がりくった道

2-8

「ぅ……ん」

陶然としながらも、言っていることが酷い。

――ような気が、さすがにカイトでもする。

特にカイトが常々疑問とするのが、ルカのがくぽへの形容だ。

『暴れん坊』と言っていると思うのだが、それ自体はひとの受け取り方それぞれだから自由でいいと思うが――たまに疑問だ。

『暴れん坊』と言っているのだと、きっと思う。

思うが、カイトが思うそれと、なにかがどこかで微妙かつ盛大に齟齬を起こしている気がしてならない。カイトにとってがくぽは、決して『暴れん坊』などではないという、感覚の絶対的な齟齬以前に。

「ちょっと。この淫売」

「厭ですわ。あたくしの貞操はミクに捧げています。一途に純情ですわご存知でしょう、メイコ?」

「そういうこと言ってんじゃないわね、あたしは………」

カイトが躊躇い、悩む間に、ルカとメイコの間で妙な紛争もどきが発生していた。これもこれでカイトにはよくわからない、理解が及ばない話ではあるが――

なんだかんだとあれ、カイトのいい友人である彼女たちだが、より正確に言うならその立ち位置は『姉』だ。それもとっておきに心配性で、過保護な。

ほかのロイドたちが、カイトを『兄』と仰ぐのとは違う。妹として、弟として、たまに大人ぶって振る舞うのとは違い、彼女たちは厳然として常に『大人』で、『姉』だ。

今回のことにしても、そうだ。

弟妹たちは『忘れた』がくぽを、巻きこまれた被害者であるがくぽを、わかっていても責めずにはおれなかった。

『おにぃちゃん』が大事で、大好きだからだ。

『おにぃちゃん』が責めないなら、責めるのは弟妹の仕事だからだ。

メイコとルカは、責めなかった。多少の戸惑いはあっても、がくぽのことを怒りも叱りもしなかった。そのうえ、がくぽをもう一度口説くと言ったカイトを応援しようと、今回の企画を立てた。

今回の企画――ここ最近、連日のようにカイトたちが集まってダンス練習をくり返している、新曲だ。

一聴、ありふれたウエディング曲だ。

夫カイトひとりに、美女美少女に美少年まで含む、複数の『嫁』がいるというハーレム設定を除けば。

実作業である作詞作曲はカイトのマスターである狭曇が手掛けたが、狭曇に強要もとい提案したのはメイコだ。

ただし、メイコが提案したのは単なる『ウエディング』という部分で、それを末期的なハーレム設定へ落としこんだのはルカで、そして言われるがままの設定で仕上げたのは、くり返すが狭曇である。

『どうせ相手はあのナスでしょうあんたが結婚だのなんだのってなれば、あっという間にオチるわよ。たとえ仕事上の役柄でしかないとしてもね!』

『それでもどうしてもオチないようでしたら、大丈夫ですわ、カイトあたくしたちみんな、本当にカイトのお嫁さんになりますもの。だれもなにも損しない、これこそお買い得企画というものではなくて?』

――後半のルカの言葉はともかく、とても残念なことに、結果はおそらく、メイコの予言通りだ。

がくぽが『がくぽ』である限り、いずれカイトに『オチた』だろう。

だとしても、別れてから短期間でのこの結果は、あからさまに新曲の影響がある。

思い返してみても、がくぽの反応が目に見えてぶれ始めたのが、今回の新曲の概要を聞いてからだった。

そういう彼女たちだ。

吐き出す言葉ともあれ、心配性で過保護で、行動力も桁が違う。語ることなく放置しておいても、勝手に解決されてしまうことも多い。

となれば、ある程度干渉を控えてもらいたければ逆に、カイトから白状することが必要になってくる。

「ん、と。おれ、………ぅ、そつ、き?」

わかっているから、カイトは口を開いた。

「おれ、『うそ』………ぷきっ」

相変わらず細切れの、単語だけを吐き出したカイトを、メイコとルカは揃って見た。見返してしまった。絶望的に後悔した。目が怖かった。

美女たちのやわらかな体躯に全身を包まれるという、男にとって至極のとでもいうべき状態だが、カイトは慄然として固まっていた。

なにがそうも彼女たちの逆鱗に触れたかはわからないが、取り返すべきなにかの言葉を探す。なにかだ。なにがなんだかわからない、なにかの言葉だ――

そうでなくとも今、カイトは通常の会話すら覚束ないほど、言語能力が落ちている。

「ぁ、あ……」

混乱が極みに達し、視界が白く染まっていく。そのまま意識が事切れる、寸前――

「だから言ってるじゃない。あんたなんかなんにも考えないで甘えときゃあいいんだって。考えるのなんか、あのボケナスにヤらせておけって。あんたが考えもせずとにかくべたごろに甘えてくりゃあ、あのボケナスだって余計なことなんか考えないのよ。だってべたごろに甘えるあんたに萌え悶えて床板ばんばんやりながら甘やかすのでいっぱいいっぱいになって、他所事に手ぇ出してる暇持てないもの、あの甲斐性なしのナスボケ侍」

「ぅえっ!」

まくし立てる弾丸に晒され、カイトは呻いた。メイコは相変わらずカイトの頭を抱えている。逃げ場がない。耳はほどよく胸に埋まってはいるが、ほどよくだ。声を完全に遮断することはできない。

先とは別の意味で引きつるカイトに、やはり右腕に絡んだままのルカが笑った。たのしそうでもあるが、慈愛に満ちた聖母の如き笑みでもある。

その笑みに緩むくちびるが、開いた。

「メイコ、そうカイトを考えなしの脳足りんさん扱いするものじゃありませんわ。カイトにだって『頭』がある以上、考えるときは考えてしまうでしょう」

「考えるより直感よ、この子は」

「………」

即座に言い返したメイコに、ルカは微笑んだまま少しだけくちびるを閉じた。

言わないが、つまり、ロイドだ。プログラムの身だ。

もちろん草創期の『プログラム』という言葉からは大きく意味を違えるとはいえ、基幹というものがある。

厳密にいって、『直感』は存在しない。

ルカはそうやって無言で抗議したが、無言はなにも言わない、なにも伝えていないと同義だ。汲み取ってもらう必要があるが、メイコはそう毎回汲み取ってくれる相手ではない。

「考えてヘタに直感ニブらせるから、まっすぐな道で迷うようなことになるんじゃない!」

ルカの言外の抗議などきれいに流し、メイコは堂々と続けた。

抱えこんだカイトの頭を上向かせ、焦点がぶれる以上に泳ぐ瞳を、迷いもない強い瞳で覗きこむ。

「わかる、あんたまっすぐな道で迷うのよ。まっすぐなのに迷子なんだわ。そういうの、さすがにあほって言うんだわ!」

「ぅうっ!!」

「メイコめいこめーこ………」

呻くカイトに、ルカが力なくメイコを嗜める。力はない。ということは、メイコへの抑止力はない。

瞼を落としたルカは抱えた腕を引いてカイトの肩へと殊更に懐き、英気を養った。

すぐまた顔を上げると、くちびるを開き――かけて止まり、視線を軽く流す。

しかし長くはない。

ルカは視線を戻すと微笑んだ。青息吐息状態のカイトの顔に触れあうほど近づき、ルージュを塗るまでもなく蠱惑的なくちびるを開く。

「考えるなとは、言いませんわ。言いませんけれど、カイト……あたくしも、貴方はもう少し、あの暴れん棒に甘えていいと思いますわ。とろんとろんに蕩けるくらい甘ったれて、我が儘をたくさん言って……」

そこまで言って、ルカはわずかに顔を離した。だけでなく、カイトから逸らす。

浮かべたのは、くちびるが裂けたかと思うような笑みだ。

その笑みを、向けた先といえば――

「ねえそうしたら貴方だって、余計な気を回さずに済みますでしょ?」

「んぇ?」

自分に向けられていない問いだ。しかも突如の巻きこみ。

今の話題でそんなことが可能な相手といえば、ひとりしかいない。

「がくぽっ!」

慌てて顔を向けたカイトだが、また後悔した。怖かった。

「っの、女郎ども……っ」

角と牙が見えるうえ、軋る奥歯の音まで聞こえる。挙句立ち昇りまとわりつく瘴気まで見えた。雰囲気の話だが。

いつの間に来たのか――女体接待を受け中のカイトの前には、がくぽが立っていた。先に言った通りの、悪鬼もかくやの形相で。