陰淫夢香花噺-05-
「んっ、ふぇっく」
「で、カイト」
障子を閉めて座敷を閉ざすと、しゃくり上げるカイトの傍らに座り、がくぽはその体を抱き寄せる。
抵抗を知らない体は、素直にがくぽへと縋りついた。
「『した』と言うたが、どの程度だ。なにをどうして、どのくらい乱れた」
「ぅ、ぇ、あ…………」
ある意味、当然の問いだ。
普段のカイトは貞淑な性質で、慎ましやかで奥手ですらある、およめさまなのだ。
そんなおよめさまだというのに、傍にいるとがくぽが常にちょっかいを出し、休まるときがない。
夫がちょっと出歩いた隙に自分で慌てて慰めなければいけないどころか、むしろ休んでおきたいはずだ。
今までもそうだったし、こんなことは初めてだ。
カイトの言葉がどの程度を言っているのか、さすがのがくぽにも図りかねる。
「カイト」
「ぁ、あ…………あのっ。そ、そのっ、んっぅ………っ」
「…………カイト？」
躊躇うカイトをさらに抱き寄せて、がくぽは怪訝に眉をひそめた。
試しに、体にそっと手を這わせてみる。
「ぁっ、あっんんっ」
「…………」
確かに昼夜なく体を開き、快楽を仕込んできた。カイトの肌は元々の素地もあったが、さらに磨かれて敏感に尖った。
がくぽが多少撫でてやれば、すぐに甘く崩れてくる。
だが、今日の反応はそれにしても、過ぎる。撫でたのは、着物越しだ。直接に肌に触れたわけではない。
だというのに、あまりに甘くかん高く、啼いた。
がくぽはちらりと座敷の端を見やり、眉をひそめた。
カイトは貞淑だが快楽に弱く、ひどく敏感だ――
「………カイト？答えよ。なにをどうやった？」
「ぁ、は…………っぁ、あ、の………っ」
ひとりでしてしまいました、と事後報告してきたのだ。
すでに熱は吐き出し終わった後で、カイトを苛むのは、夫の不在に勝手に乱れた罪悪感と後悔だけのはず。
しかしどう見ても、カイトは熱を吐き出せていない。むしろ体に募らせて、だんだんに意識も覚束なくなってきている。
「あ………あの、あれ…………を」
「…………陽型か。使ったのか。ひとりで」
「ぅ………だ、だって、ゆび、じゃ、足らなくって………っひぁあああんっ」
カイトが言い訳を吐く途中で、がくぽは体を抱く手を下ろし、ほどけた着物の中に差し入れた。肌を直に辿り、夫のためだけに開けと言っている奥所に、指を入れこむ。
がくぽが触れると、常に期待にひくつく場所だが、今日はそれだけではない。
確かに一度、なにか咥えたあとの、緩んだひくつき。
そして、微細な濡れ感――
「………あれをあのまま挿れたでは、傷つこう。どう濡らした？」
「んっ、ぁ、あ………っひ、ぁあっ」
訊きながら、がくぽは指を窄まりに入れ、弄り回している。
カイトは縋りついて悲鳴を上げるのが精いっぱいで、答えるどころではない。
「んんんっ、……ぁ、あ………っ」
「………カイト。濡らすのに、なにをどうした」
「ぅ、あ、ぁ…………ぁ、がく、がくぽ、さまっ………っ」
指で弄られただけで高みへと昇りつめようとしていたカイトは、唐突に指が抜かれて達しきれず、陸に揚げられた魚のように喘いだ。
そうでなくても泣き腫らした瞳から、また涙がこぼれる。
「がく、ぽ、さまぁ………っ」
「…………」
懸命に縋るが、がくぽはカイトを見つめて答えを待つだけだ。
答えなければ、先には進んでもらえない。
熱に朦朧とする意識でもそこはわかり、カイトはもつれる舌を懸命に動かした。
「ぁ、あの………香油、を。香油を、使い、ました………が、がくぽさま、が………以前、使ってらした、から」
「香油？どれだ」
「あ、これ………っ」
微妙に慌てたように訊かれ、カイトは震えながら手を伸ばした。座敷に広げた『お仕置き道具』の中のひとつ、小瓶を取る。
「…………」
「が、くぽ、さま？」
カイトから小瓶を受け取ったがくぽは、珍しくも項垂れた。
渋面になって額を押さえ、なにかしらの激情を必死で堪えている。
これ以上、いったいなんの粗相をやらかしたのかと、カイトは束の間、熱も忘れてがくぽを見つめた。
永遠のように長く感じられても、ほんのわずかな時間。
深くため息をついたがくぽは、持ったままの小瓶を揺らして、カイトの視線を呼んだ。
「これはな、香油ではない。いや、――香油は、香油だが。淫剤だ。わかるか？媚薬だ」
「い…………びや……………え、え…………？」
「覚えておらんのも、無理はないが」
瞳を丸くして絶句したカイトに、がくぽはくちびるに苦い笑みを刷く。小瓶を揺らし、器用に片手で蓋を開いた。
呆然としているカイトの鼻先に持っていくと、軽く揺らがして香りを立たせる。
すぐに離すと、自分の鼻先に持って行って、香りを嗅いだ。
「こういったものを使うときには、常にそなたは思考も意識も蕩けきって、あやふやな状態よな。ゆえに、記憶が朧でも致し方ない」
「…………」
「が、これは媚薬だ。そなたに使うたこともある。塗りこんで放置し、募る熱の苦しさに、男が欲しいと悶えさせた」
「………っ」
そもそもほんのりとした色を刷いていたカイトの頬が、これ以上なく染まり上がった。
確かに、こういうものを使われるときには、すでに快楽で理性を飛ばされた後だ。だが、より以上に与えられる、苦痛と紙一重の快楽の凄まじさは、覚えている。
使ったことがある、と言われたが、一度のことでもない。
すでに、数度――
「ぁ…………」
「一度は縛り上げて、己ではどうでも慰められぬようにして、狂乱させた。そのあとは、………その陽型を与え、己で慰めさせた」
「………っっ」
カイトの手が、きゅっとがくぽの着物を掴む。その手までが、思い出した己の痴態のひどさに、赤く染まっている。
秘所に塗られて、今日は自由を赦してやると、やさしく笑って言われた。
やさしく笑ってカイトを自由にし、がくぽはけれど、自分を与えることはなく。
「が、く……………さ、ま」
「………覚えていよう？それでいくら擦り上げて、幾度達そうとも、疼きは治まらなかった。俺のものを入れてやって、精を注いでやって、ようやく――」
「…………」
まともな言葉も継げず、カイトはひたすらがくぽにしがみついて、喘いだ。
その足が、もぞりと動く。
腰が無意識に揺れて、がくぽへと擦り寄る。
涙を浮かべるおよめさまを抱く腕に力を込め、がくぽはもう片手に掲げた小瓶を揺らして笑った。
「そういう代物だ。男の精で中和するようになっている。男の精を入れぬ限り、疼きは生涯続く」
「っ、ぁ………っ」
ひくん、としゃくり上げたカイトの瞳から、ほろりと涙がこぼれた。
くちびるに笑みを残したがくぽは、小瓶を畳に置いた。そのうえで、腕の中で泣き震えるおよめさまを見る。
「………男が欲しうて、仕様がないであろう。内襞を激しく擦り上げられ、最奥を突かれして、腹の中に精を吐き出されたくて、堪らぬであろう？」
「が、…………」
「うつ伏せになれ」
涙と募る熱に名前も呼べないカイトに、がくぽは静かに告げた。抱いていた腕を解き、震え縋る体を軽く押す。
「うつ伏せになって、尻を向けろ。陽型ではなく、俺以外の男を咥えていないか、調べる」
「…………っ」
ひくんとしゃくり上げたカイトの表情は、募って呼吸を圧迫する熱のせいだけでもなく、痛みに歪んだ。
歪んだが、ある意味で予測の範囲内だ。
カイトの夫、印胤家新当主は、悋気が激しい。江戸中に鳴らすほどにおよめさまを溺愛し、その愛が過ぎれば過ぎるだけ、形は歪む。
始まりが罪としか言えない形でも、躊躇いなく起こした。
そのうえで、社会通念もなにもねじ伏せて、周囲を騙り、あるいは叩き潰して、カイトを唯一の伴侶として傍らに置いた。
それほど深く愛するなら、信頼も共に置けばいい――
カイトが自然と行うそれが出来ず、頻繁に故のない妬心と悋気に狂うのが、がくぽだった。
「………っ」
正直、検分しているような状態ではない。
何度か晒されたが、馴れることなど一向になく、薬は苦しい。狂いたいと、すでに狂った思考で願うほどに、辛い。
それでもカイトは喘ぎながら、ゆっくりと後ろを向いた。焦らしているわけではない。もはや身動きもうまく取れないほど、追い込まれているのだ。
「………っ」
羞恥に震え、ぐすりと洟を啜り、カイトはがくぽに向けて腰を掲げる。そのうえで、着物をまくった。
「ん………っ」
覗くのは、日に晒されることがないために、抜けるように白い肌だ。
いや、普段は白く透き通るようだが、今は羞恥と熱によって、そこの肌も仄かな色に染まっている。
扇情的なことは殊更だが、見つめるがくぽの瞳は厳しかった――が、よくよく見れば、いつもとは少々違った。
悋気や妬心に駆られておよめさまを苛むときには、がくぽの焦点はあからさまにぶれる。瞳がそのまま内心の狂いを現して、正気ではないとはっきり示すのだ。
しかし今、がくぽの瞳は焦点もしっかりしていて、そして言うなら、痛みを抱えて苦しんでいるようだった。
泣き出したいのを懸命に堪える、子供にも似ている。
熱に追い込まれて意識が朦朧とするカイトは、その差に気がつくことはなく、ひたすら悄然と言うがままだった。
「………」
「んっ、ぁ………っんっっ」
向けた場所にそっと指が這い、カイトはぶるりと震えて高い声を上げた。
しかしすぐにきゅっとくちびるを噛むと、迸るものを抑えこむ。
不貞を疑われて検分されながら、感じて声を上げるのは、いくらどうでも耐え難い。
そんな浅ましい様子では、きっと他の男も簡単に咥えこむだろう、と。
思われるのは、あまりに辛い。
「ん…………っ」
「…………」
くちびるを噛んだのみならず、きゅうっと体を強張らせるカイトに、がくぽは眉をひそめた。
自分が触れたなら、苛んでいるときであれ、とろりと蕩けるのがカイトだ。強張って拒まれたのは、夫婦となる以前――まだ、想いも通じていなかった頃。
「………カイト」
「ぁ…………ん、んん………っ」
口を開けば、疼くそこを弄られる気持ちよさに、声が上がる。
返事もできないカイトに、がくぽはため息を噛み殺した。身を寄せると、指で探っていた場所に舌を伸ばす。
「ぁ、あっんんっ」
てろりと舌を這わされて、カイトは堪えきれずに声を上げた。びくんと背が仰け反って、膝が笑う。
「ぁ、あ………ゃ、ぁあ………んっ、ぁ、あ………っ」
「………緩いな。すぐにも俺を入れて、大丈夫そうだ。うまく解けている」
「っひ、ぁあんっ」
指を奥まで入れられて、神経を尖らせている中をぐじゃぐじゃと掻き混ぜられる。唾液を乗せた舌は、すでに緩んで解け、蠢く場所をさらにしとどに濡らしながら、舐めしゃぶった。
「ぁ、あ、ぁああっ」
「…………」
指と舌で嬲られただけで、カイトは極みに達してしまった。触れられてもいない、カイトが男であると主張する場所から、ぱたぱたと雫がこぼれて滴る。
がくがくと痙攣しながら、カイトの体は畳に崩れた。
顔を上げ、指を引き抜いて、がくぽはちろりとくちびるを舐める。
――そうやって極みに達しても、疼きが治まることはない。男の精を入れてやるまで、いつまでも、何度でも、募る疼きのままに。
「………いつもの通り、いい味だ。そなたの味しかしない。中から掻き出すものもない」
「…っ、………っっ」
崩れて喘ぎながら、カイトはわずかに背後を振り返る。潤む瞳は視界が悪く、うまく表情が窺えない。
静かに座ったがくぽは、瞳を伏せて濡れる指を舐めていた。
「がく、ぽ………さ、ぁっ」
「よく堪えたな」
「………っ」
呼ぼうとしたところで、力の入らない体を抱え起こされ、胸へと招かれた。
やわらかに抱かれてささやかれ、その響きのやさしさに、カイトはひくんと呼吸を飲み込む。
――狂いを内包し、より以上に苛むための、偽りのやさしさではない。
夫は真実心から、カイトへの愛しさと労わりに満ちている。
「がく………」
「辛かろうに、ひとりでよく堪えた」
「……ぁ………っん………」
宥めるように肌を撫で辿られて、その心地よさに、カイトはがくぽへと凭れ掛かる。
きゅっと着物に縋ると、がくぽは小さく笑って頬を撫でた。
「良い子だな。なにか褒美を遣ろう？」
「ん………っふ…………っ」
言いながら、軽くくちびるを舐められる。追いかけて舌を甘噛みし、カイトは疼きが募る一方の下半身をもぞつかせた。
くちびるが離れて潤む瞳で見つめると、がくぽは愛おしさの溢れる瞳で見返してくれる。
「がく………ぽ、さま」
「そなたの望むようにしてやろう。望むままに、仕置いてやる」
期待を込めて呼ぶカイトに、がくぽはひたすらやさしくささやいた。