がりくった道

2-18

カイトから応えがなくとも、『二度目』の男は気にしない。

添えていた手で、あやすようにカイトの脇を叩き、辿って頬を撫でた。軽くつままれて、目尻に指が触れる。

「俺はどのみちお主とは『初めて』だ。覚えておらんからな。覚えておらん以上、『二度目』のことはなにもない。すべてが初めてで、すべてが初体験だ。どれだけお主が望み、求めても、『俺』が『過去』を共有することはできん。なれば『俺』と『アレ』は別物であると割り切れ。――言っても俺がそも、割り切りきれんが、お主ならできよう」

「…………………しつ、れー………?」

細かいことを気にしない、大雑把な性質であると腐されているようでもある。

盛大に眉をひそめ、しかし確信も持ちきれずに首を傾げてつぶやいたカイトに、がくぽは声を立てて笑った。声を立てて笑い飛ばし、目尻からこめかみへ、辿ってカイトの短い髪をやわらかに梳いた。

それは気持ちがいい。

腑に落ちないながらも咽喉が鳴る心地で、カイトの浮かべる表情は複雑に歪んだ。

がくぽは構わない。どこか拗ねても見えるカイトを、まっすぐに見据える。

「潔いと言え。あとは依頼だ。他力本願だ。お主が割り切ることで、割り切りきれぬ俺を掬い出してくれ。いずれ笑ってくれ。小さな男だなと。恋人である己の爪の垢でも煎じてやろうかと」

「………」

自分の体の下にいるがくぽの全身を、カイトは視線で軽く辿った。

自分より背が高く、筋肉のつきもよろしく、ために多少身幅も広い。

がくぽはカイトよりも大きい。

けれど同時にカイトは、常に感じる――がくぽはまるで、頑是ない、幼い少年のようだ。

相手にしているとかわいらしくて愛おしくて、募る庇護欲で仕様がなくなる。

「んっ。かわいいっ!」

力強く頷いたカイトに、がくぽの表情は束の間、空白に落ちた。

ややしてがくぽは目線だけで、軽く天を仰いだ。緩んだくちびるから思いきれない、やるせないぼやきが漏れる。

「やはり潔いな。潔い。躊躇いも容赦もない。ほどがある。少しばかり過ぎるとも思うがまあ、――好い」

最終的に諦めをつけ、がくぽはカイトへ視線を戻した。戻った笑みが、多分ないたずらっ気を含む。

「潔いついでにな、カイト。ひとつ、お主の思い違いも正しておけ」

「?」

なんのことかと、カイトは首を傾げた。

がくぽは瞳を細め、笑う。いたずらに、なによりも慈しみと願い、祈りを――

切実に訴えるものを掬い上げようと見入るカイトに、がくぽは笑みの形まま、くちびるを開いた。

「『初めて』もまあ、それは、大事かも知れんがなしかしな、『俺』としてもっとも望むことはな、――お主の『最後の男』と、成ることだ」

「……!」

カイトは瞳を見開いた。それこそこぼれんばかりに、――

こぼれると、片隅で思った。

揺らぎ、あふれて、こぼれる。

歪んで見えなくなるがくぽの表情を、浮かべる笑みを見たくて、カイトは懸命に目を凝らす。必死で身を乗り出す。

そんなカイトを軽く抑え、がくぽは告げた。

「お主の『初めの男』ではなく、なお主が付き合う、愛する、これからの生涯を添い遂げる………、お主の最後の男であることをこそ、俺はもっとも望み、希う。それが叶うなら『初め』なぞ、そうそうこだわるものでもない」

「ぁ、く、っ」

こんなときでもやはりまだ、カイトののどは閊え、声がうまく出ない。

言葉が、たかが名前を呼ぶだけのことが、ひどく難しい。なにを言いたいのか、それもわからないにしても――

せめても名前ひとつ、もっとも愛する男の名前くらい、いつでも呼びたい。

どんなときにも閊えることなく、口に出せるようになりたい。

痛切な思いを募らせるカイトをなだめるように、がくぽは戦慄くくちびるに指を這わせた。話せないのはそうやって、自分が邪魔をして塞ぐからだとでもいうように。

戦慄くくちびるをなだめたがくぽの指は、撫で辿って手のひらを広げ、カイトの震える頬を包みこんだ。

「ゆえにな、カイト――なにが二度目でも三度目でも何度目でも構わん。ただ俺を、最後にしろ。俺で、お主の『男』を終わりにしてくれ」

感情というものがままならないものだと、カイトはがくぽと会ってから知った。

ロイドのくせに、ロイドという、未だイキモノかどうかの議論にも決着がついていないモノであるにも関わらず。

がくぽに会って、付き合って、ずいぶんと精巧につくられている自分に気がついた。

たまに面倒だ。

制御の利かない自分のこころも体も腹立たしいし、鬱陶しい。制御できる前提でいるのに、制御を離れた反応をされたら、カイトにはどうしたらいいかわからない。

わからないのは困るし、こわいし――

あふれた涙の理由を、カイトはやはり今回もわからず、とても困った。

なにが困るといって、理由がわからない以上、止める方法もわからない。

が、それはもう、自分でも呆れを通り越して感心するほど滂沱とあふれるし、いずれは感心している場合ではなくなり、もしかして涙腺が故障したかなにかで、もう自力では止められないのではないかと危惧し、とてもこわくなるほどに。

とても困ってこわかったのだけれど、がくぽはそんなカイトにひどく歓んで、あやした。

おそらく最たる原因はこの男なのに、泣くカイトを歓ぶだなんて、なんてひどい態度。

なんという無責任ぶりだ。

あやせばいいというものではない。それはむしろがくぽの趣味であって、娯楽も同じだ。

いくら最愛の男とはいえ、赦せることと赦せないことがある。

滂沱と涙をあふれこぼしながらも、――というより概ねそれが主原因で最大の要因で、いくら鷹揚を謳われ讃えられるカイトとはいえ、それなりにとても腹を立てた。

というわけで。

「セキニンとって。って。ちゃんと、セキニン。とりなさい。って。たら、くれた。?」

後日。

非常に不思議そうな顔で首を傾げかしげ左手を見せたカイトに、珍しくもルカは身を折って爆笑した。床を叩きながら、悶え転げ回っての大爆笑だ。

そして共にいたメイコといえばルカとは対照的で、思いきり顔をしかめると吐き出した。

「ああはいはいどうでも好きにしたらいいけどまさか、挙式はハワイかグアムとか言い出すんじゃないでしょうね、あの時代錯誤のボケナスサムライ?!」