「まあ、それはともかくだ」

「そう、それはそれ、これはこれだ」

「「そなたいったい、なにを考えておる」」

Marry me!

綺麗な顔二つに揃って凄まれ、花屋の兄ちゃんは両手を掲げて降参ポーズになった。

というか山ほど疑問があるので、訊いてもいいだろうか。

「あのな、おまえらどっからどう繋がって、『それはともかく』とか、『それはそれ』とかで会話が始まるんだあとな、その恰好はなんだ、『花売り娘』ども!」

兄ちゃんは花の配達が終わって、商店街にある自分の店に戻ってきたところだった。そこで待っていたのが、『花売り娘』と化した、がくぽとがくだ。

二人はデフォルトの着物からボディスーツまで脱ぎ、ピンクに花柄でレースがついた、現代風かつ女物の着物に着替えていた。さらに髪の毛もきちんとウェーブを掛けてアップにし、そこにこんもりと花飾りをつけている。

その状態で花籠を抱えてにこやかに、いらっしゃいませ、とやっていたのだ。

自分の店だが、こんなバイトに心当たりはない。

「むなにから答えれば良いのだ、兄者?」

「優先順位を考えると、軽いものから重いものだな、弟よ」

一度顔を見合わせてから、がくぽとがくは乗り出していた身をわずかに引いた。

「そなたに用事があって来たら、配達に出掛けて不在だと言われてな」

「ならば待たせて貰えまいかと母君に申し上げたら、待つのは良いがその間、店番を手伝えと言われ」

「「了承したら、斯様な結果に」」

淡々と語られる経緯に、兄ちゃんは頭を抱えた。

「おまえら、いくら付き合いがあるったって、そうまで大人しく言うこと聞かなくていいんだっつうの………俺があーちゃんとカイトちゃんに怒られんだろうが!」

兄ちゃんの懸念がわからないらしい不思議そうな顔で、がくぽとがくはお互いを眺めた。

「「我がことながら、恐ろしく似合っていて綺麗だと思うが」」

「よし、おまえらはそのまんまおっきくなってくれ!」

叫んだ兄ちゃんに、二人はずずい、と綺麗な顔を近づけた。きりっと、兄ちゃんを睨み上げる。

「それより、そなたのことだ」

「いったいどういうことだ、そなた」

「ああ…?!」

あまりに綺麗な顔二つだ。並んで迫られると威力倍増で、兄ちゃんは思いきり体を仰け反らせた。

仰け反って離れた分をさらに詰め寄り、がくぽとがくは兄ちゃんに迫る。

「そなた、マスターに『好きだ』と告げていないらしいではないか」

「ヤることだけやって、肝心のことを言っておらぬとは、どういうことだ」

「あ………?」

詰問され、兄ちゃんは上目になるとしばし考えた。

「………言ってねえか……そうだったか………そういやいっつも、ぶち込むのに追われてて、なんも言ってねえような………終わったら終わったで、あーちゃんはさっさと帰っちまうし…………」

ぶつぶつとつぶやく兄ちゃんに、がくぽとがくははっきりと眉をひそめ、吐き出した。

「「このケダモノが」」

「うわ、勘弁してくれ、その恰好でその罵倒………身に覚えのねえことでも、謝り倒しそうになる」

引きつった兄ちゃんから身を引くと、がくぽは腕を組み、がくは腰に手を当てた。

「なにが身に覚えがないだ」

「やはり言っておらぬのではないか、そなた」

「思いきり身に覚えがある罪だろうが」

「肝心のことも言わずにヤるだけだなど、見下げ果てる」

「あああ~っっ」

しゃがみ込んで頭を抱えた兄ちゃんを、美麗な『花売り娘』二人組は冷たく見下ろす。

しかしその表情は、すぐに本来の魅力通り、明るく花開いた。

「「カイト!!」」

「ぐげぇっ!!」

呻いたのは兄ちゃんだ。まさかここに、来て欲しくない人が現れるとは、とことんツイていない。

「なにしてんの、おまえたち」

ほてほてとやって来たカイトは、呆れたように『花売り娘』たちを見上げた。

「店番だ」

「手伝っておった」

臆することなくはきはきと答えた二人に、カイトは頷いた。

「おばちゃんか」

「ああそういや、カイトちゃんでも前科があったわ、おふくろ!」

穴を掘るためのスコップを探していた兄ちゃんは、記憶に快哉を叫んだ。あのときは確か、売り上げが普段の五倍に――

カイトのほうは、兄ちゃんに構わない。まじめな顔で、笑顔の『花売り娘』たちを見つめた。

「普段お世話になってるんだから、ちゃんと売り上げに貢献するんだよ?」

「「了承した」」

「なにひとつ心配なかった!」

「なにがだ」

「ごへぇっ?!」

天へと感謝を捧げた兄ちゃんに、低い声が掛かる。

呻いて振り返った兄ちゃんの後ろに、あーちゃんこと、『花売り娘』たちのマスターがいた。きりきりと奥歯を軋らせる音が聞こえそうなほどの、滅多にない不機嫌な表情だ。

「うちの子ぉらに、なにさせてくれてんだ、てめえは……っっ」

「いや、あーちゃん……って、いてぇっ!」

低い声で迫られ、へどもどと口ごもる兄ちゃんの背を、がくぽとがくが力加減なく叩いた。

「行け!」

「言え!」

「今かよ?!!」

叫んだものの、そうでなくてもいつもよりパワーアップしている美貌二つが睨んでいる。そして挟んで、嫁さんにしたい相手もまた、非常に壮絶な。

「あああもぅおぉおうっ!!」

前門も後門も塞がれて自棄を起こし、兄ちゃんは『花売り娘』たちのマスターの手を取った。

「好きだ、あーちゃん嫁に来てくれ!」

「はあっ?!」

叫んだのは、カイトだ。

話の流れがさっぱりわからないカイトは、瞳を見開いて兄ちゃんと、手を取られた己のマスターをきょときょとと見比べる。

しばし固まっていたマスターだが、ややしてふい、とそっぽを向いた。

「てめえが『好き』とか、きもちわるっ」

吐き出すと、兄ちゃんの手を振り切り、走って花屋から飛び出して行く。

がくぽとがくは再び、兄ちゃんの背中を叩いた。

「「追え!!」」

「あああっ、あぁあああちゃぁあああああんっっ!!」

訳も分からないまま勢いにノせられ、兄ちゃんもまた、花屋を飛び出して行く。

「………………………………………………………………………………なに、あれ……?」

「愛だ」

「たぶんな」

呆然と見送ったカイトに、がくぽとがくはしらっと答える。

そのうえで、胡乱そうに見上げてきたカイトのくちびるに、ちゅっちゅと交互に軽くキスを落とした。

「こら、外では……っふわっ?!」

するな、と言おうとしたカイトの肩が、ぽんぽんと叩かれた。

慌てて振り返ると、兄ちゃんの母であり、共に花屋の店主であるおばさんが、カイト用の花売り娘の衣装を手ににこやかに立っていた。

「綺麗な娘っこ同士がいちゃいちゃしていれば、売り上げ十倍も夢じゃないわ」

「………………………」

軽く天を仰いでから、カイトは大人しく、衣装を受け取った。