カイトは落ち着かずに歩き回り、庭に下りた。

離れと本宅の境界、これ以上外に出てはならじと定められた、そのぎりぎりの場所まで行って、すぐに戻ってくる。

「…………まだかな、まだかな………」

おにそしぁ・あめしすて-13-

「……カイトさま」

「まだなのかな………」

メイコの声も聞こえないようで、カイトはぶつぶつとつぶやきながら、しきりと歩き回る。

年頃の『姫』として、あってはならない落ち着きのなさだ。

泰然と座敷に座り、主が姿を見せるまで、瞑想でもしていてくれればいいものを――

「………」

まあ、己の『姫』に、そのようなことが望めないことくらい、メイコも重々承知している。

「ぁあ、まだ………まだ………」

つぶやくカイトを目の端に、メイコは一度、座敷を出た。

戻ってきた彼女の手には、数珠玉をいっぱいに入れた枡と色糸を乗せた、四角盆があった。

「がくぽさま……」

気がつかぬようで、カイトは本宅のほうを眺めたまま、じれったくつぶやく。

二月の不在を経て、イクサに勝利を収めたお屋形さま――がくぽが帰還したのだ。

留守の間のあれこれを家宰から聞いたり、勝利に貢献した家臣たちの労をねぎらう必要がある。

帰還したとはいっても、すぐには自由になる時間もなく、カイトの元へと即座に来られようはずもなく。

それでもカイトは、漏れ聞こえるひとびとの歓声にがくぽの声が混ざっていないか、その足音が今にも聞こえはしないかと、ずっと落ち着かなかった。

「カイトさま!」

「んっ、メイコ………」

語気を強めて呼んだメイコに、カイトはようやく振り返った。

しかし、瞳が泳いでいる。

がくぽを求めて、その声を、足音を探して、気もそぞろだ。

メイコは座敷にきっちりと背筋を伸ばして座り、自分の前に置いた盆を示した。

「カイトさま。お数珠作りをなさいませ」

「っぇえ………っ」

「座って!!」

「ぅう………っっ」

有無を言わせぬメイコの迫力に、カイトは壮絶に顔を引きつらせ、目の前に座った。

枡いっぱいの数珠玉と色糸を、情けなく見つめる――どうにも落ち着きがなく、稚気の抜けないカイトだ。

気まぐれなねこもいいところで、一つ所にじっとしてもいられないし、一つ事に打ちこんでいることも出来ない。

そんなカイトの根気を育てるため、メイコが発案したのが、『数珠作り』――俗に言われるところの小さな数珠玉の実に、糸を通し続けるという仕事だった。

「さあ、カイトさま」

「う………ぅう…………」

そわそわと落ち着かないまま、しかしめのとに逆らうことも難しい。

カイトは唸りながら色糸を針に通し、数珠玉を取ると面倒な作業に取り掛かった。

小さな数珠玉の穴に正確に針を落とさないと、硬い殻に阻まれて針を痛める。針先が丸くなれば、糸を通すことがますます難しくなる。

そわそわして手元を狂わせていると、永遠に終わらない。

しかし終わらせなければ、がくぽがいざ来たときに、すぐさま甘えられもしない――

「…………っ」

カイトはきり、と歯を食いしばり、数珠玉に糸を通すことに集中した。

その様子を眺め、メイコはほっと肩を落とし、今度は自分が本宅の気配を探る。

遠く、隔てられて聞こえない音――

感じることが出来ない気配でも、屋敷の空気のはしゃぎようは本物だから、確かにがくぽが帰ってきているのだと確信できる。

いつ来られることになるか知れないが、それまでにはなんとか、カイトの『決意』を撤廃させる状態に持って行かなければならない。

しかしいったい、どうやって――

思考は同じところをぐるぐると回り、少しも発展するような気がしない。

ため息をつき、メイコは数珠玉をつまむカイトの指先を見つめていた。

そうやって、半刻あまり。

「っっ」

「………」

カイトが、ぱっと顔を上げる。

物思いに沈んでいたメイコははっとして、自分も顔を上げた。カイトを見て、それから本宅のほうへ、やって来るだろう、廊下のほうへと目をやる。

ややして、叩きつけるように襖が開いた。

「カイト、只今……」

「がくぽさまっっ!!」

「………」

息を切らせてやって来たがくぽに、カイトは針と数珠玉を放り出して跳ね飛び、慌てて駆け寄った。

「がくぽさま………っ!!」

万感の思いを込めて呼び、小さな頃のように、駆け寄ったままがくぽに抱きつく。

「カイト…………っ」

ここ最近はカイトもわきまえて、幼い子供のように駆け寄ったままに抱きつくことはしなくなっていた。

それが、こうして――

「…………カイト……」

「がくぽさま……っがくぽさま………っ」

名前を呼び、カイトはがくぽにしがみつく。存在を確かめるように縋られて、がくぽは厳しかった表情を和らげ、カイトを抱きしめた。

ここにいる、と告げるように、腕には強くつよく、力がこもる。

「ん………っふ、がくぽ、さま………っ」

さすがに、武将の腕力だ。カイトは息が詰まって、顔を上げた。

熱っぽく潤む瞳で、力加減を忘れたがくぽを見つめる。

「…………がくぽさま………」

しかし苦情の言葉も抗議も出ずに、カイトは詰る色が見える甘い声で名前を呼んだだけだった。

「ああ」

「………」

応じて頷いたがくぽに、カイトはきゅ、と眉をひそめた。こてんと胸に凭れ直すと、自分からもさらに力いっぱい擦りつく。

「………名前、呼んでくださらなきゃ、いやです………」

「………カイト?」

小さ過ぎるつぶやきに、がくぽは首を傾げる。軽く屈んで頭を寄せると、カイトはますます擦りついた。

「この二月、夢に見るほどずっとずっと、がくぽさまに名前を呼ばれたかった………がくぽさまが呼んでくださらないなら、カイトの名前になんて、意味はないのに………」

「カイト………」

聞かせるためというより、無意識に近い独り言に、がくぽは息を呑んだ。

そのまま転がしてやろうかと畳に目をやって、そこに散らばった数珠玉を、椀の中へと拾い集めるメイコの姿が目に入る。

なにをしているのかと瞳を見張ってから、がくぽはふっと声に出して笑った。

「………がくぽさま?」

「カイト……」

訝しげなカイトをわずかに離して顔を覗きこむと、がくぽはからかう調子で、いつまで経っても稚気の抜けない己の『姫』を見つめた。

「数珠作りをしておったのだろう………完成品はどれだ?」

「…………あ」

きょとんとしたカイトが、はたと思い至る。縋る手に力がこもって、がくぽはますます機嫌よく笑った。

「落ち着きのないのは、相も変わらずか。今度はどんな粗相をして、めのとを怒らせた?」

「…………粗相なんて………………怒ってるわけじゃ、ないですもん…………」

ぼそっと反論し、カイトはがくぽの胸に顔を埋めた。がくぽは微笑んで、カイトの髪を梳く。

再会の挨拶もひと段落ついたと判断したのだろう。

カイトが畳へと跳ね飛ばした数珠玉を拾い集めたメイコは、表情もなくがくぽを見つめた。

「今宵は、いかがいたします」

「………しばらく、こちらで過ごす」

カイトの熱烈ぶりとは正反対に、まるで今までと変わらない態度のメイコだ。

これはこれで落ち着きを覚えつつ、がくぽはカイトを抱く腕に力をこめて答えた。

腕の中のカイトはぴくりと震えたあと、縋りつく手に力をこめ、がくぽの胸にすり寄った。

「二、三日は、こちらに居続けだ」

「承知」

受けて、数珠作りの道具を乗せた盆を持ち、メイコは立ち上がった。

座敷から出ようとするのに、がくぽはふと思い出して、ぴんと伸びた背を見る。

「ああ、それから――」

「…」

表情もなく見返るメイコに、がくぽは軽く顎をしゃくった。

「あとで、勝手に樽を持たせる。重いものゆえ、人足が二人ほどで来る」

「………樽?」

わずかに訝しげに眉をひそめたメイコに、がくぽは胸に埋まるカイトの頭を撫でた。

「酒だ。行った先で仕入れて来た。今宵はこれにも飲ませるゆえ、支度をせよ」

これ、と言って、がくぽは抱いたままのカイトを示した。

「………」

メイコは珍しくも戸惑う色で、がくぽの胸に埋まって甘えている主を見た。

しばらく逡巡し、けれどそれ以上なにかを問うことはなく、頭を下げる。

「――承知」

受けると、今度こそメイコは座敷から出て行った。

「がくぽさま……」

「約束のものだ。俺がいつも飲んでいるようなのではなく、一等の美酒を持った」

「………」

胸から顔を上げて窺うように見るカイトに、がくぽは瞳を細めて言う。

その表情は笑んでいるともいえたが、どちらかといえば、苦みの混ざった笑みだった。

「………」

「そなたはもう、大人なのだろう?」

複雑な顔で見上げるカイトに、がくぽは諭すように言う。

きゅ、と眉をひそめたカイトは、どこか拗ねたようにがくぽの胸に顔を戻した。

埋まって、がくぽの背に爪を立てる。

「そうです。………カイトはもう、子供じゃありません」

吐き出す声は小さくても、あまりに無邪気で稚気に溢れている。

がくぽは笑みをやわらかくすると、胸に埋まるカイトの頭に鼻を寄せた。

胸いっぱいに吸いこむ、久方ぶりのカイトの香り――

覚えていたままに甘く、覚えていた以上に心が満たされて、がくぽの肩から力が抜けていった。