ピンクハウスブルーマガジン-03-

「ひわっ?!」

いつの間にか家の中に入って来ていたせつらが三和土に膝をついて、レンと目線を合わせる。

カイトの首にかじりつくレンへと、それこそねこの仔でも相手にするように、舌を鳴らしながら指を出した。

「ちょっ、ちょっ、ちょっ………ほーら、レンちゃーん。マスターとこおいでー」

「…」

「わっ」

しばらく誘う指の動きを見ていたレンは、きゅ、と顔をしかめると、さらにカイトにしがみついた。

胸に顔を埋めて、離れません、のポーズだ。

「あゃまー………。えーもう、なになにマスターにもそんなん、してくれたことないのにー………。レンちゃん、そんなにカイコちゃんのこと好きですかー?」

明るい声音なのだが、困惑が隠しきれていない。

せつらとの間にカイトを挟むようにじりじりと距離を開けていたへきるは、小さく鼻を鳴らした。

「いくらマスターでも、おまえに懐いたら危険だってことくらい、わかるんだろ」

他人のことを言っていていいのか。

顔をしかめて吐き出してから、へきるはわずかに身を乗り出した。

「でも、おかしいなレンって、こんな性格だったっけなんかもっとこう――生意気で、やんちゃじゃなかったか?」

「ああ。この子、アペンドなんだよ」

へきるの疑問に、せつらはしつこくレンへと指を振りながら答える。

「ほら、アペンド出てさ、対応性格増えたじゃんそれで面白そうだと思って、レンちゃん買ったんだけど」

「そういや、リンは?」

へきるがきょろきょろと辺りを見回す。

いるのは男ばかりだ。少なくともそのうちの半数が、スカート着用という異常事態だが。

半数の異常事態に入るせつらは、肩を竦めた。

「女の子は買っちゃだめって、親が。いくらロイド相手でも、犯罪は犯罪ですって言われた。うちから犯罪者を出すようなまね、オタ友に悪くって出来ないって」

「え、もう手遅れだろ?」

真顔で返したへきるに、せつらはきょろりと瞳を一回転させた。

「言っとくけど俺は、るーちゃん一筋。るーちゃん以外には、あれもこれもしてない」

「そうじゃなくておまえ、存在自体が犯罪だろ」

あくまで真顔で返すへきるに、せつらは頷いた。

「ああうん、自分で言うのもなんだけど、確かに俺って犯罪的にカワイイよね」

せつらはめげることを知らないらしい。

間に挟まれておろおろするカイトの頭を、がくぽはよしよしと撫でてやった。

「それで、どの性格を対応させたのぢゃ確か増えたのは、『ショタっ子』、『魔女っ娘少年』、『男の娘』の三種類ぢゃったな?」

ろくな増え方をしていない。

これまで決して明るい表情を崩さなかったせつらが、わずかに眉をひそめた。

「一応、『ショタっ子』にしたんだけど」

「え、ショタっ子ってこんなんだっけ?」

デモで見たのと違う、と瞳を見張るへきるに、せつらも困惑した表情を向ける。

せつらは声さえ出さなければ、ツインテのふわふわお嬢さま系美少女だ。

女っ気のないへきるならば――

「レンー。ちょっとおにーさん見てみー」

――せつら<レンだ。あからさまに。

せつらと同じように指を振って舌を鳴らすへきるを、レンはじっと見る。

「レンくん」

「…」

「ぁんっ」

マスター怖くないよ、とカイトがやさしい声を掛けた途端、レンはまた、カイトにしがみついてしまった。

カイトは驚いた顔で、けれどきちんとレンを抱きしめる。

「…………っ愛いっ」

「待てがっくん、ヘイパスっ!!」

ぼそりとつぶやいたがくぽに、へきるは慌てて立ち上がり、玄関にももれなく常備されているティッシュ箱を突き出した。

ティッシュを鷲掴みにしたがくぽが、鼻に当てる。ティッシュはみるみるうちに赤く染まった。

瞳を輝かせたのは、せつらだ。

「血?!ってハナヂ?!ナニそのおもしろ機能!!どういう条件でそうなんの?!」

訊かれて、へきるは視線を横に流した。

カイトに対して性的に興奮すると、などとは、とても言えない。

「も…………萌える、と?」

まったくの間違いではないはずだ。

「それってさあ、『萌えーッ』てやつだろ?」とかふざけて言う一般人には、二、三日は萌えについての講釈を垂れられるへきるだが、まあ要約して、思いきり端折って、端的に述べれば、一種の対象限定の性的興奮だ。

挙動不審のへきるに、せつらが首を傾げる。

上を向いて首の後ろを叩くがくぽが、さらりと言った。

「興奮し過ぎると出るのぢゃ。これでレンもロリ服であったら、あまりにユリユリしくて、さすがに止められるアテがないの」

救いようがない台詞だ。

だがへきるとせつらは揃って、抱き合うカイトとレンを見た。

今のカイトはどこからどう見ても、愛らしい少女だ。いや、少女になり切れていないがためのユニセックスな雰囲気の分、妖しさが際立つ。

「「アリだ!!」」

「変態どもが」

声を揃えて叫んだマスターふたりを、水を向けたがくぽがにこやかに罵った。

「それで結局、今日は何用で参ったのぢゃ、せつら。ショタレンのお披露目か?」

「そーれーなんだよーっ」

がくぽの問いに、せつらは困り顔になった。

「ちょっといろいろ、困っちゃっててさ。るーちゃんに相談に乗ってほしくって」

「断る」

「レンちゃんのことなんだけど」

「仕方ないな」

傾斜角の急な坂道を転がるように、二転三転するへきるの応えだ。

せつらは特に怒りも腐しもしない。

「んじゃ、おじゃまs」

「ただし」

立ち上がってブーツに手を掛けたせつらを、へきるはごく真面目に見た。

「俺の半径五キロ以内に近づくな」

「…」

せつらは少しだけ瞳を見張り、それからブーツを脱ぐと家に上がった。

「うんうん、それくらいおkおk。俺今、ほんっとに困ってるんだよ」

言いながら、立ち上がったへきるの手を取って腕を組む。

「るーちゃんが相談に乗ってくれると、ほんっとに助かる」

「またそういうこと言って。どうせ大したことじゃないだろ、おまえの悩みなんて」

「いやいやもう、下手すると大惨事だよ」

腕を組んだまま仲良く話し、ふたりはへきるの部屋へと向かう。

カイトはきょとんとして、そんなマスターたちを見送った。

マスターであるへきるのテンションは、常に理解不能だ。

「……んきゅっ」

見送っていると、意識を逸らしたことを抗議でもするかのように、首に回された腕が締まった。

理解不能といえば、これもだ。膝の上にいる、レン。

確か初対面のはずの彼が、どうしてここまで懐くのかわからない。

戸惑って見下ろすと、レンは玄関扉のほうをじっと見た。

視線を辿れば、やはりこちらをじっと見ている――というより、睨みつけているキヨテルと目が合った。

「…?」

怖くなって、カイトは無意識にレンを抱きしめる。

「オモシロそうな臭いがするの」

鼻血を止めたがくぽが性悪に笑って、カイトとキヨテルの間に入った。

はっとして警戒態勢を取ったキヨテルの顎を、爪の先まで整った美しい指が撫でる。

「遊び甲斐がありそうぢゃ。のう、『教師』?」

「…っ」

キヨテルは顔を引きつらせて、がくぽの手から逃れた。

声を立てて笑って、がくぽは戸惑う顔で見上げるカイトの頭を撫でる。

「立ちゃれ。マスターのところへ行くぞ」

「えっと……」

カイトは膝の上のレンを見る。

確かに自分より小さい子ではあるが、抱えて立てるサイズではない。

肩を竦め、がくぽはカイトに懐くレンを見下ろした。

「ぬしもぢゃ。己が足で立ちゃれ。さもなくば――」

がくぽはにんまりと笑って、怪しく手を蠢かせた。

「喰ろうてしまうぞ骨の髄まで、しゃぶり尽くしぢゃ」

「っおいっ!!」

「ダメですっっ!!」

キヨテルががくぽの肩を掴むのと同時に、カイトが厳しい顔になって、レンを膝から下ろした。

自分の後ろに隠すと、笑うがくぽを睨み上げる。

「がくぽさんが食べてもいーのは、俺だけですほかのひとは食べちゃダメっ!!ぜったいっっ!!」

「…………おい?」

険しい表情だったキヨテルが頬を引きつらせてがくぽから手を離し、後ろへ下がる。

がくぽは朗らかに笑うと、きっと睨みつけるカイトの頬を撫でた。身を屈めると、くちびるを寄せる。

「よしよし、良い子ぢゃ。誓うてやろう我が喰らうのは、ぬしだけぢゃ」

「ぁ、がくぽさ……っ」

「おい…………?!」

そのまま舌を伸ばして口づけたがくぽを、カイトも従順に受け入れた。レンを背後に庇っていた手ががくぽに伸ばされ、胸元に縋りつく。

突然展開された濡れ場に、当然のことながら、キヨテルは引きつって、さらに後ろに下がった。

「ん……ふぁ……ぁん……っ」

がくぽとカイトはちゅくちゅくと水音を立てて、互いの舌を吸い合う。

がくぽは背筋を震わせるカイトに手を伸ばし、際どいところまでが露わになっている足を撫でた。

カイトはびくりと震え、がくぽの手に手を重ねる。しかし、拒む動きにはならない。

戸惑うように触れるばかりで、下手をすると誘っているかのようでもある。

「カイト……」

甘く呼び、がくぽは突き出されている舌を軽く咬んだ。

「んぅ……っ」

びくりと跳ねたカイトの体は、朱に染まって香り立つ。

がくぽはさらに熱っぽく、カイトの足を撫でた。そのまま短いスカートの中へと、手が潜りこんでいく。

「ぁん………っ、がくぽさ………っ」

「そこまでにしろ、この変質者どもっっ!!」

そこで我慢の限界に達したキヨテルが、悲鳴を上げた。ある意味ここまで、よく我慢したともいえる。

「…………やれやれぢゃ」

「ぁ………っ」

ぼやいて、がくぽはくちびるを離す。

熱っぽく見上げてくるカイトの足を名残惜しく撫でて身を起こすと、濡れたくちびるをべろりと舐めた。

後ろではキヨテルが、赤なのか青なのか判別し難い顔色で憤然としている。

「おまえらな、玄関はまだ開いてるんだぞしかも他人がいるんだ!!ちょっとは遠慮しろっ!!」

「きいきい喚くな、教師」

煩そうに軽く言ってから、がくぽはカイトの後ろからじっと見つめてくる、あどけない瞳に笑いかけた。

「そういうわけで、鏡音の」

「…」

「喰わせてしまうぞ?」

意味深に瞳を細めたがくぽに、レンは立ち上がった。ついでにカイトの手も引いて、腰が砕けかけている体を立たせる。

ぎゅ、と腕にしがみつかれ、カイトは余韻の残る顔で首を傾げた。

「えっと、レンくん?」

「…」

応えはない。ただ、しがみつく腕に力がこもった。

首を傾げながらも、カイトはレンの頭をよしよしと撫でてやる。

がくぽは笑うだけだ。

「良い子ぢゃの」

やさしく言ってやると、後ろで憤懣やるかたないといった顔をしているキヨテルを振り返った。

「さてそれではテル蔵。ぬしも上がれ。我が遊んでやるゆえ」

「テル蔵じゃないっついでに遊びたくもないっ!!」

叫ぶキヨテルに、がくぽはレンを指差した。

「では、コレで遊ぶぞ?」

「お邪魔します!!」

靴を脱ぎ捨てると、キヨテルは足音も荒く廊下を歩いて行った。