がりくった道

2-13

「小学生男子だ」

よくわからない反論をして、がくぽは胸に戻ったカイトの頭をねこ相手のように撫でた。あとで起き上がったならきっと、髪のスタイリングは乱れに乱れて、みっともないことになっているだろう。そういう撫で方だ。

けれどカイトは、がくぽのこの撫で方が好きだった。慈しまれている気がする。

恋人なのだからもちろん、愛されていることがなによりだが、同時に慈しまれるのもいい。

カイトもたまに、がくぽの髪を犬相手のように梳き撫でてやることがある。がくぽもやはり、ひどく気持ちよさそうな顔をしているから、きっと嫌いではないだろう。

「ん」

「うむ」

無意味ながらこころの通う相槌を打ち合って、がくぽの手がわずかに強くなった。

「で、な。俺がやらかした始末と、経緯は話した。わかったか」

「ん?」

方向転換する話題の雰囲気に、カイトは顔を上げてがくぽの表情を確認しようとした。見越して強くなっていた手に頭を抑えこまれ、叶わなかった。

ことに抵抗すべき感もなく、カイトは大人しくがくぽの胸に戻り、首を傾げた。

そういえば、なにをしていたのだったか――

「ん?」

カイトは再び首を傾げ、それだけでは足らずに眉をひそめた。

そういえば自分は確か、悋気を起こして拗ねた恋人を、謝りついでになだめていたのではなかったか。怒っていたのはがくぽで、あやしていたのはカイトだ。

それがいつの間にか逆転していて、カイトは怒っていないがなんだか、がくぽになだめられている雰囲気がある。

いったいいつ、どうやって立場が入れ替わったものだったか。

「……………まあ、いーや」

「投げたな」

「んっ!」

回答の覚束なさを即座に拾い上げたがくぽへ、カイトは悪びれることもなく頷いた。抑えこまれるがくぽの胸に擦りついて、笑う。

「おこってる。のに、ガマンしてる。て、ゴカイ。がくぽ、してた」

「理解しておるな。やれやれで、そこのところで堪えているものはないのだな、結局お主」

「ん」

念を押されて、カイトは肯定半ばに鼻を鳴らした。

堪えているものがあるかないかと問われれば、咄嗟にないと答える。即座に思い当たらないからだ。

これで深く考えてみても――やはり、思い当たる節はない。と、思う。

「………んー」

腹にわだかまるものがあるのは、確かだ。それは怒りではない。それも確かだ。けれどわだかまり、重苦しいそれは気持ち悪い。

気持ち悪いが、ではなにが原因のなにで、どうすればいいのかがわからない。ある意味で答えは目の前にぶら下げられているような気がするのだが、いくら目を凝らしても見えないというような――

「怒ってはおらんのだな」

相変わらず、カイトの男は察しがいい。直したい言葉に直せないカイトを汲んで、先に言葉を差し出して来た。

悋気に狂って我を忘れてさえいなければ、がくぽは非常に優秀だし、思いやりも深い。深過ぎて過保護だ。すぐにカイトを甘やかしたがる。

――なんにも考えないで、甘えときゃいいのよ。でないと収まりが悪いんだから、あんたのオトコは。

腐すメイコの声が聞こえる。

カイトは目を細め、がくぽの胸に擦りついた。縋る指ががくぽの服にさらに深い皺を刻む。

「こって、ない」

「ああ」

答えると、応えてくれる。がくぽの手が再び、カイトの頭を撫でた。なだめる触れ方だ。慰める――

「俺のことは好きか」

「んっ!」

静かな問いに、なぜかカイトの肩は震えた。しかし迷う理由もないから頷き、それだけでは足りない心地がして、自分から明確な言葉に直した。

「すきっ。だい、すき………いっぱい、ぜんぶ、すきっ」

「よしよし!」

縋る指にも力を増して一所懸命言うカイトを、がくぽはまるで幼子相手のようにいなす。

なんだかこれは失礼な扱いじゃないかと、さすがにカイトも多少、思った。思いが表情に出て、わずかに頬が膨らむ。

言っても、がくぽの胸に頭を預けたままだ。がくぽからは詳細など見えないはずなのだがしかし、撫でる手の力加減が変わった。あやすしぐさだ。ばれている。

だとしたら、失礼の重ね掛けもいいところだ。ますますもって幼子扱いということではないか。

「むぃ……」

「ああうむ、よしよし!」

「………はぃそぉー」

縋る指で軽く爪を立てると、がくぽはかえってうれしそうに、さらにカイトを幼子扱いしてきた。もはやなにをどうすればこの男の反省を呼び覚ませるものか、カイトにはわからない。

恋人が拗ねたときや、へこんだときのなだめ方や慰め方なら得意なカイトだが、こうして愛おしまれるときの対処法は弱い。

最終的に、不愉快ではないからだ。

シツレイセンバンキマワリですと怒りながら、うれしがる自分がいることをカイトは知っている。

ちなみに正しくは『失礼千万極まれり』だが、カイトは覚え間違いを修正できず、ここまで来ている。

呆れたように、何度も訂正してくれたひともいた。今ここにいて、ここにはもういないひとだ。

呆れたように訂正しながら、早く覚えろと腐しながら、とてもうれしそうにカイトをあやした――

「キスは好きだな」

「んっ!」

思考が飛んでいたところで、質問の続きが来た。答えというより驚きの声を上げ、カイトは閉じかけていた瞼を見開き、がくぽの声を追う。

「ん?」

腹が重かった。ひどく後ろめたい心地がする。まるで、浮気でもしていたかのような――

もちろんカイトは一度たりとて浮気などしたことはないし、この男がそんな隙を赦すはずもないが、けれどやってみればそういった心地になるのではないかと。

「………?」

なにかが酷くこころを引っ掻いて、カイトは眉をひそめた。吐きそうだ。比喩だが、吐きそうだ。腹が重い。気持ち悪い。

わだかまるものが暴れている。

「キスは好きだが、その先には進めん。服の上から抱いても抵抗せんが、服の下に手をやると逃げる。こうして上に乗っけてやるといくらか落ち着いているが、俺が上になると落ち着かん」

「………っ」

カイトの様子に構うことなく、がくぽは数えていく。静かに、沈むように、隠された奥底、腹の奥、わだかまるものの中へ。

頭を撫でていたがくぽの手が移動し、カイトの肩をあやすように軽く、叩いた。

「憤りゆえの反応ではない。だとするならカイト――お主いったい、なにに怯えておる?」