後ろで、ぱちりと将棋を打つ音がする。

カイトはその音を背後に聞きながら、ぼんやりと庭を眺めていた。

寒い季節となったが、風もない穏やかな晴れの日だ。午後の空気はそれなりに温んで、和む。

睡蓮花

「………んー………」

背後から時折響くのは、将棋を打つ音。

打っているのは印胤家当主、ただひとり。

煙管を咥え、座敷に胡坐を掻いて頬杖をつき、午後をずっとひとり将棋に費やしている。

だからと遊んでいるわけではなく、なにかしらの策を練り中だ。

がくぽはたまにこうして、ひとり将棋に興じながら考えごとに沈む癖があった。

常なら、溺愛するおよめさまが傍にいて、構いつけないなどということはない。抱え込んで離さないが、ごく稀にはこういうこともある。

カイトにしても、がくぽが『仕事中』であるのを邪魔したくはない。それがひとを陥れる悪巧みの最中だとしても。

そのために座敷から出て、縁側の陽だまりに座ってぼんやりとしていたが。

「ん、ぅー…………」

意味を成さない呻きを漏らし、カイトはぷくりと頬を膨らませた。

寒い季節だ。しかし、風もない今日の陽だまりは温かい。

刻限は午後。

夫は仕事中。

「むっ」

なにかしら、完全に拗ねた表情となったカイトは、くるりと座敷を振り返った。

がくぽは煙管を咥えたまま将棋盤を眺め、傍にいるおよめさまに目をくれることはない。

「むぅう………っ」

愛らしい瞳を眇めて壮絶な半眼となると、カイトは大家老家のおよめさまらしくもなく、べたべたべたと高速の四つん這いでがくぽへと迫った。

「んカイトどうし………っ、カイト?!」

「んっ」

ようやく目をやったがくぽに、カイトはぐいぐいと乗り上がる。

意想外のことに、がくぽは慌てて咥えていた煙管を取り、煙管盆へと置いた。そのうえで、なにやらひどく不機嫌そうなおよめさまに押されるまま、素直に畳へと転がる。

そこまできてようやく我を取り戻したがくぽは、完全に夫へと跨る形になったカイトを見上げ、性の悪い笑みにくちびるを歪めた。

「どうした。珍しくも積極的よなあまりに俺が構いつけぬので、拗ねた………」

溺愛するおよめさまを嬲る戯言は、中途で消えた。

がくぽに跨ったカイトは、これ以上なく満足げな、幸福に満ちた笑みを浮かべていた。

つい見惚れるがくぽに構うことなく、カイトはそのまま、ぽへんと倒れてくる。

「んっ」

無防備ながくぽの胸元にねこのように擦りつくと、カイトは体の上でくるりと丸くなった。

骨ばった手が、きゅっと着物を掴み。

「…………………………………………カイト」

およめさまを体の上に乗せたがくぽは、渋面となって眉間を押さえた。

しかしどうにも、言葉にし難い。

し難いがしかし。

「しかしもかかしもないわっカイト……っ、そなたな夫を、なんだと思っておる?!俺はそなたの敷布団になった覚えは、ないぞ?!」

首だけ起こして叫んだがくぽへ、体の上で丸くなったおよめさまのお答えは、

「すぴ」

「……………かぁあああぃいぃいいい…………っっ」

健やかそのものの寝息で応えられて、がくぽは力を失い、がっくりと伸びた。

伸びつつ、己を敷布団としてくれるカイトに腕を回す。

やわらかに抱きしめてやると、カイトの寝顔はますます幸福な笑みに崩れ、ねこのように愛しい旦那さまへと擦りついた。