First Impact

「んな……っあ……っななな………っ」

帰って来て玄関に一歩入り、カイトは持っていた買い物袋を取り落した。わなわな震えるくちびるは、まともな言葉を紡げない。

三和土に立ち尽くすカイトを、入ってすぐ一間続きとなっているリビングダイニングに胡坐を掻いたマスターが、振り返った。いつも通りの明るい笑顔で、手を振る。

「あ、カイトー。おかえりにょー」

「「カイト?」」

そのマスターの声に被さる声。ユニゾン。

まったく同じ声、まったく同じリズム、――ついでに、まったく同じ姿形、の。

「んなんで『神威がくぽ』が二体もいるーーーっっ?!」

絶叫したカイトに、マスターの前に正座したがくぽ×2は、花色の瞳を見張った。

そもそもマスターが、もう一体ロイドを買うと言いだしたのが、三日前のことだった。

カイトが、へーそーですか、お好きにどーぞー、とか適当に流していたら、ついさっきになって、

「今日届くから、おゆはん追加ね☆」

などと言い放った。

とりあえずマスターの頭を張り飛ばすに止めて罵倒は後回しにし、カイトは商店街へと食材を買いに走ったのだ。

大慌てのカイトを見て八百屋のおじさんは、「ああまた苦労させられてんだね、カイトちゃん」と涙を拭い、トマトをひと篭おまけしてくれた。ついでに肉屋のおばさんは、「これ食べて元気お出し」と言って、揚げたてのコロッケをおやつにくれた。米屋の――

まあ、商店街の人情に支えられて、カイトはどうにかこうにかやっていけている、のだが。

「マスター、この無能!!あんた買うの、一体とか言ってなかったですか?!それがなんで二体も、それもおんなじ神威がくぽがいるんです?!!」

靴を脱いで家に上がり、ずいずいと迫ったカイトに、マスターはへらへら笑ったまま両手を掲げて『こーさん』ポーズになった。

「うんなんか、カートの数字、押し間違えてたみたい値段が二倍だから、ヘンだなーとは思ったんだけど!」

「ヘンだと思った時点で立ち止まる癖をつけろとあれほどっっ!!なんであんたはそうやって、無駄かつ無意味に無能なんだ、この駄馬っっ!!」

「ごごご、ごめーんにゃーんっ」

胸座を掴まれてがっくがっくと激しく揺さぶられながら怒鳴られ、マスターは怪しい呂律で、反省皆無の謝罪をくり出す。

カイトはぽい、とマスターを放り出すと、仲良く並んで正座し、まったくそっくり同じ表情で、花色の瞳を見張っているがくぽ×2を見た。

しかもさらに言うなら、二箱届いた時点で、どちらか一方を起動させずに送り返すべきだったのだ。クーリングオフたらなんたらの法律が通用する問題ではない。

一度起動させてしまったロイドは、正確には返品不可だ。マスター認証が済んでしまった時点で、彼らはすでに『中古』なのだ。起動させたてぴちぴちであっても。

「過ぎたことはもう、仕様がないですからね………これ以上、四の五の言いませんけど。とりあえずマスターは反省する意味で、しばらくの間、梅干しと白飯のみ生活です」

きりきりと眉をひそめて言うカイトに、マスターは情けない顔になった。

「えと、カイト…………せめて、お味噌汁………」

「甘いっお茶は出してあげますから、それでお茶漬けふうにして凌ぎなさいっ」

「ぁうう、はいぃ………」

きっぱりと命じられ、マスターは悄然と項垂れる。

生活力皆無なので、カイトがしてくれないと自分ではなにも出来ない。梅干しと白飯しか出してもらえなかったら、彼にはもう手も足も出ないのだ。

「「あの……」」

「ああ」

同時に口を開き、がくぽ×2は、お互いに戸惑う顔を見合わせる。

彼らにしたところで、こんな起動はイレギュラーに過ぎる。起きたらまさか、『自分』がもうひとり。それも、まったく同時に。

カイトは表情を和らげると、そんな二人の前に行った。膝をついて視線を合わせると、二人の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜる。

「大丈夫だよ。二人には、きちんとしたごはんを食べさせてあげるから。起きた途端にひもじい思いなんて、させないからねマスターの分は削っても、おまえたちの分は絶対、きちんとしてあげる。だから安心して」

「「………」」

複雑な顔で見つめる二人に、カイトはおっとりとやさしく笑いかけた。

KAITOシリーズ必殺のおっとり笑顔は、もちろんカイトにも装備されている。商店街のひとをも虜にした、花の笑顔だ。

普段どれだけ厳しく罵倒を吐き出し、荒っぽく振る舞おうとも、この笑顔ひとつですべてが有耶無耶に流せる。

そんな必殺技に、起動したてでは抵抗のしようもない。

思わず見惚れた二人に、カイトは顔を寄せる。それぞれの額に、ちゅ、ちゅ、と音を立ててキスをしてやった。

がくぽ×2は、瞳を見張る。彼らには挨拶のキスの習慣がない。

カイトは微笑んだまま、そんな二人の頭を撫で続ける。その背後で、くすんと洟を啜る音がした。

「ああ、カイト…………やさしい……………そのやさしさをマスターにも、ほんのちょっぴり………」

「寝言は寝ても言うな、無能」

「はい………」

きっぱりと言い切られ、マスターは悄然と項垂れた。

がくぽ×2は、相変わらず自分たちにはやさしい笑みを向けてくれるカイトを見つめ、ごくりと唾を飲みこむ。

鏡音シリーズのように思考を共有することはない二人だが、このとき考えていたのは同じことだった。

この家において、マスターに逆らわないこと以上に、カイトに逆らってはいけない。

こんなにかわいいのに、それだけではない、この芯の強さっぷり。厳しい環境に晒されて生きる野辺の花の、可憐なたくましさ。

「「好い…………!!」」

「?」

つぶやきの意味が拾えず、カイトは笑顔で首を傾げた。