花屋の店先では、カイトが美麗な『花売り娘』二人に襲われ、伸し掛かられ、キス責めにされている。

チロリアン・スタイルの某アルプス系のワンピースに身を包み、長い髪はきれいに結って花を飾った――

こんな下町の商店街の、どこから探してきたのかと目を疑うような、美麗過ぎる花売り娘×2の正体は、もちろん――

Let's Go Home!

「ぅぁあ、あーちゃ……………っ」

おろおろと呻き声を上げた花屋の兄ちゃんを、その花売り娘たち――こと、がくぽとがくのマスターは、険しい瞳で睨み上げた。彼のロイドたちには、決して向けない類の剣呑さだ。

「学習しやがらねえ頭だな、タツ………うちの子ぉらは、見世物でも人形でもねえと、何度言やぁわかりやがる。その頭ん中に詰まってんのぁ、おが屑かいっそ火ぃつけて、燃やしてやっかいってぇ、なに考えてやがる!」

ドスを利かせて迫られ、兄ちゃんはわずかに仰け反った。両手を掲げ、叫ぶ。

「あーちゃんのことだが!」

「……………あ?」

「だから、あーちゃんのことだけ!!」

「……………………」

叫ばれる内容に、マスターの表情は空白を晒し、微妙に身を引いた。

困惑して、店先を見る。

へろへろのくたくたになったカイトを抱えたがくぽとがくが、そんなマスターと花屋の兄ちゃんを見ていた。

視線に気がつくと、がくぽは片手を上げる。

「マスター、そなたの過去の行状について、言いたいことが山ほどあるが」

「そなた自身についても、思うことがないでもないので、堪えるかどうか、瀬戸際だ」

がくも片手を上げて続ける。

「……………………っ」

兄ちゃんと対していたときの迫力をさらっと消して、マスターは情けなく眉尻を下げて二人を見た。

――この二人が片手を上げた場合、ろくなことが続かないと、相場が決まっている。

案の定、がくぽとがくは上げた互いの手を、ぱんと打ち合わせた。

「「で?」」

「うーわー……………………」

一瞬、がっくりと項垂れてから、マスターはぶるりと首を振って思いきり、意味がわからずにきょとんとしている幼馴染みに向き直った。

「あーちゃん………」

「てめえとは、ケッコンしねえ!」

なにか言われるより先に、結論を叩きつける。

マスターが出した答えに、がくぽとがくは合わせた片手をぎゅっと握り合い、カイトを抱く腕にも力を込めた。

「親が死んでっから、荒れてた俺を放り出さずに、ここまで面倒見てくれたことにぁ、恩義を感じてる。………正直、てめえが体を繋いでくんなけりゃぁ、ここまで持ってたかどうか、怪しい。けどな!」

壮絶になにか言いたげな外野の視線を無視して、顔を真っ赤にしたマスターは兄ちゃんを睨んだ。

「てめえとは、ケッコンとか、そういう仲じゃねえ。そういう感情じゃねえんだ。だから、ケッコンはしねえ!」

「…………………」

「…………………」

真っ赤な顔で兄ちゃんにびしっと指を突きつけるマスターの姿に、がくぽとがくは言いたいことを山盛りにした視線をカイトに向ける。

「……………………そこで僕を見るな、おばか亭主どもが」

ようやく足腰が立つようになってきたカイトは、情けない顔の二人に、少しだけくちびるを歪めて笑った。チークの塗られた頬を、あやすようにぴたんぴたんと叩く。

「僕たちのマスターだぞ心配いらないから」

「…………………」

「…………………」

向けられる瞳の甘さに、がくぽとがくはマスターのことを忘れてカイトに見入った。

冷たくせせら笑って、乱暴に突き放して――

けれどここまでずっと、見捨てずに彼の傍に居続けた。

浮かべる笑みは確信に満ちていて、見ているだけでざわめく心が静まる。

「ああうん、わかった」

「なぬっ?!」

「んなっ!!」

プロポーズを断られた兄ちゃんの出した答えもまた、あっさりとしていた。

いや、この時点では、あっさりしていた。

思わずがばっと顔を向けたがくぽとがくの前で、兄ちゃんは情けなく八の字眉となり、プロポーズを断った幼馴染みの肩をがっしと掴んだ。

「別に結婚してくれなくてもいいからよ。とりあえず、ヤらせてくれ」

――だから、プロポーズを断ったばかりの相手だ。

構うことなく、兄ちゃんは深いふかいため息をついた。

「ここ最近、ずっと逃げられてたからよ………もう、溜まってたまって仕様がねえんだわ。久しぶりにこんな近くであーちゃん見たらもう、堪えが利かねえよ。つうわけで、ヤらせてくれ、あーちゃん。今すぐ」

「んが…………っ」

「ふぐ……っっ!」

即物的にも、程がある。

カイトを抱きしめたまま引きつるがくぽとがくの前で、野獣、もといケダモノ、もとい――な幼馴染みに強請られたマスターは、真っ赤に染まったまま、ぶくっと頬を膨らませた。

「いいけどよ」

「「いいのか?!」」

叫ぶがくぽとがくに構わず、マスターは肩から腰へと手を落として抱き寄せる兄ちゃんをぎろりと睨み上げた。

「ただし、条件がある!」

「ぁんなんだよ?」

抱き寄せる力を緩めもしない、ヤる気満々の男を、マスターは懸命に睨む――瞳が、熱に潤んで、想いを含んで揺れる。

「これからは、ヤった後はてめえん家に泊めろこれっくらいの距離だって、歩いて帰るのぁ、タイヘンなんだ!」

突き出された条件に、兄ちゃんは軽く頷いた。

「ああ、ああ。いーよいーよ、好きなだけ泊まんな。したら俺も、腰がぐったぐたになるまでヤれるしよ。一石二鳥だ」

「なにが一石二鳥だ、このえろぼけち○こ………」

ぶつくさ言いながら、マスターは兄ちゃんに招かれるままに、店舗奥の住居に入っていく。

「…………………」

「…………………」

呆然と見送ったがくぽとがくの腕の中で、カイトがこっくり頷いた。

「な心配いらないだろ」

カイトの雑なまとめに、表情を空白にした二人はつぶやく。

「つまり、なにか………多少はデレたが、マスターは未だ、ツン期なのか……」

「我らがマスターは、我らが思う以上に、頑固なツンデレということか………」

「はいはい」

肩を竦め、カイトは花売り娘たちの腕の中から出た。ううんと大きくひとつ、伸びをする。

「さて、マスターは外泊決定だし………がくぽとがくは、お手伝い中だし。僕は帰って、ひとりでお花見弁当食べようかな」

「…………………」

「…………………」

表情は空白のまま、がくぽとがくは美麗さを際立たせる化粧の施された顔を見合わせた。

我ながら美しい。

――それはともかく。

「「おとまり」」

声が揃った。

その二人を、カイトは呆れたように見上げる。

「なに見て、聞いてたの、二人とも真っ昼間だろうが、家ん中にあの二人があの状態でしけこんで、まさかすちゃらかほいでもやってると思うの?」

そんな初心さはない。

相変わらず表情が空白のがくぽとがくに肩を竦め、カイトは軽い足取りで踵を返した。

「んじゃ、あっ?!」

「つまるところ、今宵はマスターが家に不在ということだな」

「我らと嫁の、三人こっきりの夜ということだな」

さっさと家に帰ろうとしたところを、カイトはがくぽとがくにがっしり捕まえられた。

そのうえでつぶやかれる、なにかしら不穏な未来予想図。

「ちょっと………?」

おそるおそると首を巡らせたカイトに、がくぽとがくはうっとりするような笑みを浮かべた。

「我らがたっぷりと愛でてやろう、強くもやさしき嫁よ」

「そなたがなにもかも忘れて、我らしか覚えていられないほどに蕩かしてやろう、小さくもたくましき嫁よ」

「ちょ、こら………っひとのこと、嫁…………っ」

抱き寄せられて両の耳朶に吹き込まれ、カイトは震える咽喉で抗議の声を上げる。

弱々しく、色に染まりつつあるその声に、二人はうっそりと笑った。

「どうにも我らは、そなたが注いでくれる愛情に応えきれておる気がせん」

「今宵は少しでも返すべく、全力を傾注するゆえな………」

ささやくチロリアン花売り娘たちに、カイトは全身真っ赤に染まり上がると、その後頭部に手を伸ばした。

がっしり掴むと、二人の額を容赦なく打ち合わせる。

「ぎ…………っ」

「いぃ…………っ」

額を押さえてうずくまった二人に、真っ赤に染まったカイトは叫んだ。

「全力なんか出さなくても、僕はじゅーぶん、おまえたちの愛に溺れさせられてる!!」