「うー…………」

広い浴槽にひとりで浸かり、カイトは小さく呻いた。

熱い。

臣下に与うる真価の劣悪なる進化深化

湯が熱いのは言うまでもないが、そうではない。自分の体だ。

熱が篭もって、疼きが治まらない。

カイトは眉をひそめて立ち上がり、浴槽から出た。

冷たいタイルに座って、出来るだけ見ないように見ないように、忌まわしい自分の下半身へと手を伸ばす。

「は………っ」

半ば勃ち上がっていたそこに触れると、堪えきれない吐息がこぼれた。いくらその感触が忌まわしくても、手が自然と動きだし、熱を追い求め始める。

「ぁ………ぁん…………っ」

小さく啼きながら、カイトの片手が胸を彷徨った。

連日のごとくのがくぽとの攻防の中で、何度も何度も責められたそこは、服地が擦れるだけでも痺れる感触を伝えることがある。すっかり敏感な性感帯へと、変わった。

「ひぃ……っ」

肌を辿ったがくぽの舌の感触を思い出して、カイトは身を折った。体を走り抜けた快楽の凄まじさに、涙がこぼれる。

自分で扱き上げるより、がくぽの感触だけ思い出していた方が、よほどいいかもしれない。

達しかけたその場所をきつく握りしめて堪え、カイトは胸を弄っていた手を離した。その手を下半身へとやる。

どうしても手の行方を目で追ってしまい、忌まわしい場所までしっかりと視界に入って、カイトはくちびるを噛んだ。

正直なところ、最近、自分の手だけでは熱を治められなくなっている。何度達しようが、何度吐き出そうが、疼きっぱなしなのだ。

理由は明白で、体ががくぽを求めているのだ。

がくぽが触れて、がくぽが攻めて――それでようやく、この体は満足するというのに、どうしても。

「………」

がくぽを見た瞬間に、彼と離れて生きることが耐えられなくなった。

もともとが我慢出来る性質ではない。求めるがままに、がくぽを掻き口説いて盗み出した。

だが、いざ――がくぽが手を伸ばすと。

「………っっ」

くちびるを噛んで、カイトは忌まわしいそこをぎゅっと握りしめた。痛みが走り、顔が歪む。けれどすぐに、痛みは快楽へと繋がってしまう。

疼く体は、痛みすら快楽に変えて、さらに熱を篭もらせる。

「ぅう………っ」

救いのなさに洟を啜りながら、カイトは片手をさらに奥へと伸ばした。隠された窄まりに触れると、軽く押す。

「ふ……っ」

わずかに息を呑んでから、カイトはそこに指を差しこんだ。抵抗もなく、指はするりと入りこむ。

女王主催の夜会で、警備に当たっていたがくぽを見た瞬間に虜となったカイトは、その場で女王に男同士の『やり方』を訊いた。

カイトの突拍子もない発言に慣れている彼女は、臣民に愛される麗しい笑みを浮かべたまま、「淑女に訊いていいことかどうか、よくよく吟味してから発言なさいねこのすかぽんたんが!」と罵ってゲンコツで彼のこめかみを揉んだが、きちんと教えてくれた。

教えられたことをもとに自分なりに考えて、おそらく、がくぽに「入れたい」のではないと結論した。

がくぽに入れられたいのだ。貫かれて、突き上げられたい。

自分勝手に我が儘に振り回される玩具のような、そんな相手になりたい。

初めて指を入れたときにはさすがに痛みと違和感があって怖じ気たが、何度かやっているうちに、指なら軽く呑みこむようになった。

気持ちよくなるポイントも掴んで、今やそこに入れないと体が満足しなくなっている。

「…………ひとりじょーず…………」

虚しい言葉をつぶやいてから首を振って気を取り直し、指を抜き差し始めた。

「ぁ、あ、ふぁあ………っふぁん、ぁ、がく、ぽ………っ」

片手で奥を刺激しながら、もう片手では勃ち上がる場所を扱き上げる。

脳裏に思い描くのは、がくぽだ。

カイトに触れるときの、欲に歪んだ顔。陶然と緩んだ、快楽に染まる顔。

「ひぅ………っ」

想像しただけで、カイトの内襞はきゅっと締まった。

「ぁん、がくぽ………がくぽぉ………っ」

甘く切ない声で呼びながら、カイトの手は激しさを増す。

口に咥えたものの大きさと熱を思い出し、吐き出される体液の味を舌に蘇らせたところで、限界が来た。

「ぁあんっ、がくぽぉっ」

一際甘くかん高い声で啼いて、カイトの体がびくびくと震える。

いくら忌まわしくても、そこからもがくぽと同じように白濁した体液が吹き出し、タイルに散った。

「ぁ………ふぁあ………っ」

力なく崩れて忙しない呼吸をくり返しながら、カイトは億劫な視線をそこに投げる。

何度見ても、忌まわしいばかりだ。

――案の定、一度吐き出したくらいでは、疼きがさっぱり治まらない。むしろひどくなった感さえあって、さらに忌まわしさが募る。

「…………がくぽぉ………」

名前をつぶやくと、指で責めた場所がきゅうと締まって、切なくなった。

がくぽに組み伏せられて、突き上げられたい。口に咥えることも出来ないほどに大きく太いものを受け入れて、熱いもので腹の中を満たして欲しい。

望みは募るのに、「見られた」ときのがくぽの反応に思いを馳せると、どうしても怖じ気てしまう。

笑われたり嫌われたりしたら、生きていけない。せっかくここまで生き抜いてきたのに。

「…………っぁ、がくぽ………っ」

疼きが募って堪えきれず、カイトは熱っぽく名前をつぶやきながら体を起こした。

治まらなくても、なんとかましな状態にまでは持って行かなければ仕方ない。ずっと風呂場で生きるわけにもいかないのだし。

「ん………がくぽぉ………」

「なんだ」

「ぃぎっ?!!」

つぶやきにまさかの声が応え、カイトは掴んだそこを思いきり捻り上げた。さすがに激痛で、即座には快楽に繋がらない。

うずくまったカイトの背を、剣だこのある硬い手が軽く叩く。

「よしよし、痛くないいたくない」

「い、痛くないわけあるかぁっ!!」

小さな手でその場所を覆い、さらには身を折って懸命に隠しながら、カイトは涙目で振り返る。

全裸のがくぽがいた。

「………ひぅっ」

煽っていたばかりのそこが素直に痺れて、カイトは歯を食いしばった。

着替えさせたりして頻繁に見てはいるが、こうして改めて見ると、やはりその筋肉の流麗さに、胸がときめく。

しかもいつもなら、自分はきっちりと服を着て防護を固めているが、今は全裸だ。その気になったら、一瞬で。

「ぁ……っ」

「ずいぶんと切ない声で呼んでくれるものだな」

「ぅく……っ」

場合も忘れて陶然と吐息をこぼすカイトに、がくぽは歪んだ笑みを浮かべる。

懸命に逃げようとする体を掴んで自分に正対させると、殊更に下半身を開いて見せた。

「おかげで、さっぱり治まりがつかない。どうしてくれる」

「ぁあ………っ」

見せられたものに、カイトはうっとりと瞳を細めた。逞しく屹立した、男の証。

迂闊にも、まさに「指で解した」ところだった。さらに太いものが欲しいと、いつも以上に切なく訴えられてしまう。

物欲しげにくちびるを舐めるカイトに、がくぽはうっそりと笑う。顔を近づけ、正気を失っている瞳を覗きこんだ。

「どうも、すぐにも出来そうな具合ではないかおまえだとてこれ以上、切ない想いはしたくないだろう想像ではなく、生身の俺が、きっちりと責めてやる」

「ぁ……んんっ」

応えようとしたくちびるが、塞がれる。激しく蹂躙されて、カイトは思わずがくぽの体に縋りついた。

頭がくらくらするまで吸いつかれて、離れたがくぽの手が隠されていた場所へと伸びる。

「…カイト………」

「ぁん……っ」

名前をささやかれるだけで痺れ、カイトは抵抗を忘れた。

従順な姿勢になったカイトにがくぽはくちびるを舐め――

「…………?」

触れた場所の感触に、わずかに固まった。

陶然と正気を失ったままのカイトにわからないようにそれとなく体を離し、目線を遣る。

勘違いではなかった。

「………」

冷や汗が背筋を伝い、がくぽは恐怖のあまりに小さく喘ぐ。

慌てて体を引き離すと、まだぼんやりしているカイトを激しく揺さぶった。

「カイトおまえ、幾つだ?!」

「っっ!!」

はたとカイトが我に返り、自分の状態を確認する。

「ひ………っっ!!」

隠しもせずに自分の下半身が晒されていることに気がつくと、壮絶に引きつった。

「カイト!!答えろ、幾つだおまえ!!」

「ぅ、ぅあ………っっ!!」

揺さぶられて責められ、カイトは惑乱して暴れる。がくぽの手から逃れると、笑う足で懸命にタイルを蹴って、距離を開いた。

その瞳が、堪えきれない涙で潤む。

「だ、だから、見られたくなかったのに………っっ!!」

「カイト!!」

叫ぶがくぽの声は、恐怖に引きつっている。

場合によっては、がくぽはこのまま、浴槽で溺れ死ぬつもりだった。

カイトの下半身――男の証がきちんとあるそこには、大人ならば当然あるべき、毛がなかった。それも、一本も。

薄いとか剃ったとかいうレベルではない。まっさらだ。

そんな状態がどういうことか、がくぽが考えつく可能性は、ひとつだけだった。

子供。

それも、毛も生えないような齢の、年端もいかない子供。

「……っ」

吐き気すら覚えて、がくぽは歯を食いしばる。

いくら愛らしくて堪らなくても、そんな子供にあれやこれやをさせたいと思うような性癖ではない。

いや、あれやこれやを強いたのかと思うと、自分へのおぞましさでそのまま死ねる。

カイトは確かに愛らしいが、そこまでの年とは思えなかった。幼い言動もあったが、背丈や顔つきからしても、一応は成人しているだろうと。

だがそんなものは、ひとに依るのだ――環境如何によって、ひとの見た目は変わる。厳しい環境下では体も思考も自然と老成していくし、そうなれば子供だか大人だかなど、見た目だけでは図れない。

誤魔化せないのは、こういう場所だけだ。

「オトナだよ!!」

カイトが耳をつんざく、きんきんとかん高い声で喚く。

「ちゃんと、ちゃんとした、オトナだもん!!皮だって剥けてるし!!」

「………っ」

言われてもすでに直視出来ずに、がくぽはくちびるを噛む。そのがくぽに、カイトはぼろぼろと涙をこぼした。

「ほんとだもん…………っでも、でも、めーちゃんが………めーちゃんが…………っ」

「………女王、が?」

陰において女王もっとも気に入りの「情人」として知れ渡るカイトは、あまりにも気軽に彼女を呼ぶ。

さすがのがくぽでも畏れ多さに背筋が震えながら、カイトに先を促した。

ぐすぐすと洟を啜って、カイトは忌まわしい姿の自分の下半身を手で覆った。

「俺のこと、じゃまだから………自分に逆らえないようにって、俺に呪いかけたんだもん…………逆らったりしたら、あんたの体はこんな恥ずかしいことになってるのよって、みんなにばらすって……………っ」

「……」

がくぽは瞳を眇めた。

突拍子がない。

確かに女王は凄まじいカリスマ性と、明晰な頭脳、そしてわけのわからない強運で地位を盤石のものとした女傑だが、呪い。

それも、そんな呪い。

――そもそも、カイトが邪魔とはどういうことだ。もっとも気に入りの「情人」であるはずなのに。

「俺が、俺がなんでも言うこときいて、いいこにしてたら、いつか解いて上げるって…………だから、怪盗も止めらんないし、行きたくない夜会だって行かなきゃいけないし………っ」

「ちょっと待て」

いろいろ思うところはあったが、聞き捨てならないことを聞いた気がして、がくぽは手を上げてカイトを制止した。

「怪盗を止められないって…………まさかと思うが、女王公認なのか?!」

「そーだよ!」

「…っ」

がくぽは眩暈を覚えて、タイルに手をついた。

諸外国にすら名高い、完璧なる女王施政。その、唯一の失点。

それが、カイト扮する「怪盗始音」だ。

盗むと言ったものは必ず盗み、女王の号令一下、鍛えに鍛え上げた王都警備隊にも近衛隊にも騎士団にも捕まらない、完璧な王国の、拭えない汚点。

それが、まさか、肝心の女王の配下。

「俺が勝手にほしーものもらうときもあるけど、ほとんどはめーちゃんが、盗んで来なさいってめーれーしたもの、盗って来てるよ。捕まったりしたら公然に体を晒すわよって言われてるから、絶対捕まれないし」

「……っ」

さらに眩暈を覚えて、がくぽは項垂れた。

盗まれた物の中には、国宝もあったはずだ。それもすべて、肝心の女王の。

「し、しかも、盗みの相談とか、盗んだもの渡すために深夜に会いに行ってたら、いつの間にかめーちゃんの情人とかいう噂が広まっちゃって…………っ。す、すっごく怒られて、あんたみたいなドジっ子のマヌケ、しばらく絶対に呪いは解いて上げないから、覚えてなさい!!って」

本当にドジっ子のマヌケなら、今頃捕まって牢屋の中にいるはずだ。

べそべそと泣くカイトに、がくぽはため息をこぼし、体の力を抜いた。

呪い云々は眉唾としても、女王がなにかしらのことをして、カイトがこんな状態に身を置いていることは確からしい。

女王は自分の名を騙ることを決して赦さない。それこそ、魔法のように、どこの誰がどうやろうとも、必ず見つけ出して吊し上げる。

崇敬されている女王だが、同時にひどく恐れられてもいる。為政者として、これ以上望むべくもない資質を持った、希代の女傑なのだ。

「………本当に、子供ではないのだな」

「ちがうよ!!せーかくな年忘れたけど、とっくに二十超えてる!!」

忘れている時点で微妙に不安だ。

不安だが、がくぽはとりあえずそこは棚上げして、ついでに放り投げることにした。

泣いて無防備になっているカイトににじり寄り、その体を抱きこむ。

「ひぁっ!」

「ならば気にすることもない」

「気にするでしょ!!」

「しない」

タイルに押し倒した体に伸し掛かり、がくぽはくちびるを舐めた。

「それはそれで趣向だ。子供でないなら、かえってそそる」

「…………え?」

がくぽの言葉に、カイトはきょとんと瞳を見張った。今まで、その可能性を考えたことがないらしい。

子供を思わせる無垢な瞳に微妙に心が折れそうになりつつ、がくぽは組み敷いた肌を辿る。

「知らないのか。わざわざここを剃り上げて、つんつるてんにして愉しむこともある。それだと思えば、おまえの体はどこまでも、いやらしいばかりだ」

「………ほや」

マヌケな声を上げて、カイトは辿られるままに、自分の体を見下ろした。

今まで、忌まわしいとしか思わなかった体だ。

容赦のない女王は、そこの毛だけではない。腋にしろ足にしろ腕にしろ、カイトの体という体の毛を未発達にして、まるで子供のようにした。

そこ以外はまるきり大人なのに――

「………い、やら、しい?」

つぶやいて、カイトは縋るようにがくぽを見上げた。

「が、がくぽ………俺の体、いやじゃないこんな、こんなんで………ちゃんと、勃起するその気になる?」

「見えないのか」

「………ふぁっ」

わずかに体を浮かせたがくぽが下半身を突き出し、カイトは震えた。

一度は萎えたものが、あっさりと復活している。それも、さっきよりよほど逞しく。

「ぁ………」

ごくりと唾を飲みこむカイトに、がくぽは笑った。

「どうにも、自分でいやらしく開発済みの体のようだしな。早速存分に愉しませて貰おうか」

「ぁん……っ」

欲に掠れた声でカイトは啼き、がくぽの手は明確な意図を持って肌を辿る。

辿られる肌が朱に染まり、がくぽはべろりとくちびるを舐めた。

ようやくありつける。

「カイト………」

「ぁ、がくぽぉ…………」

まだどこか委縮しているカイトは、それでも甘く啼いてがくぽへと手を伸ばし。

「くしゅっ」

「………」

愛らしいくしゃみをこぼされて、がくぽは手を止めた。

そういえば、濡れたままでずいぶん長い時間過ごした。湯冷めもする。

わずかに葛藤したものの、がくぽは諦めて体を起こした。

拒まれる原因はわかったのだ。この機会を逃したところで、すぐに次がある。

「がくぽっ」

責めるような声を上げる体を引き起こし、がくぽはやさしく笑った。

「せっかくだ。こんなところで手軽に愉しまず、ベッドで存分に耽溺させろ」

「ん……っ」

ぶるりと震えるカイトの体を改めて身下ろして、がくぽは肩を竦める。

相変わらず、微妙に腰が引ける。ここまでまっさらの体は、さすがに子供しか知らない。

それでも、カイトが自分を大人だと主張するなら、大人なのだ。きちんと勃ち上がったものが吐き出した体液も見たし、今も見る限り、大人の形をしている。

ならば疑い続ける理由もない。

「しばらく寝かせない。覚悟しておけ」

ささやくと、カイトはがくぽにぎゅっとしがみつき、こくりと頷いた。

「いっぱいして……」

熱っぽい言葉に、がくぽはわずかに天を仰いだ。

ベッドまで持つ気がしない。