと鼻を鳴らして嗅ぐことから始めた。まるで犬や獅子といった獣が獲物を確かめるときのように、すんすんと鼻を鳴らして嗅ぐ。

次いで、くまなく舐め辿り、しつこく吸いついた。それこそくまなく、だ。吸いつかれた場所も多いが、がくぽはとにかく丹念に舌を這わせ、カイトの首を隅から隅まで味わった。

およそ舌が触れなかった場所はないと、カイトは迷いなく言いきれる。

性急に、けれど狂おしいほどの熱とともにやわな肌を花痣だらけとしたがくぽだが、ことに首だけに執心したわけではない。

丸みもふくらみも、どころかやわらかみすらない胸も、まるで構わず熱心にしゃぶり、撫でた。あるいは揉んでつまんでとして、堪能した。

まさか丸みもふくらみもない部分を、これほど堪能されるとは予想だにしなかったカイトだが、――堪能されて、自分の腰に走った痺れるほどの疼きなど、もはやどう考えればいいのか、まるでわからない。

鍛え上げた騎士ほどの、がっしりとした筋肉の付きはないカイトだが、それでも男だ。成人してもいる。

頭の天辺から足の先まで、全身紛うことなく男の骨格であり、男の肉付きだ。

なにかを思い違いできる要素など、どこにも見いだせない。

こんな体に触れて愉しいものかと、カイトは内心で首を捻るのだが、がくぽはどこか縋るように貪りついてくる。

どこもかしこも、カイトの体のすべてを暴き、堪能しきろうとばかり、くまなく念入りに愛撫を施す。

片時も離れなければ、休みもしない。

そしてずっとつぶやかれるのが、カイトの名だ。

『呼んでいる』のとは、違う。募る想いが堪えきれず溢れたとばかり、祈るにも似た声音で、がくぽはひたすら懸命にカイトの名をさえずる。

さえずり啼き、含む。

愛おしげに――超えて、狂おしく。

なにを自分相手にそうまで思いつめたかと戸惑いもあったカイトだが、それで気づかざるを得なかったこともあった。

つまり、自分がなにをもって、こうまで不安定に揺らいでいたのかということだ。

それは同時に、この幼い夫に急速に傾き、惹かれていく理由でもあった。

「ああ、カイトさま……っ」

ずっと翳していたものも霞んだ瞳で、がくぽは陶然と蕩けきってカイトを見つめる。

新しく『夫』となる自分が全身に施した愛撫により、直には触れもしないうちから震え、勃ち上がり始めていた、カイトの男の証を。

どう思い違いしようもなく、カイトが男であり、成人していると示す場所を――

それはそれは熱が篭もって甘ったるい瞳であり、大好物を見せつけられた子供のような表情だった。

「はあっ……っ」

堪えきれない様子で、がくぽはてろりとくちびるを舐める。少年の穢れを知らない朱唇が、伝う唾液で妖しく濡れ光った。

無邪気な子供の顔と、欲に塗れた大人のしぐさと――

この年頃に特有の倒錯が醸す空気は強烈で、カイトはこの後に少年が企むものがうすうすと予測がついても、妨げることができなかった。

「カイトさまぁ……っはあ、ぁぷっ」

「ぁ、めっ、そん、な……っぁっ………っ」

案の定で、がくぽはためらいもせず、それを口に含んだ。口先で含むだけでなく、咽喉奥まで押しこむように呑みこみ、舌を絡めながら抜きだす。

ぬろりとした舌の這わせ具合は男の弱いところを心得ていて、制止しようとしたカイトの言葉は結局、喘ぐ声に取って替わって永久に消えた。

「は……っ、んんっ」

さらに陶然と、表情を甘く蕩けさせ、がくぽは自らの口の端からカイトのものまで、糸引く唾液をずるりと啜り上げる。

自分の唾液のみならず、そこにはいわば、今舐め上げたカイトの味がある。

陶然とした表情は変わらず、こくりと咽喉を鳴らして飲みこんでから、がくぽは再びカイトのものにくちびるをつけた。

先端を割り開くように舌を押しこんでから、ぬとりと滑らせ、またも咽喉奥へと突きこむ。しかも今度はすぐ抜くようなことはせず、えづいて気分が良くないはずの場所を、カイトのものでことさらに突き上げるよう、動かした。

性差も曖昧な、うつくしい少年の口に含まれる背徳感と、熱くやわらかな咽喉の粘膜に押し包まれ、絞られる感触と――

「ぁ、は……っぁ、んっ……っっ」

逃げようと立てたカイトの足が、爪先が、空を掻く。稲妻でも走るようにびりびりと痺れる腰に、張り詰め過ぎて痛いほどの自分自身。

腰のみならず、痺れる頭でも限界が近いと悟り、カイトは首を振った。横だ。それは惑乱だった。この快楽まま、思う存分に吐きだしたい欲求と、しかし含んでいるのは少年の口であるという事実と。

「ぁ、く………ぁく、ぽっイ、く……っか、らっ」

ひどくもつれてしゃべりにくい舌をなんとか繰り、カイトは限界が近いことをがくぽに伝えた。だから口を離すようにと、警告したつもりだ。

言葉は届いたらしい。意味も理解したものと思われる。

際立つ美貌を無残に歪め、夢中になってカイトをしゃぶり含んでいたがくぽだが、掛けられた声にちらりと視線を寄越した。ほんのわずか、考えるように動きも止まった。

しかし結局、がくぽが選んだのは愛撫を強めてカイトの限界を急がせることと、自分の口に含んだままでいることだった。

「が、くぽ……っ!」

少年の選択を動作で理解したカイトは、震撼した。

なんとか引き離そうと、逃げようと腰をにじらせるが、痺れて重い。足もだ。まるで過ぎる快楽に悶え暴れているかのような、そんな程度にしか動かず、夢中になって吸いつく少年を引き離すにはとても及ばない。

ならばと手を伸ばして頭を掴んだが、こちらもこちらで大した力が入るではない。むしろがくぽの頭をさらに自分へと押しつけるような形になり、カイトは激しく後悔した。

後悔したが、もうこれ以上は動けない。

せめて限界を引きのばそうと堪えるのに精いっぱいで、しかも結局、それも果たせなかった。

「ぁ、………っっ!」

「んっ、ぐっ………っ」

ひと際大きく跳ねて、カイトは限界に達した。全身を痙攣させながら、少年の口に精を噴きだす。

これまで経験したこともないほど快楽が強く、深かった。

なお悪いことには、カイトはここひと月ほど――否、南王の問題が持ち上がり、深刻さを増したここ数か月ほど、ほとんどまともに自身を慰めていなかった。

心身ともにそんな余裕はとてもなかったし、そのせいか、ことに苦労も覚えていなかったのだ。

ために、放置すること数か月。

不便を覚えずとも、若い体はきちんと準備を整えていた。そして、ようやく巡りきた機会に――

もう少し状況や事情といったものを考慮しないものかと、カイトはあまりに深く強い快楽に震え続けながら、自分自身への憤りと落胆で瞳を潤ませた。

「んん……っ」

大量の精を口中に吐き出されたがくぽが、苦しげに呻く声が聞こえる。

カイトは警告したのだ。多少は自業自得というものだが、虚飾の余裕もなく素直な感情を吐露する呻き声は年相応以上の幼さで響き、カイトのこころをさらに抉った。

強すぎる快楽に視界も霞んでいるので状況が把握しにくいが、しかしはっきり見えたからといって、直視して確かめる勇気があるかもわからない。

どのみちなにが起こったのかは、はっきりしている。視覚でまでそれを確認するかどうかという話だ。

「ん、ぐ……ふっ」

呻きながら、がくぽが体を引いていく。ずるりと、粘つく感触とともに咽喉から口へ、そして完全に抜かれ、圧迫感が消えた。

変わって触れる空気の冷たさに、カイトは小さく息をつく。

未だ快楽の名残りは強いが、さすがに抜かれるとやわらぐ。もはや最中というほどではない。

節操もない男の欲求というもので、数か月来の吐精に、まだまだもっとと強請る思いはあったが、カイトは黙殺することにした。

「は……っ」

意識して呼吸を深くし、激しい動悸を治めつつ、ゆっくりと視線をやる。

「ん、んく……っ」

「っ!」

やったのは視線、抵抗はありながらも自分の不始末を『見た』わけだが、――まず届いたのは音、がくぽが鳴らす咽喉の、嚥下の音だった。

むしろもう、仔犬ほどの愛らしさと懸命さ、健気な素振りで、がくぽは咽喉を鳴らす。咽喉を鳴らし、頬張ったものを飲みこんでいた。

「ぅく……けふっ」

最後に、ともに呑みこんだ空気だけを小さく吐き戻し、がくぽは慄然と固まったカイトの目の前で、その放出したものを自分の腹に流しこみきった。

残滓に濡れるくちびるをてろりと舐める表情は満足感で溢れ、再会してから――否、出会ってからこちら、初めてというほど上機嫌に見える。

同時に、これ以上なく淫靡であり、淫蕩だ。そもそもが、少女とも見紛う美貌の少年騎士だった。

目に毒も甚だしい。

「が…くぽ」

「はい」

涙声でなんとか呼んだカイトに、がくぽは従順な返事を寄越した。向ける花色の瞳が淫猥に蕩けて夢心地で、少しも嫌悪感や拒絶感を醸さない。

出会ってからこちら、不機嫌――というより、なにかを抑圧して翳っていた少年の、無邪気とも呼べる態度は得難く思え、しかしカイトにとって彼のやりようは、放り置ける程度のものではない。

ためらったものの、カイトは半身を起こすと寝台の外、水差しの置いてある小卓を指差した。起こした半身も示す指もみっともなく震えていたが、ないふりで口を開く。

「口を、濯いできなさい……気分が、悪くなる前に」

「………?」

『カイトさまのめいれい』に、がくぽは訝しげに瞳を瞬かせた。カイトと、カイトの指が差した先とを、不可思議を浮かべて見比べる。

そもそも呑みこむときから今の様子で、カイトには大体、察しがついていた。

がくぽには今の行為に抵抗も、違和感もないのだ。

わかっていても、自分の常識外のことだ。受け入れ難いことでもある。

カイトは折れかけるこころを懸命に立て直し、束の間の素直さを表にする幼い夫と見合った。

「飲むような、ものではない………口を」

「なぜです花の蜜だ。余すほうがどうかしている」

「……っ」

彼にとっては非常識ではないのだろうと、薄々、察してはいた。

だとしてもあまりにも当然と、あたかも日が昇る方角でも説くような口ぶりで返され、カイトは言葉を失った。

こういった房事、夫婦ごとのいわば『作法』は、家によりさまざまだ。だからがくぽがためらいもなく口で奉仕した挙句、放出されたものを飲み下したとしても、それは彼の異常性を示す根拠にはならない。

ことこの方面に関して『正解』というものはなく、あるとしたら各自の倫理観と自制心、良識に委ねられる範囲だと、カイトも理解していた。

さすがにあれを花の蜜に喩える感性は理解不能としか言えないが、『妻』として嫁した以上は――

「………?」

ふと違和感を抱き、カイトは眉をひそめた。

どこかで聞いた覚えのある、言いようだと思う。

どこかで聞いて、やはり理解不能だと愕然とした。唖然とし、呆然とし、そして――