いちご風味かしわ餅ホイップクリームとあんこ入り

「こっいのっぼりーこっいのっぼりーやっねよっり、たぁかいっこっいのっぼりー♪」

かいちょのうたを小耳に挟んだがくぽは、なんだか紙にタテ線を何本か引きたくなった。

タテ線を何本か引いたら、そのタテ線の間を繋ぐように、やはり何本かずつ短いヨコ線を引く。そして何本か引いたタテ線のうちの一本を選び、引いたタテヨコの線を『道』とみなして辿り下ろしていく――

「………最近は、こういうメロディなのだな」

育児に関してあまり深く、あれこれ考えずに受け入れるという姿勢の保護者はそう結論し、ご機嫌にうたうかいちょの手元を覗きこんだ。

かいちょは今、座卓に向かい、託児室からもらってきた線画のこいのぼりに色を塗っているところだ。

うたいながらとはいえ、姿勢は前のめり気味で、とても熱中している。おかげでがくぽはこの間に、溜まっていた家事をずいぶん片づけられた。

ちなみに、座卓に向かって前のめりな幼子の後ろ姿は、妙にまんまるのおもちを想起させた。

合間合間に様子を見にくるたびにほっこり癒されたがくぽは、さらに馬力を得て家事に取りかかれたのだが、それはともかく。

芸術家気質の幼子の絵は常に自由だが、今日はもらった下絵の通りに色を乗せていた。

うろこも一枚いちまい、形を保って塗られているからうろこだとわかるし、なにより仕上がりが近い今となっては、ぴかぴかときれいな玉虫色に輝いて――

「っなぜっ?!」

家事を片づける途中、通りがかりにちょっと覗きこんだだけのがくぽだ。あとどれくらい家事が片づけられるかを計りたかっただけだったというのに、ここで完全に手も足も止まった。

切れ長の瞳を愕然と見開き、がくぽはかいちょが握りしめる画材を確かめる。

クレヨンだ。

それも幼児用の、最低限の色数しかない――

それで塗られたこいのぼりのうろこが玉虫色で、ぴかぴかしていた。

玉虫色だ。ぴかぴかだ。

色鉛筆ならわかる。幼児に可能なわざかということは置き、しかし色鉛筆でそうなったなら、まだわかる。

しかしかいちょが握りしめているのはクレヨンで、色数も最低限しかなく、それで幼児が塗ったこいのぼりのうろこが、玉虫色でぴかぴかとまばゆく輝く。

「………っ!!」

戦慄して見入るがくぽの前で、かいちょは黒色のクレヨンを取った。それで、こいのぼりの目の真ん中をごく普通に塗りつぶし、黒目にする。黒目になった。普通だ。塗ったら色が不可思議に化けるという、買った覚えもないオプション付きではなかった。

ということはやはりかいちょが、なにかしらの色をどうにかして重ね、結果、うろこは玉虫色に――

「んっふれきたーーー☆☆☆」

黒目を入れて、仕上がりだったらしい。かいちょはご機嫌に宣言し、興奮に染まる顔を上げた。

上げて、紫煌の枝垂れが自らを囲っていることに、ようやく気がつく。

顔を上げて、あげて、のけぞって、上げて、――ひっくり返りかけの体を、長い髪を垂らして後ろから覗きこむがくぽの足が難なく支えてくれて、かいちょはさらにご機嫌に表情を輝かせた。

「ぁくぽーこいちゃんっれきたーーーっ!」

「ん、ああ……そうだな。仕上がりだな」

未だ愕然としたのを引きずって覚束ない声で応えつつ、がくぽは強請られるまま、かいちょを抱き上げた。

きゅうっと、首を絞める勢いで抱きつかれ、ご機嫌に頬ずりされ――

がくぽは育児に関してあまり深くあれこれ考えず、ただあるがまま、起こったまま、受け入れることにしていた。

たとえがくぽが育てていても、かいちょはあまりに得難く、自分と違う存在だからだ。

自らの常識だけに囚われて逐一あれこれ考えこんでいるようでは、とてもではないが育てられない。

なにより、しあわせにしてやれない。

だから――

「うむ。ぴかぴかと、きれいに仕上がったな、かいちょ。あとでなにか棒を探して、泳げるようにしてやろうから……ああ、そうだ。休み明けに、先生にも見せてやるか?」

「んっふぅうっ!」

――だから、今日もやはり、いろいろ投げた。

なぜなら、こいのぼりがきれいに塗られていることは間違いないし、かいちょもとても満足そうだし、満足そうなかいちょはなによりも愛らしいし、――

だったらもうそれで全部、がくぽはいいのだから。