ARIANE-04

そして戻る今。

「そうとはいえ、なあ………」

「ぁくぽ、さまぁ………」

万障繰り合わせ、誰一人として文句のない予定を立て、いよいよと臨んだのが、昨夜のことだ。頃もよく、満月だった。

獣もそうだが、人間もまた、亢進する夜だ。おそらくは、イキモノならぬ身も。

しかしここで、がくぽとカイトの思惑の違いが出た。

がくぽはカイトのおねだりを、『一日中、いちゃいちゃしたい』程度に受け取っていた。

ところがカイトは言葉通り、真っ向そのまま『がくぽがカイトの中に入れっぱなしで一日過ごす』と。

単に入れ続けでも負担だろうが、カイトはがくぽを刺激し、頼み、強請って、もはや限界を超えているはずの腹に、さらにさらに精を吐かせる。

一晩超えて未だ吐き出せる己も不信だが、カイトの腹具合もいい加減、案じられる。

もちろんこれまでに、カイトががくぽの精を呑みこんで、腹を下したことはない。むしろ、栄養にされている感がある。

がくぽが確かにカイトをひとではない――イキモノですらないかもしれないと思うのは、カイトがいにしえの伝説が如く、男の精を喰らっているような気がするからだ。

カイトの体は男だし、そういった伝説では女妖が相手するものだったが、所詮伝説は伝説だ。男でも女でも構わず、そういったものが存在しないとは限らない。

ただし、ひとでもなんでもそうだ。一度に詰め込み過ぎると、すぐには消化しきれず苦しい思いをする。時には吐き出すこともある。

カイトもまた、そういった状態ではないのかと、がくぽは考えていた。

ほんのわずかでも抜き出して休ませてやれば、カイトはおそらくけろりとして、また愉しそうにがくぽを呑みこむだろう。付き合いもここまでに及べば、その程度の推測は可能だ。

だが、カイトは赦さない。

がくぽが体勢を変える程度は赦すが、抜き出すことは決して受け入れない。

初めは嬉々として、どこまで持つか愉しみだとすら嘯いたが、夜も明けて日も昇ると、途端に心配が勝った。

心配が勝つのだが、どういうわけかカイトに強請られ、求められると、がくぽの雄が応える。

ただびとだ。

カイトはひとではないが、がくぽはただびとでしかない。

旺盛な性質のものがいることも確かだし、がくぽもどちらかと言えば限界知らずと称されるほうだが、現状はひとの限界を超えている。

ひとには限界がある。

そしてその限界は、とうに超えた。

「カイト………」

「ぁく、さま………ぉねが………ぉねがぃ………して。して………ぼくの、おなか………うごくの、たいへんなら………ぼくが、がんばる、から………して………して………」

「………」

ならばしてみろと、がくぽが転がってカイトを立ててみたら、本当に『頑張られ』た。

そのときにはすでに腹は膨らんで歪み、重そうなそれを堪えて揺さぶるさまはあまりに痛々しくて、転がしているほうがまだましだと、痛感した。

「カイト」

「………ぁく、さま………ほし、の………ど、しても………どし、ても………ぼく、ぼく……だって、ほし………ほし、から………できる、って………でき、……から………っ」

カイトは成長し、今や青年と呼べる見た形にまでなった。だが、惑乱して泣き濡れ、駄々を捏ねるさまは子供のようで、いとけない。

がくぽはここに来てようやく、自分の思い違いに気がついていた。

そもそもが、『いちゃいちゃしたい』程度だろうというのが思い違いだったが、さらにまだ、カイトの意図を汲めていなかった可能性がある。

いちゃいちゃしたいというのが、思い違いだった。

ならば字義通り、言葉通りに『一日中入れっぱなし』であればいいのかというと、それもまたきっと、違う。

カイトが求めているのは、おそらくその先だ。

がくぽには未だ推測の端緒も掴めていないものをカイトは欲していて、その手段として、今の無理がある。負担が過ぎるとわかっていても、どうしてもどうしても欲しいものがあって、求めるものを諦めきれず――

それはおそらく、ひとの世にはないものだ。

カイトが属する不可思議にして不可侵の、太古の魔法に鎖された封じ森の、或いはその森を管守する魔女一族の。

「カイト」

「ぉね………っぁ、ふぁっ?!」

がくぽはひと声かけると、未だ惑乱の嘆願をくり返すカイトを注意深く抱き起した。寝台の背に凭れると、カイトを跨らせ、胸に抱きこむ。

きれいな肌だというのに、吸いつきいたぶって、斑に変えた。体液を被り、汗に濡れ、どこもかしこもべたついて、なめらかな感触はない。

それでも愛おしい妻だ。理由もわからず無体を強請られて、重ねる無理に乱れた姿は憐れを通り越し、おそらく付き合わされる自分の体にも、知らぬうちに細工が施されている。

愛おしい妻だ。

情は深まり募ることはあれ、折れることも醒めることもない。いっそ諦めてやれれば、カイトを楽にしてやれるだろうとわかっているというのに。

「ぁく、さ………んんっ、んちゅっ………っぁ、ふっ、………っ」

「そなたの望みはなんだ、カイト。なんでも聞いてやる。なんでも呉れてやる。俺に可能なことならば……俺に不可能の業であったとしてもだ。強請れ、カイト。俺に………俺に。他の誰でもなく、俺に強請れ。俺に願え」

「ぁ、あ……っぅ、ふぁう………っぁ、おなか………っお、なか……っに………っ」

膝に乗せられ、身動きも取れないほどきつく抱きしめられたカイトは、うわ言のようにこぼす。歪んだ腹が締まり、背が撓んで、苦しさに首を振った。

限界はとうに超えて無理のはずが、がくぽがカイトに想い募らせれば募らせるだけ、捻じ込んだ雄が反応する。反応し、これ以上いたぶりたくない、労わりたい相手を責め苛む。

ならば思いを冷まし、少しばかり気持ちを落ち着かせればと思っても、カイトの呼び声を聞くと心が掻き乱される。

いっそ突き放せればどれほど互いのためかと思うのに、腕はきつく体を抱きこむばかりで離す動きにならない。

「ぁく、さま………ぁ、ぉっぱい………ちゅうちゅう、して……のんで………いっぱい、おしり、いぢめられて、るから………いっぱい、………ぇへ」

身動き取れなくなるがくぽをなんとか抱き返し、カイトはつぶやく。沈むがくぽを慰めるつもりか、殊更に明るい声だ。それもまた、逆に憐れさを増すのだが、カイトにはこれ以上のやりようがない。

擦りつけられるものに、がくぽはのろのろと顔を寄せた。

すでに周囲が痣となって腫れている突起にくちびるをつけ、きつく吸う。

出てくるのは、甘露だ。幼い頃に飲みなれた、いつの間にか不要になった。

カイトを得て、またこの味を思い出し――

「ぁ、あ……あー……あー………っぁく、さま……っぁ……」

男ではあり得ない乳を出すカイトだが、吸われることは快感らしい。吸い続けてやると、空っぽになっちゃうと啼きながら達することも多い。

今はそうでなくとも、鋭敏に尖っている。がくぽが尖る蕾を吸ってやると、程なく体を痙攣させた。だけでなく、吸っている間、ずっと震え続ける。

「ぁ……っ、は………っ、………っ」

「………カイト」

くちびるを離すと、カイトはがっくりと崩れた。支えてやりながら、がくぽは濡れたくちびるを舐める。

そのくちびるに、仄かな笑みが浮かんだ。

力なく崩れ、意識も覚束ないカイトはこれ以上なくいとけなく、美しい。

他から見れば、目を逸らさずにはおれないほど無残な姿だろうが、がくぽには得難く美しくしか見えなかった。

大きくなった。

このために、大きくなったのだと言った。

意図も見えず思惑も知れないが、いい。

「カイト」

「………はぃ」

呼ぶと、力ないながらもカイトは応えた。

懸命に瞼を開いて、夫を見つめる。

がくぽは見返してやり、微笑んだ。

「愛している、カイト」

「………」

こうなっても美貌の威力は損なわれず、かえって迫力を増して、カイトはほけっと見惚れた。

陶然となって見惚れるだけのカイトを抱き締め、がくぽはつぶやいた。

「愛している………愛しているぞ、カイト。そなたがなにより、俺の愛おしき妻だ。どうなろうと、なにあろうと……」

つぶやいて、華奢な骨が軋むほど抱きしめると、体を離す。

見つめるカイトに、ことりと首を傾げた。

がくぽはまったくそういった年ではないし、容色が優れているといっても愛らしいとは評せない方向なのだが、どういうわけだかそのしぐさは、ひどく愛らしかった。

そして、告げた。

「ゆえに、終わりにする」