そんなことをいきなり言われても困るのだ。

「良し、カイトなにか強請れ!」

八日過ぎの蜜酒

縁側の陽だまりでなにやら懊悩していたかと思えば、がくぽは急に命じてくる。

たまたま通りすがっただけのカイトはもちろん、話の筋がさっぱり見えないから、当然の問いを返した。

「なにか強請れって、なにをです?!」

「なにがだ?!」

「っぇええ………っ?!」

驚いた勢いままに訊いたらば、問いを返された。会話が成り立たない。

いったい何事なのかと弱り切ったカイトは、がくぽの傍らにへたへたと腰を落とした。

「だ、だから……っ俺に、なにか、強請れと言うんでしょうなにかって、いったいなにを……」

強請れと言われて、なにを強請ればいいのかと返すカイトもどうかという話はある。

そんな無欲なおよめさまに、がくぽはことりと首を傾げた。意外に愛らしかった。

「特に指定はないな。なんでも良い。だれぞの首級が欲しいというでも良し、己の城が欲しいというでも良し……」

「欲しくありませんしいりませんし!!いくらがくぽさまのお願いでも、ぜっっったいにそんなもの強請りませんからね、おれっ?!」

がくぽが皆まで言うより先に、カイトは叫んだ。ここは速さが命だ。さもなければ命取りだ。

うっかり最後まで聞いてから反応すると、欲しくもないのに庭に首台が作られるし、住みもしない城を買われてしまう。しかもツケ払いではなく即金払いだ。城だ。

それが出来るだけの権勢と財力を持っているのが、印胤家当主、カイトの夫だった。

腰を浮かせて喚くおよめさまの常にない勢いに、がくぽはわずかに仰け反った。宥めるように、『降参』の形に手を挙げる。

「ものの喩えだ。とにかくそれほどに、なんでも構わぬという……」

「ものの喩えもいりません。いりませんったらいりません」

強硬に言い張ってがくぽの口を塞いでから、カイトは再びへちゃんと腰を落とした。一転、気弱に首を傾げる。

「それにしても、がくぽさま。なんだってそんな、急に……」

「それだ」

今日はいったいなにを思い立ったのかと訊くカイトに、がくぽは生真面目な顔でこっくりと頷いた。

「俺は今な、そなたのおねだりが非常に見たい。そなたが俺に向かっておねだりする様が、見たくてみたくてみたくて仕様がないのだ。そなたのおねだりする姿が目的ゆえな、中身はどうでも良い。強請りさえすれば」

「ぇええ………っ」

欲求に素直という言い方も出来るが、ある意味非常に乱暴な話だ。危険なと言おうか。

微妙に引いたカイトに、がくぽは逃がさんとばかり、身を乗り出した。きらきらと期待に輝く瞳でカイトを見つめ、どうにか人の好いおよめさまを丸めこまんと、さらに熱弁を振るう。

「だからと、ただでやれとは言わんぞ強請るものはもちろん、なんであろうと呉れてやる。なにがなんでも呉れてやろう。呉れてやるから、心置きなく強請れ、カイト。なんでもいい、なんでもありだぞ強請りやすいというものであろうが。普段、堪えていたものを強請る、千載一遇の機会だぞ。しかもひとつっきりなぞと、けち臭いことも言わん。二つでも三つでもいくらでも、強請りたいだけ強欲に強請れ。あるであろうが、カイト。貞淑なそなたのこと、俺相手に赦し難いことではあるが、それでも遠慮して控えることが」

「ありません」

夫に従順なおよめさまをなし崩しに流そうと振るったがくぽの弁舌を、カイトはきっぱりしたひと言で断ち切った。それはもう、美事としか言いようのないほど、取りつく島もない言いきりっぷりだった。

がくぽは鼻白んだように、およめさまを押し倒さんとばかりに乗り出していた身を引く。だからといって、諦めきれるような欲求度合いでもないらしい。

子供のようにぶっすりと膨れると、がりがりと頭を掻きながら不満を吐きこぼした。

「なんだそなたは、カイト……もしや夫の甲斐性を疑うのかそなたが強請ることひとつ、満足に叶えられんと俺にその度量も力量もないとでも言うのかこれだけ俺が強請れと言っているに、強請るものがひとつもないなど……」

「ないものはありませんったらありません」

「………………」

――そう言い張るわりに、閉口して黙ったがくぽに向けるカイトの瞳は熱っぽく潤み、蕩けて甘い。

おねだり顔だ。

両手も胸の前で組んで、体もがくぽへと傾いて、つまり完全におねだり体勢だ。がくぽがあれほど望み、求めた――

「ありませんけれど、がくぽさま。そのまましばらく、俺相手におだだをこねて、おねだりを続けてください………おだだこねるがくぽさま………すっごく、すっごく、ものっすっっっごくっっ!!おかわいらしいですぅう……っ!!」

「だだ……っかわっ………っ?!」

さすがに絶句したがくぽだが、カイトが構うことはなかった。ほわほわぽわぽわと目元を染め、あまりの屈辱に愕然とする夫を、うっとりと眺める。

「ね、がくぽさま。ね、ね……がくぽさまぁ………俺におだだこねて……おねだりしてください……っ、ね、ね……っ」

「かぃ……っ」

おねだりだ。

なんであれ、強請ることはすべて叶えると豪語したばかりのところだ。

夫の甲斐性が、印胤家当主としての度量が、なによりもがくぽからカイトへの愛情が、問われている。

それ以上にがくぽには、カイト相手に断るという選択肢が元からない。

「ぁ、あー……ぅ、ぇえ、………否、だからな、カイト。俺相手にもう少しぅ、強欲に振る舞うというか、頻繁に強請る癖をだな、そなたな、………」

「がくぽさまぁ……もっともっともーっと、わがままにぃ……おだだこねてくださいぃい……っ!」

「え、あ、ぅ、すま……?!」

すでに、がくぽの望みは叶えられた。カイトはすっかりおねだり顔になり、身を乗り出して、がくぽへと懸命におねだりしている。

望みは叶えられ、カイトはおねだりしてくれているのでこれ以上がくぽがおねだりしろと強請る必要性もないはずだがしかし、カイトのおねだりはがくぽがおねだりすることであり、以下略。

鬼子の名で鳴らす明晰優秀な印胤家当主が、快楽にもの言わせてことを有耶無耶に流すという、およめさまからの猛撃を躱す最良にして最上最短の方法を思いつくのは、これより半刻ほど後のことである――