瑞宝玻璃姫

傍らに座ったカイトの腰を抱き寄せながら、がくぽはにっこりと笑った。

「カイト、少しう、頼みがあるのだが………。ああ、否。その前にひとつ、訊かせてくれぬか。そなた、俺のことをどう思っておる?」

「どう………、です、か?」

夫相手に、抵抗を知らないおよめさまだ。

抱き寄せられるまま、大人しくがくぽの膝に収まり、胸に縋りつつ、カイトはきょとりと瞳を瞬かせた。

問いが曖昧だ。

いったいなにのどういった評価を求めているのか、そうでなくとも複雑怪奇な思考を取る夫の欲する答えが、わからない。

否、そう、夫だ。がくぽはカイトの夫だった。

悪名高き印胤家の当主であるとか、江戸の裏を取り仕切る悪家老だとかそういったこと以前に、カイトにとってがくぽは『夫』だ。夫なのだ。

「だいすきです………っ」

二言三言と重ねよと求められるなら、他にも評価はある。しかしひと言目に上げるなら、まずは『好き』の一念に尽きるのが、カイトだ。

溺愛するおよめさま相手であっても容赦なく、頻繁に企み、はかりごとをする夫だ。

わかっていてもまったく計算することなく、カイトはほわわんと熱を込めて告げた。

わりと案の定で、がくぽはすかさず、頷く。

「それだ」

「ほえ『それ』?」

差される先がわからず、再びきょとんぱちくりと瞳を瞬かせたカイトに、がくぽは至極もっともらしそうな表情をしてみせた。

「無論、そなたが俺を好いてくれていようことに、疑いなどない。そなたに『好き』と告げられるのも、快い。が、今日は敢えて、な………俺への言葉に『好き』ではなく、『愛している』を用いてみてはもらえんか?」

「あぃ……………です、か…………?」

ふわゎわわんと朱に染まりながらも訝しげに訊いたカイトに、がくぽは穏やかに微笑みつつ、小首を傾げ返した。穏やかでやわらかだったが、なぜか背筋が凍えるような笑みだった。

「まさかそなた、俺のことは『好き』だが、『愛して』までは、いないと?」

「そんなわけないですっっ!!」

滴るような問いに、いつもおっとりとした風情のおよめさまも、さすがに憤然として叫んだ。

先には『好いてくれることに疑いはない』と嘯いたがくぽは、実のところ頻繁にカイトの愛を疑っては病みに堕ちる。

因業一家に生を受けたものの宿業とも言えるが、がくぽを愛して止まないカイトにとって、真意を疑われることほど情けなく、腹立たしいこともない。

少しばかりぷいぷいとしつつ、カイトはがくぽの膝から下りた。きっちりと正座して相対すると、きっとがくぽを見据える。

「俺はがくぽさまのこと、あい……………ぁ、ぁいっ………い、ぁいあ……………っ」

――が、勢いは続かなかった。

目元を染めたカイトは頬も上気し、色白の肌を彩る朱はうなじに拳に全身にと、面白いように広がっていく。

「ぁ…………っ」

「ああ、よしよし」

「ぅーーーーーっっ…………っっ」

意味をなさない声を漏らしつつ、羞恥が極まって呼吸まで覚束なくなってきたカイトの頭を、がくぽは幼子相手にでもするように、いい子いい子と撫でてやった。

完全に茶化し、弄ぶ様子に、カイトはぽこぽこぽこぽことがくぽの膝を叩いて抗議する。力はない。

予想通りで面白い見世物になったと内心頷きつつ、がくぽは懊悩のあまりに身を折ってうずくまりかけているカイトの体に手を伸ばした。

しかし抱き寄せるより先に、カイトががばりと起き上がる。

いつも大人しく、夫への従順な愛に溢れているおよめさまだが、今は追い詰められた獣の瞳だった。

最愛の夫をきっとして見据えると、叫ぶ。

「がくぽさまっ…………あ、あ………………っあ、あとでおぼえていやがりませぇええええっっ!!」

「ぅぐっ!」

――なにかが極まった結果、カイトはぅわぁあああんっと泣きながら座敷を飛び出して行った。

なにかを極めた証だ。『追っ手』を防ぐため、カイトは叫ぶと同時に高速で拳を飛ばし、最愛の夫の鳩尾を容赦なく抉っていた。

ばたばたばたと騒がしく遠ざかる足音と泣き声を聞き送りつつ、呼吸も止まりそうなほど巧みに抉られた鳩尾を押さえてうずくまるがくぽは、こくりと小さく頷いた。

「こ……………これは、これで、……………なかなかっ…………!」

――因業一族の長、鬼の棟梁とも呼ばれる印胤家当主の結論は、誰に明らかにされることもなく、重苦しい呻きに潰れた。