B.Y.L.M.

ACT2-scene1

「んんっ、ぁ、やぁ……っっ、あ、っ」

声を堪えられなくなって、――堪えなくなって、堪える意義も見失って、久しい。

おそらく、久しい――

「ぁあ、ぃや、ぁく……っ、んんぅ、ぁあ、ぁあんんっ」

微妙に掠れて潰れた声で、けれどカイトはかん高く啼く。寝台にうつぶせに組み敷かれ、腰だけを高く掲げられた格好で背後から貪られながら、ひたすら啼く。

まるでほんとうに、女になったようだと。

ごくたまに思考が過るが、あくまでもごくたまに、そして過る程度だ。深まることはない。

否、思考を、思索を深めるような、そんな余裕はまるでない。

「ぁうぅ、ぉく……っ、ぉく、も、……ゃめ、ぁああっ!」

腹のなかに飛沫が散る感覚にも、馴れた。それを掻きだしもせず、絶頂したばかりで痙攣する場所をまたすぐ、治まりもしないうちに攻められることにも。

ただし『馴れた』というのはあくまでも、『彼のやりようはこういうものだ』と、学習を積んだという程度の意味合いだ。

攻められる、責め苛まれる体は違う。一向に馴れない。

否、快楽を得られるようになったという点では馴れたし、カイトが望もうと望むまいと、カイトの体は男に組み敷かれ、貫かれることに馴れつつある。

馴れないのは、がくぽが与える責め苦の強さだ。一向に馴れないどころか、日々刻々、悪化していくように思える。

なにがといって、与えられる責め苦の強さであり、それによってカイトの体が得る快楽の、狂的なまでの強さだ。

絶頂を得たばかりでもがくぽは構わず、すぐに攻めを再開する。カイトの内部は絶頂の余韻で神経が尖りざわめいており、たとえば単純にがくぽのものを抜くだけのことでも、痙攣するほどだ。

その、過敏になった腹のなかを、がくぽは終わったからと抜くどころか、入れたまままた、すぐに掻き乱す。自分が吐き出したもののぬめりを借りて、先よりなめらかに、勢いは激しく――

「ぁあ、ぁく、ぅ……っ」

なめらかな分、突き入れる勢いと、それによって到達する場所の奥深さが増す。そんなものは苦しいだけのはずなのだが、奥を突かれるたびカイトに訪れるのは、軽い絶頂感だ。がくぽが奥を突くたび、何度もなんども何度でも、カイトは感覚のみ、頂を味わわされる。

だからそんなものは、苦しいはずだ。いくら快楽であってもつらいだけのはずで、――

「カイト、さま……っ」

「ぁうっ……っ」

背後から貫く男――『男』と称するには未だ幼さの勝つカイトの夫、がくぽは、喘ぐように名をこぼす。

常ならば、低く抑えた声で話そうとする少年だ。美麗に過ぎて、少女とも見紛うこともあるような容姿と、正騎士としては特段に幼い十代半ばという年齢、その双方を気にしての、ことさらに意識したうえでの振る舞いだろう。

けれど、カイトを寝台に組み敷き、その体を夫として味わっているときに上げる声は、違う。

高く、甘い。

まるで小鳥がさえずるような――年相応以上に幼い、甘ったれるにも近い声で、がくぽはカイトの名を呼ぶ。懸命に、健気に、一途に、なにかの想いとともに。

懸けられる想いは、激しく強い。当初、カイトを妻とすると宣言したときから変わらず、なにかにひどく追いつめられて、追いこまれ、思いこんだまま。

だとしても、だ。

いくらどうでも、これはあり得ることなのか。

「カイト、さま……カイトさ、ま……っ」

「ぃうっ ぅ、んくぅっ……」

思い募らせたがくぽが、その雄で貫くに飽き足らず、カイトの後ろ首にきりりと牙を立てる。走るのは痛みと、同時に、やるせないまでの快楽だ。

カイトの後ろ首から肩、肩甲骨のあたりまで、がくぽが牙を立てなかったところは、およそない。

背後であるため、しかとは確認できないが、見ればきっと束の間、絶句する程度には歯型だらけであるはずだ。

挙句、これもまた確認できていない感覚だけの話だが、なお悪いことにどうも、少年はどちらかといえば犬歯が発達しているらしい。思いの丈をこめてかじりつかれるたび、皮膚が必ず食い破られる感覚がある。香る血が、その血を啜られる気配が――

そしてくり返すなら、いわば酷い仕打ちのたびにカイトが感じるのは快楽であり、悦楽でしかないものだということだ。しかも日々刻々と悪化している。

日々刻々と、痛みが痛みとして知覚されず、快楽に置き換わって身を走る。

尋常ではない。

ほんのわずか、束の間の痛みにごく浅い意識が我に返り、カイトは瞳から涙を散らして考える。

尋常ではない――こんなことは。こんな感覚は、こんな過ごし方は。

考えるが、束の間のことだ。痛みが痛みとして知覚されるのはほんの刹那のみで、すぐにそれは、下腹を痺れさせる快楽として、全身を侵す。

下腹、ほとんどの時間、この幼い夫を受け入れさせられている、この――

声を堪えられなくなって、堪えなくなって、堪える意義を見失って、久しい。

会話らしい会話もせず、どころかまともな言葉らしい言葉も発することなく過ごすこと、幾日か。

この寝台に縫い止められたまま、日がな一日、夜もすがらに『妻』として『夫』を受け入れさせられ過ごすこと、寝台にいないまでも、与えられた寝室から出ずに過ごすこと――

おかしいと。

幾重にもこんなことはおかしく、あり得ないことだと。

抵抗もできずに組み敷かれ、貫かれ、快楽だけを貪られ貪らされながら、カイトの霞む思考は淀みつつ、小さくちいさく、聞こえないほどに小さく、けれど決して鳴りやむこともなく、警鐘を鳴らす。かろうじて、鳴らし続ける。

初夜を過ごし、翌朝。

がくぽはカイトに朝食を与え、昨晩に自分が責め苛み、ために傷ついた場所に薬も塗った。

思い返すだに、多少の行き違いや諸々はあったが、ここまではまだ、まともだった。

だが、カイトの秘所に軟膏を塗りこみ、その直後だ。

――咲き開け、我が花。

がくぽはカイトを『花』と呼んだ。はっきりと、聞き違いようもなく。

忌まわしい名だ。恨めしい呼称だ。それは人智を超えたとして『魔』の冠を与えられた南王が、カイトを欲する理由として上げた。

カイトは『花』であり、『花』であるからには己のもとにて咲くようにと。

結局、哥の国の誰にも意味を図ることも理解することもできなかった、人智を超えたらしい南王の言葉であり、求めだった。

意味も図れず理解もできなかったが、人智を超えて『魔』の冠を与えられた南王の、欲して伸ばす手はそのまま災厄だった。どうでもただびとでしかない身に、抵抗できる余地のない。

意味も図れず理解もできないままカイトを『嫁す』ことで結論をつけたが、だからつまり哥の――西方のものは、結局誰も『答え』を知らないのだ。

南王がなにを見てカイトを『花』と呼び、自らのもとにと欲し求めたのか。

少なくとも西方においてひとを『花』と喩えるなら、女性のうつくしさに対してだったし、求めるなら妻として、我がもとに嫁すようにという、求婚だ。

同じことを、南王を斃したという、カイトの騎士が口にした。

それも、哥の賢人が四苦八苦の挙句、なんとか辿りついた仮の答えとしてではなく、おそらくはほとんど、南王が口にしていたものと同じ意味の、同じ響きで――

ほんの数年ほど前に騎士団へと入団し、異例なほどの若さ、幼いとすら言える年齢で、騎士として叙勲された。

折り紙付きの実力で、誰も抵抗のすべを持たなかった、人智を超えた災厄である南王を斃した、その――

こうして寝台に縫い止められる前、カイトにはがくぽの素性について、ある仮定ができつつあった。あとは本人に突きつけて、確認するだけという。

だからがくぽがカイトを『花』と呼び、『咲き開け』と求めたときにも、驚いたことは驚いたにせよ、意表を突かれるとか、度肝を抜かれるといった、そこまでのことではなかったのだ。

むしろこれは、いい機会だった。

いい機会と、なるはずだった。

誓約式もまともに行わず、肉体の契りだけで夫婦となったふたりの間に、さらに横たわりわだかまる多くの秘密と内緒の、その一端を明らかにするための――明らかにすることで、溝を多少なり、埋めるための。

だがカイトは、機会を掴むことができなかった。

そして今だ。

もはや『いつ』であるのかもわからない、今だ。

「ぁ、あ、は………っ」

「ふ、く……っ」

腹の内にまたもや飛沫を感じ、カイトは浅い息を忙しなくくり返した。意識が朦朧としている。体が重い。どれほど求められたものか知らないが、何度めかの限界を迎えようとしている。

寝具を掴む手に束の間、力が入った。なんとか意識を保とうとして、けれどすぐに力が抜ける。意識を保つことの意義を、意味を、見出せないからだ。

意識を保っていても、どうせ少年に組み敷かれ、貫かれ、快楽に責め苛まれるだけだ。際限もなく、終わりも見えず。

どうかしているという思いだけは常に強くあるから、カイトの手からは力が抜け、同時に体も弛緩していく。

「ふ……っ」

「っ、ん……っ」

朦朧と沈みかける意識のなか、がくぽがようやく腹から雄を抜き取る気配を感じる。

ずるりと引き抜かれるそれは、内腑までともに出て行きそうなもので、何度やられても馴れない。あまり心地いいとは言えないから、いっそのこと入れたままにしてもらえないかと、つい考える。

その思考もまた、どうかしているとは思うから、入れたままにしてくれなどと、朦朧とした意識であっても口にはしない。今のところは、だが。

だがこの生活も長く続けばいずれ、口にしそうな危惧はある。引き抜かれる際の不快さと、抜かれたあとの圧迫感の消えた腹に、物足りなさを感じるようになってきたことを併せ考えれば――

とはいえ、深くは考えない。なにしろカイトは、意識が朦朧と沈んでいくさなかだ。考えたいようなことでもないということもある。

だから考えず、カイトは意識が沈むに任せる。

抜いたのであれば、小休止ということだ。意識を手放した体が、このまま弄ばれるようなことはない。

ほとんど無駄でしかないのだが、この妙に甲斐甲斐しいところのある年下の夫は、おそらく意識を失ったカイトの体をきれいに拭い、清潔にしてくれるだろう。

そのほかには――

「ぁ、くぽ………、ぃ、や………」

「………っ」

まるで無駄でしかないが、左足を掴まれる感触に、カイトは弱々しい声を上げた。激しく長い責め苦に喘ぎ啼き過ぎ、掠れて潰れた挙句の、小さくあえかな声だ。

それでもきちんと聞き取ったがくぽが一瞬、手を止める。足首を掴む手に、折れよとばかりに力が入った。

痛いが、同時に救いようもなく、下腹が痺れる。意識が朦朧と沈みゆくさなかだというのに、だとしても痛みによって走る感覚があり、腹が疼く。

カイトは笑った。笑うしかない、こんなことは、もう。

少年に求婚されるまで、男同士でどうこうするなど考えたこともなかったカイトだというのに、実際なってみれば、男相手に自分の体の淫奔なこと――

憤りも過ぎる。笑うしかない。知らなかった。空恐ろしいほどに自分が淫乱であり、淫猥に男を味わって飽きないなど。

笑うしかないが――

「ぁ、くぽ……、ゃ、……」

朦朧と沈みゆく体では抵抗もできないが、舌ももつれてうまく動かない。意味を持って相手に伝わっている気もしないが、どうせ伝わったところで結果は変わらないだろうという予測もある。

そしてカイトの諦念はほとんど当たりで、一瞬は手を止めたがくぽだが、結局今日もまた、左足には枷が嵌められた。やわらかな布で保護したうえではあるが、鎖に繋がる枷だ。

自分が用を済ませる間、不在にするわずかな瞬間に、カイトが万が一にも逃げることのないようにという。

どうやって逃げるのかと、カイトはやはり嗤う心地だ。日がな一日、夜もすがらに、意識のある間はずっと、この幼く未熟な夫の雄を受け入れさせられ、責め苛まれ続けているというのに。

もはや雄を呑みこむに痛みも覚えないほど馴れたが、もっと言うなら足腰はまるで立たない。這いつくばって移動することすら、微妙なところなのだ。

いったいこの在り様で、カイトがどこに逃げるというのか――

理解はしているだろうに、追いこまれて追いつめられたままの思考の相手は、どうしてもカイトを鎖に繋がずにはそばを離れられない。

信頼を得るための意思の疎通を図ろうにも、そんな余白もない。

カイトの意識はまた、今日も沈む。

黙々と衣服を整え、悄然とした足取りで出て行く少年の気配を感じながら、追い縋ることも止めることも、罵倒を投げることすらもできず――