B.Y.L.M.

ACT3-scene7

ほとんど無意識のしぐさで、甘えるように肩口へ擦りつくカイトを抱いたまま、がくぽは長椅子のほうへ移動した。

「♪」

ほんのひと言ほどの韻律が耳に届き、カイトはわずかに顔を上げる。目の前を、先にカイトが椅子に置いた空の杯がふわふわと、漂い行った。

辿る視線の先で杯は無事、小卓にまとめられた茶器の傍らにことりと落ち着く。

そうやってカイトを抱えたまま、障害となり得るものをうまく退けたがくぽだが、いわば最大の『障害』は自分の背に負っていた。

なにと言って、隆々と立派な翼だ。無きに等しいほど『折り畳む』ことは可能だが、いわく『骨が折れる』という。

長椅子の背もたれとがくぽの翼の相性は、試すまでもなく、ひと目で悪いとわかる。

だからと今回、がくぽはカイトをひとりで長椅子に戻すようなまねはしなかった。椅子の縁に軽く腰を落とす形で、また、まっすぐとではなく体を斜めにずらすことで折り合いをつけて、なんとか座る。

がくぽはカイトを隣に座らせるということもしなかった。自分の膝に下ろして、そのうえで自らも腰を落ち着ける。

無理に顔を向けさせようとは画策しなかったが、あやす風情も変わらなかった。なだめるように、やわらかにカイトの背を撫で、後ろ首をくすぐる。

「カイト様」

「無駄なことを考えるからだ」

「………」

あやされる必要もなく、すでに気を落ち着けていたカイトは、がくぽの懸念をすぐさま切って捨てた。

顔を向けると、複雑な沈黙を醸す相手へ、やわらかに微笑みかける。

「最良の――ないしは、最善のとまでは、言わない。言えない、今はまだ……不明も多い。言いきることはできない。だとしても、その悔恨は無駄だ。意味がない。為すべきは他にあるだろう」

「………」

笑み同様、ものの言いはやわらかだ。だが、内にある意志は強い。たとえばカイトを抱く夫が、少年のときに見せたような思いつめや思いこみ、ないしは青年となった相手が見せるそれとは違い、この強さは折られることのない類のものだ。

束の間折れたように見えたとしてもまた、すぐに自らを取り戻すことが可能な。

カイトはがくぽの膝の上にいる。高い位置に在るカイトを見つめるがくぽの瞳は、抱える感情を交錯させ、複雑に揺らいだ。

考える、ためらう、迷う――

いくつかの間を挟み、がくぽはそっと、口を開いた。

「赦す――と?」

あえかな声だ。南王に掛けられた呪いを解き、姿を取り戻してからというもの、ほとんど常に余裕綽々と、自信に満ち溢れていた青年が、まさか出すとも思っていなかった弱気の。

だからと、ことさらな憐れみや酌量を求めたわけではない。あまりに強い逡巡が、咽喉を閊えさせただけのことだ。

理解しているから、カイトはやわらかな笑みを崩すことはなかった。

「そも、おまえの役どころに関しては、赦す赦さない以前のことがあるが」

「…っ」

前置きを告げたカイトの答えを早合点したか、がくぽの表情が揺らぐ。そうやって不安を宿すと、夜の少年の面影が濃くなった。

少年に抱く庇護欲がもたげ、カイトは緩やかに頭を振って、自分の感情とがくぽの懸念とを、ともに払った。

「――望むなら、赦そうよ。おまえの働きは悪くなかった。己の力を惜しまず尽くしたのだ。誇れ」

告げて、顔を傾けると、額と額をことりと合わせた。びくりと肩を震わせた相手に構うことはなく、カイトはそのままの姿勢で瞳を伏せる。

ややして、息すら潜めていた相手の体が緩んだ。取り戻された呼吸があり、強張っていた表情に笑みが戻る。

だけでなくがくぽは実際、くつくつと咽喉を鳴らして笑いながら、甘えてカイトの胸に擦りついてきた。背に回されていた腕に力が入り、逃げようとも思っていないカイトをきつく抱えこんで埋まる。

「なんだ」

長い髪を梳くように、やわらかく撫でながら訊いたカイトに、がくぽはわずかに顔を上げた。瞳はもう光を取り戻して、花色が悪戯っ子のそれに煌いている。

美貌の青年の無邪気な様子にうっかりときめき、見惚れたカイトに、がくぽは愉しげに口を開いた。

「恋に落ちた瞬間を思い出しました」

「………………………は?」

いつもの、うぶな娘のような胸の高鳴りも、いつもと違って努力も苦労も要らず、一瞬で鎮まった。

なにを言っているのかこの男はという、あからさまな不審を宿して見下ろすカイトに、がくぽは堪えた様子もない。

ただ軽く、小首を傾げてみせた。

「覚えてはいらっしゃらないでしょうが……私が見習いとして、あなたの騎士団に入ったばかりのころです。たまさか視察にいらしたあなたに、新入りとして挨拶するよう言われて」

「ああ………」

覚えていないことなどない。むしろ記憶は鮮明だ。

しかしがくぽからすれば、そのときカイトは確かに王太子であり、自分は一介の騎士――にも満たない、入団したての見習いだ。

後ろ盾の大きいという触れこみでもなく、よくいる田舎貴族の子息という、いわば『取るに足らない存在』だった。

王族や貴族といったものの記憶は、利益損逸に大きく依ることが多い。持てるものが少ないものは、それだけで目はしにも引っかけてもらえず、何度会っても存在を覚えてもらえないものだ。

そういった意味でがくぽは、当時の自分をカイトが覚えていないと踏んでいるのだろうが――

だからカイトに思い出してくれと乞うこともなく、がくぽはただ笑いながら、過去を語った。

「こんなに早く王子に会えるなど僥倖だと言われましたが、私にすればそのときまだ、あなたは…つまり、いわば、――『敵』、でした。これでほんとうにあなたが『花』であるなら、そしてあれの手に渡ってのちのことを考えれば……そうでなくともまるで歯が立たない相手に、さらなる力を与えることになるのですから。人世に紛れるに向かない体質だからと、あれに術を掛けられて『夜』で留められ、『幼い身』でもありましたしね。なにが僥倖かと、つい、感情ままにあなたを睨みつけてしまって」

「……ああ」

覚えていると教えてやることはなく、カイトはただ、大人しく相槌を打つに止めた。その胸に戻って擦りつき、がくぽは小さく息を吐く。

「当然、不敬であると、すぐさま周囲に諌められました。けれどあなただけは、まるで気にする様子もなく笑っていて……それで、おっしゃったのです。『赦そう』と。構わない、私は赦す……おまえに認められる主となるよう、私もともに研鑽を積もうと、そう……」

「………」

ここまで静かに聞いていたカイトだが、実のところ内心では首を捻っていた。

そう、覚えている。がくぽの記憶と自らの記憶とに、齟齬はない。食い違いによって、首を捻るのではない。

確かにその通りで覚えてはいるのだが――

『敵』とまで考えていた相手に、まるで見当違いに、上段から構えて赦しを与えられて、こころはほぐれるものだろうか。

いったいなにさまのつもりであるのかと、事情も知らないくせにと、むしろさらに腹が立って、反発しそうな気がする。

自らでも言っていたが、ましてやがくぽはそのとき、『少年』だった。ことに難しい年頃の。

明確に反駁はしないものの、困惑の気配を漂わせるカイトに、がくぽはまた顔を上げ、笑った。無邪気に、なにより陶然と。

醸された色香を避けようもなく、正面から中てられたカイトが見入る前で、がくぽはさらりと告げた。

「初めてのことでした。赦されるなど」

「………え?」

つぶやく、カイトの戸惑いの在り処は、がくぽにはわからないのだろう。ひたすら無邪気に笑って、言う。

「私の立場的に、あの態度が良からぬものであることは、わかっていました。叱責も懲罰も覚悟のうえです。実際あなたは他の団員にも、赦して懲らしめないようにと釘を刺してくださいましたが、やはりそうもいかない。多少のしごきは受けました。けれどそれが普通です。当たりまえのことだ」

「いや、待て、がくぽ……」

ずいぶんと話が大きくなっている気がして、カイトは慌てて口を挟んだ。

しかしがくぽは首を振り、指摘される前から、カイトの主張を退ける。

「万事それが、私の生きてきた環境です。赦されない。失態は取り返せない。潰されたくないなら、生き抜きたいなら、死にもの狂いで咬みつき、喰らい返して破るしかない――できないなら、それこそ諾々と喰いきられるしかないのですよ」

「だが」

がくぽの言うことが、まるで理解できないというわけではない。王族や貴族ともなれば多かれ少なかれ、そういったことは常態だ。

だとしても、カイトとの初めの出会いがそうまでの失態であると、少なくともカイトは考えていなかった。

カイトのこころ遣いの甲斐もなく、団員たちは『生意気な新入り』をしごいたという話だが、それだとて拷問にかけたり、もしくは集団で嬲り、大怪我をさせるようなことではなかったはずだ。

多少、難度の高い訓練か、長時間のそれで疲労困憊させるような、否、そういえばがくぽはそのとき、入団したばかりだった。もっともありそうなのは、宿舎などの掃除を山ほどさせるか――

騎士見習いの『しつけ』とは、ときに獣のしつけに倣うところがある。体に聞かせるのだ。

こう言っては難だが、説いて聞かせればわかる手合いなら、そも、騎士を目指しはしないからという。

だとしても、彼らはカイトに仕えていて、カイトの気質をよく知り、そして尊重してくれていた。

鷹揚な主の『お願い』のすべては聞けないとしても、ある程度は汲んでくれていたし、同じ気質を分ければこそ、カイトがほんとうに嫌うことであれば、決してやらなかった。

反駁の声を上げようとしたカイトだが、がくぽは緩やかに首を振った。横だ。否定であり拒絶であり、強調して念を押すものでもあった。

「万事です、カイト様。万事、よろずごと、すべて」

「………っ」

ゆっくりと吐きだされた言葉の意味を考え、カイトは口を噤んだ。

騎士団内でのことだけではない。

その以前、この世に生まれ出でたときから、つまり南方に於ける生活だ。ことの大小などはなく、――瑣末で済まされることもなく。

瑣末なことだからと、瑣末事ですら、赦しを得ることができなかったと。

「なぜ」

「さあ」

愕然とし、つい、つぶやいたカイトを、がくぽは軽く流した。軽くだ。軽く、かるく、軽く――

自らがいかに不幸かと、誇張して語るものではない。日が昇る方角や日の沈む方角を語ると同じく、ただあまりに常態としてそうだから、そうであると。

だからこそカイトは、がくぽの言葉が真実なのだと余計、身に沁みてしまった。

なにもされてはいない。が、首を締め上げられているような心地に陥り、カイトはそれ以上、がくぽに問うことはしなかった。

もとより、こぼすつもりもなかった問いだ。愕然とし過ぎて理性が疎かとなった挙句、つい、こぼれてしまったのだ。油断も甚だしい。

自らを悔しく戒めつつ、カイトはがくぽの首に回した腕を滑らせ、肩にことりと頭を預けた。

すんと、勝手に鼻が嗅ぐ。やはりなにか、甘いような香りがする。嗅いでいると、腹が疼く香りだ。ただし疼くと言っても、空腹によってではない――

考えに沈むカイトはまるで意識もしていなかったが、これは甘ったれるしぐさだ。受け止めるがくぽの瞳が細められ、やわらかな光を宿して、膝に抱いた妻を見た。

「単純だと、嗤っていただいて構いませんよ。あれで私は、恋に落ちました」

告げながら、なだめるようにカイトの背を撫でる。傾いた頭が、肩に懐くカイトの頭へそっと、凭せ掛けられた。

「先にも申しましたが、あなたはあまり、表面的な言葉を使わない。赦すと言ったときも、ひとの手前、鷹揚さを見せつけようとしたわけではありませんでした。ただこころから私を赦していて、ゆえに、赦すと」

「……………………」

カイトは黙って、がくぽの首に回した腕に力をこめた。

カイトにとっては、そうだ。赦せないものに、赦すとは言わない。

赦すから、赦したからこそ、赦すと告げるのだ。赦せないにも関わらず告げなければいけないようなときには、巧妙に言葉を換えた。

ただそれだけの――カイトにとっては、単に懐かしい程度の記憶だ。諸々の判明した今は、多少の複雑さは含む。けれど言うなら、懐かしい程度の。

それでも言われて思い返してみれば、がくぽは確かに謝ること、赦しを乞うことがない。

謝るだろう、乞うだろうと思ったのも、カイトが流れから勝手に補填しただけの話だ。一般の反応に照らして、きっとそうするだろうと考えただけの。

それらしいことを口にすることはあるが、真剣みがまるでない。なんと表現すべきかに悩むが、つまり、赦されるという前提がない、そういう言い方だ。

そう、がくぽは赦されないことを知っている。

赦されないと、その前提こそがすべてにあって、だからがくぽは投げやりだ。

少年の、張り詰めた表情が、カイトの頭にふいに蘇った。

あまりにも隠しごとの多い相手に、この婚姻はすでに破綻を前提にしていると、カイトが初めに糾弾したときだ。

結局は根負けしたカイトが、『妻』と成る自分が夫たる少年を赦すことでなんとかしようと告げて終わり、少年が口を割ることはなかったのだが――

おまえの不実を私が赦そうと。

根負けして思いきり、告げたときの少年の顔だ。愕然と――張り詰めて、カイトを見つめていた。

状況が状況だっただけに深く考えもしていなかったが、こうなると見え方が変わる。

赦されると、思っていなかったのだ。自分の不誠実が。

赦されるとも思わず、きっと言うようにひたすら力押しで、つまり『死にもの狂いで咬みつき、喰らい返して破る』つもりでいたのだろう。

夫婦関係においてその状態は、すでに破綻以外のなにものでもない。

そうだとしても少年からすれば――きっと青年にとっても――、取れる方法はそれだけだったのだ。

なんたる不器用かと、頭を抱えるどころでなく、カイトは頭痛が兆してくる。

ただ、――これも勝手な、カイトの推測とはなる。

憶測に過ぎず、願望にも近いが、がくぽは同時におそらく、赦して欲しいと願っていた。願ったはずだ。

奇跡か僥倖か、まさしく負けがこみ過ぎて期待を寄せるも愚かの極みという生涯を過ごし、けれど相手がカイトであればこそ――

初めてがくぽに赦しを与えた相手であればこそ、もしかしてと。

初めて赦され、恋に

「こ、っいっ?!」

唐突に理解が及んだ単語に、カイトはがばりと顔を上げ、裏返った声で叫んだ。動揺は声のみならず、湖面のような瞳も驚愕に見開かれ、愕然とがくぽ、夫を見る。

対して、叫ばれたほうだ。告白したほうの、もとは自分の親の『獲物』であったカイトを横獲りし、強引な手段でもって他国、哥の国からすら奪った――

叫ばれた一瞬こそ目を丸くしたが、がくぽはすぐに細めたそれでにっこり笑って、あっさり言った。

「おや、ようやく反応しましたね。良かった、わりと勇気を振り絞った告白でしたのに、このままなにごともなく流されたなら、いったいどうしようかと」

「待て、がくぽっ!!口をふさ、否、開けっ!!」

カイトはそうはいかない。動揺も露わに、口が減らずに軽く、舌の滑りが良いにも過ぎる夫の舌禍、舌鋒を止めたいと、しかしまた、だんまりを決めこまれても困ると、――

両極に振れる心理を、そのまま惑乱して喚いた。

「ええ、まあ、あなたがおっしゃるなら、なんでも……」

「恋って、なんだ?!恋とは、どういうっ」

しらしらと戯言を続けようとしたがくぽを遮り、カイトは動揺まま、まとまらない思考を吐きこぼした。

問われたことに瞳を瞬かせたがくぽといえば、ことりと小首を傾げる。

「難しいことをお訊きになるものですね、カイト様は……言ってみればこれは、『花とはなにか』の問いより、難しいかもしれませんよカイト様は、恋をご存知ないまるで経験がない…」

「ではないっでは、なく……!」

相変わらずの調子でしらしらと茶化してくるがくぽに、カイトも自分の動揺具合を鎮める必要を感じた。

そもそもなにをそう、動揺しているのかという話だ。もとよりわかっていたことでもある。

がくぽはカイトにそういった類の好意を抱けばこそ、男同士であるにも関わらず、カイトを妻にとまで望んだのだ。

そうとは、理解していた。

理解しているつもりだった。

できていなかった。

「おまえは………私が『花』であるから、求めたのでは、ないのか」

慎重に問いを発したカイトに、対するがくぽの答えといえば、慎重さの欠片も窺えなかった。

「ついでですね、それは」

「つい、で……っ」

言葉があまりに軽い。

なにかしら、涙目にでもなりそうな気分に見舞われたカイトだが、こうとなってもがくぽが悪びれることはなかった。

「好都合だとは思いましたがね。ええ、そうでもなければ、王太子たるあなたをどうやって妻にしたものか――そも、哥の国においてはどうも、同性同士がまるで想定にないようでしたしね。同じ略取するにしても、花であるかどうかで、難儀さが桁違いです。そういった意味ではあなたが花であったことに感謝しますし、利用もしましたが――いずれ、あなたが花ならず、ただびとたれとも、どうにかして妻とするつもりでしたので」

「やはり口を塞げ、神威がくぽ」

ひどく厳格な声音で命じたカイトに、がくぽは素直に口を噤んだ。常の通りカイトに従順に、少しばかり神妙な表情もしてみせたが、悪びれるという雰囲気ではない。

そして厳格な声音でもって命じたカイトといえば、実のところ非常に疲れていた。疲労困憊もいいところだ。

この男――この夫。

反省も悔悟も知らないのか。赦されることを知らないがゆえに謝罪の言葉もなく、こうまで悪びれないものなのか。

もはやなにもかもを思いきるほどに、抱いた恋心が強いと――

はあと、カイトは小さく、ため息をこぼした。

どのみちカイトは花だった。

自覚は薄い。納得も未だ追いつかない。それでもカイトは花であり、そしてことは成された。

済んだ話であり、取り返しのつけようもない。

取り返しのつけようもない道をすでに進んでいて、明かされた内情がこれであるなら、まだましというものだ。

少なくともがくぽは、カイトを『道具』として望んだわけではなかった。道具として見て、品定めし、求めたわけでは。

多少、過ぎ越しの感は否めず、幸先に翳差す執着ではあれ、夫を駆り立てたのは花ならぬ『カイト』への恋心であり、愛慕であり、尽きせぬ熱情だ。

ため息とともに体から力を抜いたカイトは、抜けきらない疲労感まま、再びがくぽの肩に額を懐かせ――

「やはり、カイト様……餓えておいでですねどうしてこう、我慢なさろうと」

受け止めて甘やかしながらもくどくどしく言いだした夫の、その話題の方向性だ。

仕方がない。仕様がない――

義務感たっぷりのそんな風情で、カイトは懐いたばかりの夫の肩からゆっくりと、顔を上げた。

そして全力を掻き集めるとにっこり笑い、美貌の夫の両頬をつまみ、容赦なくつねり上げた。