薄い襦袢姿で布団の脇に正座したカイトは、しばらくの間もじもじもぞもぞと、落ち着きなく体を蠢かせていた。

しかし相対して座るがくぽが口火を切るより先に思い切ると、がばっとひれ伏す。有り体に言って、土下座だ。

「ご、ごめんなさいっ、がくぽさまっ!!」

あんじぇあ・くあまん-01-

「……カイト」

行燈の仄明かりに照らされるつむじを眺めながら、がくぽはひどく渋い顔になった。

どう言えばいいものかが悩ましいが、少なくともひとつだけ、確かに言えるなら――

「そなたは悪くあるまい。そのように、謝る筋のことではなかろうが」

「で、でも……っ」

苦々しく吐き出されて、カイトはぐすんと洟を啜りながら顔を上げた。光は仄かでも、泣きべそを掻いていることはわかる。

いつまで経っても、幼い――

「でもっしょ、初夜に、寝こけてしまうなんてっが、がくぽさまの訪いもお待ちできずに、先に寝てしまうなんて………っ」

「………カイト……」

――悩ましいこと、このうえない。

イクサの果てに、敗将の一粒種であるカイトを『姫』と偽り、己の屋敷に連れ帰ってから、すでに十年以上。

ゆくゆくは妻とすると言い訳して、がくぽはカイトを離れに押しこめた。

のみならず、共に連れためのと一人以外には触れることも寄ることも、どころか見ることも赦さない、己のみが愛でる華として育てた。

もしイクサがなく、そのまま親元で育っていたなら、カイトは棟梁となっていた身――紛うことなく、男児だ。それを偽って姫の形をさせ、屋敷に押しこめたのだ。

万が一にも正体がばれれば、カイトの身も危ういが、庇っていたがくぽの身も危うい。

だが、決して保身のためのみならず、がくぽはカイトに偏向し、溺愛とも呼べるほどの愛情を注いだ。

それは形の歪んだ愛だが、カイトは受け入れ、どころかがくぽを己のただひとりの『男』として、愛してくれた。

その他にも諸々紆余曲折があった末、先頃ようやくがくぽはカイトを正室として娶ることを宣言し、待望の祝言の日を迎えたのだ。

とはいえ、カイトの身分が明らかになるとまずい事態に、変わりはない。

そのうえに、カイトのこれまでの生育環境だ。

カイトは齢わずか五つになるやならずやで引き取られてから、この十数年、がくぽとめのと、そして自分の、三人しか人間のいない状態で、ずっと過ごした。

身ばれと、それに因るカイトへの害を極端に恐れたせいだが、多少、やり過ぎの感はある。

がくぽは棟梁だ。その祝言ともなれば、ある程度の大規模化は避けられないし、招待客も多い。

祝いの席は最終的に男同士の飲みの席に変わって、新妻はまったく関係なくなる。早々に下がらされるのが、慣例だ。

だが、まったく秘したままでもいられない。最低でも一度は、新しく迎えた妻のお披露目が必要だ。

カイトは幼顔で、しかも母親の骨格を受け継いだために、かなり華奢だ。顔や体は、祝言特有の派手な化粧や衣装で、十分に誤魔化せる。

挨拶についても最低限、新妻は頷いていればいいから、声から怪しまれる心配もない。

だから身形のことについては、心配はない。

どちらかというと問題は、そんな大勢の人間がいるところに、カイトがまったく免疫がないということだった。

しかも、単に大勢いるのみならず、宴席だ――神威家が懇意にする武将には、棟梁に遠慮して、飲みを控えるような輩は、あまりいない。

この十数年で、カイトに対するがくぽの偏狂ぶりはよくよく熟知されているが、それはそれで、これはこれだ。

いやむしろ、だからこそと言おうか――ようやくお披露目される、我らが鬼神の溺愛する新妻に、誰も彼もが興味津々なのだ。

だからといって、がくぽは祝言の前にカイトを離れから連れ出し、人馴れさせることをしなかった。

妻として、正式に娶る。

カイト以外と今後、体を繋げる気もない。

そうであっても、また、がくぽはカイトの環境を変える気もなかった。

以前と同じく、離れに押しこめ、誰が寄ることも禁じる。カイトが外に出ることも、赦さない。

身ばれがまずい状況に一切の変わりはなく、これからカイトはさらに年を経て、幼顔で誤魔化せる日々もそのうちに尽きるだろう。

そのときになって慌てるくらいならば――

乗り越えなければいけないのはいわば、祝言でのお披露目の一回、それきりだ。

そこは忠義者のめのととも意見が一致し、がくぽはやっつけ本番、ぶっつけ本番で、カイトを祝言の席に出した。

結果として人疲れが極限に達したカイトは、宴席から解放されて離れに戻るや、倒れたのだ。

本人は寝こけたなどと言っているが、実態は違う。精神が限界を超えて、意識を保つことが出来なかったのだ。

そこまで追い込まれたというのに、カイト自身は一向に気がついていない。

隔離して育てたために、人疲れなどというものがあることを、知らない。教えたところで、理解はできないだろう――

だからこそ、説明に苦慮するのだ。自業自得といえば、自業自得だが。

「………カイト、俺はな。そなたが宴の途中で意識を失わなかっただけで、十分に胸を撫で下ろしたのだ。大きな粗相もなく、誰に疑いを差し挟まれる隙もなくそなたが振る舞ってくれただけでもう、昨日の役目は十二分に果たしたと考えている。たとえそなたが起きて待っていたとしても、――するつもりは、なかった。そなたには心外かもしれんが、休養を取らさなければならないと、俺とてそれくらいは思う」

「がくぽさま……」

苦悩しつつ懸命に宥める言葉を探るがくぽに、カイトはきゅっと拳を握る。見つめる瞳がゆらゆら揺れて、どうにかして迎えたばかりの妻の機嫌を取ろうと四苦八苦する、年上の夫を映した。

カイトとしては、もっと期待してくださいと言いたくはある。

しかしされたところで応えられるかと言えば、微妙だ。そもそもなにを期待されているのか、説明されてもわからない可能性がある。

がくぽが祝言の席のカイトに『期待』していたことが『そんな程度』に思えても、実際それがどれくらいのものなのか、量ることも出来ない。

もしかしたらひどく微量の、期待とも言えない期待だったかもしれないし、出来るか出来ないかわからないというほどの、過大な期待だったのかもしれない。

どちらにしてもわかるのは、してくれた『期待』に応えられたということ――それも、がくぽが思ったよりも、十分、十二分に。

「ゆえにな、カイト。そなたが謝る必要はない。――謝られたくない」

「はい、がくぽさま」

苦々しく吐き出したがくぽに、反対にカイトの声は明るかった。

厳しい声音だが、昨日の自分に対してがくぽが怒っていないことは、わかったのだ。それどころか、むしろ褒めてやりたいくらいなのに、謝られて――

こみ上げるうれしさに、カイトはがくぽに抱きついて甘えたくて、うずうずした。ぎゅっと抱きついたなら、きっとがくぽは力強く抱き返してくれて、頭を撫でてくれるだろう。

そうでなくても今日一日、離れで静養を取らされている間ずっと、悔やんで悩んでいた。解消された悦びはひとしおで、ここ最近は控えていた子供っぽい振る舞いでも、したくて堪らない。

しかしカイトが堪えきれずににじり寄るより先に、がくぽが口を開いた。

「それで、カイト――体は、良うなったか」

「あ、は………っ」

問いに反射で答えようとして、カイトはぱっと頬を染めた。

がくぽの顔を見ていることが出来なくなり、慌てて俯くと、膝の上で揃えた拳をきゅっと握って、頷く。

「…………………………はぃ……」

今は夜だ。

祝言も二日目――昼間、がくぽがカイトの元を訪うことはなかった。

財の大小があるから一概には言えないが、棟梁の祝言ともなれば、宴席は数日間続くのが普通だ。

そうであっても、そこに新妻が顔を出せばいいのは、最低一回。それも、ほんのわずかばかりの時間。

もちろん新妻が望むなら最初から最後まで付き合えばいいが、男の飲みの席に『女』がいるのは、あまり歓ばれない。

たとえ、祝言の席であってもだ。

逆に『男』であり、いわば主役である新郎は、付き合いたくなくても最初から最後まで、付き合わなければならなかった。少なくとも、昼の間は。

夜も宴は続くが、新妻の床に忍びたいと言えば、さすがに解放される――言わなければ、飲み続けだ。そもそもの初夜が、祝言の日程がすべて終わってからということも、珍しくはない。

むしろ、きちんと祝言の間に妻の床に忍ぶほうが珍しいから、棟梁とはいえ、げんなりするほどの冷やかしは受ける。そうでなくても、いい加減出来上がっている輩ばかりだ。より以上に遠慮がない。

そうやって、続く祝言の夜に夫が忍んで来てくれたということは、そして体の具合を訊くということは、指される先はひとつだ。

さすがに鈍いカイトでも、それくらいはわかる。そもそも、初夜を逃がしたと泣き言をこぼしたばかりだ。

行燈の仄明かりにも、カイトが真っ赤に染まり、きゅっと体を固めたのがわかった。

がくぽのくちびるに笑みが戻り、期待と興奮、そしてわずかな恐れに染まる『新妻』を眺める。

――実際のところ、その『処女』はすでに散らした。伊達の付き合いではない。決して、威張れることではないが。

初夜は形ばかりのものだが、それでも、夫婦となって初めての交わりだ。がくぽからしても、それなりに思うことはある。

これ以降は、この『妻』の体以外は一切開かないと、誓いを新たにするものでもあり――

「きちんと大人しうして、滋養のあるものを摂ったか?」

「………がくぽさま」

重ねて訊くがくぽに、カイトは恨みがましい目を向けた。

まるきり、子供扱いだ――ようやく『妻』として迎えてくれたものの、未だにオトナとして扱って貰えない。

飲みこんだため息で、子供そのものにぷくっと頬を膨らませたカイトは、いじけたようにそっぽを向いた。

「お昼過ぎまでは、ちゃぁんとおふとんの中にいましたしぃ………メイコが用意した、にっがぁああいお薬だって、朝夕と二回も、残さず飲んだんですぅ………っ」

「………そうか」

言いっぷりがもう、子供だ。これで大人扱いしろと主張するのが無茶なのだが、カイトに自覚はない。

結局のところ比べられる他人がいないので、自分がどれほど子供っぽい振る舞いをしているのか、いつまで経っても自覚が持てないのだ。

そのうえなんだかんだといって、周りにいるがくぽもメイコも、カイトに甘い。大人に振る舞えと言いつつも、子供として可愛がってしまうから、さらにカイトが改めようがない。

――確かにこの様相で、わずかな時間とはいえ公式の席を乗り切れたのは、十二分に期待に応えたと言える。

そうとはいえ口に出しては指摘せず、がくぽは拗ねるカイトに手を差し伸べた。

「来い」

「………はぃ」

呼ばれた途端に、カイトの顔が甘く崩れる。拗ねていたのをすぐさま吹き飛ばすと、うれしげにぴょんと跳ね、がくぽの胸に飛び込んできた。

メイコが見たら、泣くだろう。それが大人としての振る舞いかと。

彼女はこういうときの夫へのにじり方も、きちんとカイトに教えている。

一向に身にならないカイトを、がくぽもまた、詰ることなく受け止めた。むしろ、うれしそうに。

肝心の相手がこうだから、余計にカイトが色めいたしぐさを覚えないのだ。もちろんメイコも、よくよくわかってはいる。

「がくぽさまぁ」

「よしよし……」

受け止めたカイトを膝に乗せ、がくぽはその顎を取ると、ついっと持ち上げて顔を向かせた。早速に口吸い――するわけではなく、まじまじと眺める。

「ああ。………そうだな。昨日よりずっと、いい顔だ」

「はい。ちゃぁんと、いつも通り、元気なカイトです………」

間近で見つめたカイトの表情に、がくぽは瞳を細める。安堵の色を読み取って、カイトはねこのようにがくぽの胸に擦りついた。

無邪気なしぐさにわずかに苦笑してから、がくぽは膝の上のカイトの姿勢を変えさせる。組みつくようだったのを横抱きにすると、薄い襦袢の上から足の形を辿った。

「ぁ………がくぽ、さま………」

「………そうとはいえ、これからのことは負担が大きい。先に薬を塗っておこう」

「が、がくぽさま………っ」

がくぽの言葉に、蕩けかけていたカイトはさっと体を強張らせ、足を閉じた。

首にしがみつく腕に力を込めたが、がくぽの動きに淀みはない。この体勢にいい加減、慣れきっている。

がくぽが言う『薬』とは、カイトが雄を受け入れる部分に使う軟膏だ。

本来は受け入れる器官ではないそこに、武将らしい逞しさを誇るがくぽの雄を受け入れることは、かなりの負担となる。いくら数年かけて男向けにしたとはいえ、馴らしていたのは指だ。限界がある。

そして先にも言ったようにすでに『処女』を散らしたのだが、それがつい最近のこと。

溜まり溜まった積年の鬱憤を、がくぽは存分に晴らした――馴らしていたとはいえ初めての相手に、四日の間。

昼夜問わずにひたすら起きている時間を組み敷いて、貫き、自分の形を覚えこませた。

無茶苦茶も過ぎる。

結果としてカイトのそこは傷み、軟膏を必要とする状態になった。

そんなこんなもあって実のところ、初めてのあの日々以来、カイトはがくぽと体を繋げていない。

大丈夫だと言ったのだが、無茶苦茶をやろうとも基本的にはカイトを大事にしているがくぽが頑として聞かず、今日に至っている。

その間も、薬を塗ったか、痛みはしないかと、常に気にされて――

武将とは旺盛なものだと、メイコに聞かされているカイトだ。そんなに日数を開けないと出来ないようでは、がくぽが自分に愛想を尽かしそうで気が気ではない。

だからこそ、初夜を待ち望んでいたということもある。いくらどうでも、初夜こそは――

傍らに置いていた軟膏の壺の蓋を開けたがくぽは、頑固に足を閉じるカイトに眉をひそめた。ぺしりと軽く、促すように膝を叩く。

「カイト、大人に足を開け」

「ぅ、ぁ………っ。ぁの、あの………っ、じ、自分、で………っ」

「カイト」

「ひぅうう………っ」

羞恥に狼狽えて、結局カイトはがくぽの首にしがみついた。

なにがいやだと言って、日数を開けすぎるとがくぽに愛想を尽かされそうなのが、いやだ。

しかしもうひとつ言うならば、わざわざがくぽによって薬を塗られるということが、いちばんいたたまれなくて、いやだ。

あれ以来体を繋げていない二人だったが、そもそもカイトの秘所に薬を塗ることは、がくぽがやっていた。

仕事が忙しくて来られないときにはカイトが己でやったが、がくぽは無理くりに予定を切り上げ、もしくは中座しては訪れて、薬を。

自分でやるのも微妙は微妙だが、がくぽにされるのは、微妙どころではない。

特にここ最近、症状も落ち着いてからは、薬を塗られているだけなのに身悶え、喘ぎ――まるで愛撫されているかのように感じてしまうのに、がくぽがしていることは薬を塗るという、つまりは作業。

その落差が、堪える。

今日はこのあと、きちんと『して』くれるはずだからまだいいが、それでもいたたまれない思いに変わりはない。

「………っぁ、ひ………っ、んんっ………っ」

懸命に声を噛み殺すカイトだが、がくぽの指が触れるとどうしても体が跳ねた。冷たい軟膏がそこに触れては竦み、周囲を揉み解した指がつぷりと入りこむときに、殊更な水音が立つことも恥ずかしくて、竦む。

「んん……っ、ん、んん………っふ、んゃあ………っん、んちゅ………っ」

「……よし、終いだ。………これ、カイト。耳にしゃぶりつくな」

「んんん………っぐすっ。んちゅ…ちゅ……っ」

「………やれやれ」

がくぽが自分を大事にしてくれていることはわかっても、苦手なものは苦手だ。

カイトはぐすぐすと洟を啜りながら、きゅうっとがくぽに縋りつく。意趣返しをしたいわけではないが、甘えるときの癖で耳朶に牙を立て、ちゅうっと啜った。

愛撫というには、しぐさがあまりに幼い。

軽く天を仰いだがくぽは、カイトの背を叩いて宥めつつ、傍らに用意されていた膳を手繰り寄せる。

祝言の最中だからと、載っているのは朱塗りの盃だ。併せて徳利ではなく、銚子で揃えられている。入っている酒もおそらくは、いいものだろう。

器用極まりなく銚子から盃に酒を注いだがくぽは、愚図つくカイトの背をあやすように叩いた。

「カイト、いつまでも拗ねるな。――とりあえず薬が馴染むまで、酒に付き合え」