なにゆえ起きるのかと。

訊かれたのは、あれはいつだったか、つい先日の昼間のことだ。

夜郎夜話

そんなことはこっちが知りたいのだと、カイトは回想に吐き捨てた。

カイトだって、起きたくて起きているわけではない。そうでなくとも愛情の過ぎる夫から、意識を飛ばすまで構われたあとだ。疲労は色濃く強く、朝まで起きたくなかった。

けれどふと浮かび上がった意識がそのまま眠りに戻れず、ずるずると覚醒し――

なんだって起きるのか、そんなことの理由はカイトこそ知りたい。

同衾していたがくぽが布団から出ていくとほどなく目が覚め、その後はどんなに眠気がひどく、もはや吐きそうなほどであっても、がくぽが戻るまでは眠りたくても眠れない、そんなことの理由は。

「ね、む………」

布団の上にぺしょりと座るカイトは、半ば以上、寝ている状態だ。どうしてこの状態でも眠りに戻れないのか、起き上がっているのか、自分でもまるでわからない。

そもそも刻限だ。正確に何刻とは不明だが、目を開けても閉じても見えるものが変わらないような暗闇だ。丑三ツかそのあたりだろう。

どちらにしても、疲れていようがいまいが、起きるような刻限ではない。

が、カイトは目を覚ましてしまったしそしたら案の定で同衾していたはずの夫の姿はないし戻っても来ないし挙句眠れない。

今日もだ。今夜もだ。こんなにこれほど眠いのに、眠れない。

「ん゛っ……」

過ぎる眠気と催す吐き気に呻きながら、カイトは目を閉じているも変わらない真闇の中で、外との境界を示してごくわずか、白く浮かぶ障子戸を見ていた。

眠さと不快さとそこから来る不機嫌とで滅多になく壮絶な半眼となりながら、カイトはじぃっと障子戸を見ていた。じぃっと、じぃいっと、じぃいいいいいいっと――

「っ」

ふと、カイトはぴくりと揺れ、首を巡らせた。なにかを辿るように動き、最後。

「っ、お、……きて、いた、か」

「………」

立てつけのいい印胤家の建具とはいえ、それにしてもまるで音もさせずに障子戸を開いたがくぽだったが、最後の最後でしくじった。

まさか寝ているだろうと思っていたカイトが起きていたことに驚き、動きがぶれたのだ。

とはいえ闇は深い。がくぽの声に動揺を感じ取っても、表情まではつぶさに見えない。きっと滅多になく素直にたじろいでいるに違いないのに、そのさまを見ればきっと、溜飲も下がるだろうに。

下がらないから、カイトは眠気と不快さとが相極まってぶすくれきった顔で、影絵のがくぽを見つめている。

「……どうした。怖い夢でも見たかそれともまさか、ほんの用足しの間も、夫の不在が堪えられぬと?」

「……」

すぐさま立て直したがくぽが、揶揄するように言いながら寄って来る。

『用足し』――まあ、『用足し』の一類ではあるだろう。よくも言ったものだと思うが。

いくら夜目が利いてもつぶさには見えない真闇の中、不在の時間の長さを誤魔化しつつ、用心深く寄って来る夫を、カイトはぶすくれきって無言で待った。

カイトは知っている。

昼のがくぽは周囲への牽制と威嚇のため、最愛のおよめさまであるカイトの元へ向かうときには殊更に騒々しく、高い足音を立てて来る。

けれど夜は違う。夜こそが夫の本性だ。ことにこういう『用足し』に行ったときなどは。

まるで足音も立てず、気配もさせない。カイトの夫、印胤家現当主は、玄人のうちでも上級、巧者だ。

「んっ」

反抗心たっぷりに鼻を鳴らし、カイトは体を傾けた。ちょうど傍らに座ったところだった男の胸に、顔を埋める。だけでなく、ぐりぐりぐりと、擦りつけた。

「カイト」

「においけし」

「っ」

反射のように抱いてくれた夫の体が、あからさまに強張った。

――ああ残念だ。ほんとうに始末が悪いったらない。

ぐりぐり擦りつきながら、カイトは眠気にぼやける頭で罵る。

今、がくぽは滅多に見られないほど動揺しきった、愕然たる表情を晒しているはずだ。だというのに闇が濃い今の時間では、どうやっても見ることなどできない。

『におい消し』など、いわばかまかけというものだ。

がくぽからは、なにも香らない。なにも、だ。白粉も煙草も血も、いっさいなにも。

あまりにも完璧に過ぎて、不自然でしかないほど。

裏の生業の玄人で、卓越した才能を発揮するのが、がくぽだ。だがなによりも、おそろしく潔癖だ。

溺愛するおよめさまと共寝する布団に、裏の香りを持ちこむようなことは決して赦さない。

だから実際、『におい消し』を済ませて来たがくぽからは、なにも香らずにおわない。もしも香るとしてもそれは、カイトとともにいるからこそ立ち昇る雄の欲であり――

「くぷ………すぅう……………」

男の香りと体温とともにようやく戻って来た眠気に、カイトは安心しきって沈んだ。

力が抜けて重みを増していく体を、抱く腕に痛いほどの力が入るのを、夢うつつに感じる。それで妨げられるような眠気の強さではない。

「ようよう寝たか。畜生……体が冷えきるほど、起きておったな。待ったか。まこと、そなたというものは……っ」

抱く腕の力強さと、縋る体の熱さと、吐き出す声の己を悔いて罵る調子と――

もはや戻りようもなく眠りの底へと落ちこみつつ、カイトは快哉と笑った。