けのばんに

小さな夜をゆくための貨寓話集

扉を開けて中を覗きこみ、がくぽは夜の部屋の暗さに軽く、目を細めた。照明も点けないままカーテンも閉じられているから、闇の深さはなおのことだ。

が、すぐに視覚調整が働き、がくぽの瞳は常の大きさを取り戻す。

それでも見渡した部屋に目的の相手を見出せず、一度は扉を閉じ、行こうとした――

紅を塗らずとも朱に濡れるがくぽのくちびるが、弧を描き、笑う。

それは寸でのところで気がつけた己への莞爾たる笑いであり、同時に仕方がないと、諦めを含んだ。

「暗いところにいるな、カイト」

笑いを残したままの声を掛けたがくぽに、暗闇が身じろいだ。きっと瞳を向けられたのだろう、あえかな星が瞬くのが映る。

がくぽはさらに笑み崩れながら、自分たちが寝起きする部屋に踏み入った。

扉を閉めれば廊下からの明かりも遮断され、部屋はさらなる真闇へと落ちる。だからと足取りに迷いを生じることもなく、がくぽは勝手知ったる自らの部屋を突っ切った。

まずは薄明りをこぼす窓に、その手前に下がって光を遮るカーテンへ、手を掛ける。

開いたところで、暗闇は暗闇だ。夜であるからには、当然のことだ。

だとしても現代社会の、ある程度の規模を誇る街中において、太古の昔ほどの暗闇はない。カーテンを開けば少なくとも、真闇は払拭される。

反射的なもので、がくぽは窓の外から空を見上げた。星は少ない。星だと思った、それがほんとうに星だという確証もない。

けれど、ほんの端が欠けたばかりの月はなにかに紛れることもなく、確証を持ってすぐにそれとわかる。

それを明るいと見るか、美しいと思うか、あるいは――

「常に光の下にいろとは言わん。疲れるからな。充溢した休養…睡眠には、適度な暗闇が必要だ」

振り返って光を背に、がくぽは目を細めて部屋の中を見る。視覚調整が働き、目的の相手を映した。

扉口からは束の間、死角となる部屋の端に、糸の切れた人形のような態を醸して座るカイトがいる。がくぽを見つめる瞳は窓から入る光を反し、星のように煌いても見える。

が、入った光を反すだけだ。自らの意思で輝いているというのとは、少し違う。

臆することなく見返しながらも、がくぽは窓に寄ったときよりは緩やかな、穏やかな歩調で、カイトのもとへ歩いた。

傍らに座ると背を撓め、殊更な下から目線となり、覗きこむようにしてカイトと見合う。

「けれど自ら篭もるな。それは己を眠らせる行為だ。他は知らず、しかし少なくとも今のそなたにとり、光は身近だ。手を伸ばせば届く。なれば悪戯に、必要を超え、己を眠らせるな。手を伸ばし、自ら求めろ、カイト――」

烈しい言葉を穏やかな口調で言い聞かせたがくぽは、瞬きもせず見つめるカイトから、静かに身を引いた。

同じ目線でもって相対し、――笑って、口を開く。

「暗いところに、いるな、カイト」

「………」

明朗にして簡潔な求めに、カイトは固着していた瞳を瞬かせた。ひと瞬き、ふた瞬き、――

自らの光を取り戻した湖面の瞳はしかし、すぐに瞼の下へ仕舞われた。強張りをほどいたカイトの体は、甘えるようにがくぽへ凭れかかる。

ねこのように肩口に擦りつかれ、がくぽは声を立てて笑い、抱き返してやった。

釣られたように瞳を開いたカイトは、縋るつもりで絡めたがくぽの長い髪のひと房を持ち上げ、――見入った。

外からの、光――

太古ほどではないが、それでも深い夜闇を裂いて届く、月明かりに街灯、人家の明かり。

届いてもほのかな、あえかな光すら、映して反し、誇らかに輝き煌くそれが、確かにカイトの手に、指先に。