がりくった道

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「なんというか、つまり、な初めから、あまりこう、ハードルを上げられると………次から、仕様がな。さすがに俺といえ、苦しいという、なもちろん、怠らず努力はするつもりではあるが………」

「………」

なにを言っているのかこの男はと、そういった心情が汲み取る必要もなく読み取れる、カイトの視線だった。言いたくはないが事実なので言うが、冷たい。湿気ている。

過敏状態のところで、男体としての久しぶりの絶頂感を味わわされ、意識を飛ばしたカイトだ。

取り戻したら、やはりがくぽに背後から抱えられる姿勢ままだった。意識を飛ばして一夜を明かしたということはなく、さほどの時間は経っていないのだろうと――

わかるのと同時に、悟ることがあった。

「はんざぃ、しゃ………っ」

「本当のことだけに、言われると辛いものよなあ………」

「ぐすっはぃそぉ………んくっ!」

反省の感じられない口ぶりのがくぽに、カイトは洟を啜る。反省がないのは態度もで、項垂れたところで突き上げられ、カイトはくちびるを噛んで背を震わせた。

一度、意識を飛ばしたことが功を奏したようだ。止まらないかもしれないとまで危惧した、ひどい涙は止まった。再開する様子もない。それは良かった。そこだけは良かった、が。

深い。

なにしろ背後から抱える状態は変わらず、がくぽの上に座る形で繋がっている。自重もあって、突き上げられるたびにより深いところに戻る。

すでに腰砕けの状態だったのも悪かった。カイトだけでは踏み止まれないから、がくぽが支えてくれない限り、奥深くまで呑みこまざるを得ない。

そしてがくぽは、抜けないようにとは支えるが、奥深くまで呑みこまれる分には放置なのだ。むしろタイミングを合わせて腰を揺さぶり、さらに奥へ奥へと――

「だ、だめ、なんだ、から……っいっくら、コイビト、でもっ………っこんな……っ!!」

別の涙で瞳を潤ませながら、カイトは背後を振り返る。

目元を染めて睨まれ、がくぽは仕方なく曖昧な笑みを浮かべた。いろいろ誤魔化したいとき特有の、非常に日本人らしい笑みだった。

一方のカイトの中に呑みこませたものといえば、最愛の恋人の投げる威力に溢れた眼差しに、素直かつ堪えも利かず、脈打って漲る。誤魔化しが利かない。

「がくぽ……っ!」

「言い訳の言葉もない。ございません」

睨む目の眇め方の変化に、がくぽは慌てて語末を言い換えた。

男性器による絶頂を久しぶりに味わい、過敏から来る過負荷状態にあったカイトは意識を飛ばした。

その、意識を飛ばしている間にがくぽがなにをしたかという話だ。

がくぽは一度は落ち着きかけた自分の男性器を復活させると、未だ意識も戻らず力なく頽れる恋人に、挿入した。

恋人は男声型なので、挿入先は本来的には排泄器とされる場所だ。人間であれば、受け入れるまでには入念な下準備がいる。

ましてやがくぽはどちらかといえば、ご立派と評されるサイズだ。最愛の相手であれば尚のこと、大した準備もしないまま、意識を失ったところに挿入できるものではない。

しかしここはロイドであることの利点で、男声型で初めてであっても、それなりに受け入れることが可能だ。そのうえカイトは意識を飛ばしていても初めてではなく、おそらく何度となく『がくぽ』を受け入れて来た。

とはいえ、やっていいことと悪いことというのはある。厳然と。

意識を飛ばした相手だ。労わる素振りもない、鬼畜の所業と言われても仕方がないやりようだ。

それなりに、がくぽにも言い分はある。

単に、自分の欲望だけを優先したわけではない。だから今、カイトが抱えた紆余曲折の末の問題のいくつかを解消するには、多少強引でも、体を繋げてしまうことがいいのだ。

多少、強引にでも、だ。

くり返すが、忍耐が切れたとか、我慢の日々に嫌気が差したとかいうことの末の、暴挙ではない。いや、二度とやりたくない程度にはもう、嫌気の極みには達しているが。

そうやることが、カイトが抱えた問題を解消することにもなるし、同時に自分が抱えるものを晴らすことにもなる。

一石二鳥とはこのことだ。

としても、やっていいことと悪いことというのは、明確にある。絶対的に。

「いくらでも罵ってくれ。反論せんし、言い訳もせん。とにかくひたすら平謝るしかないが、――ああ、言うが難しいなら、気が晴れるまで引っ掻くなり、叩いてつねって、蹴ってと、暴れても構わん。すべて抵抗なく容れようから」

「や、だっ!!」

「ぅ、…っく、っ」

挿れたものを抜きもしないまま謝罪の弁だけ重ねるがくぽに、カイトが強情な声で叫ぶ。強情なのは声音だけではなく体もで、受け入れたがくぽもきつく締め上げられた。

――念のため註記しておくが、カイトはがくぽを刺激しようとしたわけではない。強情を張るために体を力ませたら、そこも避け得ず力んで、結果、締まったというだけのことだ。

わかっているが、そうでなくとも心地よく包まれ興奮が募るところに、微力を添えられると堪らない。

先端が痺れるほどに感じ、がくぽは背筋を震わせた。どうにかこうにか暴発は防いだが、次の保証はない。

保証はない以上、謝罪の誠意を言葉だけでなく行動としても見せるため、抜くべきである。まるで気が進まない。

――そういう問題ではないはずだ。

しかしカイトを喘がせるため、さらに蕩ける内襞を思う存分に味わうため、軽く抜く程度のことなら体が動くが、そうではなく単に『抜く』ということになると、体がまるで動かなくなる。

駄々っ子に等しい。否、そのものだ。それも体は大人であるので、性質が悪いことこのうえない。

なにをやっているのかと自分でも頭を抱えるが、それにしてもようやく味わえた恋人の体は理性を蕩かして余りある絶品で、とてもではないが理屈の支配下に戻らない。

「まあ、お主は暴力を厭うゆえな……したなら、罵倒を俺で用意するか。莫迦の阿呆の、あとは…」

「まぞっヨロコぶ、もっなんで、もっと、こばせなきゃ、なのっからっ、しないっっ!!」

「………」

なんとかこのままの状態を維持しつつ、機嫌を取り結ぶ方法はないかということに注力していたら、話の方向性が行方不明になっていた。いや、行き先はわかっている。直視しにくかっただけだ。

一瞬は迷子になったものの、逃げられるものでもないとカイトの言いようをしばらく考え、がくぽは頷いた。

否定の根拠が見当たらない。

カイトの言う通りだ。さすがだ。なんだかんだ、二度目のことはある。がくぽのことをよく理解している。そんなことは今さらで、頻繁に思い知らされることではあるが、こんなときですらわかっている。

確かにカイトががくぽを罵るなり、引っ掻くなりとすれば、それなりに傷は負う。負うが、それ以上に悦ぶ自分がいることを、がくぽは否定できなかった。

それどころか、ますますもってカイトがかわいらしく思え、もっと罵らせよう、傷めつけてもらおうと、自分の行為もさらにエスカレートしていくだろう。

これをして素敵過ぎる悪循環ぶり、もしくは悪夢のメビウスの輪成立という。非推奨極まりない。

となるとやはり、機嫌を取り結ぶには気が進まなくともなんでも、一度すべてをリセットするべきだ。

退路は断たれた。これ以外に道はない。えーやだぁーなどと、駄々っ子をのさばらせておく猶予はなくなったのだ。

「悪し。もとい、よし」

「し、てっ!」

「ん?」

往生際の悪い気合い入れに、カイトの言葉が重なった。

抜くためにカイトの腰に当てた手をそのままに、がくぽは顔を上げる。振り返っていたカイトと目が合った。

後悔した。絶望的だ。限界を超えるにも、ほどがある。

まるで想像したこともなかったほど、凄絶な色香を含んだ眼差しで、カイトは背後のがくぽを舐めるように見ていた。蕩けて力の入らない膝で、それでも懸命に腰を浮かせ、また力を抜いて、殊更に奥深くまで呑みこむ。

受け入れる襞をうねらせ、締めつけ、カイトは大きく震えた。

「して、がく………はげし、ぃの。いっぱい、して………のとこ、ねこりこり、いっぱい、ついて………がくぽ、の、……おれの、おなかの、なか………だして。おく…に、………ぬりぬり。って」

羞恥とともに吐きこぼされるおねだりに、がくぽは自分ののどが鳴る音を聞いた。落ち着けと――

いや、いったいどうやって、これで落ち着けるというのか。商売をしている相手ならともかく、媚態を晒すのは最愛の恋人だ。溺愛を注ぎ、独占欲と嫉妬にまみれさせる相手だ。

これで落ち着けるなら、溺愛の意味を辞書でもう一度引き直すべきなのだ。

「がく、ぽ………ちょぉだい……?」

「だからな、カイト」

情けを乞う言葉で愛らしくおねだりを締められ、がくぽは咄嗟に口走っていた。

「初めからあまりハードルを上げてくれるなと、言っておろういかに俺が好きものだとしてもな、そうそう手管に優れるわけではないのだぞ。もちろんお主を悦ばせるため、歓待の技は怠らず磨くつもりではあるが、それにしてもなもう少しこう、スピードを緩めていっては貰えんか!!」

嘆願に、カイトは笑った。蕩け崩れ、得意満面で、それはもう、愛らしい笑みだった。

「んっふ!」

顔だけでなく声も上げて、カイトはがくぽに勢いよく凭れた。手を伸ばすとがくぽの後頭部に引っかけて顔を寄せ、くちびるの端にくちびるをぶつける。

「ねっ?!こまったおしおきっじょーず。でしょっ!」

「………っ!!」

がくぽが被虐趣味なので、罵ることも暴力もやらないとカイトは言う。では単に恋人の暴挙を赦すのかといえば、そうではない。

カイトには、カイトが積み上げたノウハウがある。悪夢を引き起こすことなく、――それは多分にがくぽに都合のいいものに見えて、おそらくカイトにも利点がある。

目を瞠ったがくぽに、カイトは顔を寄せたまま、舌を伸ばした。明らかな意図を持って、がくぽのくちびるを舐め辿る。ねこの毛づくろいにも似て、水音とともに慰撫と劣情の双方を与えられる。

「ねじょーずに、怒った。でしょ。おれから………ごほーび。ちょぉだい、がくぽ………ねごほーび、がくぽ、して………?」

相変わらず、カイトの言葉は覚束ない。快楽に思考が潰れるせいだけでなく、未だにのどが閊えているとわかる。

いずれここも解消したいが、おかしな『学習』に固執する癖のあるカイトだ。このままになるかもしれない。

だとしても、それはいずれの話で、今は今だ。

「本当に、心底から困るぞ、カイト………お仕置きなんだかご褒美なんだか、悩まし過ぎるわ!」

「んっひひっふぁ、あ、ぁあんっこりこりっ、ぁ、つよ……っ!」

嘆くがくぽに笑ったカイトだが、長くはない。腰に添えた手を背に辿らせたがくぽはカイトをベッドに転がし、背後から腰を高く掲げさせる形で突き上げ始めた。

自重はないが、勢いがある。なによりもおねだりの通り、がくぽはカイトが弱くて好きだと告げた場所を殊更にいたぶった。

強請られるだけのことはある。そこを刺激するとカイトの全身が面白いように痙攣し、腹に容れたがくぽを締め上げた。

「ゃっ、あ、ぁあっぁくっ、ぽ、ふぇ、ぁくぽっ……っぁ、あっ、ぁ………っ」

張り詰める男性器はそのままに、カイトは何度も何度も瞳を瞠り、眦を痙攣させる。がくぽが突き上げ、内襞を擦るたびに、蕩けて崩れた体に束の間力が入り、また蕩けて原型を失っていく。

男性器の限界に因らず、軽度の絶頂を迎え続けているのだろう。

これは自分が達するまで、カイトの意識は持たないだろうなと、がくぽは考えた。

処理限界をはるかに超えているとわかるし――

そうだとしても手を緩めることなく、がくぽは初めてで初めてではない恋人の体を思う存分に貪り、耽溺した。

カイトもまた、意識を飛ばして取り戻してを何度もくり返しながら、久しぶりで初めての恋人に体を貪られることを堪能した。

翌日。

別れ際の狭曇の約束通り、がくぽもカイトも起こされることはなかったので、ロイドの規定睡眠時間を満たせる程度には寝坊することができた。

ただしそれが本当に、『約束』したからだったのか――

それともマスターたちの祝杯が過ぎた挙句、彼らも起きられないから起こしに来られなかっただけだったのかは、あとになってもなかなか結論が出なかった。