一般的に言って、ロイドは寒さに強い。しかしそれはあくまでも、比較としての強さだ。

暑さよりは→寒さに強い。

人間よりは→寒さに強い。

だから、寒いのをまったく感じないというわけではないし、冷たさに凍えることがない、というのでもない。

雪だるまさんホットミルク加糖版

「………さすがに、手袋ぐらいはすれば良かったか…」

雪遊びからそのまま、家に入ることなくマスターをバス停まで送っての、帰り道。

赤くかじかんだ指を擦り合わせ、俺は情けなくつぶやいた。

マスターがあまりにも面白いことを言ったので、ついムキになって雪遊びに興じてしまったが、そもそも俺は手袋をしていなかった。

遊ぶマスターをほんの少し手伝うくらいのつもりだったから、必要ないと思ったのだ。

それこそ、寒さ冷たさに強い、ロイドとしての機能を過信した。

マスターを着ぶくれさせるのと同時に、俺の防寒も考えれば良かった。

とはいえ、過ぎたことだ。後悔しても仕様がない。

「ただいま…」

「はい。じゃあ、学校から帰って来たら、おやつを持たせて、がくぽに送らせますから。みなさんで、いっしょに召し上がってください。はい、お夕飯の時間までには……はい。よろしくお願いします。それじゃ」

かじかんだ指には拷問のような、金属製のドアノブを掴んで玄関を開くと、そんな声が飛びだして来た。

苦労してブーツを脱いで、俺は声のしたリビングへと行く。

「カイト、爺はなんだと?」

「あ、おかえり…」

「来ていいと雪だるまに抵抗はないのか、あの庭狂い爺」

「………もぉ」

迎える言葉に応えないまま矢継ぎ早に問うた俺に、カイトは呆れたように肩を落とす。

置いたばかりの受話器を眺めると、わずかに笑った。

「もうすでに一個、雪だるまがあるから、いいんだって。二個でも三個でも、かまくらでも好きにしろって」

「は爺、浮かれてるのか意外にも…」

「おじいさんのカイトさんが、夜のうちにつくってたって」

「………」

マスターの祖父は、庭狂いだ。

マスターの両親は音楽ばかだが、その母方の祖父は庭ばか――を通り越して、庭狂い。

悪い男ではないのだが、自身が手掛ける庭に関してのみ、肉親の情も年甲斐もなく、己のこだわりのみを追求する。

普段はマスターのことも、たったひとりの孫娘だからと、ばか爺そのものの可愛がり方をするのだが――

その爺が、己以外で庭に関与することを赦した唯一の存在が、先頃購入した『カイト』だ。

どういう調整をしたものだか、うちのカイトとはまったく別個の雰囲気を醸し出すそれが庭にすることだけは、すべて容認する。

あれが雪だるまを作ったなら、――

「まあ、好都合か………」

「うん。だからマスターが帰って来たら、おやつ持って、連れて行ってあげて。で、おやつなんだけど、おじいさんがマドレーヌが食べたいって言ってたから………」

「我が儘な爺…………カイト?」

話の途中で口を噤んだカイトは、ちょこりと首を傾げると、俺を見つめた。

きょとんと見返した俺に口を開いたものの、なにも言わずに電話機の傍から離れる。

「カイト?」

「ちょっと待ってて。忘れてた」

「あ?」

洗濯機の水でも、止め忘れたか。

首を傾げる俺に答えないまま、カイトはリビングから出て行く。その背を見送って、俺も思い出した。

そういえば、朝食も食べていない。

いっしょに食べると思っているから、俺の分の朝食も、マスターの分とともに作ったはずだ。温かいおかずがあったとしてももう、冷めきっているだろう。

だが、カイトのことだ。スープをあたため直すくらいのことはしてくれるだろうし――

「お待たせ、がくぽ。いくらなんでも、体冷えたでしょ先にあっためておいたから、ごはんの前にとりあえず、これ飲んでて」

「あ………」

カイトが持って来たのは、俺のマグカップ――中に入っているのは、ほかほかと湯気の立つ白い液体だ。

「ホットミルクだよ。体、あったまるから」

「ほっとみるく………」

微笑みとともに差し出されたものの、受け取りかねて、俺はマグカップを見つめた。

カイト特製のホットミルクは、幼いマスターが大好きな――つまり、甘い。

カイトが俺のためにと作ったものだから、――拒絶したくはないのだが。甘い。

確かに体は冷えたが、………甘い………………。

「あ、え、違うもぉ、そこんとこ、ちゃんとわかってるったら、がくぽ!」

微妙な表情でマグカップを見つめるだけの俺に、カイトはすぐさま事態を察した。

慌てて首を振ってから、両手でマグカップを包むと、再び俺へと差し出す。

「これはマスターのとは、違うの。甘くない、大人のミルク」

「…………………………………」

こいつ、どうしたらいいんだ。ほんのりと目元を染めて、なにを言っている。

この年でありながらまさか、『大人のミルク』が健全な意味を含むとでも、思うのか――いや、思っているだろう。

その一言で、そこまで飛躍する俺がどうかしているとでも、言うだろう。

しかし、体も繋げる関係の愛おしい相手が、目元を染めて恥じらいながら、『大人のミルク』と言った場合、思考が飛躍しない男がいるということのほうが、どうかしている。

「ちょっと、苦いかもしれないけど……」

だめだ、本格的にどうしたらいいんだ、こいつ。

どうしてそこで、上目遣いで見る。

いや、カイトの性格を考えても、思考傾向を考えても、なにを考えたとしても、それにそんなものが混ざっている可能性は皆無以上に絶無だが、――つくづくと罪な響きだ、『大人のミルク』。

いっそ、おまえの生ミルクを直に絞らせてくれとでも、言いたくなってくる。

おそらくそんなことを言えば、『ばかじゃないの?!おやぢじゃないんだから、なにその下ネタ!』とでも怒られて、説教を食らうんだろうが。

「………がくぽ?」

「ん………ああ、いや。わかった………ありがとう」

考えをすべて飲みこみ、俺はマグカップを受け取った。凍えた指に、じんわりと沁みる温かさ。

口元に運んで香りを嗅いで、納得した。

なるほど、『大人の』――

「酒か」

「うん、ブランデー。ちょっと垂らしたの。お砂糖は入れてないから、もしかしたら苦くなったかも」

はにかんだように、カイトは笑う。

俺はカイトを見ないように、ホットミルクを啜った。思考の飛躍ぶりがばれることはないと思うが、後ろめたい。

その俺の手に、カイトは手を伸ばした。

「こんなに赤くして………仕様がないんだから」

「………」

感覚が鈍くなっている指を、さらりと撫でられる。

「さすがにロイドでも、ここまでになったら痛いでしょ思いつくと、すぐに突っ走るんだから」

おまえに言われたくない。――が。

指を撫でるカイトのくちびるが、うっとりとした笑みを刷く。

「………マスター、悦んでたね。ああいうこと、思いつくがくぽってほんと………」

元々は、マスターが言い出したことだ。大小二つの雪だるまが、俺とカイトだと。

なんの気なしに言ったのだろうが、俺はそれで放り出せなかった。

俺とカイトが寄り添っているのは当然としても、ここにマスターがいないのは、おかしいと思ったのだ。

俺とカイトと、二人で愛情を注いで育てている、幼い彼女が――

「さすがにかじかんだ。指が痛い」

「うん。………って、がくぽ?」

「あたためたい」

「っぁ、ん………っ」

マグカップを電話台に置くと、俺は素早く手を伸ばし、カイトを後ろ抱きにした。エプロンの中に手を潜りこませると、コートのファスナーを下ろす。

ロイドの体は人間に比べると冷えているが、ここまで冷えきるとさすがに、ぬくもりを感じる。

それになにより、いくら冷え気味に設定されている体でも、人間と変わらない熱さを持つ場所もある。

「ぁ、や………っん、つめた………っぁあんっ、ゃ、がくぽ………っ」

冷たい指に体を弄られ、カイトは甘い悲鳴をこぼす。

身悶えて逃れようとする体を、俺は力づくに押さえこみ、スラックスに手を掛けた。かじかんだ指には手間の多いそこを、おそらく執念とか言われるものでこじ開け、カイトが抵抗するより先に手を突っ込む。

「ぁあ………っんんん、つめた………っふ、ゃあ……っ」

「ああ、いいな………やはり、あたたかい。沁みるようだ」

「ゃぁあ………っも、がくぽ………っ」

「もっと熱い場所があったよな?」

「ゃ、だめ………ん、めぇ………っ」

がくりと膝を崩したカイトを支えることはせず、ゆっくりと床に下ろす。四つん這いのような格好になったカイトは、かりりと床を掻いた。

「は、がくぽ………んんぁっ」

つぷりと、まだ綻びきらない場所に指を差しこんだ。

思わず咽喉が鳴るほど、そこは熱くうねって俺の指を迎え、締め上げる。

「堪らないな………冷えた指には、なによりのご馳走だ」

「ぁ、あ、もぉ……っマグカップで、じゅーぶん…………ぁ、おれは、カイロじゃ………」

俺は抗議の声を上げるカイトの体に伸し掛かり、短い髪の隙間から覗く耳朶に、くちびるを這わせた。

「んん、ん……っ」

耳朶を舐め辿ると、仰け反ったカイトの中も、きゅううと締まる。そして切なくうねって、強請られているような気分に陥る。

俺はちろりとくちびるを舐め、突き出されたような形になっているカイトの尻に、熱を持ち出した俺自身を擦りつけた。

カイトは未だにスラックスを穿いたままだし、俺も着物を脱いでいない。

もどかしい感触だけが、お互いにあるはずだ。

「ん、がくぽ………っそこまで、は、め………っだめ、ぁんっ」

つれないことを言うカイトの弱点を、かり、と爪で掻いてやった。

びくんと揺れたカイトは、震えながら俺を振り返る。

「がくぽ………」

「ついでだから、ミルク搾りもするか」

「………」

「搾りたてなら、間違いなくホットミルクだしな」

「………………」

つい、考えていたことを考えていたままに言ってしまった。

いくらなんでも、素直過ぎる。

そして発想が、おやぢ過ぎる。

「………………」

「………………」

ムードがないとか、おやぢかとか、なにかしらの罵倒を覚悟していた俺だが、カイトはなにも言わなかった。

さては言葉もないほどに呆れて冷めたかと思いきや、おそるおそると見たカイトは、きょとんとしている。

――しまった。このパターンは考えていなかった。

まさか、通じないとは。

いやしかし、この年の男で、この状況で、通じないというのもどうなんだ。そこはやはり、俺が手取り足取り。

「っぁ、ああ………っな、が、がくぽ………っば、ばか…………っヘンタイ………っ」

「通じたうれしいような、うれしくないような、どうしたもんだ!」

俺が決心する前にエウレカを叫んだカイトに、とりあえずは胸を撫で下ろす。しかしこのタイムラグは、どう考えたらいいものか。

カイトは体を捻って俺を見上げると、涙目で睨んで来た。

「も、がくぽ…………っ俺まだ、家事終わってないし………がくぽは、朝ごはんだって……」

「ああなら、やはり」

「ひぁっ?!」

俯せにしていたカイトの体をひっくり返し、正面からきっちりと向き合った。

そのうえで、カイトの足からスラックスと下着を抜き去る。

まくり上げられなかったエプロンの下で、はしたなく震えるカイトのものを見つめると、くちびるを舐めた。

「とりあえず、ミルク搾りで手をあたため、小腹を埋めるか」

「…………って、がくぽっ!!その発想から離れてごはんふっつーに食べて!!」

「そう言うな。冷たく痛む指をあたためるおまえの熱が、どれほど愛おしく恋しいことかと思っている?」

「ゃ、しらな………んっ、ばか、ばかぁ………っ」

ふるんと震えるカイトのものを咥え、手で扱いてやりながら、俺はカイトの罵倒に耳を蕩かされる。

カイトから過剰な熱を奪って、指はとっくの昔に冷たさを忘れている。

今となれば、熱いほどだ。

凍えきった指もあたためる、この熱に――

「んんっ、ぁああっ」

「ふ………っ」

震えて仰け反ったカイトが吐き出したものを、俺は口に受け止めて飲み干す。

じゅるる、と音を立てて啜り上げ、最後の最後まで残ることのないようにして、ようやく口を離した。

「ぁ………っはぅ…………ぅうん」

「カイト……おまえの熱のおかげで、かじかんだ指があたたまった。礼に、おまえから奪った熱を返してやる」

「ぇ…………って、ひぁあ……っ」

放出の余韻に茫洋と霞むカイトが思考を取り戻す前に、俺は力の抜けた足を抱え上げると、漲る己を押しこんだ。

「ぁあ………っん、んんぅ………っ」

かん高い声で甘く啼きながら、カイトの足は俺の腰を挟んで締め上げる。

抜かなくてもいいということだ、と判断し、俺は晒されたカイトの足を撫でた。

なめらかで、触り心地のいい肌だ――どうやら、そういうことも感じられるほどに、指先の感覚が戻ってきた。

「カイト………」

「ん、ゃあ………っぁん、っまだ、うごいちゃ……ぁうっ、こすっちゃ、ぃやあ………っ」

「ああ、待ってやるから………カイト………」

洟を啜って嘆願するカイトに、俺は足を撫でるだけで腰を動かさず、じっと待つ。

ややして、カイトのほうから腰を蠢かし始めた。

「ん、ぁ………っぁんっ、ぁ………っ」

「………カイト……」

たどたどしく蠢く腰は、自分のいいところを俺に擦らせようと、悶えるような形に変化していく。

俺はカイトの腰を掴むと、煽られる己をさらに奥へと差しこんだ。

「ぁあんっ、んんっ」

悲鳴がかん高く、甘く染まっていく。

耳からも思考を蕩かされつつ、俺は腰を打ちつけ――

「っ、ぁああっ!」

「く………っ」

びくん、と一際大きく仰け反ったカイトが限界に達するのと同時に、俺も限界を迎えた。カイトの腹の中から抜き出すと、軽く手で扱いて、欲望をぶち撒ける。

「っゃ、ぁあ…………っ」

カイトの上半身は、エプロンをつけたままだ。肌を灼くことはなく、布に染みがつくられた。

「………惜しい」

「…………ばか」

思わずつぶやいた俺に、エプロンの下をさんざんに乱れさせたカイトは、甘くつぶやく。

手を伸ばしてエプロンの染みを撫でると、濡れた指をごく自然に、口へと運んだ。

「んく、ふ…………ちゅ……」

「……………」

ぴちゃ、と音を立てて舐めるのを見ながら、俺は項垂れていた。

本当にもう――どうしたらいいんだ、こいつは……………。

項垂れる俺の心情とは裏腹に、放出したばかりのものが再び硬く頭をもたげて、俺の『ミルク』を味わうカイトを欲していた。