拭えない違和感があって、常に腹にわだかまる思いがあった。それは気持ちが悪く、けれどがくぽを求めて愛することを止められなかった。

『がくぽ』を求めて愛することが、すべての原因だとわかってはいても。

がりくった道

2-17

以前と同じ男だ。いわば復縁で、元の鞘に収まっただけのこと。

けれど、以前とは違う『男』だ。

記憶を失い、傷を負った。

がくぽは『記憶を失った』ことで途切れたもの、失ったもの、それらすべてを『記憶』として取り戻すのではなく、かたち無き、癒し難い『傷』として、新たに負った。

負ったものによって、がくぽは変わった。変わらざるを得なかった。

変わった男を、それでも自分は愛しているのか?

変わった男を、それでも自分は愛していけるのか――

変わった男はこのまま、自分を愛してくれるだろうか。

疑問があって、恐れがあった。付きまとう不安があって、拭い去れずに振り払いきれなかった。

「好き」

「………ああ」

甘く熱っぽく告げるカイトを、がくぽは驚いたように見ていた。先と同じ相槌ではあるが、気もそぞろといったふうだ。とりあえずなにか応えなければと、なんとか吐き出しただけの音。

カイトは溢れる想いまま身を乗り出し、がくぽに伸し掛かった。陶然と、笑う。

「がくぽが、好き」

告げて、カイトはくちびるを落とした。身動きも取れないほどに驚いているがくぽのこめかみに、軽く触れる。

離れて、笑みはいたずら気を含んだ。

「『がくぽ』も、好き」

「……………」

ただ驚いていただけの男が、ほんのわずかなニュアンスの違いを敏感に読み取り、表情を胡乱にした。切れ長の瞳をこれ見よがしに細める。

予測していた反応だ。カイトは構うことなく、笑っていた。

「おい」

「『がくぽ』だもー。きらいが、いい?」

「っ………」

複雑なところなのだろう――そう、ここの部分は複雑だ。ここが複雑の要だ。カイトにとってもだが、がくぽにとっても。

覚えていないが、カイトの恋人は『自分』だ。

カイトが好きだという『がくぽ』は、どこの馬の骨か知れない『がくぽ』ではなく、まさに自分自身。

しかして覚えていない、記憶を共有できない以上、がくぽにとっては他人に等しい。

が、自分。

くちびるを引き結び、どこか涙目にすら見える様子となった男に、カイトは笑った。声を上げて笑って、体を倒す。がくぽの胸に頭を預けて、目を閉じた。

葛藤しながらも、反射のようにがくぽはカイトに腕を回す。背を撫でられ、辿る手が髪を掻き混ぜるように撫でて、カイトは慈しまれるねこの気持ちを味わった。

これはいい。

これは好きだ。

これも、好きだ。

「ぁ、のね。がく、ぽ」

「なんだ」

頭を掻き混ぜられて話しにくいなか、それでも呼んだカイトに、返って来たのは自棄含みな声だ。

気にせず、カイトはがくぽの胸に頭を擦りつけた。甘えるねこのしぐさで媚びて、肩に掛けた指で軽く、恋人に縋る。

「ぉれ、ね。初めて。じゃ、ないの。………ない。ん、だけど――もらって、くれる?」

「っ」

訊くと、手が止まった。

束の間、ほんの一瞬止まってから、先より強い力で思いきり、髪を掻き混ぜられる。

「ぷぃーーーっ!」

乱暴だと抗議したカイトの両脇に、がくぽは手を掛けた。力任せに体をずり上げさせて、顔を合わせる。

ずり上げられた分、カイトはがくぽの顔の横に手を突き、自分の体を支えた。それでもがくぽの手はカイトの脇に添えられているが、単に触れていたいだけの程度だ。

こうまで強引なしぐさでなにを伝えたいのかと、首を傾げて見るカイトに、がくぽは笑った。

「初物趣味だと、俺は、言っておらんな?」

「んー」

念を押されて、カイトは考えた。

がくぽが言うのは、記憶を失う以前の自分のことではない。その後の自分、今の『がくぽ』のことだ。

しかし訊かれても、そんなもののバックログなどいちいち取っていないので断言などできないが、言ってみれば面倒くさい。

ので、頷いた。

「ん」

「言、っ、て、お、ら、ん」

「ぁいー……」

――いい感じに適当に頷いたと、敏い恋人はお見通しだった。

そんなものどうでもいいだろうと項垂れる心地で同意して、カイトは首を振った。

どうでも良くないからカイトは問い、どうでも良くないカイトをわかっているから、がくぽは真摯に返してくれているのだ。

自分を正して見つめ返したカイトに、がくぽは切れ長の瞳をさらに細めた。どこかいたずらっ気を含みつつも、慈しむ雰囲気がある。

色めくくちびるが、笑みの形まま開いた。

「別の相手だと思え」

「………」

「『同じ相手』だと思うから、混乱する。ならば別の相手と、新たに恋をしたと思え」

下手をすると捨て鉢とも取れることを、がくぽは穏やかに、含めるように言った。

ことに難解な言葉や言い回しをされているわけではない。カイトにも十分、十二分に理解は可能だ。

それでも咄嗟に思考が追いつかず、カイトはただ瞳を見開き、微笑む男の言葉を聞いていた。