がりくった道

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むしろ悲嘆に暮れ、がくぽを責めと、大騒ぎをしたのは周囲の方だった。

肝心の当人がアレであるから、尚のことなのかもしれない。

「うんよし、いい度胸だナス侍風情が。ちょんまげ剃り落としてヤるから、頭ぁ出しゃ」

両の手を怪しい形に蠢かしながら、そうがくぽに迫ったのは初音ミク――同じく芸能特化型のVOCALOIDである少女だった。

がくぽたちが住むマンションの一室に、同じくマスターとともに暮らす彼女は、確か『これまで』は妹のように接していた相手だ。相手も、がくぽを頼みにしてくれていた。

しかしだ。

どうやらカイトが転居してきたあとは、あちらに『乗り換え』られていたらしい。

仕様がないといえば、仕様がない。ミクとカイトはラボが同じで、『本物の』きょうだいとも言える。

新型の彼女たちはごく自然の流れとして、旧型の彼らを慕う。

かてて加えて、カイト個人の資質だ。付き合いが浅くとも、がくぽにもこれはわかる。

カイトは面倒見もいいし、下のものへの態度もやわらかくやさしい。なによりほどよく抜けたところが、少女たちの芽生えかけの母性本能をうまくくすぐって、虜にする――

それはそれとして、立ちはだかったミクだ。

本来は可憐な風情の少女型ロイドなのだが、このときのミクの目は、正視し難い輝きを放っていた。もはや目からビームを射出する機能を備えているとしか、思えないレベルだった。

芸能特化型だ。戦闘型ではない。

しかし軽く見積もっても、その程度は可能な眼力だとがくぽは判断した。

挙句、威迫の内容だ。

声こそ低めても少女の愛らしさを失っていないが、だからこそ選択された言葉が辛い。

ついでに蠢く両手の示す先が、心底から恐ろしい。

「ちょんまげなぞないが!!」

思わずにじり下がりながら叫んだがくぽに、少女はひたすら愛らしく、完全に闇に堕ちて微笑んだ。

「わかりきったこと、訊かないでくれるそんなの、ちょんまげ結ってから剃り落とすに決まってるでしょミクの目は節穴じゃないのよ。頭はハチの巣じゃないの。その程度、ちゃんとわかるし、考えられるのよ」

つまるところ、まずはがくぽの前頭髪を剃り上げて――正確には月代と言うが――髷を結い、わざわざ結ったそれを、改めて剃り落とすと。

真っ向本気の魔女帝からどうやって逃げたものか、がくぽにはそれこそ、そこの記憶がない。

恐怖のあまりログにも残しておけなかったが、髪は残っている。前髪もあるし頭頂部も禿げ上がっていないし長さも腰までと、今までと同じだ。変わらない。

だから逃げることはできたのだろう――どうやってかは知らないし、今後も可能な手段だったのかどうかもわからないが。

さらには、鏡音シリーズという少年少女の双子機にも囲まれた。

こちらもミク同様の付き合いで、結論を言えば、同じ経緯を辿ったらしい。つまり、がくぽからカイトへと――

少女型のロイド、リンは言葉を失くし、力弱い拳でひたすらにがくぽを叩いた。

拳の力は弱いから、そういった意味での痛みはないに等しかった。しかし涙に咽びながらただ拳を振るう少女の姿は、責められるがくぽの側から見てもひどく痛々しく、迫るものがあった。

片割れの少年型ロイド、レンのほうといえば、がくぽに寄りつきもしなかった。いや、『囲まれた』と言ったくらいだから、共に姿は見せたのだ。

しかし触れ合える位置にまでは寄らず、相方に叩かれるがくぽを、陰から湿った目で見続けた。

こちらもこちらで言葉もなく、とにかくひたすら湿って鬱陶しく煩わしく、もういっそ言葉で責めてくれと、頼みこみたくなるような――

言っても、初音ミクにしろ鏡音シリーズにしろ、カイトと同じラボの出だ。

彼女らは『兄』のカイトを偏愛する傾向にあるから、がくぽも彼女らに責められることは仕方のない、当然のことだと思った。

それはたとえば、そもそもがくぽが失いたくて記憶を失ったわけではなく、『事故』に巻きこまれた、いわば『被害者』なのだとしてもだ。

諦めるしかないことだと――

思っていたが、がくぽを責めたのは、カイトのきょうだい機だけではなかった。

がくぽとラボを同じくする、いわばがくぽ側のきょうだい機たちもまた、がくぽを責めたのだ。

責めたとはいっても、ミクたちほどの激しさではなかったが、逆にその静けさががくぽには堪えた。

「言うべきでないことは承知しているが、兄者……堪えきれず言うグミを赦さずとも、聞け」

現代っ子装束にまったく見合わない重々しい口調でがくぽを諭したのは、いちばんの『妹』である、グミだった。

「そもそも兄者からアレだけヤった挙句、カイトくんに情けを容れてもらいながら、そこの記憶を失くす事故だとしても言語道断、グミの兄者として風上にも置けない。斯くなるうえは、生涯を懸けてカイトくんの手足奴隷として、カイトくんに尽くし生きろ、兄者」

グミのまとう空気感、雰囲気といったものは、ミクに比べればまだ軽かったし、弊を恐れず言うなら、明るいとも表現できた。

しかし言うことが重い。逆に重い。単に手間暇かけてつるっぱげの工程を味わえと言うミクより、要求することが明らかにあからさまに上だ。

しかもだ。最前、いったい自分はなにをどれほどやらかしてカイトと付き合うことになったのかと、付き合っていただけることになったのかと、そこの懸念まで増えた。

非常に気になるので知りたいが、聞きたくない。だれに訊けという話なのかもわからない。

周囲に聞いても結局、伝聞情報か噂かで、正確ではない。どこかに虚偽か、当人たちとの見解とは違うことが紛れる。

であれば、当人に確認するのがもっとも正確だが、――カイトにかいったいなんと

自分たちが付き合うきっかけはなんでしたかと、訊くのか。自分はなにをやらかして、どれだけご迷惑をおかけしたのでしょうかと。

とてもではないが、訊けない。聞きたくもない。聞けない。

そんなふうにして、飄とした当人からはことに責められもしないまま、周囲からは散々に責められ、嘆かれとして――

突然できていた恋人の存在に惑いながらも、がくぽには確かに理解できたことがあった。

カイトは、愛されている。

『がくぽ』が愛したカイトは、『がくぽ』以外の周囲、友人知人家族にも、非常に愛されている。

これでは独占欲が強く、嫉妬深い『自分』は、ずいぶんと気を揉んだことだろうが――

もうひとつ、大事なことがあるとしたなら。

がくぽとカイトの仲は周囲にも受け入れられ、多大な祝福とともにあったのだと。

案じられることはあっても、疎まれてはいなかったのだと。

疑う余地もなく、理解できた。