ネムメマ-3/3-

先住のロイドがいるところに、新規でやって来たロイドに、たまに見られる現象なのだという。

つまり、起動したてであれ、すでに形成が始まっている『個性』によって、最初の夜にすんなりと休眠に入れるものと、入れずに『ぐずる』ものとに分かれるのだと。

理由はともあれ、先住のロイドが共に寝てやれば、概ね一夜程度で治まる症状らしい。

「どうもうちの子は、『こっち』の傾向だし……初子のめこたんはともかく、カイちんもだったし……」

朝食の席でメイコからの報告を聞いたマスターは、かりかりと軽く頭を掻いてそうつぶやいた。

それでがくぽは、呼ばれもしないカイトがどうして自分の部屋に来たのか、なんとなしに理由を悟ったのだ。

自分の経験があったため、後輩のことも案じて様子を見に来てくれたのだろう。そして様子を窺えば案の定だったので――

と、思ったのだ。

が、最初の夜以降もカイトはがくぽの元を訪れ続け、同じ布団で抱き合って眠りたがった。

二日目の夜にはもう、がくぽも布団を前にして途方に暮れることはなかった。布団に入れば眠れる確信があったし、入ることにそもそも、抵抗も覚えなかった。

だから時間とともに、躊躇うこともなく布団に入った。

ところが、休眠モードに移行する直前あたりにカイトがやって来て、あの調子で『ぅいぅいー』とか言いながら布団に潜りこみ、がくぽに抱きついて――

がくぽは休眠モードに移行する直前だったため反応しきれず、ほとんど反射でカイトを抱いて寝てしまった。

翌朝になって起きてから、もはやそう心配せずともと言うと、

「だって俺、がくぽにぎゅーされて寝るの、気に入ったもんね!」

にぱっと笑って衒いもなく言われ、がくぽが返した言葉といえば、はあ然様ですか程度のものだった。

くり返すが、がくぽは当時起動したてでカイトの言動に対する馴れや対処というものがさっぱりわかっておらず、勢い押されて呑まれ、だだ流れて流され、

→至る現在。

すでにカイトの突飛な言動にも馴れ、ある程度の対処が出来るようになったはずだが――

「ほんっとぉおおおに、あんたたちは………っっ!!」

今朝もいつも通り、こんもりと盛り上がった布団を容赦なく剥ぎ取ったメイコは、募り過ぎた感情から一時的に言葉を失った。

そもそもがシングル布団、一人寝用の布団に、成人男性二人で寝るという、暴挙だ。

体格ともあれ、シングルはシングル、一人寝用は一人寝用だ。ベッドではなく敷布団だから、はみ出たところで落ちて怪我をする危惧もなし、ロイドなので冷えて風邪を引くという心配もないとはいえ――

がくぽとカイトは出来る限り互いに身を寄せ、抱き合って、ひとつ布団の中にちょんまりと収まって眠っているのが常だ。

メイコが布団を剥ぎ取ればいつもいつも、まず目にするのは互いを抱き枕にする成人男性二人。

確かにどちらも美形と評されて概ね反論もない見た目だが、いい年こいて抱き合い、ひとつ布団に眠る男二人。

『いい年』の女性であるメイコが、朝からちょっぴりイラッと来てしまっても、おそらくそれほど罪はない。

が。

今日のがくぽとカイトの密着度は、いつも以上だった。これまでで、最高のレベルだ。

単に身を寄せて、抱き合っているというのではない。互いを抱く腕は眠りながらも縋りつくように強く、足までもを絡め合っている。

少しでも離れているところがあるのは嫌だと言わんばかりの、体勢だ。

狭い布団から漏れ出さないようにという以上の意図が、透けて見える。

「なんだって………」

尖らせていた瞳を戸惑いに揺らし、メイコは剥ぎ取ったまま、掴み上げていた布団を床に投げた。

「ん、メイコ……か……?」

大した衝撃ではないが、タイミングだ。ちょうど規定の休眠時間を満たしたがくぽが、目を覚ました。

開いたほんの数瞬だけぶれたものの、すぐに焦点が合った花色の瞳は、傍らに仁王立ちする朝の定番――メイコの姿を認め、わずかに歪んだ。

カイトを抱く腕に、力が入ったのがメイコにはわかった。

メイコの姿を認めて、気まずさからカイトを引き離す動きに出るのではなく、まるで守るように、縋るように、抱く腕に力をこめた――

「いかにも、メイコさんだわね。おはよう?」

「お、はよう、………」

がくぽの挨拶がぶれたのは、寝ぼけていたからではない。緊張と、警戒からだ。

カイトが毎晩がくぽの元を訪れるのとセットで、メイコも毎朝、起こしに来ては轟々と説教を落としていく。

嫌ならば、メイコが来る前に起きていればいいだけの話だが――

つい前夜まで、カイトが訪れる理由や意味をまったく考えず、ただ漫然と待ちの姿勢だったのと同じだ。

がくぽは自分が先に起きておくというだけのことを、こちらは未だ、思いつけずにいた。

「んで、こっちの寝坊助は………」

「むーぃ、おっきーぅっきー………ぁさーだーあーさーだーよー……えっぁさだあめ……?!」

「起きたようね!」

「あー………まあ、な………」

起きたのか寝言なのか不明だが、カイトもロイドだ。寝言は言わない。だとすれば、朝の起き抜けからスピード違反も甚だしいほどに思考をすっ飛ばしているだけで、つまりは起きた。

いや、起きたものの寝ぼけていることで、普段、なけなしには存在しているらしいストッパーが外れ、思考の飛躍方向が行方不明なのだと、がくぽはこれまでの経験で学習していた。

行方不明になりがちな相手を捉まえておきたい欲求が募り、がくぽはますますきつく、カイトを抱きしめる。

「ん、ぃったた……ぁー………がくぽ。おはおやすみおやすみー……」

寝ぼけにボケを重ねていくカイトにがくぽが答えるより先に、屈んだメイコがぐいっと顔を寄せてきた。

「『おはよう』よ、カイト今から『おやすみ』する気なら、ちょっと覚悟決めることになるわよ、あんた!」

「んぇえー………?」

顔を寄せるのみならず、ぐいっと耳を引っ張って言うメイコに、カイトはちらりと横目を流した。引っ張られる耳の痛みと、投げられた言葉の意味を考え、わずかに眉をひそめる。

「しょーがないな……背に腹で、ぉはーを選択することに決定………てゆーか背に腹したせいで、おなかとせなかがくっついたじゃん、めーちゃん。朝ごはん、なにー?」

恩着せがましいのに加えて、暴虐なまでの論理の飛躍に、結論として責任転嫁だ。

重ねて暢気な問いを放つ、凄まじいまでの俺様マイペースぶり。

寝ぼけているだけには因らないカイトの態度に、メイコは眉間にきゅうっと皺を刻んだ。つまんでいた耳を、ぴっと引っ張ってから放す。

「いい度胸だわまったく改善する気配もなく、今日もがくぽの布団に潜りこんでるし、きっと……」

「いや、メイコ」

怒涛の説教が始まる予感がしたところで、がくぽは口を挟んだ。

ぎろりと睨むメイコにわずかに口ごもってから、しかし翻すことなく言葉を続ける。

「昨夜は、違う。昨夜は、………その。カイトは、きちんと、自分の部屋で、一人で寝ようと……していた。……のを、俺が迎えに、行った」

「はあ?」

ワントーン跳ね上がったメイコの疑問の声に、がくぽは再び口ごもった。未だ腕の中にいてくれるカイトの背に軽く爪を立てて縋り、抵抗も拒絶もされないことに安堵して、懸命にメイコを見返す。

「いっしょに、寝てくれ、と………つまり、その………ああ。だから、ゆえにカイトだけを、責めるのは、違う。俺も、カイトと………カイトをこうして、抱いて寝たい。たまにではなく、毎晩でも。いや、毎晩!」

「はぁあ?」

さらに声を跳ね上げたメイコは、胡乱な目でがくぽとカイトを見比べる。

「そうなの?」

「そーだよ」

『なにを』とは明言しないまま、誰ともなく訊いたメイコに答えたのは、カイトだった。

大分、目が覚めた明瞭な声で答えて、がくぽの頬にちゅっと軽いキスをする。他意はない。『起きた』ので、『おはよう』のキスだ。カイト――KAITOシリーズには、デフォルトで挨拶のキスの習慣がある。

いつものこととはいえ、タイミングがある。驚きで多少緩んだがくぽの腕から身を起こし、カイトは布団に座ると、ぅうんと呻きながらひとつ伸びをした。

それから、読み切れない感情を宿して見つめるメイコへ、チェシャねこに似た顔でにぱっと笑いかける。

「俺だけががくぽに甘えてるんじゃ、ないの。がくぽは断りきれなくて、俺にワガママ放題されてるんじゃ、ない。がくぽの甘え方は、こうなの。これが、がくぽの甘え方」

言って、カイトは手を伸ばした。メイコの頬を撫でると、軽く招き寄せる。それでも足りない距離はカイトが腰を浮かせることで補い、メイコの頬にちゅっと、キスをした。

がくぽは思わず体を揺らし、ほとんど反射で起き上がった――が、『おはようのキス』だ。起き上がってから、そうだと悟った。

カイトのタイミングはがくぽには独特に過ぎて、まったく読み切れない。

がくぽとメイコ、力持つ二つの瞳に前後を挟まれたカイトだが、まったく臆することなく笑って、続けた。

「だから、だいじょーぶ。めーちゃんが心配してるみたいに、ギブアンドギブとか、おんぶにだっこで共倒れな関係じゃ、ないから。俺とがくぽはちゃんと、お互いにお互いを甘やかし合って、甘やかされ合ってるの。需要と供給が一致してるし、ギブアンドテイクなんだ。怖がらなくていい。安心して」

「………っ」

カイトの言葉に、がくぽは花色の瞳を見張った。

毎日まいにちまいにちまいにち、いい年こいた男二人が、狭いシングル布団で抱き合って眠っている。

その光景のむさ苦しさや異常性に、メイコは苛立っているのだと思っていた。

しかし思い返せば、確かにメイコは言っていた――どちらかがどちらかに一方的に甘え、依存して依存させる関係は、健全ではないと。互いのためにならないから、やめろと。

そして、言われたことはない。むさ苦しいからやめろとか、男同士で毎晩同衾するなんて異常なことだといった、世間体からの言葉は――

がくぽはきれいに伸びるカイトの背を、花色の瞳を瞬かせ、改めて見直していた。

宥められたメイコがふっと瞼を落とし、カイトとことんと額を合わせる。

「いいわ。………信じて上げる」

「うん」

がくぽはこれほどやわらかなメイコの声を、聞いたことはなかった。隠しようもなく驚愕し、あからさまに強張ったがくぽだったが、カイトは当然のように頷いただけだ。

機微に疎いと言われる旧型ながら、カイトが先に見せた思いやりといい、この反応といい――

がくぽは、ことりと首を傾げた。意外にかわいらしいしぐさだった。

「カイト」

「ん?」

呼ばれて振り返ったカイトはいつも通り、無邪気爛漫な笑顔だった。しかし呼んだほうのがくぽといえば、非常に生真面目な表情だった。

布団の上とはいえかっきり正座をして背筋も伸ばし、一種、物々しい雰囲気だ。

「カイトは男前だな」

「ほえ?」

「口説いてもいいか?」

「へ?」

「は……?!」

あまりにも唐突で、脈絡がない。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったカイトとメイコだが、がくぽは気にしなかった。

「いいか?」

重ねて、訊く。くり返すが非常に生真面目に、クソ真面目とも言い換えられるほどに。

「え、ええと………ぅいあー………うんんと、その………」

あまりにも真面目に真剣過ぎて、茶化す気配も余地もない。

そんな状態で力持つ瞳にじっと見つめられ、答えを待たれているのだ。

カイトは、せっかく覚めたばかりの目と思考をぐるぐるぐるぐる回し――

「ん、えと、はい。は、はいはいあ、その、ふ、フツツカモノですが、よろしく、お願いします???」

――なにかが非常に間違えている可能性がある、答えを返した。