B.Y.L.M.

ACT2-scene3

カイトはその日初めて、正面から体を開かれた。

なんのことはない、縋るように抱きついた腕が思った以上に強く、そして微妙にずれたところで忠義心を発揮する少年は、そうやって取り縋る『主』を引き離せなかったのだ。

おかしな子だと、カイトはわかっていてもうっかりと、ほだされる。

こうやって妻としてひとを扱い、夫としてその雄で貫くことにまるでためらいも見せないくせに、未だ主として立て、心から忠義を尽くそうとするのだ。

これが単に妻を愛するがゆえの態度というならまだしも、がくぽが見せるのはどちらかといえば、騎士としてのそれだ。

たまに忠義を偏らせた挙句、傾き堕ちる騎士がいないでもないが、もしかするとがくぽはその手合いかもしれない。

「ぁ、あ……っ、ぁあ……っ」

「ぅ、くっ……っ、っ」

思いついたことにひどく納得しながら、カイトはがくぽの背に回した手に力をこめる。

ともすれば快楽に流され、力を失って落ちそうな腕だ。激しい動きに翻弄され、振り払われる危惧もある。

しがみつくカイトを振りほどけなかったがくぽは上半身に衣服をまとったままで、薄地とはいえ服地越しであり、素肌ではないという、免罪符に似たものもある。

だからカイトはあまり遠慮なく、く、と爪を立て、懸命に縋った。

「ぅ……っ」

縋られたままでも懲りることなくカイトを貫いたがくぽの雄は、やはりどうしても萎える様子がない。弱ることもなく、強く硬く張り詰めて、カイトの腹を圧する。

が、いつもと勝手が違うようだとは、カイトもうっすらと感じる。

そもそもこれだけ夜も日もなく体を繋げていながら、正面からの交合が今日、初めてだった。これまでは背中越しに、押さえつけられるようだったものが、今日は違う。

足を大きく割り開かれ、少年とはいえ間にひとを挟み入れるという体勢は、股関節がかなり厳しいとは、カイトも思った。なにしろ単に挟むだけでなく、与えられる刺激と衝撃がある。これは想定していた以上に、なかなかのものだった。

とはいえどのみちすぐに馴れるだろうという、これまでの経験による諦めが先にあったので、カイトはそこを大した問題であるとは捉えなかった。

それよりも、自分を組み敷き、貫く相手の、最中の苦悶に似た顔が見られたことのほうが、収穫だ。

美貌だ美貌だと持て囃しても、どういった際にも失われないそれと、角度や条件によっては失われるそれとがあるものだが、がくぽはどうやら前者であったらしい。否、むしろ色香を加え、いや増す側だ。

羨ましいような気もするが、こうまでとなると突き抜けて感嘆が勝る。なによりも、飽かず見ていられる。

もちろんがくぽの側からも、カイトの淫猥に歪む顔が見られているわけだが、それで萎えず、滾って攻めてくるのだから、これももはや、どうでもいい。

「ぁあ、んんぅ、ぁあっ」

「ふ、っ……っ」

懸命にがくぽに縋りつきながら、カイトは逃しきれない快楽を逃す先を求め、もがくように仰け反り、ひっきりなしに喘ぎ啼く。

快楽が狂的なまでにいや増していくとはいえ、もはや馴れたと、すれた気持ちでいた行為だ。

馴れてなどいなかった。

後ろからであれ前からであれ、入れるものを入れるところに入れることに違いはない。

――という考えももちろん、甘かった。

角度が違う。当たり所が、抉られる際の傾きが、突かれるそこの加減が、まるで違う。

あれだけさんざんに受け入れてきたにも関わらず、カイトは今日初めて、がくぽを受け入れたにも等しい心地を味わっていた。

だからとほんとうに初めてのときのような、不快さや違和感、痛みがあるわけではない。下手に馴らされていた分、得られるのは快楽だけで、それがなおのこと、悪い。

カイトを犯すことで悦楽を得る美貌の少年の、苦悶にも似た淫猥な表情を眺めながら、新たな快楽を引きずり出され、味わわされるのだ。

「ゃ、あ、ぁく……っぅ」

雄に抉られた場所が堪らず、カイトは仰け反って涙を散らす。滑り落ちそうな腕に懸命に力をこめ、がくぽの背に爪を食いこませとして、縋りついた。

ぐ、と立てた指が、肉に入る感触はあった。

どうせ服地越しだと遠慮しなかったが、そもそも温度と湿度の高い、この地域に合わせた服装のがくぽだ。白い上着のその一枚は、これまでカイトが日常に着てきた『一枚』とは比べものにもならないほど、布が薄い。

多少、掻く程度ならともかく、こうまできつく爪を立てれば、さすがに防ぎようがない。

いたぶるつもりも、嬲る気もない。ただ、懸命に、夢中になって、そしてやらかしてしまった。

「ぅ、く……っ」

痛みに引きつるがくぽの顔は、それでもなおうつくしく、逆に言えば、ひどくそそられるものだった。後悔はするが、反省はできない類のものだ。

もっと引きつらせ、無惨に裂いてみたいと、つい魔が差す。

いけないと、自らを戒めるカイトではあるが、がくぽもがくぽではあるのだ。

表情は痛みに引きつらせ、歯を食いしばって耐えるさまを見せるが、カイトの腹に突きこんだものはむしろ、どくりと脈打ち、漲る。

ほんとうに痛くてつらいなら、萎えさせろというのだ。そうすればさすがにカイトも後悔するだけでなく反省し、改めざるを得ないというのに、さらに興奮して滾るようでは、――

いったいがくぽとは、嗜虐の徒なのか被虐の民なのか。

カイトは微妙に呆れた心地で、与えられる痛みを甘受し、昂じる少年騎士を眺める。おそらくは騎士であればこそ、それも傾き加減の著しい手合いであればこそ、主から与えられる痛みを快楽へと置き換えてしまうのだろうが――

やはり夫と成りきっていない。

この雄は、主を雌として扱いながら、しかし未だに忠義の犬だ。

そうでなくとも扱いの難しい年頃だというのに、さらに難解であること、つける薬もないと言う。

「…?」

――初めはそうとだけ思ったカイトだが、一度果てた少年がいつものように、ほとんど間髪入れず二度目に挑んできた際に、気がついた。

違う。

それに、そうだ。違和感がある。なににと言って、強い花の香りに紛れきれずに漂うそれと、背に縋りつく自分の手、そのものに。

「……っ」

カイトは急速に、靄が晴れていく心地がした。

未だ、腹の内には雄がいる。滾り漲り、萎えることも知らずにカイトを妻として、雌として犯すものが。

快楽もある。きつく、強い。日々刻々と悪化していくという危惧もそのまま、弱まる様子はない。

それでもカイトは急速に靄が晴れ、視界が明るくなる心地に瞳を見張った。

本能と直観でまず動いた体に、思考がようやく追いついた瞬間だった。

『どうしてそうする必要があったのか』だ。

そして思考が追いついたなら、考えるべきは決まっている。

『ならばどうするか』だ。

カイトは靄の晴れた目で、明朗にして明晰な思考を伴う目で、伸し掛かる少年を『見る』。

伸し掛かり、カイトの足を割り広げて雄を捻じこみ、腰を振る相手を。

長じて先が少し心配になるほど、うつくしい少年だ。今は少女とも見紛うようだが、いずれはきちんと男を宿すだろう。

その予感はあれ、今はひたすら、危うい性を揺らぎ彷徨う美貌だ。それがために、妖しさがいや増す。

「ぁあ、カイト、さ……っ」

「ぁ、ああぅ、ゃ、そこ、……ぁああっ!」

かん高く甘い声で、がくぽはカイトの名をさえずる。

名を呼ぶときの少年は、いっそ神々しいほどの恍惚とした表情を晒すのだと改めて思い、気恥ずかしさから神経がさらに鋭敏に研ぎ澄まされ、カイトが得る快楽は増大する。救いがないというものだ。

だが、それはそれとして、だ。

日々刻々と悪化していくだけの狂的な快楽に翻弄され、身も世もなくといった風情で喘ぎ啼きながらも、カイトの思考は久方ぶりに明晰さを戻し、懸命に記憶を辿っていた。

不思議な感覚ではあるが、覚えがないわけではない。王太子時代、カイトはたまにこうして、表側と内面とを切り離して過ごすことがあった。

職責にあって難しい判断を迫られたときなど、単にそうする必要があった場面でしていただけだが、嫁して久しく、忘れていた能力ではある。

そうまでする必要もなかったというだけの話だが、身につけておいて良かったと、今は芯から感謝した。

そのうえで、記憶を辿る。

違和感だ。

そもそもが、秘密と内緒、隠しごとが山ほどあるとだけ、目の前に突きつけてきた夫だ。内実は明らかにしないが、しかし控えるものが山のように『ある』とだけ。

夫婦間においては、伴たる身に秘密や内緒、隠しごとが『ある』のだと知られないよう振る舞うのは、どうであれ最低限の、せめてもの礼儀ではないかと、カイトは思うのだが――

気難しい年頃であり、なにかを思いつめる幼い夫にはそういった器用さもなく、あからさまに『ある』と示したうえで、けれど肝心の内容はいっさい明かさない。

おかげで、もはやこの夫に関して、わかっていることなどいっさいないと言いきれるほどだが、だとしてもカイトがまず、もっとも初めに抱いたそれだ。感じたもの。

なにも知らず、まず目にして――

もっとも初めに、抱いた。

動いた感覚で、覚えたそれだ。

「ぅ、ぐ……っ」

明らかに苦鳴を漏らし、がくぽの動きが束の間、止まる。びくびくと、耐えきれない様子で痙攣した。

花の香りがある。この地域の由来で特徴なのか、ひどく濃く重く、主張の強い香りだ。

さらには性交するふたりが撒き散らす、特有の香りでにおいだ。ことに今の少年からは、その幼さと美貌からすると少々惜しいほど、強く雄が香っている。

においが多く、複雑で、強い。

それでも、だ。

先からそこに混ざるものがあり、そして今、さらに強くなった。カイトが爪を立て、がくぽが呻き、さすがに動きを止めた、その瞬間に――

「ぁ、くぽ」

舌が回らない。頭は回り始めたが、快楽責めにされている体はまだ、完全には自由を取り戻していない。

それでもカイトは、その場所に立てる爪を、さらに強く、抉りこませた。服地越しにも完全に、そう意識して、めりこませる。

「ひ、ぎ……っ!」

がくぽが立てたのは、あからさまに聞き間違いようもなく、苦鳴であり、悲鳴だった。傷を抉られ、痛めつけられる、その。

同時にやはり、強くなるにおいがある。

血だ。

思い出した。

「がくぽ、やはり、おまえ……っ!」

「ぅ、ぐ……っ、くっ」

「待て、がく………っ!」

得た答えを突きつけようとした瞬間、カイトの腕は振り払われ、がくぽは止めていた動きを再開した。

割り開いていた足を担ぎ上げられ、もうどうでも手が届かない体勢とされる。そのうえで無茶苦茶と言えるほど強く、激しく、腰を打ちつけてきた。

痛みのせいだろう、精度には欠けるが、とにかくカイトの口を塞ごうと惑乱し、激しく強い。

「ゃ、やぁ、ぁあっやめ、つよ……っ、ぉく、とどぃ、ぁああっ!」

すでに開発された体であり、抵抗できないよう、『しつけ』も済んでいる。そうされるとカイトに為すすべはなく、ただひたすらに啼くだけの快楽器と化す。

卑怯な技で何度目かの口塞ぎをやった少年だが、こんな手はそういつまでも通用するものではない。

好き勝手に貫かれ、抉られて啼きよがるだけに成り下がりながらも、カイトは確認していた。

振りほどかれ寝台に落ちた自分の手、その指が、はっきりと赤く染まっていることを。

声を抑えるふりで口元へ運んだそれを含めば、間違いない。

吐き気がするほど甘美に、血の味。