B.Y.L.M.

ACT3-scene10

「ん、んっく、ぁっ、ふぁっ」

しゃくり上げるにも似た声と、鼻から抜けるかん高い声と――

堪えることもできず、カイトはひたすら嬌声をこぼす。

結局今回も、折れたのはカイトだった。否、折れたというよりは、我慢が利かなかったというほうが正しいのか。

どんなに酷い事実を告げられても、がくぽの膝から降りられなかった。首に回した腕を、突き放す動きに変えられなかった。

その時点で、どのみちカイトが先に折れるしかないのだとは、わかっていた。

折れたくない、それでもどうにか、一矢報いたい――

思うこころはあれ、体の自由はまるで利かない。眩む思考はひどくなる一方、霞む視界も、喘ぐ胸も、疼く腹も、全身のすべてが、苦痛に似たおぞましい感覚とともに夫を求める。

抗うわざも見出せず、カイトはがくぽに体を開いた。

あえかに覚えているのは、降参したカイトを長椅子に横たえるときのがくぽの、ほっと安堵しながら罪悪感に苛まれ、複雑に歪む美貌だ。

少年がカイトの足を枷で繋いだときと、同じだ。

悪いと――こんなことをしてはいけないとわかっていて、それでもどうにも耐えきれず、自分のこころ弱さに負けた。

言葉に詰まることもない、むしろちょっとは詰まれと恨みがましく思うほどの口達者になって、けれど晒す表情が同じだ。

なんという不器用な男、なんという手のかかる夫なのか。

少年の罪悪感に歪む顔を見た瞬間にほだされて赦したように、青年のそれを見てもやはり、カイトは恨みがましさや憤りを抱き続けることができなくなった。

見なければ良かったとは、思う。

見なければ、ほだされたり、挙句、赦してしまうこともないのだ。

赦すこともできずに、けれど体は開かれ――

「ぁっ、あ、だめ、ぁくっ、ふか……っ」

がくぽを奥まで呑みこまされたところで、うつぶせの体が起こされた。

カイトは再びがくぽの膝の上に、今度は背後から抱える形で乗せられる。そうでなくとも根元まで呑みこまされ、ずいぶん奥深くまで咥えこんだと思っていたものが、自重によってさらに奥を開いた。

耳元、すぐそばにあったがくぽのくちびるからも、堪えきれないとばかりの熱っぽい吐息がこぼされる。

「ええ、ずいぶん深くまで呑みこんで………わかりますか吸いつくようなとはよく言ったものですが、あなたの洞はもはや『ような』では、ありませんね。欲しがって、あからさまに懸命に吸っておられる。堪りません。誘われて、うっかりするとすぐにも……」

「ゃ、ぁっ……っ!」

吹きこまれる言葉に羞恥を募らせ、カイトはぷるぷると首を振った。そうでなくとも過ぎる快楽に潤む瞳から、ほろりとしずくがこぼれる。

言われると、嫌でも意識が向いてしまう。

人体の構造上、がくぽが男のカイトを『妻』とするために使っている場所を考えるだに、そんなことはないはずだと思う。きっと興奮に嗜虐傾向を悪化させた夫が、獲物を嬲るための戯言をこぼしているのだろうと。

思うが、言われればそうやって、腹の内の雄に貪欲に絡みつき、絞り上げ、吸いついているような気がしてくる。否、気がしてくるどころではない――

「ん、ぅ……っ、ふくっ……っ」

「恥ずかしがることもないでしょう、いえ、存分に恥じていただいて、まったく構いませんが。懸命に貪りついてくるあなたは、そうしながら己の貪欲さに怯えて恥じ入り悶え泣くあなたは、このうえなく愛らしい」

感情の制御も利かない。逃げるように身悶えながら、みっともなくべそを掻いてしゃくり上げたカイトを、がくぽはやわらかに抱きしめてささやく。

しかし言っていることだ。慰める気があるのか、さらに嬲りたいのか、まるでわからない。否、おそらくどちらでもあるし、どちらでもないのだろう。

なぜといって、そういう夫だからだ。

「ふ、ぇ……っ、ぅ、ぁく……」

くすんくすんとしゃくり上げながら、カイトは快楽と嗚咽に潰れた声で夫を呼ぶ。堪らないと言いながらも、カイトが落ち着くまで待っていてくれた夫は、呼ばれて微笑んだ。

カイトが恥じ入って泣きじゃくりながらも求めたことを、察したのだ。

「動きますよ」

「ひ、ぁうっ、っ……っ」

自由にならない腰を掴まれ、奥を突かれる。大きく抜き差しをするというより、奥だけを突いて開くやり方だった。

「ゃ、あ、それ……っ、ぁ、だめっ、だ、……ぁくっ……っ!」

刺激が強い。突かれるたびに、頭のなかが白く飛ぶ感覚がある。

たとえこの体が、男を相手にどれほど淫奔なのだとしても――最後のさいご、守りたい砦がある。崩したくない理性が。

あるが、太く硬く強いものを腹に埋められ、こうして苛まれると、守りたい砦があえなく崩れていく。

そうでなくとも結局、がくぽ言うところの『餓え』に負けて、話が終わったとも言いきれない状況で夫を強請った。自分をどれほどはしたない、淫奔なと責め、戒めて、抑えようとしてもだめだった。

そもそもどうあってもがくぽの膝から降りられず、離れられない時点で、結末など知れている。

「ふぇ……っ、ぁ、あ……っ、あー……っ」

仰け反って背後のがくぽに体を預け、カイトはぼろぼろと涙をこぼしながら声を上げる。そのさまは、快楽に喘ぎ震えて啼くというより、過ぎる感覚の処理がしきれず、もがき苦しんでいるようでもある。

自身もまた、過ぎる感覚に顔を歪めて懸命に堪えつつ、それでもがくぽはカイトの様子をつぶさに見ていた。

「……悪くもなさそうだが……奥だけでは未だ、刺激が強過ぎる、か………」

「あ…あ……っ」

確かめて、がくぽはカイトの腰を抑えていた手を滑らせた。肌を辿るだけの手の感触にも、カイトは大きく身を震わせ、涙を散らす。

がくぽはくちびるを寄せ、獣が慰めるに似たしぐさでカイトの目尻を吸った。舌を出してちろりと舐め、吸って舐めてをくり返しながら、口元まで辿る。

閉じられないせいでみっともなく溢れる唾液までも丁寧に拭い取り、吸い上げつつ、がくぽの滑らせた手はカイトの太ももに回った。

「ひっ、ぁ……っ」

内腿を撫でられると、カイトはまた大きく震え、啼く。堪えきれないというように首を振るカイトから顔を離し、がくぽは掴んだ腿を自分の腕に乗せるようにして、足を大きく割り開かせた。

「ゃあ……っ?!」

「大丈夫ですよ、カイト様……」

刺激の方向性が変わったことに悲鳴じみた声を上げ、怯えたカイトに、がくぽは誑かしを吹きこむ。この状態で、もはやまともに思考が動かないカイトであっても、これが適当な誑かしであるとわかるような。

怯えたカイトは、きゅうっと体を竦める。同時に夫を呑みこまされた場所も、堪えようもなく締まった。

「っ……っつ」

誘うに似た動きだ。おそらく衝動をやり過ごそうとしたのだろう、背後のがくぽの筋肉が緊張に漲り、息を詰めるのがわかる。

「ぁ……っ、あ…」

素肌に直に伝わる感触に、カイトは震える吐息をこぼした。

これでは馴らされ過ぎだと思う。思いながらも、確かめるように感じたそれに、体の奥が求めて疼く。

ああ、疎ましく厭わしく、忌まわしいまでにこの体は男を相手に淫奔だと過った思考に、重ねるように蘇った記憶があった。今日、今の、ことの始めだ。

――カイト様、『空腹』ではありません。『飢餓』です。飢餓とまで言うものが、ちょっとつまんで済む程度のものであるはずが、ないでしょう。危機的状況ですよ。いのちの瀬戸際です。本能が先立って、理性が少々、お留守になったところで、誰があなたを責めるものですか。

なによりこれはカイトを『妻』とする自分にとって、好都合以外のなにものでもないのだからと。

溺れる感覚に降参し、泣くようにして求める手を伸ばしたカイトに応えたがくぽだ。きっと慰めだったのだろう。

淫奔なと自らを責めるカイトの、こころの負担を慮ったうえで、責任の所在をずらした。

がくぽはそうやってカイトをなだめ、慰めながら、求めに応えて衣服を剥ぎ取り、長椅子に転がして触れた。

くちびるはまず首筋に触れ、やわく咬みながらすんと、鼻の鳴る音が聞こえた。続いてこくりと咽喉が鳴る、それも。

がくぽはカイトが香ると言っていたが、カイトもまた、そういうがくぽから匂い立つものがあると思う。煽られたがくぽが雄を匂い立たせると、カイトの腹はきゅうっと締まって、疼く。

これががくぽ曰くの『空腹』の反応であればいいとは思うが、どう考えてもカイトにとってこの感覚は、快楽のそれだ。性的な興奮を覚えたがゆえの。

――いいえ、餓えておられるのですよ。はしたないと、淫奔だなどと、ありもしない罪をご自身に着せるのはお止めなさい。言ったでしょう、これは『花』にとっては『食事』です。そしてあなたは飢餓状態だ。いのちに関わるほどのときに、我を忘れて求めるものがあったとして、誰が責めますかええ、もしも罪があり、悔いる必要があるとすれば、あなたは少しばかり私に甘く、『与え過ぎ』だということ、それのみです。

泣くように降参して伸ばしたカイトの手を受けながら、がくぽが吹きこんできた言葉を思い返す。

与え過ぎだという。きっと力のことだろう。

しかしカイトに『与えた』自覚はないし、奪われたという意識もない。なんの気もなく触れた、それだけだ。

どうして力を与えてしまったかもわからないが、どうしたら与えずに済むのか、制御の方法も見えない。自覚もできないそれらを、いずれ制御できるようになるのかもわからない。

けれどこうして『空腹』に飽かせ、『夫』を求めるようなまねはしたくない――それはどこか、不誠実ではないかという気がするのだ。

たとえばすでに夫のほうが数多く、もはや数えきれないほどに不誠実を重ねていたとしてもだ。

やり返すように不誠実を重ねるのは、カイトの流儀ではないし、好むところでもない。

なによりカイトは先に告げていた。赦すと。

未だ、夫が夫となる前、直前の、しかも少年相手にだったが、だとしても告げたことは確かだ。

あまりに隠しごとが多い相手に、それでも赦そうと。

自分が赦すことで、この婚姻関係を継続してやろうよと。

一度赦しを与えた以上、カイトにとってそれは絶対だ。たとえ次から次に明かされることが度を超えていたとしても、そうであっても呑みこむと決めたうえでなければ、決して発しない言葉だ。

衝撃は受けるし、愕然ともする。けれど最終的には呑みこんで、赦す。

そう決めた。決めるのみならず、実行するのがカイトだった。

それは王太子としての特質というより、たとえ自覚がまるで持てないとしても、カイトがとりわけ情が強く深い『花』である、なによりの証左であるかもしれないのだが。

「ぁ、く……ぁく、ぽっ」

大きく足を割り開いた状態で、がくぽが抽送を再開する。今度は奥ばかりを突くやり方ではなく、わかりやすくカイトの弱点を探り、狙うそれだ。ここまで強度を増したもので弱点を刺激されるのもきついのだが、先のように、突かれるたびに白く飛ぶような危機感はない。

逆に言えば、先の刺激があまりに強過ぎたため、これもこれで快楽に溺れ負けてはいるのだが、微妙な理性がある。あれさえなければひたすら啼きながら快楽を貪っただろうが、どこかに余裕が残った。

そして残った余裕が今回の場合、まずかった。

昼日中だ。日は燦々と照って、透明硝子をふんだんに使った室内は屋外のように明るい。

熱気も相当なものではあるが、今はそれ以上に視覚だ。

寝台はすぐそばにあるが、がくぽがカイトを転がしたのは長椅子だった。膝に抱える今も、長椅子の上だ。

がくぽが背に負う射干黒の巨大な翼は時折、長椅子と格闘する羽目に陥って、無為と羽ばたいている。カイトはすぐそこの寝台に移ればそういった苦労が軽減すると思うのだが、がくぽは動かない。

今さら、カイトが重くて運べないということはないだろう。あまり想像したくないし、やられたいとも思わないが、おそらくカイトをこうして貫いたままでも、青年は寝台まで程度なら運べる。

決してやられたくはないが、しかしせめて寝台に篭もりたいと、カイトは極まる羞恥にぼろぼろと涙をこぼしながら考えていた。

暗闇に誤魔化すこともできない、明るい昼日中に――

たとえ新婚の夫婦とはいえ、そもそも日も天に高いこんな時間から情事に耽るのもどうかという話なのに、さらには足を大きく割り開かれ、カイトの体のすべてがつぶさに晒されている。

夫を受け入れさせられている場所も、夫を受け入れても萎えるどころか悦んで、反り返るカイト自身のものも、すべてがつぶさにだ。

たとえいるのがカイトとがくぽのふたりだけで、こうまであられもない姿を見るのががくぽ、夫ただひとりだけだとしても――

堪え難い。

募る羞恥で息が止まりそうだと思う。

「ぁく、ぁくぽ……っ、ぁ、ゃあ、あし……っ」

「ええ、もっと呼んでください、カイト様……もっと、私の名を、あなたの夫の名を………あなたの夫はあなたが願うことなら、きっとなんでも叶えましょうから、だから………」

「ひ、ぅ……っ」

願うことならなんでも叶えるなど、嘘もいいところだ。ならばまず、あまりに恥ずかしいこの格好を止めてくれというのに。

きちんと会話になっているようで、がくぽはまるでカイトの言葉を拾っていない。カイトがはっきりした言葉を発せないのをいいことに、止める気配もなく、むしろ激しさを増して攻めたててくる。

「ぁく、あ、ねが、もぉ」

惑乱したカイトは、喘ぎながら求める。太腿を掴む手を外そうと手をやったところで、当然抵抗するがくぽの手に、あえかな力が入った。

それだけの刺激が脳天を貫くように響いて、カイトは大きく仰け反る。

「ゃあっ、ゆるし、も、ゆる…っ」

上げた声も言葉も、カイトの記憶にほとんど残らない。がくぽの手に伸ばした手も、掴むというより縋るに近い。

ただ、がくぽの手にはさらなる力が入った。

あえかな力でも脳天を貫くほどの刺激に変わったのだ。加えて力が増せば、もはやカイトに堪えようなどない。

そうでなくとも限界いっぱいに呑みこんでいる場所がきつく締まり、蠢いて、夫をしゃぶり上げた。

「っぅ、く……っ」

今度はさすがに堪えきれるものではなかったようだ。背後で呻く声がするのと同時に、腹の奥でがくぽが熱を吐きだすのを感じた。

「ぁ、はぁ………っ」

カイトはさらに仰け反って、腹を埋めて満たすものを陶然と味わう。

「ぁは、ぁ、おぃし……っ」

束の間思考が飛んで理性が離れ、カイトは意識もしないまま、ぽつりとつぶやいた。とぷとぷと腹に吹きだすものを感じながらくちびるを舐め、腹を撫でる。

それは間違いなく腹を、空腹を満たされたものがする所作だった。

けれど意識の外だ。

カイトが自らの取った所作について、その意味へ、自覚を至らせるには及ばない。

背後から抱えたままのがくぽは、陶然と夫を味わう、喰らうカイトの様子をつぶさに見ていた。

最愛の妻にして花の満たされゆくさまを、『喰らわれた』証で微妙に焦点が戻りきらない、昏く翳った花色の瞳で、けれどはっきりと確かめる。

がくぽが与えたものを喰らって、放埓に、匂い立ち咲く、うつくしい花だ。

なにより望んだ、妻だ。

ややして、荒い息をついていたがくぽのくちびるが歪んだ。笑みだ。

がくぽは未だ大きく割り開かせていた太腿から手を滑らせると、片手ではカイトの腹を押さえて抱えこみつつ、もう片手ではまるで力なくされるがままの足を辿った。

「ぁ、ぁんっ、ぁあっ」

達した直後で感覚が鋭敏になっているのか、たかが足に手を滑らされているだけのことが堪えきれず、カイトはかん高い声を上げて跳ねた。

腹に回した腕でやすやすとその動きを抑えて封じこめ、がくぽはカイトの足首から甲へ、やわらかに撫で辿った。

甲まで行って戻った手が、震える足首をくっと、掴む。

「ひ、っっぁ!」

「っ……」

悲鳴にも近い声を上げて、カイトは激しく跳ねる。ただし、痛みがあったわけではない。掴まれはしたものの、がくぽの手に力はほとんどなかった。撫でる延長ほどのそれだ。

しかしカイトの体に走ったのは凄まじいほどの感覚であり、とても耐えられるものではなかった。

確かに達したばかりとはいえ、たかが足首を掴まれて、それがなんだと――

「ぁ、ぁく、ぽ……っ」

離してくれと。

足首を掴まれたままがくがくと震えて嘆願するカイトの新たな涙を啜り、がくぽは頭を垂れた。首筋に顔が埋まり、すんと鼻が鳴る音が聞こえる。

「っぁ、ふぁっ?!」

未だがくぽとカイトとは繋がったままだったのだ。腹の内で一度は力を失ったと思ったものが、どくりと脈打って力を取り戻すさまは、隠しようもなく伝わる。

「や、まて、がく……っ」

「なにをおっしゃるのです、カイト様……香りがまるで治まっていない」

容赦を乞うカイトに、がくぽは突き放すように言う。言ってから、すぐに声音はやわらかにまるんだ。

相変わらず足首を掴んだまま、あやすように撫でながら、カイトの首筋から顔を上げることなく告げる。

「未だあなたは空腹、飢餓の状態だ。いかにこれが口実として好都合とはいえ、あなたをいつまでも飢餓の状態で放り置くことは、まるで本意ではありません。たとえばそれで――」

「ぁ、あ、……ぁあ、だめ、だめ、がく……ぁく、ぁくぽ、イく、い……っ」

いったいなにが自分の身に起こっているのか理解できないまま、カイトは惑乱して啼く。その体が、陸に揚げられた魚のようにびくびくと跳ねた。

首筋に埋まったがくぽが、笑ったように思う。吐息がかかったような、――

『飢餓状態』の『花』――カイトが放つ香りに誘われ、すっかり硬度を取り戻した夫は、そこでようやく足首から手を離した。再び太腿に手が伸び、体を支えられる。

大きく割り開かれ、なにもかもを晒されるあられもない格好にされても、カイトは今度は抗議できなかった。

それどころでなく、ひたすら腹が疼く。

夫が欲しくて堪らない。

ただしそれは、先までの欲求とは趣を異にしているようにも思える。思えるが、微細なとも言える差異を追及できる余裕は、今のカイトになかった。

「ぁく、ぽ……は、ゃく……」

強請る言葉が、堪えようもなく出た。

ぼろぼろと涙をこぼしながら求めるカイトの目尻にくちびるを当て、しずくを舐め啜り、がくぽは真摯な声音で吐きだす。

「ええ、カイト様……あなたが求めるなら、すぐにでも。なにもかもすべてをも、――あなたの腹が満ち、癒されるまで、いくらでも」

やわらかに言い、がくぽは笑った。うっそりと昏く、それは背に負う巨大な翼、闇すら明るい射干黒の、その持ち主にあまりに相応しい。

「たとえばそれで、腹が満ちたあとのあなたに疎まれ、蔑まれることとなろうとも」

つぶやきは、誓言にも似ていた。

つぶやいて、ため息を吐きこぼし、がくぽはカイトを抱え直す。

憐れなほどに泣きじゃくり、震え喘ぎ、それでも拒まない、拒めない、最愛の花にして、――

なによりも、妻。

望みは叶った。叶えたのだ――少なくとも、最低限のそれは。

異形の男は笑う。嗤う。苦しく、狂おしく、熱っぽく。

「私が赦す赦さないなど、できるものですか……その権はすべてあなただけのもの、あなただけにあるものだ、我が最愛の御方よ」