Dragon Knight
前側の下端を一回、二回と折り上げたら、後ろ側に残った下端を中に折りこんで――
「はいっ、がーくたんっ！これでカブト、かーんせーい♪でーすっ！」
じゃーーーん☆と効果音までつけて自らやんやと盛り上がり、カイトは折り上がったばかりの新聞紙の兜を掲げる。
対して、がくたんだ。
「んっ、んむっ、ぬっ………」
――カイトを見るどころでなく、一番最後の工程である、下端を兜の中へ折りこむ作業に苦戦していた。
明るい声を上げつつも、実のところカイトは内心、はらはらしながらがくたんを見守っていた。
我慢強い子であるし、几帳面でもあるがくたんだが、やはりこの作業は少し、幼子には繊細だ。ぐしゃっと押しこめば早いが、それをやってはこれまでの苦労が水の泡となる。
カイトが代わってやれば早いし、仕上がりもきれいだが、それでは、今年は自分で折り上げると意気込んでいたがくたんの志を無為としてしまうし――
「………うむっ！かーんせーいっ！で、ごじゃるっ！」
「っわぁああーーっいっ！がくたんすごいっ！じょーずっ！きれいにできたねっ！！」
――というわけで、カイトから遅れることしばし、ようやく完成したがくたん作の新聞紙の兜に、カイトはちょっとした狂喜乱舞に陥った。
保護者の大仰な振る舞いに、がくたんは微妙に照れくさそうにした。とはいえ、がくたんだとてカイトに負けず劣らず興奮している。
早速、できたばかりの兜を頭にかぶると立ち上がり、くるんと回ってみせた。
「かいちょ、かいちょ！どうでごじゃる？！ムシャモノにみえるでごじゃるか！」
「うんっ、がくたんっ！すっごくかゎぃ…っごっくんっ…かっこいいッ！よっ！『いよッ、大将ッ』！」
狂喜乱舞のあまりだだ漏らしかけた本音を、しかしオトナはすんでのところで差し替えることに成功した。伊達の保護者の名乗りではないのである。
カイトは素知らぬふうを装って顔を逸らすと、自分で作った兜を頭に引っかけつつ、そわそわと腰を浮かせた。
「そしたらがくたん、美振持って…ヨイチに乗って。写真、撮らせてねっ！大将がくたん、いざ出陣！の、写真♪」
「んーっ」
にこにこいそいそと『撮影会』の準備を始めるカイトに対し、しかし幼子はなぜか、微妙な表情となって黙ってしまった。いや、そんなはずはない――先にだだ漏らしかけた本音は、届いていないはずだ。
けれどがくたんはちょこんと小首を傾げ、渋面だ。それもそれでかわいいが、しかしかかし、だがしかししかしか。
「がくたん…？お写真、いやいや？」
後ろ暗いところのあるオトナは、ヨイチぐるみを小脇に抱えたまま、恐る恐ると声をかけた。
そのカイトを、がくたんはきりっとして見上げる。
「たいしょーは、かいちょでごじゃる！せっしゃはかいちょの、お家来しゅんでごじゃるよっ！」
「え？そっち？よか……って、いやいや。じゃなくて、うん、え？ええ？えっと、カイト、大将なの？カイトが、大将なの？その、おヒメさま。……じゃ、なくて？」
がくたんの断固たる主張に、カイトは戸惑って瞳を瞬かせた。挙句今度は、動揺のあまりに隠しようもなく本音をだだ漏らしてしまう。それも、ろくでもないほうのだ。
普段、このおませな幼子は、カイトは自分の嫁だと主張する。
主張するだけでなく、ことあるごとに嫁扱いもする。
嫁だ。
『嫁』、だ。
となればこの場合、カイトに割り振られるのは――という。
新聞紙製とはいえ、カイトは頭に兜を引っかけているし、いや、姫でもイクサに出れば兜を被ったことだろうが、とにもかくにもだ。
戸惑うカイトを、がくたんはより以上に戸惑った顔で見返した。
「かいちょは、ヒメがいいでごじゃるか？大将、いやでごじゃるか？」
「いやじゃ、ないけど…」
そういうことじゃなくてと、思いはしてもうまく説明ができないカイトを、がくたんはまっすぐ見た。
「大将とヒメなら、かいちょはどちらがいいでごじゃる？せっしゃは、かいちょはきっと、大将のほうがいいとおもったでごじゃるが……」
「うん、大将のほうがいい。でも、……えっと、がくたん？カイトは、がくたんの『お嫁さん』なんだよね？」
「もちろんでごじゃる！」
きっぱり頷いてから、がくたんはごく不思議そうに首を傾げた。
「嫁だと、大将をやってはいけないのでごじゃるか？」
訊いて、けれど返答を待たず、がくたんはにっこり笑う。
「かいちょがヒメがいいなら、ヒメでいいでごじゃるよ。でも、『嫁だからヒメになる』必要は、ないでごじゃる。大将でもヒメでも、かいちょはがくたんの嫁で、がくたんがかいちょを守ることに、ちがいはないでごじゃる！」
力強い宣言に、曲がらない誓いに、カイトはひとつ、ぱちりと瞬いた。瞬いた、目元がほわほわほわりと、紅を刷いていく――
床にぺたりと尻を落としたカイトは、陶然と熱を吐きこぼした。
「……どうしよう、がくたん。カイト、大将とおヒメさまとお嫁さんと、全部、やりたくなっちゃった」