電気を消し、布団に入る。

そこから睡眠モードに移行する前に、がくぽには習慣があった。

今日一日のカイトを思い返すのだ――あくまでも、カイトを。

そう、カイトが来てからの習慣だ。

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そしてかわゆさを堪能し、ご満悦になったところで、気持ちよく睡眠に移行する。

夢を見ないロイドであっても、入眠が心地よいに越したことはない。意外に大事な習慣だ。

だから、電気が消えて目を閉じていても、がくぽがすでに眠っているとは限らなかった。

もちろん、この習慣を知るのはがくぽだけだ。

「………………んぬふ」

日刊『今日のカイト』(註:がくぽログ内)を思い返して怪しい笑いをこぼしていたがくぽは、いろいろな部分が疎かになっていた。そのせいで、部屋に侵入者があったことにも、すぐには気がつけなかった。

気がついたのは、その侵入者が、もそもそと布団に潜りこんできてからだ。

「………?」

「んにゅ」

誰のイタズラか、と寝たふりで様子を窺っていたがくぽは、上がった『かわゆらしい』声に、一瞬回路が飛んだ。

なにかいろいろ、有り得ないことが起きている。

回路が飛んだせいで凝固したがくぽに、侵入者はますますすり寄って、袖にきゅうっとしがみついた。

「どっせぇえいっっ!!」

「ひきゃっ?!!」

意味不明な叫び声とともに起き上がったがくぽは、慌てて枕元の照明を点ける。

小さな明かりに浮かび上がった侵入者を、半ば呆然と見つめた。

「カイト?!なにをしておるのぢゃ?!!」

そう、侵入者はカイトだった。まさか過ぎて、予測すらしなかったために気がつくのが遅れた。

ちなみに真夜中だ。大声を上げると、母親に怒られる。

へきるはおそらく、にやにやするのに忙しくて気がつかない――気がつかない同部屋のカイトが、行方不明で?

「マスターはどうしたのぢゃ」

「ん、んくっ」

厳しい顔で訊いたがくぽに、カイトはしゃくり上げた。

「生放送…………朝までオールって言ってました……………」

「…」

がくぽはわずかに上目遣いになって、へきるのスケジュールを確認した。

明日は講義が、一限から入っている。しかしにやにやすることに夢中になったへきるは、徹夜をものともしない。

おそらく教室で寝るだろう。

「駄学生が」

講師がつぶやくであろう罵倒を先取りして、がくぽは小さく吐き捨てた。

『いつまでも』学生のへきるだが、忘れてはいないだろうか。

あまりにも態度が悪ければ、あちらは『退学』のカードが切れるのだということを。

「まあ良い。我の知ったことぢゃないわな」

冷たく切り捨てると、がくぽはうるうる涙目で布団に横たわるカイトを見た。鋭く切れ上がっていた瞳が、やわらかく和む。

体勢を変えて、カイトの上に伸し掛かるようになると、がくぽは強張る頬を撫でた。

「して、ぬしはなにをしておるのぢゃまさかマスターに、追い出されたわけでもあるまい?」

もしそうだとしたら、マスターをタコ殴りにする気満々の笑顔のがくぽに、カイトは瞳を伏せた。

手をお祈りの形に組む。乙女ポーズだ。

「あの、あのあの、俺……」

「うむ?」

「がくぽさんに、ぎゅーってしてほしくて……ぎゅーってされて、寝たくて………っひっ?!!」

へきるはおととい、ホームセンターで安売りしていた五個ワンセットの箱ティッシュを、ダース買いした。がくぽの鼻血用血のりもだ。

がくぽは枕元に置いてあった箱ティッシュを掴むと、数枚取り出して口元に当てた。

かわいらしい恥じらいの表情を浮かべていたカイトは、可哀想なほどに引きつっている。

一日に何度も目にするのだからいい加減に慣れてもよさそうなものだが、いつまでも経っても恐怖に身を竦ませる。

おそらく最初の記憶が、相当にトラウマになっているのだろう。

「カイト、ぬしなあ!」

ティッシュを当てているせいでくぐもった声で言いながら、がくぽは布団に胡坐を掻いて座る。

「自分がなにを言っておるか、わかっておるのか?」

「ぅ、ぐすぐすっ」

泣きべそを掻いて、カイトはがくぽを見つめる。

がくぽは眉をひそめた。

「そういうのを、据え膳と言うのぢゃ。ぬしには我が、据え膳を食わぬような、無欲の輩に見えるのか?」

見えているなら救いがない。あれだけ好き勝手にされていて。

カイトは震えながら、乙女のお祈りポーズでがくぽを見つめ続ける。

「た………たべられちゃって、いいです…………っ。どーんと、来いです…………っ」

「……」

がくぽは新しいティッシュを、数枚まとめて取り出した。真っ赤な雫が滴り落ちそうになっているものと、交換する。

横たわったまま乙女ポーズのカイトをしげしげと眺め、首を傾げた。

「ひとつ訊くが………それは、マスターも了解済みのことなのか?」

「っぐすっ」

しゃくり上げる反応で、がくぽには答えがわかった。

もちろん、普段からがくぽの牽制に忙しいへきるが、カイトが身を差し出すと言いだしたところで、そう簡単に納得するわけがない。

つまりこれは、カイトの独断。自由意思ということだ。

がくぽは上を向いて天井を眺め、首の後ろを軽く叩いた。

「あとが煩そうぢゃの」

つぶやき、視線だけ動かして、瞳うるうるのカイトを眺める。

こんもりしたティッシュに隠れてよくわからないが、やさしく微笑んだ。

「ちと待てよ。今、鼻血を止めるゆえな」

「んくっ」

くぐもっていてわからないが穏やかに言ったがくぽに、カイトは嗚咽を飲みこむ。

がくぽは上を向いたまま、目を閉じた。顔をしかめ、首の後ろを叩く。

しばしそうやっていたかと思うと、唐突に鼻に当てていたティッシュをゴミ箱へと放った。もそもそと這って布団から下り、小机の上に置いてあるウェットティッシュを取る。

どうしてもこびりつく血を拭うと、それもゴミ箱に捨てた。

ちなみにこのウェットティッシュも、ホームセンターでダース買いしてきたものだ。へきるは地味に、無駄な労力と出費を重ねている。

「うむ」

軽く首の後ろを叩いて、確かめるように肩を回す。

納得がいくと、がくぽは再び這って、布団へと戻った。

「あ、あのあのっ」

「ぎゅーっとして欲しいのぢゃろ?」

緊張のあまりに強張るカイトに、がくぽはうっとりするほど艶やかに微笑んだ。そうでなくても、襦袢を無駄に徒っぽく着崩している。

やり手の女郎そのものだ。

手練の女郎の言葉に、カイトは素直に頷く。

期待に満ちて見つめるカイトの頬を、がくぽはやわらかに撫でた。

「無論――ぎゅーっと、されるだけで済まぬと、わかっておろうの?」

「ん………んくっ」

カイトは小さくしゃくり上げる。

がくぽは宥めるようにも煽るようにも取れる手つきでカイトの頬を撫で、おとがいを伝って首へと辿った。

「ぅ……っ」

びくりと震えたカイトの首に、軽く爪を立てる。

「ぃう……っ」

痛みと同時に体に走った痺れに、カイトは瞳を細める。白い肌が、うっすらと朱を刷いた。

「う………っ」

がくぽが呻く。

「愛い…………っっ!!」

「ひきゃっ?!!」

呻きとともに覆い被さって来た体にぎゅぅうっと締め上げられて、カイトは小さく身を竦ませた。パターン的に言って、鼻血の洪水だ。

しかししばらくして上げたがくぽの顔は、きれいなものだった。血の一滴も垂れた様子がない。

「はれ…………血は…………?」

「ん?」

補充したばかりのはずなのに、もう品切れなのかときょとんとするカイトに、がくぽは首の後ろを軽く叩いた。

「栓を閉めておいた」

っっ?!!」

軽く言われたことに、カイトの声が裏返る。

がくぽはまったく悪気のない顔で、楽しげに笑った。

「そうぢゃ。さもないと、おちおち愉しめもせぬぢゃろう興奮し通しなのぢゃから」

それはそうかもしれないが、問題はそこではなく。

「栓が出来るんですか?!自分の意思で?!だったら今まで、どうして……!!」

マスターは、鼻血を垂らさないがくぽはキレたのがわからずに、不安だと言った。そのために、無為に流される使い切りタイプの血のりをダース買いして、せっせと補充していたのだ。

しかし厳密に言って、鼻血を止めるな、とは命令していない。

行動そのものが命令となることもあるが、基本的にロイドは、きちんと言葉にされない限り、命令として聞かなくてもいい。

興奮して鼻血を垂らす機能などというものは、どう考えてもネタだし、スタイルにこだわるなら、いやな機能なはずだ。

なにより、カイトが怯えているのがわかっているはずなのだから。

目を丸くするカイトに、がくぽはかわいらしく首を傾げて、笑った。

オモシロイからの。放っておいたのぢゃ」

「おもs………っ」

悪びれもしない。

カイトはもはや言葉も浮かばずに、伸し掛かるがくぽを凝視した。

家の中だけならともかくも、公道を歩いていても、店に入っても、がくぽはカイトに萌えては鼻血を吹いていた。

周りの奇異な視線を一身に浴びて、へきるは泣きべそを掻いていたはずだ。

そのすべてを含めて、おもしろがっていたのだとしたら――

救いようもなく、性格が歪んでいる。

悪魔に供された仔羊状態のカイトに、がくぽは嫣然と微笑んだ。

舌を伸ばすと、色を失くしたカイトの頬をべろりと舐める。

「っぁ」

「安心せい。とっくりとかわいがってやるゆえ」

まさしく悪魔のように、がくぽはささやいた。