実存主義的鈍足による豚足勘定

広い部屋に、ちゅくちゅくと小さな水音が立つ。

「ん……んく………ちゅ………」

「カイト…」

「んん……はふ」

家族の集う場である談話室の真ん中に置かれた、大きなソファ。

そこに寝そべったがくぽの足の間にカイトがうずくまり、夢中になって舌を閃かせていた。

手に持ってしゃぶるのは、がくぽの男の象徴だ。

自分の唾液と先走りとでびしょ濡れになったそれをさらに舐めて唾液に塗れさせ、添えた手で扱き上げる。そのたびに小さな水音が立ち、ふたりしかいない部屋に響き渡った。

「んぷ………ふ………っ」

「カイト、もう少し強く…」

「ん……ぁい」

がくぽの要望に、カイトは素直に頷く。がくぽを口に咥えたまま。

がくぽがカイトに盗まれて、数日。

新たなる子爵用にと、女王がカイトのために誂えた屋敷に連れ込まれたがくぽは連日、カイトにしゃぶられていた。

がくぽを盗む前に「初めて」だと言っていたカイトは、数日経た今もまだ、上手くはない。上手くはないが、なにしろ愛くるしい。

その愛くるしさだけでがくぽの男の象徴は漲るし、それが懸命に奉仕してくれると、上手い下手の次元を超えてしまう。

とはいえ、上手くなるならそれにこしたことがないのも、確かだ。

がくぽはしゃぶられながらそれとなく、自分が気持ちいいやり方をカイトに教えた。

そうやって教えて数日、まだ上手くはなくても、それなりに上達の兆しは見えてきた。

なにより、カイトがひどく熱心だ。いっぱい舐めさせて、と言っていただけあって、がくぽが求めると何度でも口を開いてくれる。

――そう、口は、開いてくれる。

「カイト………そろそろ、イく………」

「ん………らしていーよ、口んにゃか」

咥えたままの不明瞭な声音で言い、カイトは教えられたとおり、先走りを溢れさせるがくぽの先端に舌を這わせる。誘い込むように舌を差しこんで、扱き上げる手の早さと強さをわずかに上げた。

「く………っ」

「んんっ」

呻き声とともに勢いよく吹き出したものを、カイトは口で受け止めきれずに顔に散らした。

「んぁ、またしっぱい………んんっ」

悔しそうにつぶやきながら、間歇的に吹きだすそこへ口を付け直す。

「ん………んく………ちゅ……っ」

中のものを絞り出すように吸い上げて、体を起こした。

「ん………んん………っ」

「カイト」

無理をするな、と気遣う声を上げるがくぽに構わず、カイトは微妙な表情で口の中のものを飲みこむ。

しばらく口を押えて格闘してから、がくぽに向かって大きく開いて見せた。

「ほら、全部飲んだ」

見せつけてから、顔に散った液体を擦り取り、濡れた手を舐める。

「………だんだん慣れてきた、この味。そのうちちゃんと、おいしーって思える、んっ、ちょ、がくぽっ」

汚れた手を舐めながらつぶやくカイトに堪えが利かず、がくぽは足元の体を引き寄せた。濯いでいない口の中へと舌を伸ばし、生臭いそこを舐め啜る。

「ゃ、ぁ……っぁうっ、んんぁ」

独特の風味に紛れて、そこには確かに無視出来ない甘みがある。

そんなわけもないのに、カイトの体はどこを舐めても甘く感じた。舌が爛れるというより、癖になって止まらなくなる甘みだ。

「ん、んんふ、ふぁ……っ」

「カイト………」

「ゃあ……」

くちびるから離れて、殊更に低く蕩かした声でささやけば、カイトはぶるりと震えて縋りついてきた。

がくぽは濡れるくちびるをべろりと舐め、上質な絹に包まれたカイトの体を撫でまわす。

「ぁ、ぁん………ぁんん………っ」

カイトは甘く啼いて、身をすり寄せて来る。確かに熱くなっているものを感じて、がくぽは唾を飲みこみ、ズボンの上からそこを撫で上げた。

「ふぁっ」

かん高い声とともに身を跳ね上げたカイトを自分の上に押さえこみ、がくぽはズボンのボタンに手を掛けた。

「って、がくぽ、『だめ』っ!!」

「っっ」

その途端、唐突に正気に返ったカイトのくちびるから「命令」が迸る。

がくぽの体は敢え無く固まり、カイトは慌てて身を離した。

「あっぶなー……」

「………」

「あ、えーっと………」

つぶやくカイトを、がくぽは思いきり恨めしげに見つめた。

数日過ごしてわかったことだが、カイトは「コマンダー・ヴォイス」の持ち主だった。

コマンダー・ヴォイスとは「絶対服従」を強いる「声」で、この声が発した「命令」には、常人では逆らうことが出来ない。

古き時の王から派生した力とかで、王族か、さもなければ王族に近い貴族にしか見られない、それも全員が持っているわけではない、稀な特性だ。

最近現れたコマンダー・ヴォイスの持ち主といえば、現女王の祖父である、今は亡き先々代の王が有名だ。

そういう特性を考えるだに、「どこの馬の骨とも知れない」新興貴族である子爵がコマンダー・ヴォイスを持っているのはおかしいのだが、世の中には「御落胤」なる言葉がある。

どこぞの貴族が、遊びで適当に種付けした下々の女が生んだ子供に、よりによってその資質が現れることもないわけではない。

カイトもそんなものの一例かと思うが、はっきりしたことは聞いていない。訊いても愛らしい笑顔で、「そんな話、つまんない☆」と却下されてしまうからだ。

がくぽだとて、それほど知りたいわけでもない。大事なのは生まれ育ちではなく、現在どうあるかだ。

そしてその大事な現在、がくぽはずっと「お預け」を喰らわされていた。

盗まれてくれたらなんでもさせて上げる、と言ったくせに、カイトはいざとなると、がくぽを拒んだ。

噂ではあるが、カイトはこれでいて、女王の「情人」だ。女王の顔に泥を塗りたくる怪盗業を営んではいるが、それはそれ、これはこれ。

一応、操立てする必要はあるだろう。

だがそれも含めたうえで、カイトは「なんでもさせて上げる」と言ってがくぽを盗んだはずだ。

だというのに現実は、なんにもさせて貰えない。

カイトはがくぽのものを舐めしゃぶるが、がくぽはカイトの下半身に直に触れたことはない。それどころか、見たことすらない。

上半身を肌蹴るのまでは成功しても、下半身に手を伸ばした途端に、「だめ」、さもなければ「待て」だ。

「カイト、おまえな………約束が違うだろう」

「そ、う…だけど………」

どうにか口が開くようになったところで詰ったがくぽに、カイトはうるるんと瞳を潤ませる。

愛らしい。

文句なく愛らしい。

だからこそなおのこと。

「今さら怖じ気たのか?」

「…………だって………っ」

責められて、カイトはぐすりと洟を啜った。取りきれていない残滓で汚れる顔を、軽く擦る。

「だって、がくぽに笑われたり、嫌われたりしたら、死んじゃう………っ」

カイトの言っていることは意味不明だった。

カイトが男であることは端から承知で、その男の体の自由目当てに盗まれたのだ。

裸に剥いたカイトの下半身に男の象徴がぶら下がっていたところで、笑いもしないし嫌いにもならない。――たとえばそれが皮を被ったままでも、平均から見て小ぶりだったり、色が微妙だったとしても。

そんなもので萎えるような思いではないというのに。

「カイト」

「『だめ』ったら『だめ』!!」

「っっ」

重い手をようやく伸ばしたら、カイトはしゃくり上げながら叫び、がくぽの体から飛び降りた。固まるがくぽを置いて、部屋を飛び出して行ってしまう。

「………っ」

渋面になり、がくぽはソファに体を伸ばした。

カイトは実に気軽にコマンダー・ヴォイスを連発するために、日に何度も固まっては気がついたのだが、「命令」に逆らわなければ、体の自由はわりとすぐに取り戻せる。

逆らおうとすると押さえつけられるのであって、服従の意思を示せばすぐに治まるのだ。

「……ちっ」

がくぽは行儀悪く舌打ちして、疼く下半身を仕舞った。

カイトは日に何度でも口に咥えてくれるし、それも悪くはない。悪くはないが、それとこれとはまた別の話だ。

あちらの快楽を知っている身には、口だけでは物足らない。いや、物足らないどころでなく、欲求不満で病気になりそうだ。

眉間に皺を寄せたまま、がくぽは唸る。

男にとって持ち物の悩みは、時として身の破滅を招くほどに深刻なものだ。だからカイトの懊悩も躊躇いも理解しないでもないが、だったらどうしてああも情熱的に口説いてくれたのかと、恨めしくなる。

そっちも深刻は深刻だが、「こちら」だとて深刻なのだ。

そもそもそんなにもおかしな状態の下半身というと。

「…………………………まさか実は、男ではなくて女だったりするのか?」

「貴方いい加減、莫迦過ぎでなくて服の上からの感触で、アレが女のブツに思えるの?」

独り言に冷たいツッコみが入り、がくぽは億劫な視線を声のしたほう、扉口へと向けた。

立っていたのは、カイトのふたりいる妹のひとり、ルカだ。

カイトの妹ということは、同じくどこの馬の骨とも知れない身分のものだったはずだが、ルカの面はどこの貴族の姫より、美しく気高く整っている。

大きな声では言えないが、王族にすら引けを取らない美貌であり、立ち居振る舞いの洗練されていることは、一朝一夕で身に付けられたものではない。

今もただ扉口に立っているだけだというのに、先触れの兵士やら傅く騎士たちやらの幻影がともに見える迫力のルカに、がくぽは頷いた。

「それもそうだ。あれほど愛らしいものが女のわけがない」

「はっ」

がくぽの言葉に、ルカは冷たく笑った。

「女でも、ミクはこれ以上なく奇跡的に愛らしくてよ」

紛れもなく女である自分の擁護はしないらしい。

言い切られた内容に、がくぽも逆らわなかった。ルカの言った、カイトのもうひとりの妹である少女を思い浮かべ、厳粛に頷く。

「たまにはそういうこともある」

「がーくーぽーさーまぁあっっ!!」

頷いたところで、肝心の少女が上げる、かん高く甘い声が響いた。

非難の色を帯びて叫びながら廊下を走って来た少女は、ルカを避けて部屋に飛びこむと、そのままの勢いで、ソファに寝そべるがくぽの元にまでやって来た。

「が、がくぽさまっ、がくぽさまの、おばかっ!!おばかおばかおばかぁっ!!」

頭の上でふたつに分けて結った長い髪を揺らすひどく愛らしい少女は、泣きじゃくりながら、可憐なくちびるで懸命の罵倒をくり出し、がくぽの胸をぺそぺそと叩く。

「ひ、ひどいです、がくぽさまっ。おにぃちゃん泣かせるなんて、ひどいですぅううっっ!!」

「………ミク殿」

まったく痛くない。

そんな非力な拳でも、兄のために懸命に振るう少女が、カイトのもうひとりの妹である、ミクだった。

こちらもカイトの妹である以上、どこの馬の骨とも知れぬ生まれ育ちのはずなのだが、姿形や立ち居振る舞いだけでなく、考え方までの浮世離れした可憐さと無邪気さは、まるきり深窓の姫君そのものだった。

姉妹であるルカとは違って、平伏す民衆の幻影が見える迫力はない。だが、少女を見た瞬間に心は自然と厳粛さを思い出し、跪いて頭を垂れてしまう。

跪きはしないものの、騎士としての嗜みを思い出したがくぽは、きちんと体を起こして座った。

泣きじゃくるミクのやわらかな拳を、剣だこのある硬い手でやさしく包む。

「カイトは、泣いていたのか」

「ぅ、ふぇっ、そうです。泣いてましたっ。み、ミクのおにぃちゃん泣かせるなんて、ひどいです、がくぽさまっ」

しゃくり上げながら責めるミクに、がくぽはやわらかに微笑む。

「それゆえに、俺に制裁を課しに来たのか」

「お、おにぃちゃんをいぢめるひとは、ミクがゆるしませんん………っ」

べそべそと泣きじゃくっているが、きっぱりと言い切る。ミクはあからさまにおにぃちゃん子だった。

がくぽはそんなミクへと首を振り、泣き濡れる瞳をやさしく覗きこんだ。

「だが、あなたが拳を振るってはいけない。あなたの華奢な拳が自分のために痛めば、カイトはさらに泣いてしまうだろう。どうかご自分を大切になされよ」

「…………っがくぽさまぁ………っ」

ミクはさらにぼろぼろと涙をこぼした。そのミクの体を、傍に来たルカが、そっと胸に抱き寄せる。

豊かな胸に埋まって慰められながら、ミクは恨めしげにがくぽを見つめた。

「み、ミクにやさしくするより、おにぃちゃんに、もっともっとやさしくしてあげてくださいぃ………っ。おにぃちゃんのこと、泣かさないでぇ………っ」

「ついでに、ミクのことも泣かさないで欲しいわ」

泣き濡れる瞳と苛烈に責める瞳と、二対の瞳に睨まれて、がくぽは苦笑して肩を竦めた。

ぐすぐすと洟を啜るミクに頷くと、騎士らしく胸に手を当てる。

「ミク殿、淑女の戦いというものを教えよう。あなたがすべきは拳を振るうことではない。ただ、俺に命じれば良いのだ」

「め、い……じる?」

しゃくり上げながら首を傾げるミクに、がくぽは微笑んだ。

「謝って来いと、一言命じるだけで良い。騎士は淑女の令に従うのが勤めだ」

ミクはしゃくり上げると、ルカに縋りついた。胸にぎゅっと顔を押しつけてから、恐る恐るとがくぽを横目に見る。

へどもどと、どもりながらつぶやいた。

「………………ぉ、おにぃちゃんに、ぁ、謝って……………………ください」

腰の低い命令だが、がくぽは笑うことなく、まじめな顔で頭を下げた。

「拝命した」

「……っ」

ミクは真っ赤に染まり上がり、再びルカの胸に埋まった。

頭を上げたがくぽは身軽にソファから立ち上がり、ルカとミクの脇をすり抜けて扉へと向かう。

そのがくぽへ、ミクはわずかに身を乗り出した。

「が、がくぽさま………っ」

振り向いたがくぽに、ミクはわずかにくちびるを空転させ、それでも懸命に叫んだ。

「お、おにぃちゃんに、やさしくしてっ」

「…」

「……ください」

やはり腰が低い。

がくぽは微笑んで胸に手を当て、頭を下げると再び拝命し、部屋から出た。

「ふ、ふゃや……」

「いい子ね、ミク。頑張ったわよ」

力が抜ける体をソファへと座らせ、その横に座ったルカは微笑んで頭を撫でた。

そのルカをまだ涙の残る瞳で見上げ、ミクははにかんだように笑う。

「み、ミク、がんばった………えらい………?」

甘える声に、ルカは瞳を細め、頷く。

「ええ、頑張ったわ。いい子よ」

甘くささやいたルカに、ミクは縋りつく指に力を込めた。

「じゃあ、ご褒美、ちょうだい。ね、ルカちゃん………がんばったご褒美、ミクにちょうだい………」

「あらあら、この甘えたさん…」

つんと尖って突き出されたくちびるに、ルカは淫靡に笑ってくちびるを寄せた。