-マクトゞ

言ってみれば、これはメイコの性分なのだ。ロイドだからとか『MEIKO』だからということではなく、メイコ――『メイコ』ゆえの、性分。

だから、仕方がない。諦めが肝心。

メイコはそういったところで、非常に思いきりのいい女性だった。

というわけで。

「朝よ!」

ノックすることもなく叩き壊すように扉を開き、メイコはがくぽの部屋に押し入った。

「あんたたちは毎日まいにちまいにちまいにち、今日という今日まで、あたしが起こさなきゃ起きないってわけねまったく感心するわ!!」

相手がどういう状態か確認することもなく、すでに喚き散らしながら、ずかずかと布団に近づく。

フローリングの床の一部には琉球畳が置かれ、そこに敷かれているのはシングル布団、一人寝用の布団だ。

布団は、こんもりと盛り上がっている。どう見てもひとりの分量ではない。

もちろん今朝とていつもと変わりなく、がくぽの部屋のがくぽの布団には、その主たるがくぽだけではなく――

「って、っっ!!」

布団の際まで行ったメイコは、そこで黙った。感情が過ぎて、一時的に言葉を失ったのだ。

メイコは絶句するだけでなく、わなわなと震えた。わなわなぶるぶると震え、がっしと布団を掴む。

容赦なく、べりりと剥がした。

「なんだって、きっちりきれいにパジャマを着てんのよ、あんたたちはっっっ!!」

――一応無意味ながら正確を期すと、がくぽとカイト、二人ともが『パジャマ』を着ていたわけではない。がくぽは和装で、着ていたのは寝間用の浴衣だ。

洋装の寝間着である『パジャマ』を着ていたのは、カイトだけだ。

しかしこれは、無意味な正確性というものではある。

「………あめーこ、……か?」

「むゆー………」

布団を剥がされた衝撃と、同時に落ちてきたカミナリに、ぐっすり寝ていたがくぽがようやく目を覚ます。抱き合っていたカイトのほうは、なんとか唸ったものの、未だ眠りの淵を彷徨っている状態だ。

がくぽは最新型で、『目を覚ます』ということは、字義通り、『目を覚ます』ことだ。寝ぼけるということはない。すぐにしっかりとした思考を持ち、反応出来る。

「なんだと?」

そうとはいえ、メイコの不満の在りどころがすぐには掴めないがくぽは、未だ横になったまま、訊き返した。

「なんだじゃないわなんだってあんたたち、パジャマを着てるのよ?!今日という今日に!」

メイコは腹までめくったところで止まっていた布団を、横たわったまま起き上がる気のない相手にぺいっと叩きつけ、憤懣やる方ないと叫ぶ。

よくよく考えると、難癖にも近い言葉だ。

どうして寝るときに、寝間着を着て悪いことがあるだろう。ましてやがくぽもカイトも日本人――パジャマを着るなど女々しいという、男が寝るなら全裸であれという、欧州文化に育ったわけでもない。これまでに、そういった教育を施されたこともない。

が、メイコの詰りが難癖となりきらない理由が、今日に関しては、あった。

つまり、昨夜だ。昨夜――寝る前の、がくぽとカイトが『いたしていた』ことだ。

口説くの口説かれるのなんだかんだの悶着がひと段落し、ようやく意が通じた二人は、想い合わせた若い恋人同士らしい行為に耽った。

がくぽ主張したところの、『和姦』で『メイクラブ』で、『合意の上の性交渉』というやつだ。

もともと、口説く前も口説き中も、同衾を続けていたがくぽとカイトだ。がくぽの理性の頑張りと諸々は、マスターによって神棚に祀られるレベルだった。

真似できない以前にまったくしたくないレベルの鋼鉄っぷりだったがくぽの理性だが、想い通じたとなれば、さすがにぐずぐずのぐだぐだだ。

いつもの通りに同衾すれば、堪えきれないものがある。

――といったところで、いわば『初夜』となる昨日は、同居する家族がはっきりそれと悟る程度に、お若い二人はお盛んで、乱れたのだ。

その翌朝だ。

お若いお二人のことだ――しかも殊に、男の気の利かないことといったらすべての女性の保証付きだが、乱れた二人ともにその、お墨付きで折り紙付きの男だ。

きっと片付けも後回しにし、すべてを放り出して、心地よい疲労のままさっくり寝たに違いない。

ナマナマしい現場に踏み込むことになるであろうと、そう覚悟を決めて部屋に押し入ったメイコを迎えたのは、ところが『いつもと変わらない』二人だった。

部屋はよく換気して事後のにおい残りもなく、シーツも新しくきれいなものを敷き直した。そしてきちんと寝間着を着こんで肌を隠し、そのうえでシングル布団にきゅうっと抱き合って眠る、男二人。

お若さ全開で乱れたんだから、それっぽい痕跡を残しておきなさいよと――

――難癖とはなりきらないがしかし、メイコの主張はやはり、難癖ではある。

おそらくきっと、ナマナマしい現場を見せられたなら見せられたで、メイコは怒っただろう。女性に朝からなんてものを見せるのかと。あたしが起こしに来るとわかっているのだから、ちったぁ気を遣いなさいよと。

怒られることを予測していたがくぽはだから、

「………きっとメイコが起こしに来るであろうから、気を遣ったのだが」

「気を遣う方向が違うのよ!!だったらそもそも、あたしに起こされる前に、起きてなさい!!」

ある一定の正しさを含む言ではあるのだが、どうにも理不尽感が拭えない、メイコの主張だ。

なにをどうしたところで、メイコがなにも言わずに済ますことなどない――それが、メイコの性分なのだ。

がくぽは横になったまま、軽く天を仰いだ。だからといって、努力や気遣いを放棄するのはきっと違うが、――

「ぁー………あひゃぁ……あひゃ………おきゆの、やぁー………」

「………カイト」

起き抜けのカイトは常に呂律が回らないが、今日は殊更に回っていなかった。理由は簡単で、昨日の寝た時間だ――がくぽはそれでも、『起きれば起きる』が、カイトは違う。

規定の休眠時間に足らないと、起動の鈍さに拍車がかかる。挙句、さっくりと二度寝する。

未だがくぽにしがみついていたカイトは、目も開けないまま、まるで幼児のようにぐずった。すりすりとがくぽの首元に擦りつき、甘えて、惰眠を強請る。

思わずきゅうんきゅうんにときめいて、がくぽはカイトに目を戻した。

埋まってしまって顔はよく見えないが、しぐさだけで十分だ。とても愛らしい。

そして、なんとも男らしい。素晴らしいまでの、度胸の据わりっぷり。

なにがといって、メイコがぷんぷんのお怒りモードでそこにいるというのに、ものともしないこの態度。

がくぽなどは雰囲気だけで、肌をぶすぶすに刺されているような気がして、まったく眠気が戻らないというのに。

そんな感じで愛らしさにきゅうんきゅうにときめいてノックアウトされつつ、男らしさにきゅうんきゅうんに憧れて、相乗効果諸々倍々どんで、朝からがくぽはしあわせいっぱいだった。

「まったくもう……っ!」

カイトに夢中で見入るがくぽと、そんながくぽに甘えて擦りつき、思う存分にぐずるカイトと――

なにかが折れたメイコだが、だからといって容赦する気はない。

朝だ。

朝というのは、起きるものだ。

それはメイコにとって、揺るぎない事実というものだった。

「朝寝でも昼寝でも、なんでもしたらいいわでも今は起きるのよ、カイト朝ごはんが……」

「いゃにゃいぃ………ねゆぅー……っ」

「そうは……」

がくぽに懐いたままぐずぐずにぐずるカイトと、譲る気の一切ないメイコと――

長期戦になるかと思われたこの対立だが、横槍が入り、あっけなく終わった。

つまり、

「めこたーん?!カイちんとがくぽん、まだおきなーいー?!カイちんにー、早く起きないとー、アイスケーキ溶けちゃうしーって……」

「あいすけーーーーーきっっ!!」

キッチンに立つマスターの呼び声に、カイトは一瞬で覚醒し、カッと目を見開いた。だけでなく、がくぽがちょっとばかり世を儚むほどにあっさり体を離して、勢いよく飛び起きる。

「……効果はバツグンのようね」

「確か、一撃必殺とも言うな……」

呆れを含んだメイコの言葉に重ねつつ、横になっている理由がなくなったがくぽも起き上がった。

いつもと違って、起き抜けでありながら、カイトの目は爛々に輝いている。こうかばつぐんでいちげきひっさつだが、カイトが受けたのはダメージではない。ダメージではないが、いわばバーサク化一歩手前――

などという、期せずして一致したがくぽとメイコの感想など、カイトの知ったことではない。

炯々煌々と、欲望に瞳を光らせて起き上がったカイトだったが、長くは続かなかった。

すぐにいつもの、ふんわりとぼやけた表情に戻るともぞもぞと身じろいで、隣に座ったがくぽに向き直る。ひょろんと腕を伸ばすとがくぽの首にかけつつ、とろりと蕩けた笑顔を寄せた。

「かい………」

「ぉはよ、がくぽ」

当社比三割増しほどに甘く熱っぽい声で朝の挨拶をしたカイトは、ちゅっと音を立て、がくぽの頬にキスをした。

カイトにはデフォルトで、挨拶のキスの習慣がある。恋人だどうだということではなく、カイトの『挨拶』は、言葉とともにキスやスキンシップが常にセットだ。

がくぽにはない――どちらかといえば古武士の性質を持つがくぽには気恥ずかしい習慣だが、加えて、カイトは想いを通じ合わせたばかりの相手だ。朝で、単なる挨拶なのだとわかっていても、萌すものや覚える感覚がある。

しかし朝だ。

珍しくも礼儀正しいところを発揮したメイコが、それとなく目を逸らしてくれたが、だからいいというものではない。

がくぽは突き上げる衝動を抑えて微笑み、甘えて首に腕を引っかけたままのカイトの頭を撫でた。

「ああ。おは……」

「だっこして、がくぽ。ねだっこ……」

いやんなにこのかわいいイキモノぉお!

――言葉に直すなら概ねそんなような爆発的な感情に襲われ、がくぽは言葉を失った。

無意味に胸をどんどんと叩き、咳きこみたい。さもなければ、床に伏せって土下座状態となり、べしべしと板間を叩きながら悶え転がりたい。

カイトに抱きつかれて甘えられている今、どれひとつとして現実には叶わないので、とりあえずがくぽはシミュレーターを起動させ、思考の中だけでやっておいた。

表に出すのは、あくまでも保護者然とした、やわらかで落ち着いた微笑みだ。

「抱っこか、カイト甘えたい年頃か?」

「だって、立てないもん」

「ん?」

髪を梳きながら茶化すように訊いたがくぽに、カイトは至極あっさりと答えた。

ことりと首を傾げ、きょるんとした無垢で無邪気な瞳で、表情を空白としたがくぽを見つめる。

「足……っていうか、腰ちから、入んない。立てないから、歩けないもん。アイスケーキ溶けちゃうから、がくぽ、だっこで俺、運んで!」

「………」

色気も素っ気もないというのか。

そっぽを向きながらも、微妙な横目をくれたメイコに同情の色があるような気がしたがくぽだが、そこについて深く考えるのは後回しにした。

わずかに眉をひそめると、カイトの下半身に手をやる。

――実のところ、起こしに来るであろうメイコを気遣って取り繕ったのは、上半身だけだった。がくぽは浴衣なのでいいが、カイトは洋装、パジャマだ。馴れない行為にくったりと力を失った体にすべての服を着せるのは並大抵のことではなく、がくぽはとりあえず上着だけ着せて、放り出した。

カイトの下半身はだから、無防備に晒されている。

メイコは腹までしか布団をめくらなかったので気づけなかったが、カイトは下になにも身に着けていないのだ。

なので少しばかり手を伸ばせば、労なくして直に『カイト』に触れることが出来る。

「立てない力が入らぬだけか痛みは?」

「いたくは………んっ、………ない、も。ちから、入んない、だけ……っ」

案じて訊くがくぽに、カイトはびくりと体を跳ねさせながら答えた。カイトは嘘を言うような性質ではないが、がくぽは愁眉を解くことなく、昨夜初めて、互いに繋がりひとつとなった場所を撫でた。

今触れれば、まさにどうやってがくぽを呑みこむことができたのか、不思議としか思えないほどに狭くきつく、閉ざされた場所だ。指が襞を撫でるたびに、ひくりひくりと収縮をくり返すが、この程度で呑みこめるようなものは持っていないと自負できるがくぽだ。

人体、否、ロイドの体構造の不思議と言えばいいのか――

「本当に我慢なぞしてはおらんか?」

「してな……っもんっ、んっ!」

つぷりと入りこんだ指に、カイトはびくりと跳ねた。潤んだ瞳でがくぽの腕を辿ってその先を見つめ、ふるふると首を横に振る。

「がくぽ、……すっごく、やさしかったもん。いっぱいとろとろで、いっぱいやわやわ……っから、………ぜんぜん、痛く、ない」

言い切ってから、カイトは腰を落とした。さらに深く入り込んだものに小さく声を上げる。

がくぽの首に回した腕に力を入れ、引き寄せるようにしながら、カイトは殊更な上目遣いとなって笑った。

「でも………いっぱいいっぱい。俺、初めてなのに、いっぱいいっぱい、されたから………腰、うまく、ちから入れられない。初めてなのに、がくぽがいっぱいいっぱい、したから――なんだから。責任取って、俺のこと、だっこで、どこでも連れてって」

「………」

楽しそうに詰られて、がくぽの表情からは徐々に憂いが消え、くちびるは笑みを刷いた。

昨夜、『いっぱいいっぱいした』場所を弄り回し、甘えて擦りつくカイトをさらに甘ったれに変えながら、笑い声を吹き込む。

「本当に痛くないか……こうしてもここもこんなふうにしても………?」

「ん、ん………っ、たく、ない………ぃたく、ない、けどぉ………っ」

ちからが入らないはずの腰を揺らめかせて悶え、カイトはがくぽにぐりぐりと擦りついた。

「そっち、は………とろんとろんで、あっついだけ、だけど………まぇ……っぃたい………」

「ふぅむ………前『前』か………昨日、たっぷりとしゃぶって、吸い尽くしてやったと思ったが……」

「そんなの………っがくぽ、だって………っ」

「っつっ」

からかわれたカイトは、膝頭をがくぽの足の間に押しつける。潰すようにこねくり回されて、がくぽは軽く眉をひそめた。

まあ、そうだ――ひとのことは、言えない。

いっぱいいっぱい、したのだ。二人で。二人ともが。

どちらかひとりが、一方的に気持ちよくなったのではなく、どちらかひとりが、ひとりきりで堪能したのでもなく、どちらかひとりが、独りよがりに愉しんだのでもなく――

二人で。二人ともが。

互いを慈しんで愛おしみ、高め合って心地よく、想い想われるしあわせに浸り切った。

マスターが禁じた『強姦レイプ性行為の強要』ではなく、がくぽが例示して求めた『和姦メイクラブ同意の上の性交渉』として。

「言っても、朝ゆえな」

「オトコだもんね」

「うむ」

真面目に言い交わし、がくぽとカイトはこつりと額をぶつけると、笑い合った。

笑みの形ままのくちびるが近づいて、重なる。深く、深く――

ところで、メイコだ。

彼女はまだ、この人目を憚らぬ男二人の傍らにいた。

だからといって、おばかっぷる鑑賞が趣味なわけでも、ツッコミの隙を虎視眈々と窺っていたわけでもない。

それが証拠に傍らにはいても、メイコの目はがくぽもカイトも、がくぽとカイトも、映していなかった。

視線は、扉の外、部屋の外に――

しかしメイコは礼儀正しさや行儀の良さを発揮して、朝からやり過ぎな、濃厚な愛撫を交わす成り立て恋人たちから目を逸らしていたわけではなかった。

思いついたことがあり、逸れた思考が差した方向に、自然と目が行ったのだ。

つまり、マスターだ。

傍らの新米ラヴァーズも朝からヤるかという方向にイっているが、マスターもマスターだ。朝からアイスケーキを用意したという。朝食から、デザートがアイスケーキの豪華さだ。

見てはいないが、メイコには今日の朝食のメニューに見当がついていた。

きっと、赤飯だ。白いごはんではなく、ささげだったかあずきだったかの、とにかく豆とともにもち米を蒸かした赤飯で、おかずはナス三昧。言い換えて、ナスのフルコース――

そしてデザートに、アイスケーキ。

がくぽとカイトの好物三昧。

お祝いだ。マスターはマメだ。加えて、ロイドへの愛がある。家族である自分たちへの、被保護者へ、保護者としての――

そう、『自分たち』だ。

がくぽとカイトだけではない。

がくぽとカイトだけが、マスターのロイドではない。メイコもだ。

がくぽとカイトの『お祝い』なので、二人の好物で食卓が埋め尽くされるのは許容しよう。

しかしそこに、メイコの好物も強請って、撥ねつけるマスターではない。

メイコの好物とはなにか。

酒だ。

「じゅんまいだいぎんじょうっ!」

はっと思い至った秘蔵っ子である在庫の名をつぶやき、メイコは意志を持って顔を上げた。くるりと体ごと返すと、ばたばたと慌ただしく、部屋から出て行く。

朝から酒だ。

普段なら、なにあれメイコのおねだりを聞き届けるマスターも色よい返事は寄越さないが、今日ならきっと――

「マスターマスターねえマスター!!」

欲望に目をぎらつかせたメイコの頭には、もはやがくぽのこともカイトのことも、さっぱり残っていなかった。